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#004 ケーキとババロアに挟まれて。

「ここがぼくの通う王立ホワイトリリー魔術学院の学生寮だよ」


 小高い丘を登った広い敷地の奥深く。たくさんの教科棟や実験施設の間を抜け、おれたちは二階建ての大きな建物を前にした。近くには似たような構造物がいくつか集中し、中央にはひときわ背の高いホールが配置されている。明かり取りのような小さな窓がいくつも並んだデザイン。おそらくは全員が一同に会するレセプション用の講堂、あるいは食堂だろうか。


「意外に大掛かりなんだな。ここで暮らしている生徒は何人いるんだ?」

「えっと……。中等部、高等部あわせて六百人程度くらいかな」

「王立ってことは、貴族の子弟や門弟が多く集まるエリート校なんだろ。そんなに生徒が必要か?」

「あ、併設する『ルージュクロワ医療魔術学院』の生徒たちと共同寮なんだ」

「ふーん。ま、おれが元いた世界だって医者だけは専門の教育機関で養成していたからな。ところ変わっても人の世界は変わりなしか……」


 ここに着くまでの間、この世界の現在の有り様をこの目でしっかり確かめた。


 奥深い山中に存在している遺跡のようなダンジョン。そこから始まり、しばらくは徒歩で人がいる山里を目指した。小さな村でも日に何度か往復している地を駆ける魔法の乗り物に搭乗し、街へ向かう。


 到着した駅で見たのは、たくさんの人々を一度に乗せ、ものすごいスピードで進んでいく魔術機関を採用した連結型の移動機械。

 それに乗り込み、アリシアとおれは王都近郊の都市に到着した。ここに彼女が通う、王立ホワイトリリー魔術学院があるとのこと。道中、流れる景色を見ておれは理解した。この世界で魔法は広く一般に浸透し、人々の暮らしを深く支えている。


 もはや、おれのような太古の遺物が活躍する時代ではない。蓄えた魔術の半数以上が戦場で敵をほふるための破壊魔法なのだ。平和の世に強すぎる力は害悪でしかない。


「マドーさん、なんだか元気がないけど乗り物酔いでもしたの?」

「いや、むしろ人の波に酔ってる。なにせ、三百年もダンジョンの片隅で引きこもっていたからな……」


 アリシアがのんきに声をかけてきた。おれは冗談めかして答えたが、口に出したのは変えようのない現実と、取り返しが効かない残酷な時の流れだ。ここにおれの居場所はない。


「よかったら、街を案内しようか?」

「いや、いいんだ……。さっさとお前さんの部屋に行こう。試験の対策をするほうが大切だ」

「あ……はい! ありがとう、ぼくのために……」


 少女はうれしそうに反応をしてみせた。でも、本当は違う。

 ダンジョンを抜け、広い世界に飛び出した結果、いまのおれはこの子にすがるしかないという事実に気がついた。彼女だけがおれを必要としてくれている。沸き起こる心細さを慰めてくれるのはアリシアの言葉だけだ。最初、あれだけ馬鹿にしていた女の子に、おれは感謝している。抱きかかえられた胸の中でようやく安心していられた。


 学院はこの都市で最も大掛かりな施設と言うことだった。目立つ時計塔は街のあらゆる場所で確認できる。実際、駅を出てすぐの繁華街からでも時を刻む細く高い時計塔の先端が見えていた。


「それじゃあ、宿舎の場所まで歩いていくね。もうしばらく我慢していてよ」

「ああ、ゆっくりで構わない……」


 アリシアの腕に抱かれながら、おれたちは目的地へと向かった。


 ◇◇◇


「アリシアさん! こんな時間まで何をなされていたのかしら?」


 入り口の扉を抜け、建物の中に入る。ほとんど同時に別の誰かの声がした。

 背中まで届きそうな金色の長い髪。意思の強さを感じさせる緑色の瞳と抜けるような白い肌。身につけている赤を基調とした着衣はこの学校の制服だろうか?


「マ、マリアベル……」


 現れた人影に向かい、アリシアが怯えたように相手の名前を口にする。

 マリアベルと呼ばれた少女は、玄関口の広いホールの中央。二階へ上がる階段を背にして立っていた。そして、彼女が女であることを言外に主張しているふくよかな胸。同年代の少女と比べても、その体つきは他者の垂涎すいぜんを誘うものであるだろう。


「休みだからといって、朝から外へおでかけとは随分な余裕ね。だけど、ご自身の立場を理解しているのかしら?」


 顔を合わすなり、きびしい声でアリシアに臨む。


「わ、わかってるよ。だから、今日は一日かけて……」

「かけて、なんですの?」


 うーむ、これはちょっとよろしくない展開だな。

 よし、【共感覚エンハス】!


(アリシア、おれの声が聞こえるか? 聞こえていたら声に出さず考えろ)


「え?」


(いま、おれは【共感覚エンハス】と【遠隔伝導テレパス】でお前さんの頭の中に直接、語りかけているんだ)


(か、考えるだけでいいの……。こんな感じ?)


(十分だ。ところで、おれのことはしばらく他の人間には黙っておけ)


(どうして……)


(いわくつくの魔導書なんて持ってたら、たとえ試験に合格しても疑われるだけだ。いまはごまかしておけ)


(あ! うん、わかったよ)


「何をボンヤリしていますの、アリシアさん? それに、手にしているものは一体、なに?」


 目ざとくおれの存在に気がついたマリアベル。不信を抱いて正体を確かめようとする。


「え、えっと……。参考書だよ、魔法の」

「参考書? それでしたら、わたくしが役に立つかどうか見て差し上げますわ」

「いや……。その、え、遠慮しておく」

「どういうこと? あなたのためにそのご本が役に立つかどうか、わたくしが確かめて差し上げると言っているのですよ」

「た、頼んでないから……」


 マリアベルのおせっかいをかたくなに拒むアリシア。らちが明かないと思ったのか、金髪の少女は強攻策に及んだ。真っ直ぐこちらに向かってきて、おれに手をかける。


「や、やめてよ!」

「いいからお見せなさい。今度の試験に合格しないと、このウインズフィールド寮から退学者が出てしまうのよ。そのようことになれば、このわたくしの評価にも傷がついてしまいますわ」

「それは……きみの都合じゃないか」

「そうよ! だから、あなたには絶対、試験に合格してもらわなければ困るの! そのために今日だって、あなたの練習に付き合ってあげようと朝から準備していたのに……」

「と、とにかく、ぼくは大丈夫だから手を離して!」 


 ふたりの女の子が激しくおれを取り合っている。そこだけ聞くと、うらやましいと思うかもしれない。だが、実際にはそれぞれが表紙の裏表をつかんで引っ張っているだけだ。痛い痛い痛い! ちぎれちゃう、ちぎれちゃうから! まって!

 

 願いむなしく少女たちはおれを手放そうとしない。だが、すぐにも均衡が崩れる。

 マリアベルはアリシアのことを甘く見ているようだ。でも実際は、魔法が不得手なだけで実力行使には長けている。それも達人レベルで。引っ張り合うタイミングを巧みに利用して相手のバランスを失わせる。


「きゃあ!」


 それでも執念深く、おれからは手を離さない。そのまま前のめりに倒れ込んだ。

 無論、アリシアも表紙をつかんだままだ。結果として、おれを間に挟んでふたりの女の子が床に敷かれた絨毯の上で横倒しとなった。


「いたた……」


 下敷きとなったアリシアが苦悶の声を上げる。のしかかるような姿勢で上にはマリアベルがいた。そしておれはページを開いたまま、少女たちの胸に押される格好となった。

 背中に感じるのは、しっとりとしたスポンジの上に滑らかな生クリームを盛ったショートケーキの触感。上から覆いかぶさってきたのは、牛乳をゼラチンで固めたプルプルとした感触のババロアであった。


――これが世に名高いラッキースケベと言うやつか……。


 悦に入って喜んでいたが、さすがに苦しい。とくにババロアの方の圧迫感が半端ない。あと密着すると、ふたり分の女の子の芳香が周囲に立ち込める。


――こいつら体臭ですら果汁か何かで出来ているのか?

 

 などと、おっさんくさい妄想に浸っていると、最初にマリアベルが両手で上半身を浮かした。


「だ、大丈夫でしたか?」


 さすがにやりすぎたと思ったのか、心配そうに問いかける。


「へ、平気だから……」


 マリアベルが本から手を離したのを見て、ふたたびアリシアが胸におれを抱きかかえた。


「心配してくれてありがとう。でも、試験は自分でなんとかしてみせるから放おっておいてよ……」


 相手の下から素早く抜け出し、さっと立ち上がる。

 まだ床に腰を下ろしたままのマリアベルに背中を向けた。


「お待ちなさい、アリシア! あなたはいつもそうやって自分勝手に……」


 背中から聞こえるマリアベルの声を無視して、階段を駆け上る。そのまま二階奥の自室へと向かっていった。扉の前で一旦、立ち止まり、服のポケットから緑色の細い水晶の棒を取り出す。ドアにかざすと、かけられていた鍵代わりの結界が解けていった。


「ほう。いまの時代は結界魔法を個人の部屋のセキュリティとして利用しているのか。便利なものだな……」

「そうなの? 物心ついたときから普通にあったよ」


 アリシアの声にまたしても時代の流れを感じる。果たして現在の魔法技術におれの知識はどこまで通用するのか?

 一抹の不安を感じながらアリシアに抱かれ、部屋の中へと入っていった。

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