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#003 ヌメヌメとした怪物と女の子。

「とりあえず、今日のところはおれを地上まで持っていけ。なにせ、あんまり自由には動けないからな」

「魔法でなんとかならないの?」

「うーむ。なにせ、三百年もじっとしていたから、どうすればいいのかよく思い出せない」


 偉そうに語ってるが、実際はひさしぶりに立ち上がった寝たきりの病人である。

 ダンジョンにいるモンスターの数や種類は【空間把握ディメンジョン・マッピング】の魔法で感知していた。でも、迷宮の構造については実のところサッパリだ。【経路表示マッピング・ナビゲーション】で迷うことなく出口には進めるが、いまどこにいるのかはいまいちピンとこない。


「じゃあ、どうやって持とうか?」

「小脇に抱えてもらってもいいんだが……。あ、どこかにヒモかリボンでもないか?」


 おれが尋ねると、アリシアは服のポケットから真新しいリボンをひとつ取り出した。いま髪を束ねているやつのスペアだろう。


「これでいい?」

「上等だ。そいつでおれを十字に結んでくれ」


 指示に従って、アリシアがおれの体へ縦横にリボンを回し、交差する地点でしっかりと結びつけた。


「結び目をしっかり握って、おれを盾代わりにしろ」

「え? でもそれだと……」

「安心しろ。周囲に【護符魔法シールドプロテクション】を展開する。なんだったら、まっすぐ歩くだけで大丈夫だ。ついでに【経路表示マッピング・ナビゲーション】も使っておくから、通路に走る線を追いかけていくだけで脱出できる」

「あ、ありがとう。それでひとつ、ぼくからもいいかな?」


 左手におれを持ち、右手に腰の鞘から抜いた剣を構えながら、アリシアが問いかけてくる。


「なんだ?」

「きみのことは、どんな感じで呼んだらいい?」


 そういや、まだ名乗ってなかったな……。おれの名前は…………なんだっけ?

 ぼっちが長すぎて元の名前すら忘れてしまった。決してボケたわけじゃない。


「あー、そうだな……。お前が呼びやすいように名前を決めてくれ。確かそういう約束だったろ?」

「でも、いいのかな? ぼくなんかで……」

「女の子のセンスに期待するさ」

「えっと……。じゃあ、”魔導書”なので、『マドーさん』というのはどう?」


 一瞬、頭の中が真っ白になった。なるほど、これが”空虚”というやつか。


「ご、ごめんなさい! やっぱり駄目だよね」

「いや………。マドーで構わない。わかりやすいのが一番だ」

「ありがとうございます。それで、ぼくからもひとつ希望が……」


 ん? あらたまってどうした。


「これから、ぼくのことを呼ぶときは、”アリシア”でお願いします」

「……了解。それじゃ、行こうか。アリシア」

「はい!」


 こうしておれたちは地上を目指し、出発した。


 ◇◇◇


 部屋を抜けて薄暗いダンジョンの通路に場所を移す。

 辺りには倒されたモンスターの死骸が転がっていた。


「これ、アリシアがやったのか?」

「あ、はい……。襲ってきたのでしょうがなく」


 ああ、この様子だと低級モンスターなんかは姿を見た瞬間に逃げ出しているんだろうな。逃げなかった中級以上のモンスターも一対一では相手にならなかったわけか。

 ん? 死骸のそばで、いま何か動いたぞ。


「気をつけろ、アリシア。なにかいる」

「はい、二体ですね」


 おれよりも正確に相手の数を見極めたアリシア。さっきまで泣いていた女の子と同一人物であるとは思えない。


「とりあえず、【物体捕捉サーチング・オブジェクト】と……」


 対象に向かい、レーダーのような干渉波を飛ばす。おれの意識に繋げられた広大な情報空間から該当するインデックスを検索した。


「やばいな、あれは”ローパー”だぞ……」

「来るときには見かけませんでしたが」

「あいつは死骸を漁るモンスターだからな。血の匂いに惹かれてやって来たんだろう」

「どうしますか?」

「できれば厄介は避けたいな。特に女性には危険な相手だ」


 そうなのだ。このローパーという、見た目は歩くイソギンチャクみたいな怪物はとある方面でとってもメジャーなのである。ここはダンジョンに迷い込んだ一匹のウサギさんをモデルに説明する。


 まず、ヌメヌメとした胴体から何本も伸びる触手で相手の手足に絡みつく。動きを封じた上で催眠作用がある体液を口に含ませた触手からノドに流し込み、抵抗する力を奪う。最悪なのは獲物がまだ若い場合、頭頂部から触手よりも細い排卵管を何本も伸ばし、それを体中の穴という穴に差し込んで卵を産み付けてしまうことだ。

 こうなると犠牲者は逃げ出すことさえ適わずに、命の火が尽きるその日までローパーによって繁殖用の苗床にされてしまう。


 そうした悲劇からアリシ……ウサギさんを守るためにも、ここはおれの魔法でなんとかするとしよう。


「まずは【風魔法ウインド・カッター】で触手を切り落とし、【爆炎魔法ファイヤ・ボルト】で再生を防ぐ。最後に【氷結魔法フロスト・バイト】で細胞から破壊するか……」


 頭の中で一連の攻撃をシミュレートする。

 さあ、行くぞと思った瞬間。剣を構えたアリシアが勢いよく飛び出した。


「こ、こら! 危ないぞ、アリシア! お前が近づいたら、触手につかまってヌメヌメのヌルヌルが!」

「大丈夫。近づく前に遠距離から決めてみせる」


 自身たっぷりに言い放ち、二匹のローパーが視界に収まる場所まで進んだ。まだ距離が残る間合いから鋭く刀身を閃かせる。刹那せつな、地を走る一陣の風。

 剣技、螺旋疾風斬らせんしっぷうざん。剣先で切り裂いた空気が渦を作り、風の刃となって遠くの敵を切り裂く技だ。おれが接続コネクト出来るこの世界のデータベース。そこを閲覧えつらんしても扱うことが可能なのは両手で余る数の剣士だけ。


「マジで何者だよ、お前は……」


 思わず嘆息たんそくの声を上げた。同時に風の刃がローパーのうねる触手をズタズタに切り落とす。無防備となった怪物の本体へアリシアが音も立てずに素早く忍びよった。

 白刃が乱舞し、モンスターの体が瞬くうちになます切りとなっていく。

 うごめく肉塊と化したローパーには、もはや復元するだけの力はないだろう。


「一応、消毒だけはしておくか。体液にも良くない効果がありそうだしな」


 ビクビクと動き続けるモンスターの肉片。そこへ向かって魔法を発動する。


「【炎上バーニング】!」


 おれの声を合図に激しい炎が燃え盛る。あっという間に新鮮な生肉は黒い消し炭へと変わった。やがて燃え尽きた灰は迷宮を駆け巡る風に吹かれ、細やかなに粒子となっていずこかに飛んでいく。


「す、すごいや……。あんな簡単に炎の魔法を操るなんて」


 感じ入った様子でつぶやくアリシア。でも、本当にすごいのはお前の方なんだよ。いまおれが使った魔法くらいなら、この世界でも扱える者は数千人を下らないだろう。でも、彼女が繰り出した剣の技は、努力だけでは届かない才能のきらめきである。


「まったく、神様ってやつは才能の割り振りが極端すぎるだろ……」

「あの……どうかした? マドーさん」

「なんでもない。この様子ならあとは心配ないな。早いとこ、地上へ向かおう」

「あ、はい! わかったよ。それじゃ急ごう」


 こうしておれたちは足早にダンジョンの出口へと進み続けた。


 ◇◇◇


 地上付近。外から差し込む陽光が石造りの迷宮を明るく照らしていた。

 まもなく、おれとアリシアはダンジョンを抜けて地上へと足を下ろす。


「そういえば、ひとつ訊いてなかった」

「なにかな、マドーさん?」

「いま、地上ってどうなっているんだ」


 生まれ変わって三百年。一度も外に出ていないのだから、別にどうしたもないのだ。ただ、ここへ来たばかりの頃、確かこの世界は混沌の真っ只中にいたはずだ。地には魔獣や魔物が徘徊し、人類はわずかばかりの領地を懸命に守っていた。

 実際、おれが長い間、放置プレイを余儀なくされたのは、このダンジョンの所在地が魔王城のすぐ近くであったことも影響していただろう。

 

 初めの頃はいつかおれを見つけてくれる勇者様がここへ駆け付けてくるのだと、乙女のように待ちわびていた。百年が経過した辺りで、自分は物語本筋に関係のないオマケのやりこみ要素なのだと悟った。

 二百年が過ぎた時、とうとうおれは考えるのをやめた。


「とっても平和だよ。いろいろな国が独自の発展を遂げて人の生活圏を日々、大きくしているんだ。過去には人類の脅威であった魔族の侵攻も、英雄と呼ばれる人たちの活躍でいまは問題なくなってる。きっとマドーさんも気に入ってくれるんじゃないかな」

「そうかい……。この世界の人間は自分たちの力で立派に危機を乗り越えたんだな」

「あ! マドーさん、出口が見えてきた!」


 アリシアがそうつぶやいて、うれしそうに駆け出していく。

 それからすぐにおれたちは明るい日差しの下に身をおどらせた。

 

――すごく、まぶしいな。

 

 外へ出て、感じたのはただそれだけ。

 おれはこの日が来るのを三百年の長きに渡り、待ち続けた。

 期待をしていた勇者も賢者も結局はおれを見つけられなかった……。

 

「これからどうしようか? よければ、街を案内するけど」

「その必要はないな。おれはこの世界のことなら、なんだって知ることが出来る。いままではそうする必要がなかっただけだ。その気になれば、裏道の一本でもアリシアより詳しくなれるさ……」

「そ、そうなんだ」


 この世界の英雄たちは最強魔法も究極魔法も当てにせず、自分たちの世界を救った。

 ようするに、おれは不必要な存在だったのだ。

 いなくても世界は救われた。知らなくても人の営みは改善された。

 そして、時代に取り残されたおれの元へ最初にやって来たのは、恐ろしいくらい熟達した剣技を持つ女の子だった。

 その子はささやかな願いをおれにした。


 ”試験に落ちそうだから助けてくれと”


 おれがやることか?

 この世全ての魔術を極め、その気になれば世界を滅ぼすことさえ不可能でない存在となったこのおれが……?


 ――――そうだ、おれがやるんだ。


 時代遅れの遺物となったいまの自分。それでも彼女は頼ってくれた。

 だったらおれは、あの女の子を全力で支えるんだ。

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