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#021 百手の巨人【ヘカトンケイル】

「機械の駆動音か?」


 建物の中から響いてくる一定のリズム。

 それから大地が強く揺れた。何かが動き出そうとしているのだ。

 地面を揺るがす等間隔の振動。窓枠が悲鳴を上げて次々に落下していく。


「やばいな……。想像していたよりもタチが悪そうだ。二階の部分は吹き抜けか?」


 建物の高さから、これから出てくるであろう敵のスケールを改めて予測する。

 軽く六、七メートルはありそうだった。

 さらに物音が大きくなる。何かが内側から激しく衝突し、壁に亀裂が入った。

 おれたちは警戒を緩めずに建物の側面へと移動していく。


「――来るか!」


 予想と同時にもう一度、派手な衝突音が響いた。耐えきれず表面のモルタルが剥がれ落ち、煉瓦造りの壁がガラガラと崩れていく。建屋の内側、かすかに見える巨大な人影。だが、人と言うにはあまりにも巨大すぎた。暗がりに赤く灯るふたつのシグナル。まるで人の目を模したようなその輝きがこちらに向かって近づいてくる。


「で、でかいな! なんに使うんだよ? こんな禍々しいもの……」

「これこそが対暴徒鎮圧用試作装備『MAXTHー01タルタロス・ヘカトンケイル”コットス”』! 我らドミニオン・バイブル専用の強襲用戦術兵装だ!」


 建物の中から六六六の声が聞こえてきた。

 暴徒鎮圧が目的なのに強襲用として設計されている辺りがまるで容赦ない。おそらく、過去には魔物や魔獣を相手にして戦っていたのだろう。それが平和になると物騒な兵器を維持する理由がなくなっていき、いまは治安維持を名目に開発を続けているのか……。


 研究所の内側からコットスと呼ばれた魔法の鎧騎士が姿を現す。壊れた壁の内側から敷地内の広い庭に場所を移した。飾り気のない黒い外装。デザインは中世の騎士が戦場で着込んだフルプレートアーマーを下敷きにして、下半身をより安定させるため、太く大きくしたような感じだった。


「さあ、ここからが本番だ。魔導王国グランデルが誇る、無慈悲な殺戮人形の力を思う存分に知らしめてやるぞ!」


 六六六が大声で叫ぶ。どういう状態なのかよくわからないが、あいつは鎧騎士の中にいて、自ら巨人をコントロールしているようだった。

 興奮しすぎて、鎮圧がメインなのに”無慈悲な殺戮人形”と本音がだだ漏れになっている辺り、実にあいつらしい。


 しかし、現在の状況が予想外であったのは確かな事実。

 実際、どうしたらいいものか、にわかには見当もつかない。


「ではいくぞ!」


 コットスが片手に装備した巨大な剣を苦もなく振り上げる。

 まるで重量を感じさせない素早い腕の動きでアリシアを狙った。


「早い! 反則だろ、あんな運動性?」


 巨躯きょくをものともせずに刃を地に打ち付ける。

 少女はまともに組み合おうとはせず、あわてて後方に距離を置いた。

 さすがの彼女もあれと力比べをするつもりはないようだ。


「ウスイさん、なんだかおかしい……」

「どうした、アリシア? 何か気がついたのか」

「あの自動甲冑、以前はそれほど強くなかった。いまの動きは異常だよ」


 女の子の思わぬ述懐に思考が停止する。

 え? あいつと戦ったことがあるのか……。


「まだ、あれが作られて間もない頃、お祖父様に連れられて何度か手合わせしたんだ。正直、ちっとも怖くなかったよ。動きは大振りでスキだらけだったから。でも、いま目の前にいるあいつはまったく別物だ。何か、きっと理由がある……」


 ジジイ、いい加減にしろよ。大事な孫娘をちゃっかり新兵器のトライアルテスターにしやがって。だから、この子がこんな風に育っちゃうんだろ。


「単に改良を重ねて、性能向上したってわけではないんだな……。秘密はなんだ?」


 ヒントを求めて相手の様子をさらに探る。

 鎧の各部のつなぎ目。わずかな隙間から吹き上がるようなエネルギーの飛沫が確認できた。


「ん? あれって、回路を巡る魔法力が強すぎてオーバーフローを起こしているのか……」


 怪しい力の源は巨人の内側に潜んでいる六六六なのだろう。

 でも、やつにそれほどの魔力があるのだろうか?

 率直な疑問が頭をよぎった。そして、思い出す。地下室で一切、手加減しないままマドーが撃ち放った攻撃魔法。それをまともに受けて、なおも階段を上がって逃げ出したという報告。

 いくら同じ魔導書と言っても、あいつはしょせん大量複製の模造品だ。


「マドーの電撃に耐えた? いや……まさか、対抗魔法カウンターマジックで威力を相殺したのか!」


 ひとつの可能性にたどり着く。アリシアが剣で結界を貫く直前、六六六は”知識の雲”へ無制限の接触を果たした。時間はわずかであるが、それによって大幅な能力の上昇を実現したのではないか……。それほどまでに神の叡智は無限の可能性を秘めているのだ。


「有り余る魔法力を使い、コットスを限界以上のパワーで動かしているのか……。だとすれば、一応の納得もできるな」

「ウスイさん、どうする? 避けてばかりじゃキリがないよ!」


 おれが思案に耽っている間にも女の子は連続して繰り出される敵の攻撃を懸命にかわし続けていた。しかし、それにも限界がある。相手の攻撃範囲からどうにか抜け出そうとするアリシア。だが、敏捷性が双方ひけを取らないくらい互角であるため、先々に回り込まれて段々と行く手が絞られてきた。


 気がつけば、うしろには風よけの太い木の幹がこれ以上の後退を邪魔していた。ここで茂みに紛れて逃げ出せば、命は永らえるが被害はさらに拡大する。何より、地下室にはいまだエレノアが倒れているのだ。彼女を残したまま撤退するわけにはいかない。


「追い詰めたぞ! 覚悟しろ!」


 少女の足が止まったのを見て、コットスが剣を構え直す。大きく足を踏み込んで標的に刀身を叩きつけようとした。


「下がれ、アリシア!」


 声と同時に建物へ穿うがたれた壁の穴から何かが飛んでくる。赤茶けた厚い革の板は表紙、背表紙、裏表紙の三枚にわかれたマドーの姿だった。

 風魔法か何かで器用に飛行するマドーたちは、おれたちと鎧騎士の間に割って入る。


「【物理防壁シールド・パワーフォース】!」


 三枚の板が空中で円を描くように回転し、魔法の力場を発生させる。

 振り下ろされた巨人の刃はマドーたちを中心に展開された緑色に輝く光の壁によって完全に防がれた。

 って、お前……。これ、どっかのロボットアニメで見たぞ……。

 光に剣を弾かれたコットスがバランスを失い、たたらを踏む。


「まるで狙ったようなタイミングだな……」


 思わず口をついて出たのは嫌味の方が先だった。


(こっちはケガ人を治療して、安全な場所に送ってからだぞ!)


 マドーが急に念波で通信を開始した。ん、どうした?


(まあ、ご苦労さん。で、こっからどうするつもりだ)


(こいつはまかせろ。お前がよく観察してくれたおかげで対策は打てる。だが、問題はこのあとだ。本当に怖いのはこんなデク人形じゃなくて、力を増した六六六だ。おれが時間稼ぎしている間にやってもらいたいことがある)


(ほう……。わ、わかった。やってみる)


 意識野に投影されたマドーの作戦を承服しつつも内心でとまどいを隠しきれない。


――まあ、勝つために必要と言うならこれも仕方がないか……。


 姿勢を立て直したコットスが邪魔された怒りをぶつけるように幾度となく剣を叩きつける。だが、その斬撃は目の前に張られたバリアによって、すべてむなしく受け止められた。

 しばらくして、頃合いを見計らったマドーがバラバラだった表紙をひとつにつなげる。大きく剣を振り上げた相手の間隙を縫って、コの字に体勢を曲げた。


「【光槍掌撃フォース・ジャベリン】!」


 表紙の内側から光の魔槍が撃ち出され、巨人の頭部を貫いた。アイガードのスリットを狙い、魔法の槍は兜に深く突き刺さる。


「くっ! だ、だが、この程度のダメージではヘカトンケイルクラスを倒すことは不可能だ!」

「そいつは避雷針だよ! このおれの全力全開を受けてもらうためのな! 上を見ろ、ドミニオン・バイブル六六六トリプルシックス!」


 マドーの声にコットスの首が傾き、空を仰ぎ見る。

 上空にはバラバラとなっていた魔導書の各ページが幾重にも円陣を描き、二重反転でゆっくりと回転していた。


「かかってくれたな! いくぞ、【電光雷撃エレクトリック・サンダー・ブレイク】!」


 術式の開放と同時に浮かんでいるページの中心を通って、一筋の稲光いなびかりが地上に降り注ぐ。雷はコットスの兜に刺さった光の槍の先端部を直撃した。

 強烈な電撃が巨人の体を駆け抜けていく。高い電圧をかけられた大量の電流。その衝撃で魔導人形の関節が負荷に耐えきれず、鎧の継ぎ目からブスブスと煙が立ち上った。


「サ、サーボモーターが!」

「ただでさえ予想出力を超えた状態で動かしていたんだ。いきなり大電流をかけられたら、雷サージで回路はたやすく焼き切れる。調子に乗って決められた定格を守らなかったお前の負けだ!」


 機械にはそれぞれあらかじめ想定した定格容量がある。一〇〇ボルトの電圧で使うことを前提とした機材に、一二〇ボルトの電圧で電気を流せば出力は一時的に上昇するが、回路は負荷によって徐々にダメージを受ける。余剰なエネルギーは熱となって配線を弱くし、終いには回路や素子を破壊して通電が出来なくなってしまうのだ。


「終わりだ、デカブツ!」


 コントロールを失ったコットスがよろけながら後方に二、三歩下がった。転倒回避のためのジャイロ機能がバランスを保つために自動で脚部を操作したのだろう。

 しかし、一度崩れた重心は巨人の体を支えきれず、ついには建物の壁へめり込みながら激突する。力なく倒れ、瞳のシグナルが消失した。完全なる沈黙。ついに勝負は決した。

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