#002 女の子はボクっ娘でした。
「とりあえず服を着ろ」
「え! どうして?」
すごく頭の悪いやり取りで、おれはご主人様に命令する。
お前が生まれたままの姿だと、いつまでも目を開けられないからだよ!
「いいから落ち着け。こんなダンジョンの奥でそんな姿のままでは危ないだろ」
「は! そ、そうだね……。お気遣い、ありがとう」
そう答えて、女の子はふたたびおれを台座に置いたあと、遠ざかった。
しばらく、ごそごそと物音が聞こえる。きっと脱ぎ捨てた服を着込んでいるのだろう。
「おまたせ。もう大丈夫だよ」
声を合図に視覚をオンにする。
目の前にもう一度、法衣を着た少女が立っていた。
「えーと。まず、名前を聞いておこうか?」
「アリシアだよ。アリシア・ディー・グランデル」
「了解した。で、お前はどうやってここに来たんだ?」
正直、このダンジョンの奥深くまで、ひとりでやってこれるわけがない。仲間がいるはずだ。
「え? 普通に階段を降りてやって来たけど」
「途中で魔物がいただろ、たくさん」
「えっと……。これで倒したけど、何か悪かったのかな?」
そう答えて腰に佩いた剣を示す。さっき投げ捨てたやつか。よく見りゃ、とんでもない業物だぞ。鞘だけでも一国の宝物レベルだ。こいつ一体、何者?
「じゃあ、他の仲間はどうした? 部屋の外で待っているのか」
「仲間……。仲間って友達のこと? あ、あの……。ひょっとして友達がいないと、きみの所有者にはなれないのかな」
え? なに言ってるの、この子……。
友達なんて誰にでもいるだろ。
「あの、ぼくはその、学校でもひとりでいることが多くて……。ち、違うんだよ! いじめられているとか、そういうのじゃなくって。ひ、ひとりが好きなだけなんだ!」
うん、別に聞いてない。
てか、こいついまサラッと『学校』って言わなかったか?
確かに若いと思ったが、まさかの学生かよ!
「い、いや……。ひとりでここに来たのなら、それでいいんだ。余計なことを聞いた。済まなかったな、忘れてくれ」
「う……。ぐすっ、ひ、ひっく……。違うんだ。ほんとに違うんだよ。み、みんな、ぼくの実家に遠慮しているだけなんだ。きっと、心の中では友達でいてくれているはずなんだ……」
「あー。泣くな泣くな。悪かったよ、別にお前を疑ったわけじゃないんだ。あと、友達なんていくら数が多くても、ひとりの親友の方がいざとなったら頼りになるからな」
おれの発言に敏感な反応を示すアリシア。どうやら『友達』というキーワードはトラウマスイッチらしい。
「う、うう……。友達がひとりもいないぼくに、親友がいるわけないじゃないですか……。駄目なのかい! そんなにひとりぼっちは罪なことなの? 人間として失格なんですか!」
両手でおれをつかみ、揺さぶるように問いかけてくる。
あー。なんだか、やっかいなやつに見つけられたな。
「悪かった。おれが間違っていたよ。統計で五年以上、連絡を取り合う友達は出会った人間の約一パーセント。つまり、どんな友達もほとんどいつかは他人というわけだ」
「それって逆に考えれば、他人はみんな友達なのかな?」
「お、おう……。お前が望むのならな」
ついつい調子を合わせてしまった。
女の子ってやつはどうしてこう、みんな取扱要注意なのだろう。
「まあ、お前がひとりでここまで来たというならそれでいい。で、おれを手に入れて何をしようと考えているんだ?」
「え! あ、あの……。それ……は。い、言わないと駄目かな?」
「一応、目的は聞いておかないとな。危険思想に取り憑かれたやつがおれの所有者になると世界の危機だ」
「で、でも、相手がウソをついていたら!」
「【ウソ発見】の魔法がある。おれにごまかしは通用しない」
「そ、そうですか……」
か弱い女の子の秘密を暴くのは、ちょっとだけ気が引ける。だが、これは重要なことだ。見た目は天使でも心は悪魔、なんてやつは世の中にいくらでもいるからな。
「あ、あの……。ぼくはいま、王立ホワイトリリー魔術学院というところに通っていて……」
聞いてはいたが、本当に学生だったんだな。それなのに単身でこのダンジョンを制覇したのか。やっぱり、只者ではないな。
「今日はその、お休みを利用してこのダンジョンに来ました。け、決して、休みでも一緒に遊んでくれる友達がいないとか、そういうわけではなく……」
ピコン!
あ、【ウソ発見】が反応した。まあ、これは……。スルーでいいかな。
「実は……。休み明けには魔法の実技試験があって、その、なんていうか……。ぼくは実技がそんなに得意ではないので……」
ピコン!
いまので反応するのかよ! って、どこだよ?
「す、すいません……。実技”が”一番、苦手です」
セーフ!
ってか、判定きびしいな……。
「それで、ここに来れば伝説の魔導書が手に入ると人づてに聞いて、やって来ました」
「休日のピクニック感覚で難攻不落のダンジョンをひとりで制覇したのか?」
「だ、だって、次の試験で不合格だと、ぼくは退学処分が決まってしまうんだよ! そんなことになったら、王国の将軍職を務めるお父様の評判が落ちてしまう!」
すげーや。一番ウソ臭い、いまの下りが全部スルーだと……。
つまり、こいつは一国の将軍を務める名家のご令嬢。しかも王立の魔術学校に通う現役の女学生。だが、いまにも退学になりそうなほど魔法が苦手というわけか。
「なあ、お前。初対面のおれが言うのもなんだが、むしろ剣の道に進んだほうがいいんじゃないか?」
魔法が苦手ということは、ここまで剣一本でたどり着いたわけだ。どう考えても道を間違っている。
「あの……。ぼくも自分では剣のほうが得意だと感じているんです。でも、前の将軍でいまは王国の剣術指南を勤めるお祖父様が、『お前が剣を握れば、たくさんの命が失われる。それよりは魔術を修めて誰かの命を護りなさい』と言われて、魔法学校に入学しました」
お祖父様、この子の中に眠る”狂気”を見つけてしまったか……。
まあモンスターが相手なら無双してもいいだろう。でも、戦場で人間を相手にするのはな……。
「で、お前さんはおれに何をして欲しいわけなんだ? わざわざ、ここまで乗り込んで来たからにはちゃんとした理由があるんだろ? それを聞かせてくれ」
まさか、事件を起こしてテストを中止させようという魂胆か?
気持ちはわかるが、人の道としては大きく外れているような気がする。
「し、試験を手伝って下さい!」
「はい?」
「誰かの力をお借りするのはダメだとわかっています。でも、今回だけはどうしても試験に合格しないといけないんです!」
「あ……。うん、それで試験の内容は?」
「【着火】の試験です。離れた目標に火を着けることが出来たら成功なんです」
あー、知ってる知ってる。空気中の燃素を集めて、摩擦で火を起こす魔法だよな。初歩中の初歩。おれ、その気になれば全世界を炎の海に変えてみせますが……?
「それだけ?」
「このダンジョンには伝説の魔導書が隠されていると教えてもらいました。それを読めば、ぼくの魔法もきっと成功すると思ったんです……」
え? どゆこと……。
目の前の女の子の説明に思わず混乱した。
「魔法を使うのはおれじゃなくて、お前なの?」
「あ、当たり前だよ! 試験は受けるのは、ぼくなんだから」
うーん、なんのこっちゃ。サッパリ意味がわからない。
あ、もしかしてこいつ、『魔導書』を”魔法を指導してくれる書物”とでも思っているわけ?
そんな、たかが参考書をどうしてダンジョンの隠し部屋に入れておく必要があるんだよ。勘違い、ここに極まれりだな。さて、どうするか……。
「……なあ、ちょっと訊いていいか?」
「な、なんでしょうか!」
「どうして、そんなに魔法学校に残りたいんだよ。友達もいないし、成績だって良くないんだろ?」
「それは……」
「親の体面や家の名声を守るってのも確かに大切だが、もっと重要なのはお前さん自身の考えだ。本当にやりたいなら、別にいまからでも剣の道に進んだって、誰も文句は言わないさ。それでも魔法学校に残りたい理由はなんだ?」
正直、この子自身を幸せを考えたら、道は他にいくらでもある。無理して見合わない場所にしがみつくよりは、さっさと違う生き方を探したほうがいいんだ。
「……わ、わかってます」
「ん?」
「人との付き合い方がおかしくて友達が出来ないことも。才能がなくて、いくらやっても魔法がうまく使えないことも……」
「だったら……」
「やろうと思えば、すぐにでも違う道に進めることも! 他にいくらでも楽な道があることもぼくは知っている! でも……」
アリシアは顔を下に向けたまま、話し続けている。
「まだ、諦めたくはないんだ。誰かに助けてもらいたくて、ここまで来たんだ。それでもぼくは、いまとおなじ場所にいることは許されないの?」
顔を上げ、おれを見つめる両の瞳には涙の膜が浮かんでいた。
「だったら教えてよ! ぼくはどうしたら、きみの力を借りることが出来るの?」
すがるような視線がおれに突き刺さる。
ようするに、こいつはまだ「自分は頑張れる」と言いたいんだ。
諦めなければ夢はいつか叶うと信じている。転生して別の世界に来てしまったおれには、もはやたどり着けない境地だ。
――くそっ! ここにいるのは、ありとあらゆる魔法を収めた世界にふたつとない『魔導書』だぞ。
三百年間、誰の目にも触れることなく過ごしてきた。ようやく現れたのが、明日にも学校を追い出されそうになっているポンコツ魔法使いかよ。これでは、なんのために転生してきたのか意味がわからない!
けど……。
「わかったよ。もういいから、涙をふけ」
「え?」
「とりあえず、お前の試験を手伝ってやるからもう泣くな」
「ほ、本当? で、でも、どうして急に……」
おれの態度が急変したことに驚いている様子のアリシア。
理由は簡単だ。”泣く子には勝てない”、ただそれだけ……。
こうしておれは三百年に及ぶ雌伏の時を終わらせた。
ありとあらゆる魔導に精通し、果たすべき使命は落ちこぼれの女の子を手助けすることだ……。自分でもまるで意味がわからん。
でもまあいいさ。世界を敵に回すより、ひとりの女の子の味方であるほうが世間的にはきっと格好いいはずだ。