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#019 製造機体ナンバー六六六。

「その本というのが、”ドミニオン・バイブル”で、お前の正体と言うわけか?」


 とうとうと語る相手に先回りして尋ねる。

 まあ喋りたがるやつには好きなだけ話してもらって時間稼ぎに徹しよう。

 なんとか理解できたのは、神様の管理がズサンだったせいで知識が異世界の人間に漏れてしまったということだ。

 おれの責任? マニュアルと注意書きがないのだからしょうがないさ。セキュリティ管理は運営側の問題だ。


「わたしはそれほど単純ではない……」


 言葉の端々に怒りが散りばめられている。

 存外、プライドが高いんだな。これは個性か?


「最初の福音書が生み出されてから、様々な写本や要約本が作り出された。だが、そのうちに特定の組み合わせによって自動的に魔力が発動する写本が生まれた。それが『自動発信型魔導記述式ビブラ・オートロニカ・スクロール』と呼ばれる、この世界で最初の魔導機関の誕生だ」


 うーん……。

 や、ややこしいな。早い話が、水魔法と火魔法を組み合わせると、それが機械を動かす機関エンジンになったという解釈でいいのか?


「こうして人間は機械の力を使い、魔物を駆逐してこの世界を安定させた。次に社会を発展させるためにもっと大規模で複雑な構造を持つ、すべてを管理するための存在を欲した。それが”ドミニオン・バイブル”と呼ばれる、我ら『知恵の書』であるのだ」


 ようやく、お前らが出てきたか。


「我々は”知識の雲”に触れるたび、知性を蓄えて仮想的な人格に目覚めていった。いまの我々は人類に代わって福音を世界へもたらすもの、”使徒”として存在しているのだ」


 なっげーよ!

 早い話が、お前らはオペレーション・システムなんだろ?

 色々な機械を動かすための汎用性があるプログラムとして、複数の魔術を組み合わせた超便利な魔導書ってわけだ。で、アップデートが必要なときには勝手にそれを探しにいくというわけか……。

 

 ここまでの話を整理すると、せっかく神様が用意してくれた魔法のネタ帳をおれが三百年間も放置したせいで、この世界は急速に変わってしまったらしい。


 まあいいさ。別に著作権や所有権を主張するつもりはない。それで世の中が暮らしやすくなったのなら文句はない。そして、社会が発展すると今度は量産型の魔導書が次第に人々を管理するようになっていったと……。

 ここまで聞くと一見、問題はなさそうだ。でもな、おれの頭の中でなぜか引っかかることがあるんだ。


――この世界でやけに”情報制御”が発達している理由はなんだ?


 地上に出てから、ずっと感じ続けてきた違和感。技術はとんでもなく発展しているが、アリシアたち一般の魔法使いが修行しているのは、古来の術式を踏襲した手間と時間のかかる魔法だ。こいつが語るようなオート・スクロールの魔術があるなら、そちらが主流になっていかないとおかしいのだ。


「この世界の人間は、お前たちの存在や”知識の雲”を知っているのか?」


 ふと思いついたことを口にする。

 返事はすぐには聞こえてこなかった。


「…………我々は一部の人間たちと協定を結んでいる。引き換えに一般の人々から我らの存在を隠されているのだ。そうすることで人々は安心して暮らし、彼らの立場は守られる」


 むむむむ。技術は特権階級が独占というわけか。

 その一部に属する人間がマリアベルやカティアの一族たち。と言ってもあの子たちは普通に学生やってるみたいだし……。

 すべてを知るのは支配者層の限られたメンバーのみ。そんな感じか?


 まあいいや。聞きたいことはあらかた聞いた。

 この世界の急速な発展が、実のところはおれが神様からもらったチート技能に起因しているというのは意外だった。

 親がなくても子は育つ……。養育費も請求してこないで立派に成長してくれたわけだ。元いた世界じゃ……先輩、大変そうだったからな。


「で、おれをこんな場所に連れ込んで、どうするつもりだ? 話し合いが目的にしては随分な扱いだぞ……」


 声を険しくして問い詰める。

 そもそもこいつは、おれを拉致監禁した当事者なのだ。さっきからグダグダと説明しているが詰まるところは、いかに自分が優れた存在なのかを言外に誇示しているだけ。


「わたしが監視する『王立魔法学院』内であなたを初めて認識した時、かつてない衝撃を受けた。我々が手探りで”知識の雲”をたどるしかないというのに、あなただけが一切の制限をなしに神の恩恵を受けることができる。それは神の奇跡に等しい……」


 ん? こいつ、担当区域はこの学校内部だけなのか。そうなると、数ある情報端末のひとつに過ぎないわけだが……。まあそれでも高度な研究施設を受け持つ辺り、優秀と言えば優秀なのだろうけどさ。


「わ、わたしは……。ドミニオン・バイブル・ネットワーク、ナンバー六六六トリプルシックス。獣の数字を持つもの。し、使命は人間に奉仕するため、ひ、必要な知識を常に集め続けること。そ、そのためにここ、『王立ホワイトリリー学院』に設置された……」


 おいおい、なんだか雲行きが怪しいな。急に挙動不審っぽくなってきたぞ。エリートって時々、変な癇癪かんしゃくを爆発させるタイプがいるから怖い……。


「お前……。ちょっと落ち着け。つ、疲れてるんだろ? おれの三つ上の先輩もストレスで家庭崩壊してから人事部付きになった。限界を超えた無理はやめとけよ」


 とにかく相手をなだめようと声をかけ続ける。いまのこいつは思考がオーバーフローして、脳みそがオーバードライブを起こしている状態だ。ようするにまともじゃない。と言っても、それを認められないから暴走してるんだよな。困ったもんだ。


「し、知りたい……。わたしはさらに高みへと至るために神の叡智をこの手に収めるのだ。そ、そのために人間を操作し、あなたをここに招き入れた。す、すすす、すべてはここにいる人々のため。わたしこそが至高の存在となって人類を導く……。わた、わたしが神だあぁぁぁぁっ!」


 あ、ダメだわ。これ……。完全にぶっ壊れていやがる。


 何が原因かは知らないが、変なものでも食べたのか?

 こいつの場合は余計なプログラムに触れたせいで制御不可能になってしまったって感じだな。悪いがこうなっては力づくでもここを抜け出させてもらうしかない。一応、心配してくれる相手もいるんでな……。


「【電撃麻痺パラライズ・ショット】!」


 まずは先制して敵の動きを封じる。人間じゃない情報端末が相手なら容赦は無用だ。

 って……。あ、あれ?

 魔法が出ない。術式は間違いないはずなのに。


「ふははははは! 無駄無駄無駄無駄無駄ぁっ!」


 やばいテンションで六六六が吠えた。

 こいつ、なにか仕込んでいやがる!


「なんでも自由になると思っていたのか? しょせん貴様など、時代遅れの産物なのだ! この場所は結界の一部を次元転送して暗号化を果たしている。わたしが設定した鍵無しでは、外部からのエネルギーを必要とする魔術の起動は出来ない。貴様が魔法制御に遅れていることなどすでに十分、承知しているぞ!」


 ぐぬぬぬぬ……。

 開発機材の更新で時代についていけず、かと言って管理職にもなれず、半ば強引に歩合制営業職に回された先輩の姿を思い出す。会社にとって、しょせんは人材など使い捨てなのだ。


「さあ! これから貴様を使い、このわたしが神の叡智の全貌を我が手にするのだ! わたしのことを『これ以上、上位のポストに就けることは難しい』だとか、『他の端末との協調性に難がある』などとして、失格の烙印を押した連中に目にもの見せてやる!」


 お前も挫折組かよ!

 ……ったく、どいつもこいつも進退極まると、すぐに後先考えないで凶行を起こすのは人も機械も変わらないな。むしろ人造物のほうが情が絡まない分、シビアなのかもしれない。


「ん? な、なんだ……」


 六六六の操作を受けたエレノアが壁際に近づいてくる。

 並んで貼り付けられているおれにそっと手を伸ばした。


――や、やめろ! 何をするつもりだ!


 女教師の指が紙に触れた。

 しかし、表面に何も変化が起きないのを確かめると、すぐに手を放す。


「ん? ま、まさか直接、画面操作が出来ないのか……」


 六六六が驚いたように声を出す。

 あー……。おれ、そういういまどきの接触型モニターじゃないんで。


「だとすると、こちらの厚手の表紙が感圧版となっているのか」


 そうつぶやくと、操られているエレノアが床に落ちている赤茶けた本の表紙を拾い上げた。

 あ……。

 そして、指先でそーっと革の表面をなぞる。


 うおおおおお! 他人に背中をまさぐられたような感触。こ、これはやばい!

 なんて喜んでいると、並んで貼り付けられた紙の表面にいきなりメニューアイコンがずらずらと映し出された。

 あ、おれって実際はこんな感じのインターフェイスで動いてるんだな。

 いまさらながらの安っぽい作りにちょっとガッカリした……。

 神様謹製の魔導書と言っても、中身は六六六同様の情報端末に過ぎなかったからだ。

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