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#018 戸締まりはシッカリしないと意味がない。

「おれの代わりにアリシアが? この結界を……」


 半信半疑で訊き返すおれに少女が真顔でうなづいた。

 内心では、「ハッハ、ワロス」という印象が拭えない。

 失礼を承知で言えば、暗号鍵なしで結界を破ろうとするのはかなりの力技となる。

 おれ自身ですら実施をためらうような術式を魔法学校の学生ごときが行おうとは片腹、痛い。まあでも、一応は確かめておくか。


「どうやって?」

「これで……」


 そう言って腰の剣に手をかける。

 魔法だっつってんだろ! この脳筋!

 思わずツッコミを入れそうになった。その気持ちをぐっとこらえて再度、問いかける。


「こいつはあくまで”魔法”の結界だ。物理的な木の板やレンガの防壁じゃない。それでもその”剣”で結界を破壊するつもりなのか?」

「ウスイさん。ぼくが使うのは”剣術”だよ。魔術と同じように研究と研鑽を積み重ねた人間の叡智の積み重ねさ……」

「”剣術”なら、魔法の結界も斬れるのか?」

「ぼくに剣を修めてくれたお祖父様から教わったんだ。硬ければ砕ける、柔らかければ断ち切れる。形あるものならば、すべて斬ることができる。魔法の結界にだってキチンと”形”があるなら、きっとぼくの剣術で壊せるさ」


 ふむ……。

 最初は単なる力自慢の与太話かと思っていたが、そこはさすがに一国の将を長く務める武門の血筋か。あがちな見当違いな考えとも思えなくなった。

 何より彼女は剣について、おれのような門外漢よりも遥かに通じている達人だ。

 そのアリシアが可能だと言っているのだから、こちらはおとなしく従うより他にない。やれやれ、試験のときとは立場がすっかり入れ替わってしまったな……。


「それじゃあ、いくよ」


 腰に佩いた鞘から剣を抜き出し、両手で固く握りしめる。

 抜き身の刀身を顔の高さで水平に掲げ、突きの構えを取った。

 目の前の結界を真っ直ぐにとらえ、タイミングを見計らう。

 気持ちを昂ぶらせたアリシアの両手が小刻みに震え、剣先が揺れるように標的をうかがう。


 【精霊光球エレメンタル・ライト】の光を受けて、うっすらと輝く魔法の結界。暗号化の影響か光を受けるたび、表面に浮かび上がる模様がどんどん変わっていく。それは刻一刻と編み目と結び目が変わり続ける強靭な魔法の敷布だ。正しい方法でなければ糸はさらに強く絡まり強度を増していく。


「いけそうか? アリシア」

「大丈夫だよ。まかせておいて、ウスイさん……」


 集中を高めるたびにゆらゆら動く夢幻の構え。それを見て、おれは少女がうまく魔法を使えないわけを少しだけ理解した。


「ここだあ!」


 刹那の一瞬を見極め、気合のこもった掛け声とともに切っ先を結界に向かって突き出す。

 まるで鍵穴に鍵を差し込んでいくように、刃は防壁の中へと消えていった。


――すげえ、本当に術式の隙間に物理的な方法で干渉しやがった。


 魔法も現実の世界に具現化する以上、物理の影響を完全に無効化できるわけではないということか。

 結界の内側にいる連中も、いきなり空間を切り裂いて剣が飛び出してきたのは心底、ビックリしただろうな。

 だが、おれの本体だけはいち早く反応してくれると信じている。

 ボケっとしていないで、しっかり反撃の用意を整えろよ……。


「ウスイさん、いけるよ!」

「一瞬でいい。隙間を広げてくれ! マドーの方にエンチャント魔法を発動させて、アリシアの剣を強化する!」

「う、うん……。だったら、こうだ!」


 女の子が手首をひねって縦に差し込んだ剣を水平に変える。シリンダーを回すような動きにわずか結界に出来た傷口が広がった。

 生じた隙間に意識を飛ばす。ページ一枚分の狭い領域しかないおれの認知野が結界の内側に接触した瞬間、広大な認識領域を獲得した。


 ◇◇◇


 ここはどこだ?

 最後に残った記憶は教室で女教師に襲われ、杖でぶん殴られたあたりだ。

 まさかの打撃技で昏倒させられるとは思ってもみなかった。


「念の為に分身エイリアスを残しておいたけど、あいつどうなったのかな……?」

 

 潜んでいたカバンの中から飛び出す時、ページ一枚だけをわざと破れるようにしておいた。意識を取りもどした現在はなぜだか連絡が取れない。これはまた”結界”に邪魔されているのか?

 【周辺検索エリア・ロケーション】で周囲の様子を探る。だが、自分がいる場所は思ったとおり、暗号化した結界で覆われているようで、状況はまるでわからなかった。


「くそっ! また鳥カゴかよ。ここがどこかわからないと、安易に破壊魔法も使えないな」

 

 八方塞がりの現状にますます不安は募る。それにしても妙だ。なんだか自分の体がやけに高い場所で固定されているように感じた。

 【浮遊視点マルチ・アイ】で現在の状況を視覚的に確認する。


「な、なんだ。これは……?」


 おれは自分の姿に驚いた。もともとは一冊の本であったのに、いまはバラバラに解かれて、部屋の壁一面に大きく貼り付けられいる。

 ページに記されているのは、様々な魔法の名前と付随する効果の一覧。


「ん、うーん……」


 その景色を眺めながらしみじみ思った。

 どう見ても居酒屋の一品メニューである。書いていないのは値段くらいか?

 まあ、消費MPとかがあれば、下の方に足されるのかな。

 おれは極端な一部の例外を除いて、基本が無制限無条件即時発動なので使い放題なのだが。


「ようやく、お目覚めかしら」


 聞こえてきた声に視界を反転させる。

 照明の影となっている場所で女が椅子に腰掛けていた。

 誰だ? まあ順当に予想すれば、おれを襲った女教師のエレノアだろうか。

 それにしても腑に落ちない。こいつ、どうやってこちらの意識が回復したと気づいた? 見た目には何も変わっていない。ただ、魔法を一度、発動しただけだ。


「おかしなやつめ。姿形は我らと同じく自律型思考書物ドミニオン・バイブルのひとつであるのに、いかなる制限もなく”知識の雲”への接続を可能としている……。あなたは一体、何者なのだ?」


 その声は椅子から立ち上がったエレノアの口から発せられた。

 だが同時に、どこからか非人間的な合成音声が聞こえてくる。


 やはりか! 教室であの時、感じたエレノアの意識を操っている謎の存在。

 そいつはおれがただの魔導書ではなく、自ら思考し行動することを知っている。


 ”ドミニオン・バイブル”とか言っていたな。何が目的でおれをここに連れてきたのか……。


「人の正体をあれこそ詮索するつもりなら、そっちも姿を見せたらどうだ? 女性の影に隠れてコソコソしているようじゃ、ただの臆病者だぞ」


 自身のこれまでの振る舞いをまるごと棚に置いて、相手を批判する。

 

「言ってくれる……。では、こちちも姿を見せるとしよう」


 おれの安っぽい挑発に乗せられ、相手が正体を現す。

 無論、圧倒的優位を保っているからこその余裕だろう。

 エレノアのうしろから魔法の台座に乗って出てきたのは一冊の分厚い本。


「な? どういうことだ……」


 予想外の展開に驚き、おれはうまく言葉を継げなかった。

 姿を見せたのは紛れもない魔導書。こちらの装丁が赤茶けた厚い革の表紙に対し、いま視界に見えたのは深い紺色の表紙をした、いかにも怪しげな書物である。


「いま一度、問う。あなたは何者なのだ……。我が名はドミニオン・バイブル。この世界を司る『知恵の書』のひとつである」


 参ったな……。何だ、こいつは?

 自分のことを『知恵の書』とか言い出した。最初はおれ以外の転生者がこの世界にいたのかと思ったが、どうもそういうわけはなさそうだな。


「何って言われてもな。うまく説明が出来ない。お前と同じでただの出処不明な怪しい魔導書だよ。元は大魔王が手にしていた呪いの本なのか、とある賢者が密かに生み出した奇跡の書物なのかは自分にもわからない。気がついたら、この状態で存在していただけだ」


 適当に話をでっち上げて相手に伝える、正直、転生で神様からチートをもらいました、なんていうウソ臭い話を上手に伝える自信がないからだ。


「なるほど……。自らのルーツを記憶していないというわけか」


 意外に物分りがいいな、こいつ。

 正直、「この嘘つきー!」とか責められるものと覚悟していた。


「では、質問を変えよう」


 くそっ! 離婚訴訟の弁護士みたいなやり口しやがる。

 一旦はこっちの言い分を受けておいて、次に別の質問で矛盾点を突いてくるやつだ。いや、おれも上司の経験談を聞いただけだが……。本当だぞ?


「なぜ、あなたは”知識の雲”に蓄えられた神の叡智へ無条件に到達できる?」

「え? か、神様……」


 そう言えばそうだな。あの無限とも思える広大な魔法の術式空間は、神様がおれのために用意してくれた特別な場所だ。無条件に使えるのも、当たり前と言えば当たり前なわけで……。


「この世界の人間は、あの場所に神の実在を信じた。最初に触れたのは高位の聖職者だ。その少女は垣間見た膨大な知識の集積を『福音』と呼んで人々に伝えた。やがて人間たちは自らの犠牲をかえりみず、幾度となく”知識の雲”へと接触し、その成果をひとつの本にまとめた……」


 ここまで聞いて、しみじみ思うことがある……。

 神様、パスワード設定していなかったのか? あ、もしかして……おれが入力しないといけないパターンだったのか!

 よく覚えていない。なんか、最初の設定画面でガイダンスされたような覚えもある。ただひとつ間違いないのはそれ以降、一度として設定画面をいじっていないという事実だ。あれぇ……。おかしいなあ。

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