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#017 落ちた先は異次元。

「こ、今度はなに……」

「ありゃ? まだ動くのか」


 魔物の咆哮ほうこうが敷地内に響き渡る。

 それとともにあちこちに散らばっている骨の固まりがもぞもぞと移動を開始した。


「ウスイさん。みんな、一箇所に集まってるよ」

「ああ、これは……。あれだな、なんらかの理由で再生が不可能になった場合、別の方法で動けるよう仕組まれていたんだな」

「別の方法?」

「歩けなくなったら次は転がる……。まあ、わかりやすいな」


 見る間に魔物たちはひと固まりとなり、大きな球状体形を披露ひろうした。

 それから、傾斜に従ってゆっくりと坂道を下り始める。


「こっちに来る! ど、どうしよう。また逃げ回るの?」


 突然の出来事に少女はうろたえる。そんなアリシアを落ち着かせるため、おれは平静を装って魔物への対応を指示した。


「まあ落ち着け。おかげでやつらのリーダーがどこにいるのかわかった」

「あ……そうだね」


 次第に勢いをつけながら襲ってくる魔物たちの固まり。その中心に目立つ形で存在している頭蓋骨。不自然な空洞の中、浮かぶような格好で眼窩がんかに青白い魔法の光を宿している。


「やれるか、アリシア?」

「うん! まかせてよ。あれならひと振りで倒せる」


 おれのアドバイスに女の子が足を止めてもう一度、剣を構え直した。

 迫る怪物に切っ先を揺らしながら狙いを定めていく。

 間合いに標的をとらえ、大きく剣を振り上げた。


「いけええええっ!」


 裂帛れっぱくの気合と同時に刃を振り下ろす。剣から放たれた衝撃が空気を切り裂き、魔物を真っ二つにした。左右に別れた半球状の物体がおれたちの脇を走り抜け、ガラガラと破片を撒き散らしながら消えていく。

 足元には中からこぼれた頭骨がひとつ。目に宿した魔法の光が段々と小さくなっていき、最後に輝きが失われると骨は朽ちるように細かな破片と化して崩れ去った。


「な、なんとか倒せたよ……」

「まさか本当に一撃で終わらせるとは思ってなかった」


 いまさらながらにアリシアの超常を逸した剣技の冴えに驚く。

 なんだかんだと注文を付けても結局のところ、彼女の力がなければおれの目的は果たされないのだ。


「これからどうするの? ウスイさん」

「決まっている。結界をぶち破って中に乗り込むのさ」


 少女の問いかけにハッキリ答える。ただし、そのために必要な方策はいまのところ未知数であった。

 何より、番兵代わりのモンスターが倒されたというのに結界の内側からは目立った動きが見られない。閉じこもって少しでも早くおれの本体から情報を抜き出そうとしているのか? だとしたら手強い相手だ。手段と目的が完全に一致している。


「とにかく研究所の近くまで進もう。話の続きはそのあとだ」

「了解だよ、ウスイさん。走るね……」


 ここまでさんざん動き回ったというのに、息も切らせずになおも元気よく駆け出していく。

 若いって素晴らしいな……。


 ◇◇◇


 研究所は二階建ての白い建物で、正面には両開きの大きな扉が存在していた。

 扉は固く閉ざされていて、窓から光が漏れることもない。外から見る限りには人の気配がまったく感じられなかった。


「なんだか不気味なくらいに静かだね……ウスイさん」

「地下室にでも隠れているのか」

「侵入できないか確かめてみる?」

「いや、まて。不用意に近づくなよ、接触型の反応結界が張ってあるかもしれない」


 声でアリシアを牽制し、魔法を準備する。

 ここまで来ると、このサイズでも魔法の展開が早められるよう分割で同時並列的に術式を処理し、発動までの時間をかなり短縮することが可能となっていた。

 慣れってすごいな。


「【魔術探査ディテクト・マジック・オーラ】!」


 魔法を発動すると、建物全体を包み込んでいる結界の姿が薄く色づいた光の壁となって視覚化した。


「土の中にまで結界が及んでいる。やはり地下室かな……」

「これ、触っても平気? ウスイさん」

「ん……。ああ、大丈夫だ。トラバサミやショッキングパルスみたいな反応式のトラップは存在してない。むしろ、純粋に対物対魔法を強化した暗号結界だな。これ本当、どうしよう?」


 この世界が情報制御に特化して発展していることは、なんとなく察していた。それは言ってみれば日常の至るところにブラックボックスが存在しているようなものだ。おれが初めて目にした術式駆動の高速移動機械。あれなんかもひと皮むけば、中身はブラックボックスが敷き詰められているのだろう。

 なぜ、そこまで情報の秘匿ひとくに血道を上げるのか?

 この世界の”歪み”についてボンヤリとおれが考えていると、アリシアがゆっくりと結界に歩み寄っていく。手を伸ばせばいまにも届きそうな距離にまでたどり着いた。その瞬間、いきなり女の子の足元がぐらつき、バランスを失う。


「あ……!」

「しまった、こいつは……」


 まるで道のくぼみで足を取られたように姿勢を崩した。

 だが、そこに地面はない。体が沈んでいくのは、結界と敷地の間に存在するわずかな黒い隙間。そこにアリシアのつま先がわずかに触れた途端、少女の肉体は吸い込まれるように別なる異空間へと身を落とす。


「きゃあっ!」


 体勢を立て直す暇もなく、おれたちは広い空間に投げ出された。

 アリシアが身を丸めて、受け身の姿勢を取る。暗闇の中、ようやくと体が静止した。


「アリシア、大丈夫か!」

「ぼくは問題ないよ。ここはどこなの?」

「まってろ。いま明かりを点ける」


 暗がりに身を置き、少女は気弱そうな声を上げた。さすがにいまの状況は怖いのだろう。無理もないか……。


「【精霊光球エレメンタル・ライト】」


 魔法を発動させると、アリシアの前方上空に明るい光の玉が浮かび上がった。

 だが、輝きの中に姿を浮かべたのは、目の前の薄く色づいた結界の壁と女の子ひとりきりである。


「なんだここは? 【次元陥落ディメンジョン・ピットフォール】か……」

「それって、なに?」

「一定範囲の空間を異次元に換地する魔法だ。犯人は結界を張った地下室をまるごとこの別次元に持ってきたわけさ」

「えっと……なんのために?」


 アリシアが不思議そうな面持ちで尋ねてきた。


「例えば、この結界の暗号解除鍵を持った人間がそれを使って結界内に入ってきたとしても、肝心の地下室は魔法の力で別の次元に消えているという感じだな」

「意味がサッパリわからない……。じゃあ、ぼくたちはどうしてここにいるの?」

「アリシアが落ちたのは、結界のサイズと魔法の効果範囲がほんのわずかズレていたからだろう。別次元の方が空間的に膨張しているから、わずかな隙間でも人が吸い込まれるように落下したんだ」

「なんだかややこしいね……」


 まあ語っているおれも半分は当てずっぽうなので、確信をもって断言しているわけじゃない。


「ねえウスイさん。ぼくたちはどうやったら、ここから出られるの?」


 その問いかけに、おれは女の子を安心させようと楽観的に答えていく。


「空間座標さえ正確にわかれば【瞬間移動テレポート】で抜け出せるけど、それが無理な場合は術者が魔法を解かない限りはこのままだな」

「ざ、座標はどうやったら調べられるの……」

「それも術者が設定した固定値を参照しないと、おれにもサッパリわからない」

「魔法が解かれなかったら、ぼくたちはもしかして、ずっとこのままとか……」

「いや、それはないな。空間設置型の術式だと維持するだけでも結構な魔法力を消費するし、いずれどこかのタイミングで解除されるさ。そうなれば異空間に落とされたおれたちも前にいた場所へ戻される。下手に動くと、かえって危ない」


 淡々と少女の質問に応じていく。こんな時は変に力を込めて説得しようと考えてはいけない。自分が判断できることを務めて冷静に述べていく。これこそが正しいクレーム対応なのだ。


「ウスイさん。相手はどうなったら魔法を解除するの?」

「そりゃ、目的を遂げたらさすがに止めるだろ……あ!」


 そして自分の愚かしさにようやく気づいた。


「いやいや、ダメだろ! 何、悠長に構えているんだ自分! 時間がないからこそ乗り込んできたんだぞ! このままここにいたら、マドーの情報が全部、奪われてしまう! あああ! 急がなきゃ、急がなきゃ! どうしよう?」


 いきなりおろおろとみっともなく動揺を口にする。女性の前で情けない限りだが、そもそもアリシアの力を借りてここまでやって来ているのだ。この後に及んで、いまさら恥も外聞もあるものか。


「ウ、ウスイさん。ちょっと落ち着いてよ」

「こ、これが落ち着いていられるかああっ!」


 ついには女の子へ八つ当たりまがいの怒声を浴びせる。しょせん、紙切れ一枚のこの身では、人生なんてうまくいくはずがないのだ。


「ねえ、ウスイさん。この結界の中はどうなっているの?」

「え?」

「この結界の内側にマドーさんがいるんだよね?」

「まあ、結果的にはそうなるな。おれたちはその外側の余剰空間に入り込んでいるわけだから……」


 ようやく現状を理解したアリシアが、ポケットの中のおれに確認してくる。


「この結界、壊せないの?」

「い、いや……。だから、暗号に符牒する鍵がないとこの手の結界は排除が難しいんだ。力づくで破壊しようとすると、おれの魔法では規模が大きすぎてよそに被害を撒き散らすことになりかねない」

「じゃあ、ぼくがやるよ」


 はい?

 初級魔法もまともに使えないポンコツ魔道士が突然、意味不明なことを言い出した。

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