#016 骸の戦士たち【コープス・パーティー】
やがておれたちは学園の敷地を離れ、問題の研究所が見える場所までやって来た。正門は固く閉ざされ、辺りを囲むようにレンガの壁が長く続いている。
「どうしよう、ウスイさん。門を破る?」
当たり前のように強硬手段を提起するアリシア。
この調子でおれがいたダンジョンも攻略してきたのだろうな……。
「うむ……。まずは罠の有無だけ確かめておくか」
殺傷力が高い即死系のトラップはさすがにないと思うが、捕縛や麻痺といったマイナス効果を持つ罠を仕込んでいるかもしれない。防犯用魔術としては一般的な感じだし……。
「【隠蔽感知】!」
研究所の敷地内に走査線を走らせる。強く結界が張られている本体の建物には無効だが、それ以外の場所に罠が伏されている気配はなかった。
「あからさまは罠はないようだな」
「じゃあ、正面から行く?」
「いや、この場合はまず間違いなく”待ち伏せ”されているだろうな。正面突破は余計な時間を取られるだけだ……」
そもそも機密を扱う高度な研究機関で、侵入者を意識した対策が為されていない時点でおかしい。あえて警戒を解いたということは、その分だけ警備が厳重なのだろう。近づくものは問答無用で始末するつもりか……。
悪い意味で徹底している。
「脇へ回って別の侵入口を探そう。その方が結果的に早いはずだ」
「うん、了解……」
おれの意見にアリシアも素直に同意した。理屈うんぬん以上に剣士としての直感が働いたのだろう。それでも正面から堂々と乗り込もうとしている辺りがこの子の恐ろしい部分である。
「きっと反対側にも出入り口があるよね」
「その中間から壁を乗り越えてみるか。【空中浮揚】を足場にすればいけそうかな?」
レンガの壁はアリシアが手を伸ばしても手が届かない高さである。二メートル超といった感じだろうか。魔法の台座を使えば、少女の身軽さも手伝ってなんとか超えられそうな感じだった。
「ぼくはそれで大丈夫だよ。壁上りは得意だし」
自慢するように答えたアリシア。なんのこっちゃと思っていたが、現場に着くとその意味がわかった。女の子はこちらが加勢をする前に、自ら助走してたやすく壁に取り付く。猫が塀を登るようにしなやかな動作でレンガの上に姿を移した。
「おてんばにも程があるな……」
あきれたおれを懐に抱えたまま、少女は敷地の内側に降り立つ。足元は柔らかい土の上に草が生えていたので、大した音も立たなかった。本当に魔法以外はすこぶ優秀な存在である。
「人影は……ないね」
「どうやら、あちらも単独での行動らしいな。このまま何事もなく進んでいければいいのだが」
「とにかく行ってみよう、ウスイさん」
おれの答えを待つよりも早く、移動を開始した。
アクティブに動くのは、常に相手から先制を奪おうとする本能の現れか。
修羅場にかかって、少女の感覚がさらに研ぎ澄まされていくのを実感した。
◇◇◇
壁際を進み、いよいよ研究所本体を臨む地点までやって来た。
視界にハッキリ映るあの建物の中にマドーが連れ込まれている可能性は高い。
「不気味なくらいに順調だな……」
ここまでなんの妨害も受けずにやってこれたのが却って不気味だ。
最悪、”ハズレ”を意識した瞬間、アリシアが不意に警戒を告げた。
「ウスイさん……。敵が来るよ!」
「な! ど、どこだよ?」
あせっておれが訊き返すと女の子は後方を振り返り、剣を構えた。
視界に映ったのは、土の中からいまにも這いずり出ようとしている二体の骸骨。頭にはオープンフェイスの兜、腕には剣と盾を装備した骸の剣士たち。
「竜牙兵か……」
「ウスイさん。あの敵は何? 見た感じはアンデットっぽいけど」
「あー。魔術師が門番代わりによく使うやつだよ。一応の伝承としては竜の歯や体の鱗を地面に埋めると、そこから不死の兵士が現れてくるって話だ。まあ実際には魔力で合成された人工生物だな。骨に見える部分は石で加工されている」
「それじゃあ、ここが……」
「当たりだな。わざわざこんなものを用意して侵入者を撃退しようとするくらいだ。建物の内側では今頃、ろくでもない悪巧みが進行中だろう」
迫る追手をにらみながら、おれはこの場所が目的地であることを確信した。
となれば、障害は一刻も早く取り除く必要がある。
「ウスイさん、戦ってもいい?」
逸る血気を抑えられないのか、アリシアが戦闘の許可を求めてくる。
十代少女のまともな精神とはだいぶかけ離れているのだろうが、人にはふさわしい場所と役割がある。彼女にとってはいまのようなひりつく空気の中こそが、もっとも生きるにふさわしい世界なのであろう。幸か不幸は別として。
「遠慮なくやってくれ。しょせんは泥棒よけ程度のモンスター。アリシアの敵じゃないな。ただし……」
言いかけたおれの声を最後まで聞かずに女の子は勇躍、飛び込んでいく。
予見したとおり、刃を打ち鳴らす機会すらなく骸骨はアリシアの剣技でほぼ同時に二体とも倒された。粉々となって地面に崩れ落ちていくモンスター。
「あれ、弱すぎない……?」
手応えのなさにとまどう少女。だが、これは戦いの始まりに過ぎない。
「ああ。こいつらは単体ではアリシアの敵じゃないさ。問題なのはこのあとだ。気を抜くなよ」
おれが注意を向けると同時に、碎かれた魔物の欠片が元通りに集まっていく。ふたたび骸が骨格を取り戻すと、骸骨は不気味に立ち上がった。さらには敷地内に広がっていた他の竜牙兵たちが戦いの気配に惹かれたのか、続々と集まってきている。気づけば、おれたちの前にはたくさんのモンスターが群れをなして押し寄せてきていた。
「ウスイさん……。これは」
さすがのアリシアも目の前の光景に少しだけ腰が引けたような声を上げた。
勝てるかどうかよりも、たくさんの魔物の姿に生理的嫌悪感を覚えたのだろう。
「やつらは倒されても魔法力によって復元するんだ。そして、”群れ”を率いるリーダーの指揮によって団体行動を取る。ようするに、リーダーを倒さないと戦いは終わらないって寸法だな」
「リーダー……。この中からどうやって探し出すの?」
「うーむ。いまのおれじゃ無理かな。【敵対識別】の魔法でも、あいつらはまとめてひと固まりの相手として表示されるだろうし……」
「じゃあ、どうしたら?」
「いま別の魔法を用意しているから、ちょっとだけ時間を稼いでくれ。面倒くさい相手だが倒せないわけじゃないんだ」
「わ、わかったよ。とにかく動き回ってみるね」
アリシアは近寄る魔物を剣で薙ぎ払い、集団から距離を取った。敷地内にある木々を巧みに利用し、相手から距離を詰められないように動き続ける。
やがて坂道を下っていき、敷地の中ほどまで撤退した。
「ウスイさん。まだなのかな?」
「待たせたな! 用意はバッチリだ。あいつらを全員、視界に入る場所へ誘導してくれ!」
こちらの指示に少女は坂道をまっすぐ降りていく。十分に距離を取った辺りでうしろを振り返った。魔物たちは列をなして、女の子のあとを追いかけてきている。よろしい、目論見通りだ。
「いくぞ! 【魔術破壊光線】!」
魔法の発動と同時に紫色の閃光がほとばしる。光は前方に集まっている魔物たちを透過して次第に拡散していった。だが、それだけだ。
「ウスイさん。もう終わったの……」
あっけにとられた様子でアリシアが問いかけてきた。
多分、彼女的には一撃ですべてを討ち果たすようなすごい魔法を期待していたのだと思う。でもそんな桁外れに強力な魔法を使えば、この敷地ごと吹き飛んでしまうのだ。繰り返すが、おれの破壊魔法は人のいる場所で安易に使ってはいけない。これは自らの戒めである。
「まあ、そんなにがっかりするな。残りはアリシアに任せるから、得意の剣技でまとめて吹き飛ばしてくれ」
「でも、どんなに倒してもまた復元するんじゃ……」
いぶかる少女におれは思わせぶりな調子で持ちかけた。
「そこはおれが細工をしておいた。もうあいつらは二度と元には戻れない。安心してやってくれ」
「……なんだか、よくわからないや。とにかく全力で倒せばいいんでしょ?」
「そういうことだ。思いっきりやっちまえ」
渾身の煽りを受けてアリシアが剣を斜めに構える。これはダンジョンでも見た、彼女の得意技だ。踏み込みと同時に薙ぎ払うような剣筋で正面に並んだ魔物たちを斬りつける。剣技、【螺旋疾風斬】。
衝撃が居並ぶ竜牙兵を木っ端微塵に打ち砕いた。バラバとなった骨が大きく宙に舞う。そして、地面の上に無数の骨片が降り注いだ。時を置かずして、魔物たちの体はふたたび立ち上がるべく集まっていく。
「やっぱり、また復活してしまう……」
女の子が、うごめく骨片を見つめながら力なくつぶやいた。
「よく見ろ。今回はちょっとばかり様子がちがうようだぞ」
「え? あ、あれ……」
視界の中でそれぞれが復元しようと小さな塊を作っていく。普通なら人の骨格を模して再現されるはずの魔物たち。だが、いまはてんでバラバラに骨がつながっている状態だった。あるものは手足が逆についたり、また別の魔物は骨盤の上に頭が置かれたりしていた。もはやまともに動ける個体は皆無と言ってもいいだろう。
「ど、どうして?」
「やつらは、たとえやられても即座に元通りとなるよう、魔力によってプログラムされた存在だ。おれは魔法でそのプログラムを破壊したんだ」
「だから、キチンと元通りになれないわけなんだね……」
「まあな。これで安全に無力化出来たなら無視して進めばいい」
ちょっぴり得意げに語って見せる。そのとき、モンスターの一団の中から遠吠えにも似た激しい雄叫びを上げるものが現れた。
「ウオォォォォォォンン!」
そして、周りの魔物たちが一斉に動き始める。