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#014 命名、ウスイ本。

「そんな! エレノア先生が……」


 おれはこれまでの経緯を手っ取り早くアリシアに説明した。

 これから先、どういう展開になろうとも彼女の剣の腕を頼りとするのは間違いないからだ。

 もちろん、おれ個人の問題に女の子を巻き込むことが正しいのかという疑問は残る。だが、いまは彼女しか頼るひとがいなかった。つくづく、ダメな大人だ……。


「これはまだ、おれの推測に過ぎないけれど彼女は誰かに操られている」

「操る? 一体、誰が……」


 つい口にした不穏な言動にアリシアが顔を険しくした。


「残念だが、まだそこまでの結論に至っていない。だが、犯人がろくでもないことを考えているのは間違いないだろうな。だからこそ、おれを誘拐したんだ」

「ろくでもないって……。具体的には?」

「危険な魔法を使って世界を支配する……もしくは破壊かな」


 あらためて思う。自分には『この世すべての魔法』なんてものは過ぎたおもちゃだ……。

 結局のところ、それだけの力があれば、ダンジョンから自力で脱出することも決して不可能ではなかったはず。

 

 でも、そうしなかった。

 最初から無理だと決めつけ、結界の内側に閉じこもっていた。自らの可能性を信じることも試すこともなく、ただ無為に時間を過ごすだけ……。きっと神様の方でも、そんなおれを見透かして力を与えたのだといまは思う。


「わかったよ、マドーさん。それなら早く先生を探そう」


 おれの話を聞き終えたアリシアがすぐにも動き出そうとする。


「ああ、そうなんだけど……」

「どうしたの? 他になにか問題があるのかな」

「これはおれの不始末であり、おれの問題だ。アリシアに危険を犯してまで手伝ってもらう理由はない。だから……」


 口にしかけた言葉は途中から声にならなかった。

 結局、自分は女の子の前で体よく振る舞いたいだけなのだと、いやでも気づいてしまったからだ。我ながら情けない。


「……理由はあるよ」


 おれの言葉をすべて聞くよりも先に少女は言い切った。


「マドーさんは、ぼくのお願いを聞いてくれた。だから今度は、ぼくがマドーさんの力になる番なんだ」

「……………………いいのか?」

「ぼくがそうしたいんだ」


 目の前に見えるアリシアの顔が不意に滲んだ。

 なんていうかな……。おれも年を取ったもんだ。

 人の好意が心に沁みる。


「わかった。それなら遠慮なく手伝ってもらおう。まずはおれの本体が連れ去られた場所に向かう」

「マドーさんが連れて行かれた場所……。そこにマドーさんの本体があるんだね」

「おそらくは教室からさほど離れた地点ではないだろう。どんなに遠くてもこの学園の施設内だ」


 ボンヤリとだが、そう感じた。


「どうしてわかるの?」

「本体が結界の外にいれば、おれと即座に情報がリンクする。それが出来ないということは、どこかの結界内に閉じ込められているはずだ」

「結界……その中にマドーさんがいるんだね? マドーさん」

「まあ、そういうことなんだが……」

「ど、どうしたのさ? まだ何か気になることでも」

「さっきから、めちゃくちゃ紛らわしいな……」

「あ……」


 自分では大した問題でもないのだが、第三者に呼ばれると同名なので非常に面倒くさい。


「混同しないように、本体とは別の名前をおれにつけてくれないか?」

「ぼくが?」

「頼む。こういうのは人から決められたほうが馴染みやすいから」

「そ、それじゃあ、こっちのマドーさんは一枚だけだから『ウスイさん』って呼ぶのはどう? あれ、どうしたの……」


 覚悟はしていたが、相変わらず容赦がないな、こいつは……。


「いや、アリシアみたいな子に”ウスイ”って言われると、ちょっとドキッっとするんだよ……。気になるお年頃だから」

「ダメかな?」

「い、いや……。この程度でくじけては、全国にいる『臼井』さんや『薄水』さんに申し訳ない。遠慮なく『ウスイ』と呼んでくれ」

「わ、わかったよ、ウスイさん。それで、出かける前にひとつ問題があるんだけど」


 ん? どうした。

 やけに神妙な顔をしている。そんなに急を要することなのだろうか?


「この子をどうしようか……」


 女の子に釣られて、視線をベットに移す。

 そこではまだ濡れた体を一生懸命、自分の舌でなめているアレキサンダーがいた。


「まあ、置いていくわけにはいかないか……」


 ◇◇◇


 アリシアは赤の法衣を着て、自分の部屋を出た。

 手には練習用の魔法杖。腰には長剣を佩いている。

 肩からは布製のカバン。たすき掛けした肩紐は重量でテンションが張っていた。

 誰にも見られないように気をつけながら廊下を歩いていく。


「あ……。こ、ここだね。マリアベルの部屋は」


 目的の場所に到達し、緊張した面持ちで扉の前に立つ。

 いざやって来ると、にわかに怖気づいてしまったのだろう。

 ノックをしようとした手が微妙に震えている。


「早くしろ。誰かに見られると面倒だぞ」


 おれは小さく折り畳まれた状態で法衣の胸ポケットに忍び込んでいる。

 【浮遊視点マルチ・アイ】を使って、周囲を警戒していた。

 残念ながら、この姿ではアリシアを魔法で完全にサポートすることは不可能だ。

 最大の長所である魔術の即時発動が効かない以上、見張り役程度にしか役に立たない。


「わ、わかってるよ。いま叩くから……」


 声とは裏腹に手は石のように固まって動かない。

 おーい、このままだと日が暮れるぞ。

 いよいよ、進退極まった瞬間。カバンの中から猫の鳴き声が廊下に漏れる。


「あ……」

「だ、ダメだよ! こんなところで声を出しちゃ」


 あせった少女がカバンに目を落とし、中にいる生き物をとがめた。ほとんど同じようなタイミングで扉が開かれ、部屋の内側から別の女の子が顔を出す。


「アレキサンダー! 帰ってきたのですか!」


 勢いよく現れたのは肩口で髪を切りそろえた小柄な少女、カティアだった。

 彼女は扉の前に立ち尽くしている謎の人影に驚いて、そのまま硬直している。

 入り口に近い場所にはテーブルとソファが置かれてあった。アリシアの部屋にはない調度品。個人で持ち込んだものだろうか?

 そこに制服を着たマリアベルがいた。さっき脱ぎ捨てたものではなく、予備が何着かあるのだろう。自室にいるときくらい部屋着でリラックスすればいいと思うのだが、生真面目な性格がそれを許さないのか。

 全員が身動きの取れない状況で、カバンの中に隠れていた猫が隙間から顔を出した。そして、もう一度、小さな鳴き声を上げる。


「カティア。アリシアさんを部屋に入れなさい。それから扉を早く閉めて」

「あ、はい! あ、あの……。こちらにどうぞ」


 アリシアの腕を取り、強引に室内へと招き入れる。扉が閉められ、猫がカバンからひと息に飛び出した。


「もう、アレキサンダー! とっても心配したのですよ!」


 カティアが嬉しそうに猫を抱き上げ、ベットに移動した。

 いまだ扉近くで動こうとしないゲストに、マリアベルがソファに座ったまま声をかける。


「あなたがアレキサンダーを捕まえてくれましたの?」

「え? ああ……あの子の名前がアレキサンダーなんだね。うん、そうだよ……」


 猫の名前を知らなかったアリシアが、ようやく質問の意味を解して返事をした。


「ではなぜ、わたくしたちのところへ連れてきてくれたのですか?」

「君たちがこっそり猫を飼っているのは知っていたからね……」

「そう……」


 相手の答えに短く相槌を打ったマリアベルが急に立ち上がった。

 そして、深々と目の前の女性に対して頭を下げる。突然の行為にアリシアは面食らったような表情を浮かべていた。


「な、なに?」

「お願いですわ。このことは寮にいる先生方には秘密にしておいてほしいの。あなたがわたくしをよく思っていないのは知っています。でも、アレキサンダーはまだ小さかった頃にカティアが見つけて一生懸命、お世話をして元気になった猫ですの。彼女の為にいまはまだ内緒にしてあげて」


 突如、下手に出られて困惑しきりのアリシア。すぐには返答を口に出来なかった。

 それを拒絶ととらえたのか、マリアベルが顔を上げて、まっすぐに少女を見据える。


「やはり、無理なお願いなのかしら……」

「あ! いやいや、ちがうよ! 別にぼくは最初から誰かに言うつもりはないんだ。ここへ来たのも、猫を返したかっただけだよ。だから安心して」

「本当ですの?」


 マリアベルの声に今度は大きくうなづいて同意を示す。


「ぼ、ぼくも猫は好きだからね……。アレキサンダーがいなくなるのはさびしいよ」

「そうですか…………ありがとう、アリシア」

「あ……。う、ううん。いいんだ、本当に! それじゃあ、ぼくはもう行くね」


 照れくさくなったのか、きびすを返して部屋を退出しようとしたアリシア。

 そこにマリアベルが慌てて呼びかける。


「お待ちなさい。そのような格好でどこへ行かれるのですか?」

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