#010 いざ再試験。
「なんにせよ、もう一回チャンスがあって良かったな。今度こそは成功させよう」
「そ、そうだね! ごめんよ、マドーさん。ぼく、ひとりで空回りしちゃって……」
「気にするな。さっきも言っただろ。アリシアの面倒を見るのがおれの役目だ。それよりもだな……」
「なに?」
「明日はおれも学校に連れて行け。できるだけ近くでアリシアを見守りたい」
「うん。で、でも、試験会場にマドーさんを持ち込むのは……」
確かに現場近くで様子を見届けるのは無理だろう。試験には筆記用具だけで挑むのが世の理。
「カバンに入れて、教室に置いておくだけでいい。おれなら魔法で試験の様子を観察できるからな」
「でも、それだとここにいるのと同じじゃない?」
「そうじゃない。昨日、お前さんが魔法を成功したのは”おれが近くにいた”からだ。お守り程度の効果でも、持っているのと家に忘れたのでは大違いさ。だからな……。明日はおれも同行させろ」
「わ、わかったよ、マドーさん」
おれの説得にアリシアはようやく理解を示した。
彼女はあくまでも自分の力で試験に臨もうとしている。錯覚とは言え、一度でもうまくいったという成功体験が自信の源となっているのだろう。おれのことを知ってダンジョンに来たのも、あくまで自らの魔法を成功させるため……。
その気持ちは大切にしてやりたい。だが、いまはまだ無理だ。アリシアの魔法には何か根本的な欠点がある。それがわかれば、改善の余地は大いにあると思うのだがな。
「アリシア、おれにまかせておけ」
「え? でも、試験を受けるのはぼくだよ」
「あ……。いや、そうだな……。ほ、ほら! おれの応援できっと成功させてみせるさ」
「そうだね。明日こそは頑張るよ」
他人を疑わないというのは美徳であるのか、欠点であるのだろうか……。
もっとも、この子にしてみれば、おれはようやく見つかった貴重な相談相手なのだ。無条件に信じることで安心して依存できる存在となっているのだろう。
しょうがない。おれがなんとかしてみせるさ。それが、ずるい大人のお仕事というやつだ……。
◇◇◇
日が変わり、いまは翌日の放課後。
時刻は間もなく、アリシアの追試が行われる頃合いだった。
おれは彼女の通学用学生鞄の中に朝から潜み、時を待つ。
放課後の教室には誰もいない。ほとんどの生徒が寮で生活しているため、授業が終わればさっさと宿舎に帰るか、各自所属するクラブへと移動してしまうのだ。なので、意味もなく教室でだべっているような生徒は皆無である。
「さてと、そろそろ試験が始まる頃だな……」
カバンに収まったまま、じっと気配を絶っていたおれは、おもむろに魔法を起動する。
「【周辺検索】!」
脳内に学園内の見取り図が展開される。校舎を中心に広がるいくつもの施設。中には検索不可能な建物があるが、これはおおかた結界によって封印が施されているのだろう。さすがに高度な研究機関だからな……。機密情報を保護する必要がある場所か。
さらに倍率を縮小し、試験会場を探す。校舎の裏手に広がる空間。奥には敷地を囲うように防風林が造成されていた。
「位置的にはこのへんかな?」
当たりを付けてマップ上に座標固定用のピンアイコンを差す。
「【遠隔透視】!」
魔法の発動と同時に、おれの視界が目標地点に向かって高速移動する。障害物となった教室の壁や別の建物を苦もなく突き抜け、指定した場所の風景を映した。
ぐるりと視界を三六〇度、一周させる。
いた! 法衣に着替えたアリシアだ。
アイコンをゆっくりとずらして、試験の様子がよく見える場所に視点を移す。
よし、オッケーだ。
その場にはアリシアと試験官らしき男の姿があった。
少し離れた地点に見覚えのある目標物。
どうやら、いまから試験開始のタイミングか。
女の子は一度、大きくお辞儀をした。それからうしろを振り向く。
手にした魔法杖を強く握りしめ、先端をゆっくりと標的に定めていった。
んー。
緊張しているのか、杖を持った手がふらふらと揺れている。
練習のときにも思ったが、これはあの子の癖なのかな?
魔術の基本はとにかく一点集中だ。そうすることで正確に魔力を対象へ注ぎ込むことが可能となる。彼女のように狙いがぶれていては、いかに詠唱が正しくても正確に魔法は発動しない。
(聞こえてるか、アリシア?)
(え? マドーさん! 一体、どこから)
(ああ、そのままでいいから気にするな。遠くからでもちゃんと見てるからな。それよりもどうした。集中できてるか? 指先が震えているぞ)
(で、でも、ぼく……。気合が入ると自然にこうなるんだ)
なんだ? 普段からこうなのか。
女の子にとっては自然のうちに指先が揺れることこそ、リラックスの証……。
むむむ。これはどういうことだ?
まあ、考察は後回しだ。問題はこのままでは魔法がうまくいかない可能性が高い。
だとすれば……。
「【点火】を使うか。おっと、その前に念の為……」
おれは視点をずらして、目立たない場所にある小石めがけて魔法を繰り出した。
しかし、目標よりもはるか手前で火花が上がり、地面に黒い焦げ跡が残る。
「ありゃ。これはちょっと……。ダメだな、レンズを通すと距離感が滅茶苦茶だ……」
そもそも、おれが得意とするのは”大規模な破壊魔法”だったりする。
なので、ミリ単位の精度を求められたりすると非常に困るのだ。
街を焼き払え、とか言われた方が座標指定で楽勝なんだよな。
「こういうときはレーザー測定器などがあると便利なんだが……。でも、そういう痒いところに手が届く魔法って案外、少ないんだよな。神様、はーつっかえ……」
創造主に悪態をつきながら次善の策を考える。
視点を上空に移して、見える範囲に一メートル刻みで透明なスクウェア・タイルを張っていった。浮かんだ境界線を頼りにアリシアと標的の距離を測る。
「よし、五メートルちょいってところか……」
今度は座標を指定して魔法を使うのではなく、対象を少女の杖の先に絞った。そこから目標までの距離をプラスして、【点火】を準備する。だが……。
「あ、これダメだわ」
揺れる女の子の手元のせいでピンポイントに的を狙えない。
タイミングを合わせようにも少女の指先の動きは不規則で、いつ標準が合わさるのか予想もつかない。おれが手間取っているうちに、呪文の詠唱はいまにも終わろうとしていた。やべ、時間がないぞ……。
「こ、こうなれば、魔法のレベルを上げるしかないな」
意を決し、新たな魔法を用意する。
【着火】上位派生魔法。
「【吐炎】!」
少女の杖先から青白い炎が放たれる。威力は極高温、ただし効果時間は一秒以下。短い時間でとにかく触れるものに火をかける。目論見はうまく功を奏し、揺れる射出口から吐き出された青い輝きは舐めるように標的を燃やした。
「これは……。ちょっと、やりすぎ?」
不自然にもほどがあるかな、さすがに。
これまで一度として成功しなかった落ちこぼれの生徒が、いきなり桁違いのパワーを持つ魔法を一瞬とは言え発動したのだ。怪しまれてもしょうがない。
ドキドキしながら経過を見守る。
あれ? 試験官、意外にニコニコしているぞ……。
アリシアも繰り返し、お辞儀をしている。
そして、男はいそいそとその場を離れていった。残ったのは嬉しそうな表情の女の子ひとりである。
(お、おい……。どうなったんだ?)
(あ! マドーさん! 見ていてくれた? ぼく、魔法が使えたんだよ!)
(お、おう……。なんかすごい炎が出てたな。試験は大丈夫なのか)
(うん! 教官も実技試験であんなすごい魔法を見たのは初めてだって褒めてくれたよ)
いいのか? それで……。
魔法学校の試験にしては成否が緩すぎる。
それに追試と言っても監督はひとりきり。要は試験官の胸先三寸じゃないのか?
なんだか、色々と大人の事情が透けて見える。
それともおれが先走り過ぎただけなのか? 頭の中でモヤモヤとした感情が沸き起こる。
「まあ、でも試験は無事に終わったんだ。いまはそれを喜ぶとするか……」
アリシアのために何でもすると決めたのはおれだ。
結果として、彼女の危機は救えた。ならば文句はない。
ひとつ安堵のため息をついた。
気持ちを切り替えてもう一度、少女に呼びかける。
(よかったな、アリシ――――)
ん? なんだ、おかしいな?
突然、電波が途切れてしまったように相手と連絡が取れなくなってしまった。
再度、通信を試みるもまったく反応はない。
「なんだ? 何が起こった。まるで、おれの魔法が封じられているみたいだ……」
突発的な出来事に頭の中の整理が追いつかない。
なぜ学校の教室にいて、このような不思議な現象が起こるのか?
原因と答えを考える。
もしかして、”結界”か?
ひとつの可能性にたどり着き、すでに効果が切れている【遠隔透視】を解除する。代わりに【定点監視】をカバンが下げられている机の天板に設置した。
下から見上げるような視点。浮かび上がる謎の人影。誰だ?
長い髪と体に張り付くような白いシャツ。上には濃い色のローブを羽織っている。そこからでもハッキリと見える、隠しきれない成熟した肢体。
こいつは……。おれたちが魔法の練習しているときにやって来た女教師じゃねえか!
確か名前は”エレノア”だったか……。