#001 なにがどうしてこうなった?
気づいたら、おれはここに居た。
死んだら神様に「何が欲しい?」と言われたんで、おれはすべての魔法を使えるようになりたいと答えた。生きていた頃は冴えないおっさんだったけど、小さい頃からの夢が「いつか大魔法使いになりたい」だったからだ。
そしたら神様、意外なことにふたつ返事でこれをオッケー。
こうしておれは現存する全ての魔法を手に入れ、新たなる世界に転生した。
そして、いまおれはダンジョンの奥にある秘密の宝物庫にいる。
来たんじゃない。気づいたらここにいた。
なぜならおれは、この世界にある全部の魔法が記された『魔導書』となっているからだ。
いや、ないわー。これはないわ、さすがに……。
まあ、最近は人外転生も多いっていう話は聞いていた。
でも、自力では動けない『魔導書』っていうのは、さすがにやりすぎでしょ?
どうするの。お話、進まないよ。これ?
実際、意識が戻ってからもうずっとこうしている。
容易には人が近づけないダンジョン。その奥の隠し部屋の中だ。
もうどれくらい経ったのかもわからない……ことはなかった。
部屋の中にある微量元素の量を測れば、どれくらいの時間が流れたのか、おおよそは判明する。そういう魔法もあるのだ。
気がつくと実に三百年。この薄暗い宝物庫の片隅で無為の日々を過ごしている。
もういっそ、何もかもを破壊してやろうと考えたが、ひとつ大きな問題があった。
おれは”封印”されているのだ。
大規模破壊を伴うような危険な魔法には所有者の意思がいる。
誰かがおれを手に入れて世界を破滅させたいと願わない限り、その魔法は使えないのだ。
というわけで、おれは今日もダンジョンの奥でひたすら冒険者を待ちわびている。
こうなれば、過度なぜいたくは言わない。
――ここから出してくれるなら、悪魔でも悪人でも構わない。
などと、捨て鉢な気分に浸っていると魔法検知の範囲内にひさかたぶりの反応が現れた。
おっと……。これは?
ああ、でも駄目だな。反応がひとつしかない。
つまりは無謀な一匹狼か、さもなくば姑息な盗賊が単身、乗り込んできただけ。
いずれにしたって、この部屋の存在に気づけるはずがない。
諦めかけていると、隠し扉の近くに気配を感じた。
お、張られた結界を見つけたのか?
だとすれば展開した魔力を感知するセンスはあるようだ。
少しだけ期待してみる。
相手は扉の前で立ち止まった。そのまま動かない。
やっぱりか。鍵として使われている魔力パズルが解けないんだ……。
まあしょうがない。これまで何人もの冒険者が挑んで開けられなかった代物だ。
こいつも結局は解けずに帰ってしまうのだろう。
そんな風に予想していると……。
ピキッ!
ん、なんだ?
ビキッ! ビキッ! ビキビキビキッ……。
なにやら扉の向こうで物騒な物音が響いている。しばらく見ていると、謎の材質で出来た部屋の壁にたくさんのひび割れが走った。
え? なんだ、扉が開けられないから壁を壊そうとしているのか!
いやでも、この壁は魔法の障壁と未知の材質を組み合わせた、いわばハイブリットな防壁。いくらなんでも力づくで突破することは……。
ドカンッ!
最後に強烈な打撃音が聞こえた。
それからガラガラと壁が崩れ、向こう側から明るい光が差し込む。
開けられた隙間をくぐって何者かが部屋の中へと入ってきた。
小柄な体。ふたつに分けた黒髪。燃えるような赤い瞳。意外なことにやってきたのは若い女の子だった。
頭にはツバの広い三角帽。背中には丈の短いマントを羽織っている。
身につけた赤の法衣。ところどころで民族的な模様が使われていた。
パッと見た印象としては、魔法使いかな?
ただ、明らかに異質であったのは、手に携えているひと振りの長剣。
その格好でここまで来たということは、少なくとも剣の腕は確かなのだろう。
「やっと、見つかった……」
女の子が可愛らしい声でつぶやく。
持っていた剣を投げ捨て、おれが鎮座している台座の方へと駆け寄ってきた。
「これで、ぼくは最強の魔法使いとして歴史に名を残すことが出来る」
あー。魔法の真理とかそういうのはどうでも良くて、とにかく名声を手に入れたいタイプか。ま、まあ……。若い頃っていうのは、どいつもこいつも一度は「有名になりたい!」とか思っちゃうんだよな。
「ぼくを馬鹿にした連中を思いっきり見返してやる!」
あれ、ちょっぴり挫折系?
んー。でも、悔しさをバネに成長していくってのは王道のストーリーだからね。
結構、結構。
「ぼくの才能を見抜けなかった、あの教師たちに真の恐怖を刻みつけてやる!」
おい、まてまて。こいつ、かなり屈折してるな。
手段と目的がいつの間にか入れ替わってるタイプだ。関わるのはあまりよろしくない……。
「あー、コホン! 盛り上がっているところ大変、すまないんだがね。お嬢さん……」
「ほ、本がしゃべった?」
「知識の集大成である魔導書だぞ。自ら話すくらいの知性はあっても当然だろ?」
「た、確かに。では、あなたのお名前は?」
え? しまった! 三百年もぼっちだったから、誰かに名前を呼んでもらうという可能性を見落としていた。
どうする? 転生前の名前でも伝えるか……。いや、でも、それは安直だな。
そうだ!
「わが名は『空』。いまだ名前を持たぬもの。わが真名を決めるのは本の所有者のみである……」
「つ、つまり……。手に入れたものに題名を付ける権利が生まれるということ?」
「まあ、そんなところだ」
よし、うまくごまかせた。
「だが、わたしのマスターとなるには、ある条件が必要となる」
「じょ、条件……。手に入れるだけは駄目なんだね」
「当然であろう。わたしはこの世界にある全ての魔術を収めた至高の書。それを手にするものには相応の資格を求める」
「そ、その資格って?」
やべえ。なんと言ってお断りしよう。
ついさっきまでは来てくれるなら誰でもいいと考えていた。だが、現実に相手を目の前にすると、危ないやつの手に渡るのだけは避けておきたい。
おれの中にはリアルで世界を滅ぼす究極破壊魔法が記されているのだ。
興味本位で使われでもしたら取り返しがつかない。
チラッ……。
こいつは……駄目だな。一番、渡してはいけないタイプだ。
火薬庫の近くで知らずに火遊びをするような子供。
自分の利益だけで動く悪党よりも始末が悪い。
「あー……そうだな。わたしを手に入れるものには体のどこかに『星型のアザ』がある。それこそが選ばれた一族の証なのだ」
「星型のアザ……?」
「うむ。それを持つものだけが、時代を超えてわたしの力を行使できるのだ」
「それがないと、きみの所有者にはなれないんだね?」
「残念だが運命だ」
視界を閉ざし、ひとり物思いにふける。
これでよし。
星型のアザを持つ人間なんてこの世には存在しないが、こう言っておけば諦めて引き返すか、持ち帰って図書館にでも寄贈してもらえるだろう。
自由になれないのは悲しいが、世界の安寧と人々の幸せを考えれば正しい選択だ……。って、なんか音が聞こえるな?
肌をこする布ズレの音……。
「あ、あの……。どうかな?」
女の子の声がして、視界を開く。
目の前に白くまぶしい女性の肌が見えていた。
安心しろ、背中だ。残念だったな。下着だけは残している。
なんだかよくわからないが女の子は上着をすべて脱ぎ捨て、肌着一枚でうしろを向いていた。
どうですか? と訊かれれば、「大変、結構ですね」としか答えようがないほどのシミひとつない見事な肌だ。真っ白い布に包まれたおしりの形と、そこから伸びた張りのある太もも。まさに神の造形。十代少女のみずみずしい裸身がおれの記憶野に飛び込んでくる。
思わず、連写モードでシャッターを切った。
「何してるの、お前?」
ついつい、素に戻って問いかけた。
馬鹿なの? 変態なの? そういう趣味なの?
最後だったら、まあ許す。
「あ、あるかな?」
だから何がだよ。おれに見えているのは、パ○ツ一丁で人前に立っている頭のおかしい痴女だけだ。
「ほ、星型のアザ……」
はい?
「も、もしも、まだ見えないのなら、これも脱ぐけど……」
そう言って、最後の牙城に手をかける。
おい、やめろ! 見たいけどそれは駄目だ!
「自分では確認できないから。でも、ひょっとしたら、そっちから見える場所にアザがあるかもと思って……」
決定、この子はアホだ。可愛いけどアホだ。
「あー! あった、あったぞl 背中にバッチリ残ってるぞ、星型のアザ! いやーよかった、よかった。これで一安心」
ウソも方便だ。とにかくいまは、この羞恥心をどこかに置き忘れてきた女の子に服を着てもらおう。
「ほ、本当? 本当にぼくの体には星型のアザがあったの?」
やばい、視覚オフ!
女の子が前を向きながら、こちらに近付こうとしていた。
いそぎ視界を閉ざし、スクリーンに『SOUND ONLY』という文字が浮き上がる。
「これで、ぼくは所有者になれるんだね? 良かった!」
多分、上半身に何も着けないまま、おれを抱きかかえているのだろう。
ささやかだが確かに感じられる胸の膨らみが、おれの表紙に張られた感圧版にムニュとした感触を伝えている。
ここは天国か?
いや違うな……。
こうしておれは生まれ変わって三百年。ようやくと新たなご主人様に巡り会えた。
アホで馬鹿な女の子だがな。