TAKE11:京介
その夜、京介の様子は一変した。
体の動きからして鈍くなり、家の壁に背を向けたまま倒れこんでいた。
京介のお母さんは目に涙を浮かべて京介の様子を見守っていた。
京介の目には“光”が無かった―――――――――。
真っ黒に塗られて瞬きさえ数分に何回程度になっていた。
京介の側に寄ると、つぶやく声が聞こえる。
「好きな女、守れなかった」
何度も何度もつぶやく。
その言葉を聞くだけで、あたしの胸は痛んだ。
“安心してよ京介。あたしはここにいるよ?”
今すぐ言いたい。
“あの時はついカッとなっちゃってぇ〜”
仲直りしたい。
“あたしも、好きでした。フフッ”
伝えたいのにっ・・・・。
今すぐ飛びついて京介を安心させてあげたい。
でもあたしには何もできない・・・。
ここに、立っていることだけしかできないんだ―――――――――――・・・。
妹だからだめなの?違う。死んでるからダメなの?
違う。
『そーゆーの、弱虫ってゆーの!!』
あたしが“弱虫”だから、ダメなんだっ・・・。
正体がばれてしまったら“小春”としての存在をすべて消されてしまう。
この言葉にずっと怯えてた。
あたしが“小春”であったことよりも、言いたい一言を言えばいいのかな――。
分かんないよ―――――・・・。
お風呂に入って気持ちを落ち着かせた。
体から出る湯気が気持ちいい。
「苺ちゃん・・・お兄ちゃん、呼んで来てくれる?」
京介のお母さんは手を震えさせながらあたしに頼んだ。
階段を足をピタピタさせながら上った。
2階は薄暗く、京介の部屋を見つけるのに時間がかかった。
もう1度1階に下りて懐中電灯をもらい2階へ上がった。
さすがに3歳児のような体は往復はきつい。
息もすっかり荒くなって京介の部屋のドアに手を掛けた。
カチッ・・・カチカチ・・・
不気味に響く奇妙な音が部屋から聞こえる。
急に冷や汗が出てきて頬を伝う。
ドアノブを握っている手が小刻みに震えた。
このドアを一瞬開けようか迷った。
ドアを開けたらどんな光景を見ることになるか、一瞬頭に浮かんだからだった。
ハッとしてあたしは頭を大きく左右に振った。
気持ちを切り直すと一気にドアを開けた。
そして、懐中電灯を落としてしまった。
「俺・・・が、死んだほうが良かったんだ・・・。俺のせいで・・・小春は・・・」
机の蛍光灯の光で京介の肩辺りから見えていた。
左手の袖をまくって手首に当てていたのは、カッターナイフだった。
足がすくんだ。
うん、これは予想していた光景だったから。
でも予想できなかった。
あたしのせいで・・・あたしのせいで・・・
頭の中に何度もこだまする。ズキズキなるほど。
バシッ!!
自分で自分の頬を平手打ちしたことでようやく目が覚めた。
まず最初に頭に浮かんだ言葉。
『止めなきゃ』
今にも切り刻みそうな京介の手を止めるべく、あたしは無我夢中で飛び込んだ。
「アホ―――――――――!!!」
ボンッ。
あたしは京介の頬を思いっきり殴った。
「っ・・・?!」
椅子から転げ落ちてすぐに頬に手を当てて何が起きたのか確認する。
カッターがこちらに飛んできたのですぐに拾ってゴミ箱に入れる。
そして呆然としている京介に向き合ってにらんで、京介の体にまたいで乗って、胸倉の襟を掴んで叫んだ。
「しっかりしろ!!小春は何で兄ちゃんをかばったんだ?!
生きてほしかったからでしょ!?
兄ちゃんまで生きる希望なくしたら、誰が小春の分まで生きてやるんだよ!!」
微かに揺れる京介の頭。
表情が薄暗いけれど見えた。
さっきの表情とは変わらなかったが、微かに瞳から液がこぼれてきた。
「小春はっ・・・本当に、死んだんだな・・・」
狂ったような笑い顔を見せた。
あたしは胸倉を掴んでいた手を緩めた。
「守れなかったのに、小春の分まで生きて・・・いいのかな・・・??」
その表情は次第に悲しみへと変わった。
「ばかやろうっ・・・ホントガキッ・・・。いいに決まってるじゃない。
兄ちゃんの人生なんだから・・・」
「小春・・・・・・」
京介は目を丸くした。
あたしは小さな掌を京介の頬に当てた。
とても温かく、温もりがあった。
「苺っ・・・・・・。俺・・・」
さっきのことをようやく理解したのか、ズキズキする頬を押さえている手を下ろし、あたしを大きな体で抱きしめた。
「効いた・・・お前のクソパンチッ・・・サンキュウ」
目に涙を浮かべて笑っていた京介の目には、光が戻っていた。
きっと、あたしが“妹”としていなかったら、京介はこの世にいなかったかもしれない。
京介は強いけど、あたしが守る。
存在をかけて。






