中を覗けば
いつもの帰り道。いつも通りの光景。違うのは、俺の手の中にあるものだけだ。
それは外側を千代紙で彩られた細長い筒状のものだった。所謂、万華鏡だ。
俺がそれを持っている理由は至極単純だ。友人に渡されたのだ。
その友人というのは少々変わったやつだった。いつも暗い色の服とマスクを身につけ、いかにも怪しい雰囲気を漂わせている。
所謂オカルトと呼ばれる類いのものを好む彼は、そんな不気味な様子に反して友人は多かった。
寧ろ「普通」な俺の方が友人の数は少ない。解せぬ。大いに解せぬ。
しかし、彼は友人が多いくせに人と行動することをあまり好まなかった。俺くらいのものだろう、彼と毎週必ず会うのは。
まあ、それというのも、彼と俺が幼なじみという関係だからだろう。かなり長い付き合いなので俺は彼との出会いを覚えていないが、彼はしっかり記憶しているらしい。少し前に聞いてみたが、適当にはぐらかされてしまった。
その時に彼が何か言っていたのだが、どうにも思い出せない。
そんな彼は、面白いものを見つけると必ず俺に見せてくるという習性を持っていた。そんなわけで、恐らく今回もその類いなのだが、どうにも引っ掛かる。
常にへらりとした表情の彼が、珍しく真剣な顔をしていたから。
それに言っていたことも気にかかる。
――絶対に、中を覗いちゃ駄目だよ。
それは俺が「駄目と言われたら、いうことを聞けない」タイプの人間と分かった上での行いか。それに、万華鏡を渡しておいて中を見るなとは。ならば何のために渡したのか。
当然俺が尋ねると、彼は「まぁ、御守りみたいな……?」と曖昧な返答を寄越した。
彼がこういう反応をする時は、それ以降は梃子でも動かない。
彼――春日 希林――は、そういうやつだった。
帰宅した俺は、万華鏡を指先で弄びながら何を見るでもなく窓の外を眺めていた。
彼が曖昧な言葉の裏に隠した何かが気になって勉強に手がつかないのだ。ならば、中を覗いてみれば全てが解決しそうなものだが、それではやつに躍らされているようで面白くない。
だが、これ以上時間を浪費するのもいただけない。やつが俺の思考をここまで読んでいたとしたら癪だが、素直に敗けを認めようか。
やはり俺は人のいうことを聞けないやつなのだ。
小さく溜め息を吐いて俺は万華鏡を目の前に持ち上げた。
創られた世界はきらきらとして目に眩しかった。色とりどりの光がくるくると舞い踊る。
その時、何処かから声が聞こえた。
……して。……返して!
その声は、何処か懐かしさを覚えるものだった。
一気に蘇るあの日の情景。
『僕は君のことを存外気に入っている。だから、どちらに転ぶにせよ僕は手を出さないことにするよ』
あの時は意味が分からなかったけど、今なら分かる。あれは、俺と「もう一人」を天秤にかけた言葉だったんだ。
俺が借りているこの場所の本来の持ち主。常磐 優輝と。
俺がやつとの出会いを覚えていないのも当選だ。何故なら、その時に俺は「まだ」いなかったのだから。
――俺は、「創られた」人格だ。
昔から頭が良くて、だけど泣き虫だった「もう一人」が「普通」に憧れて創りだした存在。本当は、俺なんてこの世に存在していなかったのだ。
やつの方が友人が多かったのも頷ける。こんな創られた「ニセモノ」に人が集まるはずもない。
俺は溜め息を吐き出して気持ちを入れ換えると、努めて明るい声を出した。
「ほら、そんなところに居ないで出てこいよ」
姿は見えないが、あの子が俺の声を聞いていることは分かった。
「返してって言うなら、俺くらい乗り越えてもらわないと困るな」
自分が消えるための説得だというのに、躊躇いは少しもなかった。それが、いかに俺があの子のための存在かということを思い知らせてきて、少し複雑な気持ちになった。
「君をからかったやつはもういない。なんたって、あの時は小学生。今は高校生だ。……まったく、お寝坊さんめ」
笑うように囁くと、あの子の気配が強くなった。
俺の役目もこれで終わりか。まあ、存外悪くない。
決して言ってやらないが、あいつのおかげで楽しく過ごせたのは事実だ。
「じゃあな、希林」
小さく笑うと、俺はあの子に背を向けて歩き出した。
目を開くと、目の前にはきらきらとした色が広がっていた。くるくる変わる色彩に、一瞬遅れてそれが万華鏡だと気付く。
何故、おれは万華鏡なんて見ている?
それに、さっきから何かが脳裏を過って落ち着かない。
『お寝坊さんめ』
あの優しい笑顔はだれのものだ?
分からないことがあるなら聞けばいいと、おれは安直に悪友の元に向かった。
「おい、春日」
おれが声をかけると、一瞬黙ったやつはこちらを振り向いて何とも言えない笑みを浮かべた。
「やっぱり、オリジナルの勝ちか」
「何の話だ?」
「いや、なんでもない。で、何か用? 君が僕のところに来るなんて珍しいね」
「まあな」
さて、どう話したものかと思っていると、やつは人の悪い笑みを浮かべた。
「まあ、大体言いたいことは分かっているんだけどね。万華鏡は、持ってきた?」
「ああ」
「じゃあ、ついておいで」
背を向けて歩き出した奴は、一度こちらを振り向いて呟いた。
「まったく、お寝坊さんはどっちだよ」
案内されたのは、真っ白な空間。所謂病院だ。
迷いのない足取りに、やつが何度もここに来ていることが分かる。
やがて、やつの足は一つの部屋の前で止まった。プレートに名前はない。
「ここだよ。ここに答えがある」
何かに惹かれるように目を開けると、そこは眩しい空間だった。何度か瞬きをして目を慣らすと、眩しく見えたのは一面の白だと分かった。
腕を持ち上げてみると、ほとんど肉のない不健康そうなそれが映った。
どうやら、俺の人生はあれで終幕とはいかなかったらしい。
その時部屋の外が騒がしくなった。誰か来たのかもしれない。
「……まったく、勝手に居なくなったりして自分勝手な姉弟たちだよ」
呟いて笑う。
「まあ、それに付き合う僕も大概だけどね」
ここまで読んで下さりありがとうございました。
今回の作品は創作仲間とタイトルを交換して書いたもので、本当に時間がない時期に書いたのでいつも以上に設定が甘いです。すみません。
因みに、このお話は突然友人が出演したいと言い出したので、キャラクターがそれらしい名前だったりします。
以下、今回の作品には関係ない話です。
しばらく消滅していましたが、ようやく忙しい時期を乗り越えたので、またちょくちょく作品を上げていく予定です。改めてよろしくお願いします。
かっぱまき