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三章

 剣術の稽古を終えて、僕こと王国アイゼンルートの王子(といっても、王位継承権はないに等しい)、ルクライン・アイゼンルートは自室へと向かっていた。

 胸の内に巡るのは後悔の念だ。また今日も殺し損ねてしまった。

 稽古の度に隙を見て練習相手の首を落とそうと狙っているのだけど、いつもいいところで教官の“止め”がかかってしまう。

 どうにも以前別の稽古相手の両手を切り落とし損ねた辺りから、警戒されているらしい。

 今日の稽古の相手は、貴族であり騎士でもある名門ルクサント家の十七歳の長男、ダレインだった。騎士道精神に溢れ剣術にも長けた好青年、というのが周囲の評価のようだったけれど、僕の評価は全くの逆だった。

 剣術の腕なんて、五歳も年下の僕に手加減されていることにすら気づかないようなお粗末なものだったし、騎士道だなんだと古臭い考えに囚われているのも知能が足りてないとしか思えない。

 騎士道なんてのは、馬鹿な民衆を騙す為に掲げるものであって、為政者の側がそんなものを本気で信じているのにはあきれてものも言えない。

 だから、そんな無意味な頭は練習中の事故に見せかけて切り落としてやろうと思っていたのだけど、恥ずかしいことに失敗してしまった。

 僕の立場を考えれば、事故で一人殺したぐらいじゃ流石に斬殺刑まではいかないと思うんだけど、中々機会に恵まれない。

 きっと今日のことも我が父上や教育係のへインズ辺りに報告が言って、周囲の警戒が余計に強くなることだろう。

「そもそも、以前にやりすぎたのが失敗だったかなぁ」

 いまよりも小さいころに、生き物が死んだらどうなるのかを見てみたくて、虫や小動物、貴族の飼っている猟犬なんかを剣や素手でばらしていた時期があったんだけど、どうにもそのころから一部の人間に警戒されている気がする。

 で、そのころの疑問は結局解決せず、今度は人を標的にしようと思ったんだけど、これが中々うまくいかない。

 流石に現時点でこの国を丸ごと敵に回すような愚は冒せない。だからなんとか事故に見せかけようと思ったんだけど、それはそれで結構大変だった。

「おまけに魔術の勉強をしていることまでばれてるみたいだし」

 とはいえそっちに関しては想定内のことだった。

 さすがに自分の部屋できる魔術の訓練には限界がある。僕が得意な魔術は比較的目立たない(ように出来る)ものだったけど、それにも限界はある。

 特に、規模の大きな魔術を発動しようとしたら、どうしてもばれないようにするのは難しい。

「人生ままならないものだなぁ」

 たったの十二歳で人生を語ることの愚かさは理解しているつもりだったけど、そう呟かずにはいられなかった。

 そんな風に一人でぶつぶつと呟きながら、気が付けば自分の部屋の前までたどり着いていた。

 十二歳の身には少々重い扉を開けて中に入る。

「おかえりなさいませ、ルクライン様」

「うん、ただいま」

 出迎えてくれたのは、僕の専属の従者であるアルフシュテインだ。名前が長いので、僕を含めみんな“アル”って呼んでいる。

 アルは腰まで伸びた銀髪と澄んだ瞳がとてもきれいな女性だ。表情はいつもちょっと固めだけど、それを加えても多くの人が美人だと評価するんじゃないだろうか。年はおそらく十八歳前後。はっきりしてないのは彼女がもとは孤児で、正確な誕生日がわからないからだ。もっとも、わかったところで庶民は誕生日を祝ったりなんてすることは無いんだけど。

 ただ、一応仮の誕生日は決めてある。王城内で他人に尋ねられた時のためのものだ。

 そもそも、王族専属の従者、メイドというのはそれなりに親の地位が高くないと成れない。

 信用のできる人間以外を王城に入れるわけにはいかない、まして常に王族の傍にいる立場となればなおさらだった。

 だから、わざわざアルのための偽の身分を用意した。当然僕だけじゃそんなことはできないから、とある貴族に協力してもらった。

 その貴族も僕と同じように騎士道なんてくだらないと考えていて、何かと協力してくれている。

 まあ、まったく同じという訳ではないんだけど、そもそもどれほど仲がよかろうと他人は他人だ。それに、その貴族ともそこまで仲がいいとは思っていない。あっちがどう考えているかは知らないが。

 それはともかく、僕がわざわざ苦労してまでアルを手元に置いているのには、見た目以外の理由が当然ある。

 まあ、見た目が美しいことも理由の一つではあるんだけど。

 これは僕の持論なんだけれど、不細工な人間をいじめるよりも綺麗な人間をいじめる方が楽しい。

 不細工が顔を苦痛にゆがめていても醜いだけだが、美人が苦痛に呻いているのは見ていて非常に楽しい。

 で、それ以外の理由として、彼女には非常に優れた魔術の適性がある。今はまだその才能は開花していないけれど、いずれは僕と同じぐらいか、それ以上になるのではないかと思う。

 魔術。

 この国では徹底的に排斥しているものだけど、僕にとっては愚行としか言いようがない。

 感情以外で魔術を排斥している理由を言える奴を僕は見たことがない。

 “騎士の方が魔術師より優れているから”なんて、いかにも知識に自信があるかのように言うやつもいるけど、そういうやつこそ自分が無知だと理解できていない大馬鹿者だ。

 人間の身体能力の限界もあって、数十年、下手すれば百年単位で進歩のない近接戦闘と違って、魔術は日々研究され、進歩している。

 今となってはほとんどの国がいかに魔術師を効率的に運用するか、そしてどう相手の魔術師に対処するかに頭を悩ましているというのに、この国だけ戦術論も戦略論も、魔術師をそこに組み込めないために大幅に遅れている。

 まったく、ばかばかしい限りだった。十年ちょっとしか生きていない僕よりも、視野の圧倒的に狭い大人を相手にするのは、むなしい気分にすらなってくる。

 いっそのこと僕が丸ごとこの国をのっとって大改造してやろうとすら思う。まあ、実のところその準備は着々と進めているのだけれど。

「今日もいろいろ大変だったよ」 

 そんな愚痴を言いながら、ベッドへと飛び乗った。ああ、ストレスがたまる。人も物も関係なく、ぐちゃぐちゃにぶっ壊してしまいたい衝動に駆られる。

「ルクライン様は私たちと比べて賢すぎるので、その分苦労も多いのでしょう」

 他の奴がそんなことを言ったら、その場で首を落とすか思案するようなおべっかだが、アルのそれはそこまで不快ではなかった。

 それは本心から出た言葉だからだろうか。アルは僕の年齢が低いからと言って侮るようなことはしない。

 それは僕に対してだけではなく、すべての人に対して、年齢や地位ではなくその能力でもって優劣をつけている。

 その合理的な判断は僕にとっては好ましいものだった。

 少なくともそこらじゅうにいる馬鹿どもとは違う。自分の部屋に帰ってまで、馬鹿の相手をするのは気が滅入るので、やはりアルを従者にしたのは間違いではなかったと思う。

 まあ、僕に対する評価に関しては、彼女の命を救った人物ということで、いくらか補正がかかっているとも思うが。

「何とかならないものかな?散々知り尽くしている上に興味もないことを今更習うのも退屈だし、剣術の訓練もつまらない。唯一の楽しみだった魔術の研究も、図書館が使えなくなったせいで独学でやらなくちゃいけなくなったし。退屈で死ぬ前にさっさとクーデターでも起こそうかな」

 もっとも、実際に今ことを起こすわけにはいかないこともわかっている。

 僕は別に死にたいわけじゃない。世の中楽しいことはたくさんあることはわかっているから、むしろ少しでも長生きしてそれら全てを満喫したい。

 そのためには今は雌伏の時だ。

「失礼いたします。へインズ様からを伝言を預かっておりますが」

 ベッドの上ででろーんと四肢を投げ出していた僕は、その声に体を起こした。

 へインズから?一体何の用事だろう。今日はちょっと授業が退屈だとアピールしてしまったぐらいで、後から何か言われるようなことはしてないと思うんだけど。

「入っていいよ」

「失礼いたします」

 そういって入ってきたのはへインズの従者の一人だった。まったく興味がないので名前すら覚えていないが、その黒い髪はこの国では特徴的だったので、かろうじて外見は判別できた。

「で、先生はなんだって?」

 忌々しいことに、“先生”などと呼ぶことを強要されている。

 あの老人から学ぶことなんて何もないというのにね。

 そもそも、あんな思考の前時代的な人間が知識人だともてはやされている時点で、この国の程度が知れる。少なくとも、僕が王ならあんなのを自慢げに他国に見せびらかすようなことはできないだろう。

 と、考えが大幅にそれてしまった。

「はい、へインズ様は『少々早いですが、そろそろ戦場を経験しておくのもよろしいでしょう。来週が初陣となりますので、心を決めておいてください』とのことでした」

 最初はへインズの従者が言っていることが理解できなかったが、その内容が頭に入っていくるにつれて、僕は自分の顔が自然と笑みを形作っていることに気が付いた。

「本当に?本当に来週初陣なのかい?」

「はい、そう伺っております」

 へインズの従者が僕の態度をどう思ったのかはわからない。初陣に対する不安に駆られている姿か、それとも初陣に対して武者震いする頼もしい姿か。まあ、そのどちらかととられただろうが、僕の内心に渦巻き、今にも口から溢れだしそうなほどの感情は、そのどちらでもなかった。

 圧倒的な歓喜。大声を上げて叫びながら、そこらじゅうを走り回るという知性の欠片もない行動を、気を抜けば取ってしまいかねないくらいに気が高ぶっていた。

「『了解しました、しっかりと準備をしておきます』と伝えておいてくれ」

「かしこまりました。それでは失礼いたします」

 丁寧に頭を下げて退室するへインズの従者の姿を見送ってから、僕は歓喜のあまりベッドの上を転げまわった。

「ははははっ!聞いたかい?聞いたかいアル?初陣だって!初陣だってさ!はははははは!」

「おめでとうございます、ルクライン様」

 僕の喜びに水を差さない程度に返事をしてくる従者を横目に見ながら、僕はなおも転げまわった。なんだかずいぶんと年相応の行動をとってしまっている気がするが、この時ばかりは気にしない。

 一体どうなってそんな結論に落ち着いたのかは知らないが、今日だけはへインズのことを褒め称えてやってもいい。

 だって初陣だ。大変めでたい。来週には戦場に行って、ためらうことなく大勢殺せるのだから。それどころか、殺せば殺すほど英雄として称えられ、周りからの評価が上がる僕にとって天国のような空間だ。多少やりすぎたとしても、初陣ゆえに戦場の空気に慣れていなかったといってごまかせるし、場合によっては少々勇ましすぎたというだけで処理されるかもしれない。

 仮に原型をとどめないぐらいに人間をぶっ壊しても、大した罰則もない空間がほかにあるだろうか?

「ははは!実に愉快だ!アルを連れていけないことだけが残念だよ」

 いくら従者とはいえ女性を連れていくわけにはいかない。戦場では別の従者が付くことになる。要するに今のアルは、立場こそ従者ということになっているが、実際はメイドとなんら変わりがないということになる。

 このあたりも実に前時代的だ。まあ、基本的には男の方が力があるから、歩兵と騎兵と弓兵しか存在しないなら、問題ないのだろう。だが実際には魔術師も存在するわけで、魔術の素質は男女の差が出ないのだから、今時女が戦場に出ることが許されない国もアイゼンルートぐらいだろう。

「私のことは気にせず、どうか楽しんできて下さいませ」

「そうさせてもらうよ」

 ああ、今から楽しみでしょうがない。来週まで興奮で眠れないんじゃないか、という馬鹿げた考えすら浮かぶ。今からどんなふうに殺してやろうかとそんなことばかりが頭をよぎる


「楽しみだ。ああ、楽しみだ!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 がたがたと大きく揺れる馬車の中で、僕は期待に胸を膨らませていた。

 その環境は、お世辞にもいいものとは言えなかったが、そんなことも気にならない。もっとも、僕が王族でなければ移動は徒歩か馬だったはずだから、それを考えれば恵まれた方だと言えるのかもしれない。

 何にせよ、あれから一週間も経てばさすがに気分もいくらか落ち着いていた。まあ、戦場にたどりついてしまえば、どこまで自制が効くかは僕自身にもわからないところではあったけど。

 時折大きく揺れながら進む馬車。その周りには僕の護衛ということになっている騎兵隊の姿があった。みな一様に緊張した表情をしているのは、王族の護衛を任されたからか、それとも単にこれから戦場に向かうことになるからか。

 その周囲の緊張感すら、今の僕には心地いい。

 馬車の窓から見る景色は、先ほどまではぽつぽつと木々が見えていたが、次第にそれらが一本たりとも見えないものへと変化していた。

 ナルダナ平原と呼ばれるこの地は、大陸一の死地として名高い。遮蔽物の一切ない広大な平原で、大きな国力を持つ国同士が戦争を繰り広げるのだから、そこで展開されるのは必然的に物量に任せた泥沼の消耗戦だ。

 戦術的な行動を取ろうにも、地形がそれを許してくれない。

 伏兵を潜ませるような物陰は存在しないし、奇襲だって双方が最低限の歩哨を出していればそれだけで成立しない。

 落とし穴を掘ったり罠を作ったりしても、作る過程も作った後も敵に丸見えとなっては何の意味もない。

 それ故に、ダルーニア側は遠距離から魔術で攻撃するというごく一般的な魔術師の運用での攻撃しかできることがなく、アイゼンルート側もそれを騎兵の速度で打ち破ろうとする以上の行動はとれない。

 そんな単調な戦闘が何年も繰り返され、未だにどちらが極端に優勢になることもなく一進一退の攻防を繰り返している。双方多量の物資と人的資源を食いつぶしながら、不毛な争いを繰り返しているのだ。

 大変楽しい場所だと言える。

 人の命が一山いくらで売買されているのは、いくら軍事国家のアイゼンルートといえどもここぐらいなものだろう。

 そんなにいらないのなら僕によこしてほしいと常々思っていた。

 今日は幸運にも、その競りに参加できるとになってうれしい限りだ。

「全隊、停止!」

 外の護衛の責任者の声とともに、騎兵の駆る馬の足音が一斉に止んだ。それと同時に僕が乗っている馬車も停止する。

 どうやら目的地に着いたようだ。

 馬から降りた騎兵の一人が馬車の扉を開けてくれる。僕は傍らに置いていた剣を手に取って、一歩一歩馬車から降りた。

 外に出て、すぐに王都との違いに気づく。

 空気が違う。それは雰囲気的なものではなく、単純にそこに漂っている臭いのことだ。

 この地でどれほどの血が流れたのだろうか。血なまぐさい、としか言いようがない臭いが鼻をつく。確か、以前に動物をばらした時もこんな臭いがしていたように思う。

 とても興奮する臭いだ。

 僕が深呼吸して肺いっぱいに戦場の空気を取り込んでいると、一人の男が僕の方に近づいてきた。

「お久しぶりです、ルクライン様。ようこそ時代遅れの鉄火場へ」

 皮肉を口にしながら僕の前に片膝をつく男性。

 名前はゴルディア・ハースロッド。アイゼンルート王国の大貴族ハースロッド家の現当主だ。

 僕と同じような金髪碧眼をしているのは、王家と遠い親戚にあたるからだろうか。

 その金髪を左に撫でつけている様は、整った顔立ちと相まって、非常に女性から人気が出るだろう。まあ、彼によってくる女性の九割九分九厘はその家柄が目的だと思うが。

 ハースロッド家はアイゼンルート建国の際に、初代アイゼンルートの側近として活躍した者の家系だ。

 今でも有力な貴族であり、騎士として王家からの信頼も厚い。

 もっとも、現当主のゴルディアは王家に対する忠誠心など欠片も持ち合わせていないだろうが。

 彼は今のアイゼンルートという国の在り方に否定的だ。

 外交や貿易で諸外国と触れ合ううちに、この国がいかに時代遅れなのか悟ったらしい。

 それ故に、同じくこの国の現状を憂いている僕とも仲がいい。

 というよりも、アルを僕の手元に置くための手助けをしてくれたり、この国の外の知識が手に入るように手配してくれたりしている貴族というのは彼なのだ。

 僕としても、古臭い考えを盲信している馬鹿どもよりはよっぽどマシな話し相手と言える。

「久しぶりだね。この馬車と護衛の手配、それに今回の戦争で動きやすいように君の部隊に組み込んでくれたことに、お礼を言うよ。ありがとう」

 そう、今回ゴルディアの部隊の一部として戦場に来たのは彼が取り計らってくれたことだった。他の部隊にいたのでは、厳重な護衛をつけられて、前線を見に行くことなんてとてもできないだろう。だけど、彼ならその辺りうまく取り計らってくれるに違いない。

「いえいえ、同志として当然のことをしただけです」

 彼は僕のことを時折“同志”と呼ぶ。この国で数少ない、時代遅れの考えに固執していない人間という意味ではその通りなのだけれど、身分の違いを無視して自分と同格に扱おうというのは正直腹が立つ。まだまだ利用価値はある人間だから、殺すようなことはしないけど、殺意だけは湧き上がってきてしまうのはしょうがない。いずれ殺すと心に決めている。

 けれど、それも今日ばかりは気にならなかった。そんな些事が気にならない程度に僕のテンションは高かった。

「それで、さっそく戦場を案内してくれないかな」

「おっと、そうでしたね。まずは私の拠点に行きましょう。すぐそこですよ」

 そういってゴルディアは歩き出した。そのあとを僕もついていく。ここからでも拠点は見えているし、わざわざ馬車に乗りなおすほどの距離でもないだろう。

 その周りを、馬から降りた騎兵が周囲を警戒しながらついてくる。

「さあ、こちらがルクライン様の宿舎になります。戦場ゆえに、狭くて使い勝手もよろしくないかもしれませんが、ご容赦ください」

 ゴルディアの拠点に着いてまず案内されたのは当面の間寝泊りする場所だった。

確かに、僕が普段寝泊りしている王城の部屋に比べれば質素だが、それはそもそも比較することが間違いだろう。

 戦場での仮の宿としては思っていたよりも上等な代物だった。

 簡易なテントのような作りだが、中は結構広い。少なくとも、ゴルディアのものよりは広いだろう。

 こちらも簡易式だがベッドも用意されており、不自由することは無いだろう。

「とりあえず開戦は明日です。逸る気持ちも理解できますが、それまではこの拠点からは出ないようにお願いします。それと、明日は護衛とは別に部隊をお貸ししますので、戦場ではそちらをお使いください。もちろん、前線に出ることはない、“ということに”なっていますが」

 要するに、僕が望めば一切敵と剣を交えることなく王都に帰還することもできるということなのだろう。もちろん、そんなことを望むはずがないが。

「了解した。ああ、僕に貸してくれる部隊の隊員は、極力“死んでも惜しくない者”をそっちで選んでくれ」

「よろしいのですか?」

「ああ、僕はまだまだ未熟だからね“うっかり敵陣に突っ込んで死なせてしまうかもしれない”」

「なるほど、かしこまりました。こちらでもバックアップしますが、あまりご無理はなさらないように。あなたは今後のアイゼンラートに必要な方なのですから」

「わかっているとも」

 何とも白々しい会話だった。僕もゴルディアも本心など彼らも含まれていない、形式上だけの言葉。ただ、最後のゴルディアの言葉は本心だろう。

 僕の兄たちは軒並み騎士道なんてものを本気で盲信している連中だ。

 ゴルディアは彼らの誰かが王位を継ぐことになればこの国は緩やかに衰退していくと考えているはず。

 なので、僕に王位を継がせようと本気で考えている。

 正室の母から生まれた四人の兄を差し置いて、妾腹の子である僕が王位を継ぐなんて、この国に限らずどこの国でもありえない。

 だから方法はただ一つ、反乱を起こして国を乗っ取ることしかありえない。

 その時の神輿として、僕には生きていて欲しいんだろう。

 反乱が無事完了した後は、権力を取り上げて傀儡政権を作り出したり、事故を装って処分したり、まあその辺りだろうか。

少なくともただただ愚直に剣のみを追い求めているようなのよりは頭は回るが、しょせんそれだけだ。

 猿の群れの中での比較で頭がよかったところで、しょせん人間様に敵うはずもない。

 今はまだ利用価値があるし、仮にも貴族の当主であるゴルディアを殺して無事でいられる立場を確保出来ていないから殺すようなことはしないが、当然いざという時の手は打ってある。

「それでは、明日の出陣前にまた会いましょう」

「うん、また明日」

 別れの挨拶をして、ゴルディアと別れた。明日が待ち遠しくて、とてもではないけれどじっとしているなんて出来そうもない。

「せっかくだし、この拠点の中でも見て回ろうかな」

 戦場に出るのは初めてだから、拠点の構築方法を学ぶいい機会だ。もちろん知識としては入っているが、実際に目にするのはまた違った勉強になるだろう。

 それに、今は少しでも戦場の空気を感じていたかった。

「気持ちが昂るなあ。今後幾度となく戦場に出ることになるだろうけど、初陣は人生で一度きりだしね」

 この興奮を、そして今後の感動を忘れないように、しっかりと意識に刻み付けながら、僕は日が暮れるまで拠点の中を練り歩いた。



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