雪原の夢
俺はファンタジーが書きたいんだ。
そんなことを考えながら書いたからこれはきっとファンタジーだ。
しかもボーイがガールとミーツするんだからこれは王道ファンタジーに違いない。
そんな感じ。
それはすごく嫌な雪だった。
雲が覆い星さえ見えない夜空と黒塗りの山中。
一面木々も無く、ただただ真白な霧のように見える雪が降り積み、乾いた風がひゅうとふく幻想風景。
その脆い白の大地にじっとりと汗ばみながら俺は佇んでいた。
体にぴたりと張り付く服の感触が、とても嫌だった。
ここは何処だ。問い掛けるべき人もいない。
誰かいないのか。呼びかけようにも口はこわばる。
早くどこかへ行かねば。逃げ出そうにも、雪が阻み動けない。
心の無い雪と大気だけが、そこでは動いていた。
生きているのは、俺だけだった。
無情な雪は落下を続ける。空から地面へと、延々と続いていく。それは無数の投身自殺者を想起させた。
俺の体温を奪い続ける冷たさは膝元まで積もっている。その骸の山は鉱石のように輝き、足元に縋り付き、俺の命をも道連れようとしている。俺はそれにおぞましさを感じた。
プラトンも死んだ。アリストテレスも死んだ。ニーチェも死んだ。
過去の全ての人間は死んでいった。だから、人間は死ぬ。そんな帰納法の例文がふと浮かんだ。
そして対となる演繹法の例文はこうだった。人間は死ぬ。俺は、人間である。だから、俺は死ぬ。
ああ、寒い……。
汗が止まらない。体は凍えている。感情の無い冷たさがまとわりつく。生者の温度が奪われている。
嫌だ。……嫌悪。
厭だ。……厭離。
否だ。……拒否。
発作のように痙攣する身体。しかし一向に熱は生じない。
雪たちを運ぶ風は、ひゅうるりと吹き続ける。それでも俺に纏い付く亡者たちを払いはしない。
何もできない俺を彼らは喜んで蝕んでいく。
そして気づけば俺の体はもう、首から下が、死んでいた。
意識が、はっきりしない。ただ怖くて怖くて仕方がない。
積もり続ける亡者たちの白、辺りを覆う奈落の黒。俺はそれに呑まれてく。
この奈落の先には何があるのだろうか。いや、きっと何もない。
俺もそこで、何もなくなるのだ。
そう感じると、その奈落の底知れぬ恐ろしさが、重く身体にのしかかってきた。
逃げられない。
足掻けない。
拒めない。
行き場を失くした恐怖が、どっと脳に押し寄せてくる。
それに次いで冷たい血液が死んだ体から送られてくる。
それらから脳が逃れようとのた打ち回っている。
誰にも助けられない。
これは……孤独だ。
誰か。
ふと、雪以外の何かが動いた。
……あれは何だ。
無明の中に、放物線を描く様に跳ねる白がある。
亡者の白にも似ているが、あれはきっと生きている。
雪に紛れ、死者に紛れ、弧を描きながら俺に近づいてくる。
それでいて少し、怯えているようだ。
怖がりな癖に、あんな所を跳ねて行く。
あれは ウサギだ。