パーティーの準備と使者
そのあと仕事に戻った私は、ドレスを決めたアンを連れ、再び部屋へと戻りました。部屋の扉を開けると、
「「あはははは!!」」
部屋中に響く二つの笑い声…セナとジルのものです。そして、彼女たちがその笑いを向けている先にいるのは、顔を真っ青にさせたマリーヌ。私の後ろからはアンがこっそり顔を出して様子を窺っており、私はそれも含め呆れた顔で見つめ、彼女たちを見つめました。
「……何の騒ぎ? アントワーヌ様もいらっしゃるのよ?」
「アル…ぷぷっ!! 聞いて頂戴! やっぱり、マリーヌってば太っ」
「今すぐにその口を閉じないと、この城から叩き出すわよ」
マリーヌの低い声に一旦は口を閉じたセナでしたが、その唇からは笑い声が洩れております。ジルが私のそばへと寄って来ると、隣のアンがハッと息を呑むのが聞こえました。ジルの本日の服装は、自国の装いのようです。踝まである丈のチャイナドレスに、カンフーパンツのようでゆったりとしたものを履いています。髪は珍しく後ろで一つにしていることから、これが彼女の国の礼装なのでしょう。歩くたびに腰についている鈴の音がシャランっと聞こえます。
「アル。今は彼女に話しかけないほうが利口だね。彼女、採寸の結果を見てショックを受けているからさ」
ジルはそう私に耳打ちをすると、隣で固まっているアンに微笑みます。
「アントワーヌ姫様、お初にお目にかかります。マッティーナ王国ノストラ伯爵家令嬢、ジルと申します。どうぞ何かありましたら、是非うちにご依頼を。期待以上の結果を出して見せましょう」
そして、左手をお腹へ、右手を後ろへと持っていき、左手が隠れるようにして礼をしました。彼女の国では、武術を重視するので、利き腕を隠すようにお辞儀をするのが礼式なのです。
「は、花の王子の女装…まさか間近で拝めれる日が来ようとは…」
「…? どうかされましたか?」
「えっ!? い、いえ! その…ご依頼とはどういうことかと思いまして……おほほほほ!!」
私は思わず頭を抱えてしまいそうになりました。あなた…少しは自重しなさいな。憧れの子と会えて嬉しいのは分かりましたから。助け舟を出してくれとばかりに私を縋るように見るアンに、私は口を開かざるを得ませんでした。
「…アントワーヌ様には必要ないとは思いますが、ジルの家はマッティーナ王国でも屈指の……用心棒として有名なのですわ。その人気の高さゆえ、他国からでも御贔屓にされている方がとても多いとお聞きします」
私の言葉にジルは謙遜する素振りを見せ、笑いました。そして、私がわざとぼかして言った言葉を訂正するということをします。
「あはは。アルーシャ殿に家のこととはいえ、手ぶらで褒めてもらうのも悪い気がしませんね。まぁ、用心棒というより……ほぼマフィアと言ったほうが正しいのですが」
アンが引きつった顔をするのを見てニコッと笑うジル。…この子、本当にいい性格していますわ。ジルが履いていたカンフーパンツのような服を少し引っ張り上げますと、中から細い…しかし筋肉で引き締まったふくらはぎがチラリと見えます。そして…そこには隠してあるナイフがキラリと光っておりました。
「我々の主な仕事は暗殺でございます。あらゆる殺し方で、貴方様のご希望にお応えいたしましょう」
妖艶に微笑み、ナイフを再び隠すジル。雰囲気に当てられ、目を見開くアンに向かって、ジルは最後に言葉を付け加えました。
「まぁ、そうならない方が平和的で良いのですがね」
そして、彼女の腕を取ると、手の甲にリップ音を立て口付けをします。…はぁ。相変わらず聞いていて、初対面の方に必ずするような話でないこと。この子は、相手が王族であろうが関係なしにこのような話をし、相手を驚かすのがもはや趣味となっているのでしょう。私はジルをたしなめました。
「……ジル、悪い冗談は止めなさい」
私は彼女を引き剥がすと、チラッとアンを見ました。あんなに饒舌にこの子のことを話すのだもの。ショックを受けてないかしら……。しかし、私は彼女の顔を見た瞬間、それは杞憂であったと知ることになります。
「……さ…最高過ぎる……花の王子にそんな設定があっただなんて………」
……大丈夫そうね。私は彼女の名を呼び、正気に戻らせます。
「あ! えっと…その……ご依頼はするかは分かりませんが…その…ジル様と親しくしたいと思っております」
フワッと華麗にジルに礼を返すアンに、私はさすがだと思いました。よくもまあ、先ほどの放心状態から立て直せたものです。アンの満点の礼に、ジルも見惚れてしまったようです。仕掛けるつもりが、あなたが引っかかるだなんてね。初めてではないかしら?私は彼女に興味を持ったジルが、色々彼女に聞くのを横目で、マリーヌの真正面へと座りました。彼女の侍女たちからお菓子やカップを受け取ると、
「あら、美味しそうね」
とその色とりどりのお菓子を見て呟きました。マリーヌのお付の侍女が、嬉しそうに微笑みます。
「はい。お嬢様の御用達のお店の新作でして、ノッテでも人気の商品となっております」
「そう。宝石みたいに綺麗ね。食べるのがもったいないわ」
少しその菓子を観察した後、パクッと口の中に入れました。すると、口の中に広がる甘い味と、噛みごたえのある触感が私を襲い、思わず頬が弛んでしまいます。注がれたカップも手に取ると、淹れ立ての良い匂いが鼻を刺激し、その味もまた格別なもの。
「…ふぅ。美味しいわね。うちでも店を出してはくれないかしら?」
「職人にアルーシャ様がお褒めになっていたと申し上げておきます」
フフッと笑みを浮かべる侍女たち。私は彼女たちに微笑み返しながら、マリーヌをちらりと見ました。案の定、苛立ちを隠そうともせず、セナに突っかかっています。私はカップを置き、椅子にもたれかかりました。彼女が私の視線に気づき、途端に嫌な顔へとかわります。
「そう言えば、アルーシャ。あんた、着て行くドレスは決まったの?」
しかし、セナに先手を打たれてしまい、私の思考はパーティーに着て行くドレに切り替わりました。ドレスですか…婚約パーティーの時の様に作るということもできますが……さてどういたしましょう?
「作ればいいじゃない。商業ギルドの新たな製品として」
笑顔のマリーヌがそう提案し、今度は私が嫌な顔をする番でした。大体、マリーヌが笑うときはろくなことを考えていないのです。マリーヌの次の言葉に私は予想が的中したことを知り、そして彼女がそれを狙っていたことも理解しました。
「王都へと店を拡大したから、アレスタの売り上げが落ちているのでしょう? そうでしたら、アレスタ限定で買える物を作ったらいいじゃない。例えば…そう、ノッテとコラボしたドレス商品…とかね?」
私にドレスの絵が描かれている紙を渡し、マリーヌが微笑みました。……マリカが売り上げの話をした時から、あなたこの構想を練っていましたわね。抜け目のないお姫様だこと。私はマリーヌが描いたと思われる絵へと目を移しました。そのドレスは全体的にフリルが少なく、スレンダーな方が似合いそうなドレスでした。特に、その赤い薔薇のような鮮やかな紅色は、紫色の髪の方に大変よく似合いそうというのが私の感想ですわ。そう、例えば……目の前で優雅にお茶を飲んでいるマリーヌが着ると、それはそれはもうお似合いの一言では済まさないくらいでしょう。
「…あなた、婚約者でも探すつもりなの?」
「あら? 私がいつそれを着ると言いました? まぁ、あなたがどうしてもというなら着てあげてもいいけれど。アルデヒド王国からもご招待してありますから、宣伝になりますわねぇ」
とぼけた振りをするマリーヌ。…誰だって分かりますわよ。サイズまで指定してくるデザイナーがどこにいますか。しかも、ドレスの丈まで書いてある始末。私はため息をつきました。
「マリーヌ、あんたせっこ! 用意周到じゃない!!」
「せこくないわよ。あなたもお悔しかったら、自分のブランドでも立ち上げてみてはどうかしら? オッホホホホ!!」
ここまで勝ち誇った高笑い始めてみました。しかし、マリーヌの考えは悪くはありませんね。エリたちにも相談してみましょうか。…しかし…ただマリーヌの思い通りになるのも性に合わないわね。私はマリーヌの描いたドレスをテーブルに置き、彼女に微笑みかけました。私の顔を見てギクリとするマリーヌ。……そうそう。あなたに先ほど言おうとしたことよ。
「あなたの提案は、丁重に検討させていただくとしてもね、マリーヌ? このサイズでは今の貴方には少しきついのではなくって? やはりあの時のやけ食いが祟ってしまったのね。少しは絞らないと、この細身のドレスは入らないわよ。ルーカス様にお披露目したそうな、あの背伸びしすぎのドレスは」
「…………あなたね! それを言うために、先ほどから私に見せ付けるように飲み食いしていたのかしら!!」
図星だったようです。私は満面の笑みで、爆発した彼女の怒りを受け止めようとした……その時でした。リズムの良いノック音が3回聞こえたのです。それに真っ先に反応したのは、マリーヌでした。……ということは…。私は部屋に入ってくる人物が容易に想定でき、思わずフフッと笑ってしまいました。本当にマリーヌったら、おじコンなんだから。そして、扉から現れたのは、予想通りルーカス様でした。
「おっと、邪魔をいたしましたかな?」
「いいえ! 丁度お話も尽きていた頃でしたの! 何の御用ですか?」
先ほどとかなり豹変したマリーヌに、ルーカス様はニコリと微笑みました。
「先ほど、使者が訪れましてな。これをアルーシャ様に、と」
「私に…使者?」
私がルーカス様からその文をいただくと、それはアルデヒド王家の紋がはいったものでした。