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怪しげなものと恵まれた存在

☆☆

 

 ダルモシスの弔いが終わり、その数時間後に会議が再開された。会議は覇気のない魔王様が俺たちに一言、


「…ダルモシスの件は保留とする。情報が集まり次第、我に伝えよ」


とおっしゃられ、すぐに終了した。…まあ、力が全てだという魔王様にとって、古株のワニロ大臣は全幅の信頼を寄せる相手であり、また魔王様の命綱でもあったのだろう。戦はともかく、魔界に関して全てあのワニに任せっきりだったと聞く。


「おい、何辛気臭い顔をしておる我が弟子よ」


俺はお菓子を頬張る師匠を見た。あの会議での師匠は、いつになく真剣だった。ワニロ大臣が、あの時躊躇した言葉は、師匠でなくとも想像できる。彼は危惧していたのだ。この魔王軍の中に密偵がいるやもしれないということに。


「そりゃあ、暗い顔くらいなりますよ。あなたが急に任務に現れたせいで、クロード君は無駄な出費をすることになったのですから」


アルマさんが普段どおりの顔で、喉を詰まらせる師匠や俺にもお茶を入れてきてくれる。気をつかわせてしまったようだ。だが、俺はこの沈んだ思いを前向きに考えることはできなかった。


「…君が気にしているのは、ダイル殿の発言しなかった言葉についてですか? それとも、君の監視対象者のことですか?」


ハッと顔を上げる。アルマさんはお茶を啜り、ふぅっと息をついた。…このアルマジロはどこまで俺の任務を察しているのだろう。俺の変化にいち早く気づくのは、必ずアルマさんだった。


「あなたの任務は極秘扱いですから、私もそれには触れたくはありません。しかし、あの妙な動きをしている国が関係しているとなれば話は変わってきます」


そして、アルマさんが取り出したのは、何か石のような物だった。俺はそれを手に取ると、少々弾力があり、まるで師匠が今口にしているグミのような触感だということが分かる。


「それが何か分かりますか?」


彼の言葉に俺は首を振った。魔界ではおろか人間界でも見たことのない代物だった。俺の反応にふぅーっと息を吐くアルマさん。


「これは、弔いの儀の際に花びらと共に落ちてきた物です」


花びらと?俺がチラリと師匠を見ると、師匠は俺の視線に気づき、


「わしが見つけたんじゃよ。何やら変な気配を感じてのぉ。フフン! わしに賞賛の声を浴びせてもよいのじゃぞ」


お手柄じゃなと、お菓子の屑を口元に付けたままドヤ顔をする師匠を、呆れた顔でアルマさんが師匠の口元を拭う。


「あんた最初、それを投げて遊んでいたでしょ。…ですがまぁ、今回に関しては珍しくお手柄でしたよ。珍しくね」


これではどちらが主か分からないなと俺は苦笑する。師匠のせいで逸れた話題を戻し、アルマさんが俺からその謎の物質を受け取ると、


「…見ていてくださいね」


と言うと、アルマさんはそれを軽く上へと投げ、呪文を唱えた。


「『創生魔法シュナイダー』」


すると、先ほどの儀式の非ではないくらいの花びらが、竜巻に巻き込まれたかのように辺りを覆いはじめた。俺はその花びらの量に思わず目を瞑ると、顔中に花びらが当たる。それらを腕で避けながら再び目を開けると、


「『無効化魔法(ラディーレン)』」


丁度アルマさんがそう唱えている時で、吹雪いていた花びらは一瞬で消え去った。アルマさんが困った顔をして、俺に謝った。


「おい、急に何をする!! ぺっぺ!!」


花びらを吐き出す師匠を一瞥し、アルマさんはそれをテーブルに置いた。


「…見ての通りです。私は少しの魔力しか込めておりませんでしたが、実際にはこの威力。恐らく、これは魔力を増幅する機能をもっているのでしょう。ダルモシス第五師団長の体内にあったものと思われます。人の世にこれほどまで高い技術を持つ者がいようとは迂闊でした」


俺はその手のひらサイズの物体を見る。脳裏に変わり果てたダルモシスが現れたときのことが浮かぶ。…確かに、これは驚異的だな。


「ダルモシス第五師団長の身体に核が見当たりませんでした。君は何か心当たりはありますか?」


核が?俺は少し考えて首を振った。ダルモシスは確かに胸の中心にある核を突かれて絶命したはず。死骸を回収した際、細心の注意を払ったので、取りこぼしはないはず。だが……俺はふと、隙のない藍色の髪が頭を過ぎった。まさかな…。


「では、私はコレについて調べておきます。何かあったら、報告しますね」


アルマさんの話は終わったようで、花びらでダメになったお茶を淹れ直そうとするアルマさん。俺はその後姿を眺め、ふとこの人が何故師匠に付いてきたのだろうと疑問に思った。この優秀なアルマジロは自分から師匠に付いていき、今に至る。彼が望めば、前のポストにも戻れるだろうに。ボリボリと音を立てて食べる師匠に食べすぎだと残り少ないお菓子を取り上げるアルマジロの姿は、まるで家政婦のよう。俺も実際、魔王軍に入るまで、彼を家政婦だと思っていたくらいだ。


「あいつはわしに惚れておるのじゃよ。この可愛くて優秀でばりんこ強いわしにな!」


一度師匠に聞いたとき、師匠はガハハと笑いながらそう言っていた。あの時はこのアルマジロが不憫でならなかったが、実際はそうなのかもしれない。彼女の魔王としての才に惚れ込んでいるという意味で。


「うん? どうした我が弟子。えらく暗い顔をしていると思いきや、やけにご機嫌だな」


気づけば師匠の顔が近くにあった。テーブルの上に座り、俺を機嫌のよさそうな顔で見る師匠。またアルマさんに行儀が悪いと起こられますよ…と言う前に、師匠は俺の頬を両手で押した。唇がうの形になる。少し嫌な顔をすると、師匠はそんな俺をクスクスと笑った。


「お主が感情を表に出すのなんぞ久しいな。やはり、あの女が関係しておるのかの?」


図星を付かれた気がし、俺は肩を少し震わせた。そういえば、師匠はあの場に居合わせ、さらには彼女と2、3言交わしている。彼女に忠告した件について何か言われるのだろうか…。しかし、師匠はあまり気にしていないようだった。


「それならば感謝せねばな。おぬしがまた笑うようになった」


そして、師匠はいきなり俺を引き寄せ、自分の胸に俺の頭を押し付けた。


「わしは今機嫌がよい。受け取っておけ。ほれほれ」


師匠の幼児体型は昔と変わらず、その薄い胸板にただ押し付けられても…正直、痛いのでやめて欲しい。引き剥がそうと試みたが、師匠の力に俺が及ぶはずもなく、早々に諦める。


「あっ!? おぬし今めちゃんこ失礼なこと考えておったじゃろう!!」


この人心を読める術でもマスターしたか?と、少しヒヤッとしたが、早くこれを止めてくれるならそれでもいいかと思いかけたその時、師匠の的外れな言葉にギョッとする。


「意外にこの小さき身体も悪くない、と」


「……思っていませんから」


アルマさんが頭を悩ませるのも分かる。俺は大きなため息を吐いた。師匠は満足そうに鼻から息を吐く。


「照れるでない、照れるでない。おぬしがまだ幼き頃もこうやってあやしてやったじゃろう」


「…千年前の話です」


「もうそんなにたつか。時が経つのは早いの」


しみじみと言いながら、俺の後ろ髪を弄び始める師匠。少しの沈黙があり、力が不意にゆるみ俺は顔を上げた。すると、師匠と金色の目と合い、俺は少し驚いた。


「お主は昔からあまり我侭を言わないのでな、つい甘やかしてしまう。クロード。お主はお主の自由に生きていいんじゃよ。あの女を救うのも見捨てるのも、お主の自由じゃ。簡単に諦められないことを諦めるな。お主の悪い癖じゃぞ」


少し憂いを帯びた表情。師匠は気づいていたようだ。…まぁ、彼女との会話を聞いていたら、大体予想はつくか。再び師匠の薄い胸元に力強く押し付けられながら、俺はふうっとため息を吐いた。この師匠とアルマさんには、本当に良くしてもらっている。最初はこの世界に来てどうしようかと思っていたが、案外自分は恵まれているのかもしれない。だが…そろそろ頭のほうが麻痺してきた。


「………あなたたち…何をやっているんですか」


だが、顔を引きつらせたお茶を持ってきてくれたアルマジロがそう声をかけるまで、俺が解放されることはなかったのだった。

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