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お母様が来られました

 あの騒動しい事件から五日が経ちました。私は丸々一日眠りこけていたようで、散々皆に心配をかけてしまったようです。目を開けると最初に飛び込んできたのは意外にもセナでした。


「この馬鹿令嬢! 起きるのが遅すぎるのよ!!」


そう言いながらも私を離そうとしないセナの背中を軽く叩きますと、その場にいた全員の顔が目に入りました。


「もう心配ありませんな。お目覚めになってよかった。では私はこれで失礼を」


医者様が私に笑いかけ、部屋を出て行かれます。こうして私はそれから二日間、溜まっていた仕事にほとんどの時間を費やすのでした。


 そんなある日、私が売上額の計算をしている時のことです。突然ドアが開かれたかと思うと、綺麗な青色の髪をした女性が入って来られ、私は自分の目を疑いました。


「お、お母様!?」


「ごきげんようアルちゃん」


優雅に微笑まれるお母様でしたが、私はわけもわからず混乱しておりました。私はお父様から国外で頭を冷やして来いという処罰を受けているのです。…お母様が知らないわけがないですし…


「どうしてここへ? 私は…」


「分かっているわ。あなたは立派にやり遂げた。バリー会長を救い、不正を正した。そして奴隷になりかけていた村人たちを救ったのよね。あなたは実に立派なことをしたわ。お母さんはあなたのような娘を持って鼻が高いわ」


「お母様…」


「でも、あの人はそれを捻じ曲げ、あなたを王国から追放したのよね。本当あの人の体に血は流れているのかしら? 冷血伯爵(クルエアール)と陰で言われても仕方がないと思うわ」


ほほほっと笑うお母様に私の顔は引きつってしまいました。なにやら黒いものが見えるような……。私はお母様のお言葉にぴんっと来るものがありました。お母様…まさかとは思いますが…


「愛娘を追放するだなんていい加減、私も愛想がつきるというもの。今後から私もアルちゃんと同行するわ。構わないでしょう?」


や…やはり…。私は頭を抱えたくなりました。お母様は普段お父様のことをルドと呼ばれます。しかしそれがあの人というふうに変わった時…それは騒然たる夫婦喧嘩をした証。私は実家の状況が少々気がかりとなりましたが、まずはこちらです。私の事で夫婦が破綻したとなれば、それはもう一大事。私は恐る恐る口を開きました。


「そ…それは構いませんが…お母様? お父様となにかあ…」


「なにもないわ。ただちょっと先の事の話をしたまでよ。あなたも考えておきなさい。どちらについていくのか」


ひっ!!私は寸前のところで悲鳴を飲み込みました。私の不安は当たってしまったようです。これはもう離婚寸前の夫婦の会話ではないですか!!


男尊女卑の傾向がまだ根強くあるこの世界で、女性から離婚の話を切り出すということは珍しいこととされています。と言いますか、恋愛結婚の方が珍しいので離婚という言葉自体がないのです。どちらかが死ぬか、男性から経済状況を理由に切り捨てられる…ということはあるそうなのですが……。あちらの世界でも男尊女卑という傾向はありましたが…ここと比べるとまだあちらのほうが文化的にも進んでいるということでしょうか。お母様から離婚を切り出して、それを実行された場合…世界初…ということになるのでしょうか。そんな世界初の称号なんて嫌です。


「大体、私なぜあの人と結婚したのかしら…謎ね。そりゃあ、家柄はよかったし、人気もあったわ。でも、あの人のああいうところは昔から直らなかったわね。私が一番されて嫌なことをあの人は平気な顔してするのよ。信じられる? あの人にとって所詮私はただの家柄で結婚した女ってことね。結構だわ。だったらそれをぶっ壊してしまいましょう。そうね……リリー様方に迷惑がかかるのはよくないことだから……次はあの人が所有する山々を丸裸にして……」


「お…お母様…」


ほ、本気でしょうか!?


「冗談よアルちゃん」


お…お母様の言葉だと冗談に聞こえないのですが……。この方にはそれを可能にする力がありますから。…ん?ここで私はお母様の言葉に疑問を覚えました。しかし…それを聞きたくないような…。迷いながらも私は口を開きました。


「次は…とおっしゃいましたが…ここに来られる前に何かされたのでしょうか?」


「大したことはしてないわ。王宮に呼ばれているからと話の途中で逃げられたから、家じゅうのあの人のコレクション品を粉にしただけ。あの人のあの趣味が悪い品物にうっぷんを晴らせたのはいいけれど…気は収まらなかったわ」


お父様の呆然と立ち尽くす姿が目に浮かぶようです。…確かにあまり趣味が良い品々ばかり…とも言えないですが…。お父様は好奇心から珍しいものを見ると衝動買いなさる傾向があるのです。それを全部となると……お父様ご愁傷様ですわ。


「唯一の心残りは、あれらを見た時のあの人の顔を見られなかったということね。でも、あまり遅くにお伺いするのも失礼だし…まあ、ミラに久しぶりに会えたからいいわ」


ミラとはノッテ王国の王妃様のことです。そういえばお母様と同級生でいらっしゃったと。お母様の人脈の広さには驚かされますわね。…と、驚いてばかりもいられません。早く仲直りをしていだだかないと。


「お母様のお話は分かりますわ。しかしその…お父様も何か考えがあって私をこのような形で処理されたのでしょう。それをお母様にご理解いただきたく思いますわ」


選びに選んだその言葉に、お母様はひとつため息をこぼされました。


「理解はしているのよ。あの人の仕事は家を守ることだということは分かっているわ。嫁いできた身だけれど、私もシャーロットの名を受け継ぐものだもの。でもね、あの人は一度だって私に話してくれたことなんてないのよ。いつも自分一人だけで抱えてしまうの。自分のことだって、あなたのことだって、ウィルのことだって、そして家のことだって。家のことはいいわ。私にはよくわからない世界だもの。…でも、私はあなたやウィリアムの母親なのよ! それなのにあの人は私に何も言わないの。ウィルの留学のことも、あなたの学園退学やギルドのことも…。前からずっとそう。そして…これからもずっとそうなのよ」


悲しそうに私に微笑まれるお母様。私はなんと声をかけてよいのか分かりませんでした。いつものように感情的になってのただの言い合いだと思っていたからです。普段弱いところを見せないお母様のそのような様子に私は戸惑い、ただ抱きしめることしかできませんでした。


「ごめんね。私なんかよりもあなたが辛いのにね。ごめんねアルちゃん」


「私は大丈夫ですよお母様。それに……」


私は言葉の途中でしたが、言葉を切りました。何やら廊下が騒々しいのです。それはだんだんこちらに近づいて来るようでした。


「アルーシャ! フラーここに来て……フラー!!!」


勢いよく扉が開かれ、入って来たのはおばあ様でした。どうやらお母様はメイドたちに出ていくと言って、家を飛び出されたようです。おばあ様はお母様の顔を見て、ホッとして静かにドアを閉められました。


「リリー様…ご心配をおかけしてしまい……」


「いいのよ。あなたが怒るのも無理はないわ。アルーシャも迷惑をかけるわね。あんな息子を産んだばっかりに。一人息子だからってあの人が剣術ばかり教えるからこんなことに…」


おばあ様の言葉に私は再び、ん?っとなりました。


「私はあの子に戦で活躍する能力よりも、もっと社会性を培ってほしかったのよ。戦争なんて起こる時代でも出兵する身分でもないですし。それなのにあの人の頭の中にはどれだけ力をつけるか…そればかりだわ。ほんとあの戦闘馬鹿にも困ったものね。もっときつく括り付けておけばよかったわ」


…どうやらおばあ様もおじい様と喧嘩をされて、家を飛び出してこられたようです。それから二人共、互いに互いのパートナーの不平不満を言い合い、すっきりとした顔で用意されたお部屋へと行かれるのでした。


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