アルデヒドの姫の外出
お久しぶりです。私はアルデヒド王国第一王女のアントワーヌ・アルデヒドと申します。せんえつながら私の話をさせていただきたいと思います。私はアルーシャ様と同じく転生者で……あー!ダメだ。やっぱりこんな話し方疲れるのよね!
はーい、こんにちは!私はいちゃらぶの主人公の一人、アントワーヌに転生した大沢まおって言います。あっちでは高校三年生までの記憶しかないから正確な年齢は分かんないんだけど、多分17歳。好きなものは恋愛ゲームで、嫌いなものはトマトとすーぐ人を偏見差別するやつ。ごく普通の女子高校生だった私がなぜこんなことになったのか全然分からないし、ほかのキャラだったらまだしもいちゃラブの主人公の中で一番過激なシーンが多いアントワーヌに転生してしまったとなればさっさとこの状況から抜け出したいと思っているのは事実。全然自由にしてくれないしね。
その理由は私が7歳の誕生日の日に起こった魔王の花嫁騒動。いらん魔術師が大勢の前で、私のことを魔王の花嫁と断言してしまった。もちろん本作のアントワーヌは魔王の花嫁という設定はない。しかし、そんなことはアントワーヌの周りの人々には関係ないのだ。その日から私は、外に出ることは叶わず、どこへ行くにしても誰かが私を見はっているという毎日が続いた。私は必死で元の世界に戻れる方法を探したけど、どんなに書庫を探しても異世界に関する書物は一冊もなかった。
けど、書物をあさっていて私はこの世界のことについて色々知った。プレイヤー目線で分からなかった、アントワーヌの黒い髪の毛について。黒というものはこの世界では忌み嫌われてしまうものらしい。ゲームの中のアントワーヌはみんなから愛されているお姫様のように描かれていたので、まさか白い目で見られていたなんて思わなかった。だからこそ、主人公の中で彼女だけ死ぬバットエンドがあったのかと納得した。それと、この世界では女性があまり大事にされていないということ。それはなんだか親近感がわいたなぁ。
これについては、彼女が知ったら怒りそうなことだよね。あっ、彼女っていうのはもちろん。もう一人の転生者アルーシャ・シャーロット。彼女は本作では全主人公のライバルで、プレイヤーからかなり嫌われているキャラ。公爵令嬢という立場を利用して主人公たちの恋路を邪魔したり、悪側について進行を妨害していったりと最悪の災厄キャラと言われている。きっつい美人といった感じで、まあありがちな敵キャラよね。でも私は結構好きだったりするんだけど。彼女は珍しくあの有名ないちゃラブを知らずに、こっちにきたみたい。だから、すごく心配している。だってアルーシャって、敵キャラのくせに扱いが結構ひどかったりするの。死ぬことはざらで、彼女を助けないとゲームオーバーになる。だから、彼女が死んだらこの世界も終わりそうで正直怖い。だから私が彼女を助けて、そして一緒に元の世界に戻るの!
そう決意して間もなく、さっそく彼女アルーシャが瀕死の重篤だと聞かされた。
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「アントワーヌ姫様! お待ちを! どこへ行かれるのですか!?」
アルーシャが国外追放を命じられてから幾日も過ぎたある日の事。たった一人の友人であるアルはこの国を発ってしまい、私は唯一の楽しみを失ってしまっていた。さすがに他国まで手紙を使者に送らせるわけにも行かず、私は暇を持て余していた。ぶらぶらと見張りの者を連れて、つまらない中庭を歩いていた時の事。ぼそぼそと聞こえた名も知らないメイドたちの話し声に、刺激を求めた私はついその声に耳を傾けた。
「ねえ、シャーロット家のご令嬢の話知ってる?」
「知ってる知ってる! 大変らしいわね。でもまあ、そうなるだろうとは思っていたわよ。だってあの方、グリアム様から学園の追放を受けてから行くところがなくてギルドのアレになったのでしょう? そりゃあ、そうなるわよ」
「ん? なに? 何の話?」
「知らないの? 今注目の的になっているアルーシャ様のことよ! 国外追放を受けてある国に行かれたのだけれど…そこで神出鬼没の魔物に襲われて今、危険な状況にあるのよ!!」
私は聞き耳を立てていたことも忘れて彼女たちを問い詰めた。アルが魔物に襲われて危篤状態!?そんなの知らない!そんなのストーリーにはない!だって魔物に襲われて死ぬのはアントワーヌの方なんだから!!!それから私は廊下を駆け抜け、父親である王の元へと行きました。
「お父様! アントワーヌでございます!! いらっしゃいますか!!」
扉の前に立っていた兵士たちに止められたが、私は構わず勢いよく扉を開ける。そこには来客がいたようで、三つの影が驚いたようにこちらを振り向いた。
「な、なんだというのだアントワーヌ!! 客人の前だぞ!」
普段は大人しい私のこのような行動に戸惑いを隠せないらしく、この国の王であり、アントワーヌの父親は私を見てこういった。
「これはアントワーヌ王女、ずいぶんと大きくなられて。お久しゅうございます、ルドルフ・シャーロットでございます」
深々と私にお辞儀をしたのはアルの父親で、隣にいるのはやけに胸がでかい美人な女性。ルドルフの愛人?じっと彼女を見ると、戸惑う表情をする彼女。綺麗な顔立ちに整ったプロモーション。完璧に男受けするタイプ。…少々天然そうに見える彼女だが、中々聡明そうな目をしていることから、秘書か何かだと考えられる。こんなキャラがいたのなら私は絶対この子を推していただろうに……。いや、それにしても美人だなぁ。何時間でも見ていら……はっ!!
「うちの使用人がどうかなされましたかな?」
見呆けていた私をその場にいた全員が注目していた。いけないいけない、つい癖で…。私は咳ばらいを一つして、ひざまずいた。
「お父様。アントワーヌは一生のお願いをしに参ったのです! どうか私に外出の許可を下さいませ!!」
「な…何をおっしゃるのですか!! アントワーヌ姫!!」
それに最初に反応したのはこの国の大臣。息子が攻略キャラであり…確か経済を担当する大臣。アントワーヌと結婚させようと狙う陰湿な馬鹿親。私こいつの顔が嫌い。息子ともども自分はイケメンの部類だと勘違いをしているが、言語道断。あれらはイケメンとは言わない。真のイケメンとは自分をイケメンだと言わないものなのだ。だから、私はただただ王の顔をじっと見た。
「……何を急に言い出すかと思えば。それはできないことだとお前自身理解しておるかと思っておったが……」
「ええ。ですから、私は外出したいと申し上げておるのです。危険から身を守るために」
その言葉に王は怪訝そうな顔をした。私は言葉をたたみかけた。
「私はギルド長、アルーシャ・シャーロットによって安全を約束された身。彼女がいない今、私の安全は誰が約束していただけると言うのでしょう? 約束は日に日に迫ってきております。魔王に匹敵する力を持つ彼女をなくしては、私は安心して眠りもできません。どうかお父様、アントワーヌの願いを聞き入れてくださいませ」
もちろんこれは建前。しかしこうでもしないと私は外に出ることができないのだ。アルの危機に私はただ自分の部屋で、ぼーっとしていることしかできないなんて…そんなのは嫌!
「……」
私の言葉に王はしばらく考える様子を見せ、そしてため息をついた。再び顔を上げた時、その目がノーと言っているのが分かり、私はもう一度懇願しようと口を開いた。
「よろしいのではないですか?」
しかし思わぬところから助け船がでた。ルドルフだ。彼は私に笑いかけながら、ひげを触った。
「前々から申し上げているように魔王は期日まで動くことはないでしょう。わざわざ花嫁を迎えに来るのに嘘の期日など言いますまい。それにアントワーヌ王女もそろそろ良い歳。このままずっと箱入り娘のままでいるわけにもいかないでしょう。良い機会なのでは? 案外動き回っていた方が見つかりにくい…ということもあるでしょうし」
私はルドルフの言葉に頷いた。王は恨めしそうにルドルフを見たが、私を見て頭を抱えた。
「…いいだろう。外出を許可する……だが、期日が迫ってきたらすぐにここに戻って……アントワーヌ!!」
私は心の中でガッツポーズをして部屋を後にした。どうせ長々と早く帰ってこいと言われるに決まっているからだ。後ろからメイドたちが慌てて追いかけてくるのが分かり、私は足を速めた。もう見張りは必要ないんだから、付いてこなくてもいいのに。
「アントワーヌ様」
しかし追いかけてきたのはメイドたちではなく、あの秘書風美女だった。ふんわりと柔らかそうな髪からいい匂いが香ってきた。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。アルーシャ様の専属使用人のマリカと申します。お嬢様の元に行かれるのでありましたら早く安全に行ける独自のルートがございますので、そちらを利用していただきたいと思い、声をおかけいたしました」
なるほど。この子はアルの使用人だったみたい。私は彼女の言葉に甘えさせていただくことにした。