ノッテ王国で⑤
城へと戻りました私たちはまず疲れをいやすため休息をとりました。それからマリーヌはご両親に呼ばれ、ルーカス様に連れて行かれてしまいましたので、私たちはいつもの談話室でゆっくりとしておりました。
「…消えた?」
「ああ。俺が近づこうとしたらあのでかぶつ、なんかこう…ぱっと。一瞬にして消えちまったんだよ。」
その間に報告を聞いていますと、ふとワタルが首を傾げながら言いました。
「…つまりは逃げられたということ?」
セバスチャンをちらっと見ました。実はセバスチャンは元々エリたちと同じく、私が幼いころ拾ってきた一人。彼は執事の才を持っていましたのでお父様の元で働いているのです。そんな優秀な彼の悔しそうな顔を見られるかと思いましたが…。
「いいえ。きちんととどめはさしましたよ。私が受けていた命はそこまででしたから。」
…憎々しい言い方するところは変わらずね。残念です。
「つまり、すでに絶命していたあの魔獣がそれをしたとは考えられないのね。」
「はい。あの魔獣が消える前に、かすかですが闇の気配がしました。おそらく…」
魔王の手先、あるいは魔王自身が回収にきた…ということね。…ふう。わがままを言えば死がいが欲しかったのだけど、そうも言ってられませんわね。…私に向かって微笑むセバスチャンをどついてやりたいところですが。……不可解なことがまた一つ増えたわね。
「…でもそれおかしくないかな?」
さっそく聡いシュウが疑問を口に出しました。それに口を挟むのはいつも通りワタルです。
「あ? 敵は俺たちに死がいを取られたくなかったんだろ? どこがおかしいんだ?」
「わざわざ死がいを回収する意味があったのかってことです。あの魔獣は他の雑魚とは違うレベルにいました。それは遠くから見ていた私にも分かったことです。魔王軍側にとって貴重な戦力をそうもやすやすと見殺しにするのかということですよ。」
エリがワタルに分かりやすく説明しました。これもいつもの光景です。ワタルがなるほどとうなずきました。
「敵にとっても予想外な出来事だったということだね。」
今まで黙って私たちの話を聞いていたジルが、指を鳴らして言いました。
「その可能性が高いでしょう。あの魔獣は意思の疎通ができないようでしたので、魔王軍としては生きたままでなくてもよかったといったところでしょうか。」
「…その予想外の出来事って何が目的で引き起こされたの?」
セナの問いにマリカが答えました。
「分かりませんが、それを引き起こした方々は人間側でも魔王軍側ではないでしょう。その線が魔王軍の行動から見ても一番高そうです。それにあの魔獣は何かしらの手が加えられた可能性がありますわ。調べてみる価値はありそうです。」
私はマリカの発言からある疑問と少々の疑惑を抱きました。いつもであれば私たちの会話を聞き、少々口を出す程度のマリカが今日は饒舌であること。先ほどからマリカがやけに可能性の話をしていること、あくまでも可能性の話なのにそれを前提にして話をしているということ、そしてその可能性に何か確信でもあるかのように話していること。そしてあくまでも可能性の話であるのに『引き起こした方々(・・)』といった具体性を持たせたような言い方も気になりますわ。…ただの気にしすぎ?それとも…
「……それが今回の戦利品を調べて分かったことなのかしら?」
私は鎌を掛けてみることにしました。これがどう出るのか…
「…え?」
「いえ、あなたがあまりにも可能性の話を確信があるかのように言うものだから。違った?」
マリカは少々動揺した様子で、目線を下に逸らしました。それを見て、私が再び口を開こうとしますと、
「さすが、アルーシャ様。実は気づいていただけないのかと、私内心ひやひやしていたのでございますよ。」
セバスチャンがにこやかに話に加わってきました。…なるほど、そう来ますか…。そして私にあるものを出しました。
「これはあの魔物の体内にあったものでございます。これをマリカに調べてもらったところ、魔力を乱すものだということが分かりました。もうすでに機能しておりませんのでご安心を。」
魔獣の体内にあったという異物。それは石のようでした。しかし触ってみると石のような手触りではなく、少々弾力があります。これが何でできているのか、またどういう仕組みなのか見当もつきません。私はそれを自分の収納BOXに保管しておきました。
「そう。これは私が預かっておくわ。そろそろ家に帰って、休養をとりなさい。お疲れさま。」
「お疲れさまー。ふぁ、早くベッドに行こ」
久々の本気の戦闘に疲れたのでしょう。あくびをしながら戻っていきました。
「…エリ。」
「はい。様子を見ておきます。」
そして全員が帰っていくと、セナが待っていたとばかりに話し始めました。
「聞いて! なんと私ね…」
「私だってもう十七だっていうのにみんな子ども扱いしすぎだわ!」
しかし、その前にこってり絞られたマリーヌが勢いよくドアを開けて入ってきて、話を遮りました。セナが怖い顔でマリーヌをにらみます。
「私かすり傷すらしていないのよ? それなのに傷がついたらどうするんだもう少しおしとやかにしろだの、お前は王女らしくないだの。いい加減にしてほしいわ! 私がしたいようにして何が悪いのよ!」
どさっと椅子に座ると大好きなお菓子を頬張るマリーヌ。こんなに荒れているマリーヌを見るのはついこの間ぶりですわね。マリーヌは、メイドさんが多めについでくれていたお菓子をすでになくなりそうな勢いで食べています。…やけ食いは一番太りますわよ。
「で? 何の話をしていらっしゃったの?」
「今からしようと思ってあんたに邪魔されたのよ! まあいいわ。私今ご機嫌なの! なんとね、逃げ遅れた村人の中にあのワンカーの座長ルエロがいたのよ!」
興奮した様子のセナ。しかし私はその名前にいまいちピンときませんわ。…ワンカー?ルエロ?一体何のことでしょう?
「…<WONDER WORKER>のことよ。ワンカーとはワンダーワンカーの略称。」
…………………あぁ!昨日の昼間にセナが言っていたあれのことですか!
「そうそう。仲間とはぐれちゃったんだってね。彼、なかなか面白い人だったよ。噂通りだ。」
「そうなの! あー! サイン欲しかった!」
「それはよかったわねセナ。公演もこの辺りでするのでしょう? 自慢のその耳で探してみたら?」
「そんな広範囲無理に決まってるじゃない! ふんっ! 日時も場所も聞いておいたわ。明日、見に行くわよ!!!」
セナがチラシを出して言いましたが、正直チラシを見ても行く気がしませんわね。…明日は、今日使った試作品についての書類や溜まっている仕事を片付けてしまいましょう。
「私は遠慮しておきますわ。明日は商業ギルドの仕事をしますから。」
「なっ!? あんたってもうちょっと協調性ってものを…」
「あなたに協調性の説明をしてほしくないわねぇ。あぁ、アルーシャ。おじ様から渡しておいてほしいと。」
マリーヌが封筒を手渡してきました。…なにかしら?封筒を開けてみますと、上から下までびっちりと文字が書かれてありました。
「…これは…」
「今回村人たちに提供したあの試作品をうちでも扱いたいのですって。他の国もそうですが、首都以外の集落での魔物の被害はひどいものですから。最近それに頭を悩ませていたおじ様にとって、あれは魅力的な商品に見えたのでしょう。その詳細がその手紙に記されていますわ。どうぞ前向きに検討なさってくださいな。」
…その反応は予想外でしたわね。私どちらかというと疎まれると思っていたのですが…。
「…なにかしらその反応は。他でもない私のおじ様なのよ? そんな器の小さい、どこかの偉ぶるだけの王族ではないわ。使えるものは利用し、何よりも国のことを考えるのがうちの方針です。見くびらないで頂戴。」
心外そうに鼻を鳴らすマリーヌ。…それは大変失礼いたしました。
「でも、さすがだよね。彼、ほとんど無傷で攻略していたじゃないか。最強の魔術師と言われているだけあるよ。」
「ええ。ですから、この国の王は兄のおじ様ではなく私のお父様なのですわ。昔からの決まりで、この国で最も優れた魔術師がギルド長とならないといけませんから。おじ様は幼少期から神童と言われていらっしゃって……」
「……おっ、お待ちください!」
マリーヌの叔父自慢が始まりそうだった所で、ドアの向こうが騒がしくなりました。
「いいわよ。お入りいただいて。」
マリーヌがにこっと笑って、外にいるメイドに声をかけます。すると、ドアが開いて入って来たのは、アラム様でした。やけに急いできたようで額には汗がにじみ、いつもしておられる手袋はしておられません。…と言いますか、まだ帰っていらっしゃらなかったのですか。
「…魔物退治にいかれたと……」
「ご心配にはおよびませんわ。ルーカス様のご活躍のおかげで無事ダンジョンは消失いたしました。」
「…怪我をしたとお聞きしたが…」
顔を見合わせますが、誰もそのようなことに覚えはないようです。マリーヌだけ唯一この状況を楽しんでいる様子でしたので、おそらく彼女が仕掛けたのでしょう。悪趣味ですわね。
「誰も怪我なんてしていないよ。勘違いしているんじゃないかな? というか、君まだ帰っていなかったんだ。」
「私お引きとめしたのよ。せっかくいらっしゃったのだから、観光でもと思ってね。アルーシャ、あなたご案内してさしあげたら?」
は?なぜ私が!?
「私たちはワンカーを見に行くもの。あなたは行かないのでしょう?」
それが当然だという様子のマリーヌに戸惑いを隠せませんわ。ですから!私、明日は溜まっていた仕事を…
「よろしいのですか?」
「ええ。楽しんで。」
あぁ、私抜きで話がどんどん…
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「マリーヌ! あんた何考えて…」
明らかに嫌そうな顔をしているアルーシャにあれを押し付けて、私はセナとジルを連れて部屋を出ました。さっそくまだ状況が分かっていないセナが騒ぎ始め、ジルはその隣で私を見つめています。私はメイドたちに指示を出し、セナの耳にささやきました。
「今非常に危険な状況です。疎い方は黙ってなさい。」
私はなるべく音をださないように気を付けながら、廊下を走りました。いつもならばそんなはしたないことはしないのですが仕方ありません。ここにいる私たちも危険にさらされているのですから。
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