ノッテ王国で④
いつもより長くなってしまいました!すみません!
天気は晴れ。太陽が光り輝く空には雲は一つもありません。そんな晴れやかな午前中、眺めの良い道を武装した集団が規律正しく歩いております。そのただならぬ様子はその集団を率いている方の顔をうかがえば一目瞭然。そんな集団の目的地はもうすぐのようです。いったん陣営を作ると、兵士たちは近くの村へ、ルーカス様は一部の兵を連れ例の洞窟へと向かいました。
「…それで? 私たちはここで何をしているの?」
見晴らしの良い丘の上から私はそれを眺めており、後ろにはテントが四つと、拾ってきたばかりの焚き火用の木の枝があります。
「…さあ? そんなこと私に聞かないでよ。昨日の夜にここに連れてきた本人はまだぐっすり夢の中だし。あー最悪! 腰が痛いわ!!」
セナが腰を叩きながら木の実などを木の上から落とします。身体能力が高いというのは便利ですわね。少々羨ましいです。
「アルー、セナー。ダメだ、マリーヌ起きないよ。…わっ! 火が!?」
ルーカス様が引きて来られた軍隊が遠目で見えた時から、ずっとマリーヌを起こし続けていたジルがついに音を上げました。ジルがマリーヌのテントから出たその時、目の前の木が突然勢いよく燃えました。ジルは驚いたようですが、マリーヌと部屋が近かった私たちにとってそれはマリーヌを起こすリスクの一つ。マリーヌを起こすことの恐ろしさがこの子にも伝わったことでしょう。
「ちょうどいいわ。その火で朝食を作りましょう。エリ、頼んでいい?」
「はい。お嬢様、野ウサギを捕らえましたがどうしましょう?」
私はその火を必要な分だけもらうと鎮火させました。
「だめよ! ウサギはだめ!!」
「だそうよ。逃がしてあげなさい。」
「かしこまりました。では、こちらの鳥にしましょう。」
ハイスペックなエリが来てくれて助かりました。私は軽いショックを起こしているジルに話しかけました。
「起こすのは諦めたの?」
「そうだね。さすがに人体発火は避けたいから。でも…」
にやりと笑うジルに私はピンときました。そのおとなしそうな容姿と話し方から少々勘違いされやすいのですが、この子は私たちの中でもかなりの悪戯好きなのです。そしてかなりのトラブルメーカでもあります。おそらくマリーヌに私のことを伝えなかったあの出来事、4割はセナたちのずぼらさ、そして残りはジルが原因と見てよいでしょう。
「…あなたいい加減にしないと、いつか本当に蛙にされるどころじゃすまなくなりますわよ。」
「僕の事心配してくれるのかい? 嬉しいな~」
…本当に知りませんわよ。と思っていたところでマリーヌの悲鳴が辺りをこだましました。その悲鳴はおそらく下にいる兵まで聞こえましたわね。
「なんなの!? 虫!? たすっ…きゃお!?」
マリーヌの髪はどうしたのかテントに結び付けられており、おそらくそれを見て驚いた寝起きのマリーヌが慌てて外へ出ようとして転んだといった状況でしょうか。
「あはははは!!! これはいいもの見せてもらったよ!!!」
「ぷはっ!! ジル、あんた…さいっこうね!!! きゃおって…ぷっ!!」
「マリーヌ、暴れると髪が痛みますわよ。エリ、解けたらこっちにいらっしゃい」
「はい。」
「……こ、の、くそ野郎どもぉぉーー!!!!!!」
動けるようになったマリーヌにもう障害などありません。そのまま笑い転げていた二人にかなりの威力の雷魔法を唱えます。しかし、二人は身軽にそれをよけていきます。
「マリーヌ、ほどほどにしないとそろそろ兵士たちがやってくるわよ…ってだめね。頭に血がのぼっているわ。」
私はエリと共に魔法障壁の中で避難します。たまに当たったら死ぬくらいの威力がきますから、二人とも途中から真剣に避けていますわね。
「お嬢様、紅茶でございます。」
「ありがとう。外の食事もたまにはいいわね。」
「そうですね。あと言われていた物ですが、全部すぐに出せる状態にしてあります。」
「そう。じゃあ、そろそろ朝食にして、村におりましょうか。」
「はい。」
彼女たちを見ると、今度は追いかけっこをしていました。しかし鬼の手に握られているのは、どこから取り出したのか大きなこん棒。まったく今消耗してどうしようというのでしょう。ですが、そろそろ疲れてくる頃かと思われます。マリーヌは彼女たちのように体力はありませんし。
「……私にもくださいな。」
しばらくすると、ぜーぜーと息を荒くしたマリーヌが魔法障壁の中に入ってきました。
「おはようマリーヌ。朝の運動は大変ですわね。」
「…あなたいい性格しているわ」
「それはお互いさまね。あなたはいつものように盗聴して知っているようですけど、セナもジルもわけが分からないままこんなところに連れて来られたのよ?」
そう言い返すとそっぽを向くマリーヌ。
「セナ、ジル。あなたたちも食べなさい。…これは野ウサギじゃないから安心し…」
「これじゃないのにウサギがいるの!?」
私たちから距離を取るセナ。…これは私の言い方が悪かったですわね。
「ウサギはいないわよ。」
そして朝食を食べ、私たちは移動しました。その道中、マリーヌが二人に今回の事について説明をしました。
「ふーん。つまり、そのダンジョンを僕らが攻略するんだね! 分かったよ!」
「違う! 私たちは身辺の魔物退治って何回も言ったわよ!?」
「えー。でもそれってあの兵士たちの仕事じゃないの? 僕たちがわざわざ出る意味なんてないんじゃない?」
ジルの言葉につまるマリーヌ。
「ジルの言う通りよ。大体私たちが行ったって邪魔になるだけじゃない。アルーシャはともかく、私たちはただの簡単な実習しかやっていないのよ? 魔物だってあのとき一回だけしか倒したことないし。あのおじさんに褒められたいのは分かるけど、考えが浅すぎるわよ。それにアルーシャもアルーシャ。あなたはそんなこと専門なんだから分かっているはずでしょうに。なんで簡単にこのお姫様の言いなりになっているのよ」
私たちが初めて会った入学式の日、一応私たちは学園に入り込んできた中級魔物を一匹だけ、倒したことがあります。しかし、セナの言う通りです。今回の魔物はその時よりも危険水準は高く、さらに人を気にして攻撃をしなければなりませんので難易度は上がります。
「…そんなこと言われなくても分かっています。大体、あなたたちはついて来ただけじゃない。怖いならばとっととお帰りになったら?」
「あんたね…」
「違うのよセナ。ねえ、マリーヌ?」
その危険を承知の上でマリーヌがここに来た理由。それはまあ、わざわざ言わないでも分かると思いますが。
「ただ単に愛しのおじ様が心配だったのよ。お城で優雅に待っていられないほどね。それに私はただの被害者だわ。昨日の晩にマリーヌに泣き付かれて、一緒に行ってくれなきゃ城を追い出すって脅されたのよ。」
マリーヌがこちらをにらんでいますが、知らんふりです。あなたがきちんと言い訳を考えておかないのが悪いんじゃない。
「それに私たちは後方支援を担当すればいいわ。魔法障壁の中に逃げ遅れた人を避難させたり、怪我の手当てをしたりすれば兵士も文句は言えないでしょう。人は多い方がいいですから。余裕があるなら、魔物を倒していけばよいでしょうし。」
「ふむふむ。まぁ、魔物を倒すことはダンジョンに行かなくてもできるか。でも…行きたいなぁ」
「あのダンジョンは難易度が高すぎて、どんなベテランを送り込んでも失敗するそうだから、また次の機会にしておいたら?」
「そうだね。今回はノッテのギルド長さんにお任せするよー。」
「それがいいわ。」
二人共納得したようです。やや早歩きで前をどんどん歩いていきます。このペースならばもうすぐ村に到着しますわね。
「…アル-シャ…約束を守らなかった責任はちゃんととってもらいますわよ。」
「私があのややこしい二人を説得してあげたことをお忘れなく。あなたでは無理でしたでしょう?」
「……くっ!! 私、あなたに泣き付いたり脅したりなんてしていませんわよ!!」
顔を真っ赤にして早歩きで二人を追いかけるマリーヌ。…外用とはいえ、どうしてあのふりふりしたものであんなに早く歩けるのでしょう?そんなスペック私は持っていませんわよ。
「…お嬢様」
「ええ。」
とも言っていられませんわね。私も歩調を速めます。丘を下りまして、村の方を見ますと、燃えているような臭いと煙が出ているのが分かりました。
「エリ」
「はい。」
エリの手を取り私は呪文を唱えました。
『飛行魔法』
私の背中から幻の羽のようなものが生え、私は地面を蹴りました。
「…先に指揮官が殺されてしまったようです。兵士の統率がなくなっています。村人の避難も終わっていません。かなり予想外の襲撃だったと思われますね。」
「エリは村人の方をお願い。私は兵の方に行くわ。」
「はい。」
私はエリを村人たちが集まっている方へ力いっぱいに投げました。エリは目的地のすぐそばの木の枝をうまく使い、地面へと下りました。それを横目に私も地面へと下り、魔物を焼き殺しました。
「戦う意思のないものは南へ! あるものは私と共に魔物を一掃いたしましょう。この戦いルーカス様がいらっしゃる限り、我らに負けなどありはしませんわ!」
やはりルーカス様の名前は効果てきめんですわね。先ほどまで尻込みしていた兵士たちが次々と武器を構え、魔物たちに立ち向かっていきます。
「…あん…た…勝手に…ひとりで…行くんじゃ…」
私たちに追いつこうとしたようで後から来たセナが肩で息をしていました。だいぶ頑張ったようです。そのスピードについてこれず、二人の姿はありません。と言いますか、よくここが分かりましたわね。
「ウサギも馬鹿にはできないでしょ?」
得意げなセナ。
「馬鹿にしてないわ。ただ美味しいだけ。」
するとおびえるように後ろに後ずさりました。…可愛いお耳が二つ出てますわよ。ですがまあ、いいところに来てくれたものです。
「ちょうどよかった。怪我人をエリがいる南へ連れて行って、手当をお願い。ついでにマリーヌたちも連れて行って。」
「…私は馬車かっての!!」
文句を言いながらも、ちゃんと二人を連れて南へ急いで向かってくれるセナ。さて、これであっちは心配ないでしょう。エリには三人をよく見ておくように言い聞かせていますし。
「こちらにはもう魔物はおりません!」
何故か私に報告してくる兵士たち。そして何故か私の次の言葉を待っています。…私はあなた方の上司でも何でもありませんが…指示する人がいないのであれば仕方ありませんか。
「これ以上魔物の被害を出すわけにはいきません。村の外にいる魔物のせん滅を優先させましょう」
「「はい!!」」
…ルーカス様が入られてから約二時間ちょっとですか。魔物たちが暴れだしたということは…
「!! お下がりください!」
勢いよく地面が揺れたかと思えば、空から落ちてきた大きな生き物。それは家を何件か踏みつぶし、私たちに狙いを定めています。
「魔獣ですか…。」
これほどとなると、あのダンジョンを創ったものと考えるのが妥当ですが…しかしなぜダンジョンの主が外に?かなり不可解な出来事ですが、そう考えてもいられません。あの魔獣はさらに大勢の魔物を引き連れてきたようです。
「ニ………ニ…ン……ゲ」
「しゃっ、喋った!?」
やはり冒険者ではない兵士たちは臆するものが多いようです。彼らでは確実に力不足ですわね。
「それは私が預かります。あとの魔物は任せます。ここから速やかに離れ…」
「なっ!? あなたを一人でなんて戦わせません!ここは我らが…」
兵士が私の前に立ちはだかりましたが…正直邪魔ですわ!!やりづらいと言ったらなりません。一気に押しつぶそうと思いましたのに。私が無理やりでもどかそうとしようとしたところ、ふと知った気配を何人も感じました。…私の心が読めるようなタイミングね。
「あれは一筋縄ではいきませんわよ? エリはいませんし」
「上等! 俺一人で十分だって!」
「あの大きさじゃ肩まで行くのに精いっぱいだって。」
「私が頭まで連れて行ってあげるわ。」
「…じゃあ、陽動作戦ってことか」
私の収納空間を通って来た、精鋭たちがやる気が満ち溢れたような顔をして立っておりました。というより、日頃のうっぷんを晴らしてやるというような顔ですわね。
「…プライベート中なのですが、ああいうのがでしゃばって来られては仕方ありませんわね。…セバス、アレの処理頼みましたわ。シュウはエリのところに行って怪我人の治療よ。アイサその間シュウの護衛お願いね。」
「はーい! んじゃ急ぐよー!」
アイサがシュウを抱えて走っていきました。それを見てわざとらしくため息をつくセバスチャン。
「…回復役がいない中での戦闘とは。ご老体をこきつかわれるところお父上にそっくりでございますよ。」
「ふふっ。あなただからこそ無茶をいうのよ。多少のブランクも可愛いものでしょう?」
「言ってくれますなぁ。見ないうちにたくましくなられて。老体めは嬉しい反面、苦々しく思いますぞ。」
「あら? あなたとの会話を楽しむのもいいけれど、あちらは待っていられないようね。ふふっ。」
叫び声をあげ、魔獣は家を丸ごとこちらに投げてきました。
「では、暴れるのもほどほどにね。」
ワタルがそれを魔獣に打ち返したのを見届け、私は村の外へと向かいました。
「あっ、あの…」
突然のことに戸惑う兵士たち。場慣れしていないにもほどがあります。
「あれは彼らに任せ、私たちは村の外での魔物狩りへと参戦しますわ。おそらく動ける村人たちもいるでしょうから。」
「むっ、村人たちが!? まだ避難していなかったのか!?」
驚かれていますが、もとより避難できていませんでしたわよ?情報も曖昧になっていますわね。それによく見ますと、今までルーカス様の兵だと思っていましたが、全員騎士団だったようです。どうりで魔物慣れしていないはずです。大方騎士団の団長様あたりから派遣されたのでしょうけど。戦力を村人として考え直した方がよさそうですわね。
「なっ!? こっ、これは…」
村の外には思っていた以上の村人たちがおり、一部の人は魔物に追いかけられていました。ですが、彼らの顔は恐怖におびえても泣いてもいません。
「ほーら! こっちだ! 早く俺を捕まえてみろってんだ!」
「きゃー! 早く投げるんだよ!」
「よっしゃ! 捕らえた!」
皆何かを投げつけたり、輪っかの中に魔物を閉じ込めたりしております。
「お嬢様。戦況はこちらが優先です。」
エリが村人たちに我がギルド商店の商品を手渡しながら言いました。私は村人たちに兵士に使い方を教えてくれるように頼み、無理やり連れて行かせました。これでよいでしょう。
「思っていた以上に村人たちがいるわね。どう説得したの?」
「日頃のうっぷんを晴らすチャンスですよと。」
「そう。でも、これはあまりいい傾向ではないわね。魔物を甘く見すぎているわ。」
「はい。一回死ぬ思いをしないと分からないのです。」
やはり商品として出すにはもう少し考える必要がありますわね。ふと、一番喜々揚々と戦っていると思っていた方々の姿が見えないことに気づきました。
「あら? セナ達は?」
「申し訳ございません。さっそく仲たがいをされ、三人とも単体で行動を…」
…エリでも彼女たちをつなぎ留めておくことは無理でしたか。
「…大丈夫でしょう。あれ以上に強いのはいないことですし。」
そして数十分後に魔物たちはせん滅し、ダンジョンも無事消え去りました。その後、マリーヌが王に叱られたことは言うまでもございませんわね。