ノッテ王国で③
「それで? 愛しの彼の様子はどうだったの?」
談話室に集まって優雅にお茶を飲んでいると、マリーヌが思い出したようにセナに問いかけました。セナは明らかに動揺した様子で、顔を真っ赤にしました。
「はあ!? い、愛しのか、彼なんかじゃないっての!!」
「ただの愛の平手打ちをもろに受けただけよ。普通の人でしたら死ぬ程度なので、心配はいらないわ。」
「死んでしまうほどの愛か。へえ~、僕らが知らない間にそこまで発展してただなんて。愛しの彼もやるね。」
ジルが感心したように言いますが、それをマリーヌが笑って否定しました。
「何勘違いしているのよ。発展なんてするはずないじゃない。あの堅物はあの天然の取り巻きよ? セナが敵うはずもないわ。」
「今は違うようだよ。前は気持ち悪いほどエリザ様を中心に取り巻いていたけど、今ではアルの従兄妹殿と一緒にそこと離れているからね。なにかあったのかい?」
「あら? 意外だわ。ああいう輩って死んでも分からないって思っていたけれど。」
「あんまりにも跡取りとして役目を果たしてなさすぎて、喝を入れられたのよ。じゃなきゃ、あのド天然から離れるわけないもの。」
セナがふてくされたような顔をして言いました。
「あらあらー? あなたそれ、自分ではエリザ様に敵わないって言っているものよ。」
「はあ!? なんで私があいつなんかに弱気にならないといけないのよ!」
少々いつもより元気がない気がするセナ。それはジルも気づいたようです。微笑みながら、
「大丈夫。セナはセナでいいところがあると僕は思うよ。」
と励ましました。私も紅茶を飲みながら
「そうね。私もそう思うわ。」
と賛同すると、セナはぱあっと笑顔になりました。アーベルと何かあったかは知りませんが、セナはやはりこうでないと。
「そうよ!! あんな地味ブスのどこがいいのか分からないわ。」
「二人とも、セナを調子に乗らせないで頂戴。いっそう惨めに見えるから。」
「マリーヌ! さっきからあんた喧嘩売ってんの!」
セナが本調子を取り戻したところで、さっそく喧嘩が勃発しそうです。するとナイスタイミングでノック音が。
「お話し中失礼いたします。お嬢様お客様です。」
「…お客様?」
その場にいた全員がマリーヌを見ました。なにしろ彼女は前科がありますから。
「…まさかまた忘れてたわけじゃないでしょうね!」
「あの子が来たとしたら、何か月ぶりかの全員集合となりますわね。」
「あーそれはないよ。彼女は今頃王都で買い物を堪能してるはずだからね。」
「…買い物を優先するあたりあいつらしいわね。それじゃあ、客って誰よ?」
「しっ、知らないわよ。」
お互いがお互いの顔を見て、首を傾げました。これは招き入れるしかなさそうです。
「失礼する。」
すると、最近どこかで聞いたような声が。どうやら男性のようです。…アーベルの声ではなさそうですが…。入ってきた人物を見て、まず最初に反応したのはセナでした。
「はあ!? あんたなんでこんなところにいるのよ!?」
「アルーシャ殿がこちらにいると聞いたからだ。」
「…君がアルになんの用があると? こんなところまできて嫌みでも言うつもりかい? 大臣の息子ってずいぶん暇なんだね。」
「君たちには関係のないことだ。マリーヌ殿、部屋を一室貸していただけないか?」
「隣の一室を使っていただいて構いませんわ。しかし、もしこの城から五体満足で出たいのであれば、アルーシャに何かするという考えはあまりオススメしませんわよ。」
「承知している。そうあまり殺気だたれるな。」
ジルやマリーヌの言葉を軽く受け流され、その後ろに束ねてある銀色の髪をなびかせて
そのお客様は隣の部屋へ移動されました。私はその後ろを黙ってついていきました。…なぜこの方がわざわざ隣の国まで私を訪ねに?
「…急に訪ねて来られるのがお好きなようですわね、アラム様。」
三が大臣のご子息であり、前回セナを助けるとき手を貸していただいたアラム・リュート様は私の言葉に微笑んで言いました。
「申し訳ない。なにぶん、文を出しても受け付けていただけなかったものですから。」
「そうですか。それで私に御用とは? ご存じのとおり私は今謹慎中の身ですので、お力にはなれませんが。」
自分の父親と不正な金銭のやり取りをした相手に会いに来るという、なんとまあ非常識な行動をなさる方でしょう。普通、どんな事情があろうとも会うのを避けるべきでしょうに。
「相変わらず世間話もしてくれないのだな。まあいい。話といってもただ謝りたいのだ。今回ギルド長を解任された件では、父が関わっているからな。」
「…いえ、あなた様が謝るようなことでは…」
「いや。それにバリー商店については多少私にも責がある。アルーシャ殿だけに負わせてしまった結果となったこと、深くお詫び申し上げる。」
…は?
「何をそんなに意外そうな顔をする? 俺だって謝ることくらいある。」
「…話とはそれですか?」
「ああ。あとは、協力してくれたことの感謝だな。お前の協力がなかったら今頃大変なことになっていた。」
…謝罪の次は感謝ですか…
「…いえ。…それを言うためにわざわざノッテまで?」
「そうだな。」
真面目な顔で頷かれるアラム様。…この方が人を貶すことはあっても、謝ったり感謝したりしていることなど私は見たことも聞いたこともありません。しかもそれを特に嫌っていたと思われる私に言われるのですから、これを驚かずにしてなんだというのでしょう。
「アラム様。失礼しますわ。」
盗み聞きをしていたマリーヌが顔を出しました。正直助かりましたわ。
「お話は終わりましたでしょうか? 外はそろそろ夕暮れ時。よろしければ我が家にお泊りになられてはいかがでしょう?」
「それは助かる。お言葉に甘えさせていただいてもらおう。」
「それではメイドに案内させますわ。こちらに。」
マリーヌと共に部屋を出るアラム様。本当に話とはそれだけだったようです。
「ちょ、ちょっと! どういうことよ! あの女たらしが…」
「…彼、最近学園に来ていなかったんだけど…すごい変容ぶりだね。僕てっきりアルのこと嫌っているのかと思っていたよ。」
「いえ、かなり嫌っていたと聞きましたわ。ですから、私も混乱しているのです。」
「確かにね。あの変わり様は異常だわ。何かあるわよ。」
「ええ。セナとは違う意味ですけれど。」
マリーヌが戻ってきて言いました。
「どういう意味でしょう?」
「ふふっ。あなた自分のことに関しては鈍いのね。」
マリーヌは面白いものでも見つけたかのような顔をしました。
「どういうことよ」
「…完全に彼はノーマークだったよ」
ジルは顔にしわを寄せ、マリーヌはくすくすと笑ってセナの耳に口を近づけて何かをささやきました。私だけ話に入れない状態ですわ。
「失礼します。ここにいましたかお嬢様。」
そんな時、マリカが笑顔で入ってきました。
「いらっしゃいマリカ。今ちょうど面白い話があるのよ。用事が終わったら話してあげるわ。」
「はい」
完全に私を置いてきぼりにする気満々のようです。マリカは袋から取り出し私に渡してきました。
「新しい製品ができたので、ぜひお嬢様に見ていただこうと思いまして。」
マリカが見せてきたのは、小さなボールのようなものでした。
「これは対魔物用で、これを魔物に向かって投げると、煙が出て魔物の視界や嗅覚を奪うものですわ。小さいので子供さんでも使え、さらにこれから出る煙は人間に害を与えません。すでにその効果は実践済みで、こちらがその結果をまとめた書類です。その他にも一般の方々が簡単に護身用として使えるものをいくつか試作してみましたので、こちらもご覧になってください。」
…さすがに魔物の水準が上がっていくと、護身用というよりは武器になりますわね。どう簡単に扱え、かつ戦い慣れていない方々の危険をどうなくしてくかが課題となっていきそうです。
「そう。順調なようで安心したわ。このまま開発を続けて行ってちょうだい。営業のほうで何か問題はなかった?」
「王都に支店ができたことで本店の方の売り上げは少々下がりましたが、大して問題はありません。支店の方の売り上げは上々で、バリー様方が独立なさる日は近いですわ。」
「あったりまえよ!」
セナが得意げになって笑いました。
「そう。なにかあったら連絡を頂戴。あと、みんな元気しているかしら? ちゃんと休養をとりように言っておいてね。」
「エリにそう伝えておきますわ。あ、トウヤの事なのですが、少し修行に行って来ると書き置きがしてありました。てっきりグレゴリオ様のところかと思ったのですが…」
「あの子なら問題ないわ。仕事もきちんとこなす子ですし、一人で無茶もしないわよ。すぐ戻ってくるわ。」
きっと山などにこもっているのでしょう。いつものことです。
「トウヤがいないとワタルの相手をしてくれる人がいなくて困るんですよ。私も忙しいですし、アイサもばたばたとしてますし。」
「あぁ、そう言えばセバスチャンが来ているのでしたわね。どう?」
「やはりすごいですわ。最近乱暴な冒険者が増えてきて困っていたのですが、あの方の手に掛かれば赤子の手をひねるようなものです。そればかりでなく、書類の整理や掃除、料理に洗濯と一人でこなされて。メイドたちがてんてこ舞いですわ。」
アイサたちが慌ててセバスチャンの後ろをついていく様子が目に浮かびました。
「それは大変ね。セバスチャンに従業員いじりもほどほどにと言っておいて。」
「はい。」
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「…おっ、お嬢様に!?」
「そうなのよ。」
新商品の相談にノッテを訪れたところ、衝撃的なお話を聞いてしまいましたわ。なんとつい先日、お嬢様にセクハラをした大臣の息子がお嬢様に会いに来たというではありませんか!あの件に関してわざわざ謝罪しに来られてこられたとのことですが…。これは事件です。お嬢様のストーカーです。
「あのスト…大臣のご子息はエリザ様に大変ご執心だとお聞きしていたのですが…」
「そうそう。逆にアルーシャのこと嫌ってたはずなのにずいぶんな乗り換えよね。まあ、あいつ女たらしで有名だし。ライバル登場ってわけよジル」
「そんなことないさ。ライバルって同じ土俵に立って初めて呼べるんだからね。」
「ですが彼、エリザ様と一緒にいるときよりも柔らかい雰囲気でアルーシャに接していましたわよ。それにあなたは気づいたからこそ、慌てたのではなくて?」
「だからと言ってライバルとは呼べないさ。」
話に入っていけませんが、とりあえず重要なのはあのキス魔のストーカーが再びお嬢様の前に現れたということです。これは帰ってエリたちと作戦を立てなければ。