ノッテ王国で①
私は人々に朝が来たと告げる太陽をお城から眺めておりました。太陽は家々を照らし、それはそれは大変情景的なものとなっています。その朝日はアレスタで見るものとどこか違うように感じられ、趣があるように感じられました。
「おはようございます。お嬢様。」
「おはようエリ。あなた今日もこっちに来たの? ちゃんと休息はとっている?」
ノック音がし、客室部屋に入って来たのはやはりエリでした。実はこの子頻繁にこちらとアレスタを行き来しているのです。馬車で半日かかるこの距離を何故こうも簡単に行き来できているかというと…。実はマリカが新たに創った魔法にあります。元々別空間に収納するものとして使っていたのですが、今回の場合それと使用が異なります。マリカは自分と私の収納空間同士をつなげ、その間の移動を可能にしたのです。本当にあの子は天才ですわね。
「はい。こちらのことは心配いりません。商業ギルド本店はもちろん、支店の方も軌道に乗ってきました。このままいきますと、早くも借金返済されてしまいそうです。」
「それは困ったわね。ふふっ。」
私がこのような状態なのですが、彼らは順調にやってくれているようです。バリー様の件は結局本人たちの意思として処理されました。大臣が何とか止めようとなされたようなのですが、バリー様がそれを拒否されたのです。借金のことで躊躇されたのでしょう。本当に律儀な方ですわ。
「ギルド管理の件で先日ルドルフ様の使者としてセバスチャンがアレスタを訪れました。お嬢様が事前に用意された書類を見て、十分了承なさいました。その他、従業員も落ち着いてきて、お嬢様のお帰りを待っております。」
「そう、お疲れさま。あなたに任せてしまって悪いわね。」
「いいえ。むしろ普段から手伝わせていただきたいくらいでした。お嬢様は一人でなんでもしすぎなのです。」
「そう? 私としては頼りっぱなしと思っているのだけれど。」
ここノッテにお邪魔してから三日経ちました。ここの生活にも慣れてきて、セナとマリーヌに振り回されてばかりの充実した生活を送っていますわ。
「アルーシャ! 今日はどこに行く? ノッテって結構思っていたよりも面白いのね。」
ほら、やはり今日も振り回されそうです。朝食時にセナが目をキラキラさせながら私に今日の予定を尋ねました。マリーヌは朝に弱いのでまだ寝室です。
「どうせあなたの中で決まっているのでしょう?」
「もちろん! 今日はね、昨日行けなかったあのお店に行って…」
ふう。ですがまあ、ギルド長になってから、休息をあまりとっていませんでしたから、偶にはこんな風に過ごすのも悪くはありませんわね。
「……私の家でそのように下品に大声を出すのやめていただけるかしら。」
しばらくして、やっと起き上がってきたマリーヌはどこか不機嫌な様子。しかしいつのも光景なので私は気にせず彼女の朝食が終わるのを待っていたのですが、セナはいつものように鼻で笑いながら毒を吐きました。
「あなたの部屋の前を通るたび聞こえてくる叫び声よりましだと思うけど? あれのほうがよっぽど下品よ。」
「…なんですって? もう少し口を慎んだらどうなの。あなたのその下品極まりない口をつぐまないと…」
「はんっ! つぐまないとどうなるっていうのよ。」
「蛙にされて、私たちは二度とバリー様から娘と仲良くしてくれてありがとうと言われなくなりますわね。」
「「アルーシャ!!」」
朝のマリーヌとセナは本当に相性が悪いのです。そろそろ雰囲気が怪しくなってきましたので、口を挟みます。
「二人ともそろそろお止めになったらいかが。ほら周りをみてごらんなさい。」
そういえばいつもこの二人の仲介役は私だったことを思い出し、そして何故か私がこのグループのボスという扱いを周りから受けていましたわ。大体学園内で起こるトラブルは私が命令したものだと。誰が好き好んでトラブルなんてそんな面倒な事引き起こしますか!とんだ勘違いです。
「……あら? 私としたことが、もうこんな時間。さあ、何をぐずぐずとのろまな亀みたいにしているのです! さっさと支度して出かけますわよ!」
「あんたが起きるのが遅いから私たちはそれを待っていたんでしょうが!!」
開き直ったマリーヌはセナを無視し、自分の部屋へと戻っていきます。そして二時間後、私たちは城の外へと出かけていきました。
「さて、今日はどこへ行きましょう? あらかた遊びつくしたのよね。」
「あのお店は? 昨日行ってないでしょ?」
「あそこは大体似たような品物ばかりですから。…あら?」
マリーヌの目に止まったものは昨日はなかった人だかりでした。人々の関心の中心は壁にあるようです。
「…見えないわね。」
「今考えていることをする前に、地面に転ばせるわよセナ。」
「し、しないわよ。するわけないじゃない。」
マリーヌがギロリとセナを見て言いました。おそらく彼女の性格からして、この人だかりを何とかしようとしたのでしょう。それこそ彼女の性格から考えられる方法で。
「そんなことをしなくても分かるわよ。ほら」
人々がどんどん引いていき、壁に貼ってある一枚チラシが現れました。少年たちがコピーしたものを配り始めたので、人だかりは自然とそちらへと移動したのです。
「こ、これ!?」
チラシを見て、セナが興奮したように手を叩きました。奇怪なピエロが大きな口を開け、花びらの中で踊っている可憐な少女がその口の中で踊っているイラストでした。そんなにも興奮するのものでしょうか?
「あなた、仕事にかまけすぎて世間の事知らなすぎるのは、淑女としてどうかと思うわよ」
あきれ顔のマリーヌ。…放っておいて下さいな。しかしそのマリーヌもどこかしら興奮した様子。そんなに有名なのでしょうか?ピエロの上下の歯には<WONDER WORKER>とあり、これが注目されている何かの集団の名前のようです。日本語に直すと、奇跡を起こす人ですか。ん?奇跡を行う人ですか?…まあ、あまり変わらないでしょう。
「はあ!? あんたどんだけ世間知らずで育ってきてんのよ! あのワンダーワーカーがこの近くで公演をするのよ! そのチラシが知らずのうちに貼られていた時、それは三日後にあるという合図。彼らの公演見たさに遠出する人だっているんだから! 彼らは座長のルエロ筆頭に見事な旅芸人として……」
セナが目を輝かせて話し始めました。
「セナは彼らのファンなの?」
「さあ」
隣のマリーヌに聞くと、彼女は面白いものを見つけた時のような顔をしました。言っておきますが、無邪気な子供のような顔ではもちろんありませんわよ。
「彼らの魅力はまずその生い立ちと境遇なの。みんな孤児院育ち。そして成人した彼らは自分たちと同じ境遇の子たちを見つけては食べ物を分け与えたり、時には拾って一員として迎え入れたりするの! すごい人たちなのよ!! それにそれに…」
「セナの口からまさかそのような言葉が聞けることに驚きだわ。」
「彼女には到底真似できないもの。」
私たちが好きなように談笑しているのにも気づかずセナは話し続けました。
「何と言っても花の姫の存在は欠かせないわね。彼女の舞は人々を魅了し、人々を感動させるのよ。いつもピエロのお面を被っているから顔は分からないんだけど。あっ、それに火男や蛇男、狼男だっているわよ! 物を浮かせたり、消したりできる人たちだっているんだから!!」
「あなたそれ全部できるじゃない。」
さらに私の隣には人を蛙に変身させることができるお姫様がいます。やはりそんなに興奮する理由が分かりませんわ。
「馬鹿ね。彼らは旅芸人だから、魔法は使えないの。使えていたらとっくに旅芸人なんて職業に就いていないわよ。」
「そうよ! しかも、それだけじゃないの! なんと彼ら…枯れた花を元通り、いいえそれ以上にすることだってできるのよ! 噂では病気の人を治し、死んだ人だって元通りにしたって噂なんだから!」
いつまで経っても、態度が変わらない私に苛立ってきたのでしょう。少し目が吊り上がっています。私そろそろどこかで飲み物をいただきたいと思っているのですが、これは一体いつまで続くのでしょうか。
「あくまでも噂でしょう?」
「なっ!」
「そうね。さすがにそれはないわよ。」
熱弁していたセナをばっさり切り捨てる私たち。
「それにしてもやけに詳しいわねセナ。もしかしてファンなの?」
「ちっ、違うわよ! ただその…とっ、友達よ! 友達がついこの間そう言ってたのよ!!」
すると、マリーヌがさらにニヤリと笑いました。
「友達? あなたにそのような友人がいたなんて知りませんでしたわ。どなた?」
「かっ、彼女は学園という窮屈な場所嫌いなのよ。だから…」
「そんなこと聞いていないわよ。私はどなたかと聞いているのよ。さあ! 私がその方の元へ瞬間移動でもして一緒に会いに行ってあげるわ。名前を言いなさい。さあ!!!」
「い、いや…そっ…そ………」
「あらー? 言えないのかしら? 友達なんてあなたの空想上の人物だものね! おっほほほ!!」
「…そっ…そんなことないわよ! いきなり押しかけたら相手に失礼ってことよ! はんっ! そんなんだから蛙の姫なんて言われて遠巻きにされるのよ!」
「そ、それとあなたの友達が空想上の人物だってことと何の関係が…」
朝の再現が始まりました。…やれやれですわ。
「二人とも少し落ち着きなさいな。遠巻きにされてることは何もマリーヌだけに限った話では…」
と言いますか、セナも私も当てはまるじゃない。なに自分も貶しているのよ。
「そうよ! あなたも言われていたじゃない。そうやって汚い言葉遣いでこわーいって! 彼女たちに同感するわ!!」
「蛙のあなたに言われたくないわよ! やだーノッテのお姫様って野蛮よねーって陰で言われていたんだから!」
「そ、そんなのあなたの作り話でしょ!」
「ふーん。現実から目を逸らすの?」
…はぁ。全くこの二人は…。おつきの方も大変だわ。呆れて二人から目を逸らすと、賑やかな周りと混じっていない、落ち着いた雰囲気のお店を見つけました。
「少々あの赤い屋根のお店に行って参りますわ。あの二人をよろしくおねがいします。」
すぐそばにいるボディーガードに一言いって、私は人込みをくぐり抜けてその店へと入りました。