VSバリー商店 ~襲撃者の末路~
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暗い夜空に唯一光り輝く月。それを見るのが最後になる者がいようとは誰が想像できようか。まだ賑わいを見せるアレスタの街を通り過ぎ、そことは打って変わり辺りに人気がない大きな屋敷。その屋敷には明かりがなく、すでにほとんどの住人が眠りについたことを想像させる。そんな屋敷に音もなく侵入する影が七つほどあった。
「…では、任務を遂行する。今回の目的はターゲットを捕捉することだ。しかし、依頼人は屋敷中の人間の抹殺を要望している。三手に別れ、任務開始。」
「「はっ」」
どうやら少々騒がしい夜となりそうだ。
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「それでは…見回りに行ってきます。」
屋敷の異変に最初に気づいたのは、赤い髪のポニーテールが眠たそうに可愛く揺れるメイドだった。彼女は見回りの途中にただならぬ、しかしどこか懐かしいような気配を感じた。その気配はどうやら三つに別れて動いているようだった。
「…まったくお屋敷の中にやすやすと入れるなんて、あの二人は一体何をしているのやら」
そんな独り言を呟くそのメイドの後ろには、音もたてぬ侵入者が二人。その手には光り輝くナイフが。侵入者は間髪を容れずその隙だらけのメイドの首元にナイフを立てようとした。
「行儀がなっていないなあ。普通こんな夜中に訪ねて来ないでしょ。」
しかし、そのナイフは逆に侵入者の胸に刺さっていた。侵入者は唖然としたように胸に刺さったナイフを見て、そして崩れるようにして事切れた。残った侵入者の一人は取り乱すこともなく、そのメイドに話しかけた。
「なるほど。お前生きていたのか。てっきり死んだのかと思っていたんだがな。ディース。」
「…今はアイサです。何年かぶりですね従兄妹殿。こちらこそ驚きです。もう二度と会うこともないと思っていましたのに。」
「そんなつれないことを。お前とは縁を切られたとは言え一応身内だ。今回殺しの依頼を受けてな。せっかくの居場所を壊してしまい悪いが…。だが、その足でよく動ける。全盛期と変わらないくらいではないか?」
すでに息をしていないかつての仲間を見て、大して抑揚もつけず侵入者は言う。
「よしてください。そんなわけないじゃないですか。私は引退した身ですよ? 殺しの生活などまっぴらごめんです。」
「変わったな。歴代の中でも飛びぬけて殺しの才を持っていたお前の口から、まさかそんなセリフを聞くとは。あんなにも淡々と仕事をこなしていたではないか。」
「…昔の話ですよ。この怪我で私の人生は大きく変わったんです。」
「それとも今回のターゲットか? そんなにそいつの下は居心地がいいものなのか。少々興味が湧いて来たな。」
「…お嬢様は殺させませんよ?」
「お前は確かに俺たちの誰よりも才があり、最も当主に近い奴だった。だが、そのハンデで俺を殺せやしないさ。」
殺気を放つ二人。そして次の瞬間勝負はついた。
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そしてその頃、すでに戦闘が終わり暇している者がいた。そいつはあくびをしてすでに地面に伏した敵の上に座っている。
「あーあ、なんだよ。王族ですら躊躇する禁じ手。特殊暗殺専門の貴族様だって聞いてたのに、こんなに弱いのかよ。拍子抜けだぜ。ってか、トウヤの奴どこ行った? 便所か?」
「…くっ……。こんな奴がいるなんて…。」
その中で唯一まだ息があるのは、女の侵入者だった。正直女は自分が生かされたことについて当たり前だと思っていた。なぜなら、女の暗殺者としての経験上、この手の男は自分のような女に甘いということが分かっていたからだ。女はほくそ笑んだ。そして演技した。
「お、おねが…い…助けて…。なんでもするから。」
涙目で懇願し、油断させる。そして鼻の下を伸ばしながら近づいて来たところを、毒を塗った短剣で刺す。女のいつもの手であった。予想通り男はへらへらしながら、ゆっくり腰を上げた。
「んー、残念だな。美人なねえちゃん。狙いは悪くないけど、こういう時美人の色香にやられて死んでいった奴らの話は、旦那様から耳が痛いほど聞いているんでよ。」
男はただ、もったいなさそうにその剣を下ろした。
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そして最後に窓から侵入した者たちはというと、屋敷のただならぬ様子に疑問を感じていた。
「…おかしい。他と連絡が取れない」
「考えすぎですよ。どうせいつものように仕事に夢中になってるだけですって。」
「とりあえず任務を果たそう。この先がおそらくターゲットの部屋だ。」
動き出す三つの影だったが、やはり嫌な予感が拭えないのだろう。そのうちの一つが足を止めた。
「…やはり当主に報告に行くべきだと思う。この屋敷は気に掛かる。例えばこの屋敷の広さと比べ使用人の数が明らかに少ないことや、何よりターゲット本人の姿が見えないことはやはりおかしい。お前たちはこのまま任務についていろ。」
そして二人と別れた侵入者は窓から飛び降り、近くに隠してあった馬に乗った。それから数分も経たずにその姿はそうそうに見えなくなった。
「…あーあ。いつもの心配性始まりましたね。あの人腕はいいのに、ああいうところがあるから、当主になれなかったんですよ。」
「無駄口たたいてないでいくぞ」
ターゲットの部屋は年頃の女が持ち主だと思えないくらい殺風景であった。気配を消して部屋に入ると、ベッドに人一人くらいの膨らみがあるのが分かる。侵入者たちは互いに顔を見合わせ、一人がベッドまで近づいた。そして勢いよく何かを突き立てた。勝ち誇ったように笑う侵入者たち。
「…侵入者捕獲したよ。」
どこからかか細い声が聞こえたかと思うとその途端、大きな破裂音がし、侵入者たちは床に叩き付けられた。いきなりのことと鈍い痛みで状況判断ができなかい彼らだったが、とりあえず敵が待ち伏せしていたことだけは確かだった。すぐ戦闘態勢に入った。がしかし…
「…動かないでしょ。さっきの爆発と一緒に、君らの体にできたばかりホヤホヤのこれが入ったんだ。」
クローゼットの中から出てきた少年は、やはりか細い声で言葉を紡いだ。
「な…これふぁ…」
「…体を麻痺させ、そのまま死んでしまう毒。ちなみにどこが麻痺するかのお楽しみ付きだよ。」
そして、二人がぴくりとも動かなくなったことを確認した少年は部屋を出る前に呟いた。
「…部屋は汚くなるし、仕掛けた量の割に当たらなかったし、これ使えないなぁ」
部屋の扉は静かに閉まっていった。
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「ご心配に及びません。アレスタに送りこまれた者たちはほとんど最底辺の者たちです。シュウ一人でもたやすく排除できます。」
「…は?」
男の笑い声に終止符を打つかのように言う茶髪の少女。それに笑いかけながら、
「端っから心配してないわ。あの子たちがよく動けるようにちゃんと場所まで用意してあげたんだから。唯一心配なことは後片付けね。」
と言うアルーシャ様。男はわなわなと震えた。打つ手なしといった様子だった。
「…わ…私をど、どうするつもりで…」
「騎士団にお任せするわ。すでに事態は報告済みですし。」
「き、騎士団に…」
明らかにほっとする男。
「ですがまあ、尋問からの極刑は免れないでしょうね。ギルドと騎士団を動かす事件を起こした首謀者本人ですもの。騎士団としてはそれのせいで不眠無休で働いていたのだし…怒りは溜まってそうね。」
どうやらギルドもこの件に関して不眠無休だったようです。隣にいる茶髪の少女の顔も険しいものとなっています。
「…ひっ!! バ、バリー様! あなた様は私をお見捨てにはなりませんよね? 私は今までこの会社に捧げてきた身です。どうか…どうか…弁明のチャンスを…」
「ああ。そうですね。君にはちゃんと言っておかねばなりません。」
「バ、バリー様!!」
あんなことをしてまさか本気で私がかばうと思っているのでしょうか?ずいぶんな馬鹿だと思われていたようです。
「君はクビです。騎士団にでもどこへでも行きなさい。それと私に対する慰謝料はあそこの金庫に入っているものでいいですから。君もずいぶんため込んでいましたね。君が傷つけた部下の治療費として使わせてもらいますよ。」
「そ…そん…な…」
なにをそんなに落ち込んでいるのやら。
「当たり前でしょう。私共は信用が命です。一度こんな事態を引き起こしたあなたを再び雇う義理もなければ、助けてやる甘さも私は持ち合わせてなどいませんよ。…あなたが私をどのように思っていたかは知りませんがね。」
こうして男は騎士団に捕らえられ、私は家族と再び抱き合うことができたのでした。
☆☆おまけ☆☆
「……爪が甘いな。一人でも逃がしてしまえば報復の機会を与えてしまうっていうのに。」
「な、何者だ…」
暗く普段ならば人気のない夜道に男が二人。一人は地面に血だらけで倒れており、もう一人の男はただそれを冷酷な目で見つめている。その男の周りには何匹ものの魔物が蠢いていた。
「俺が何者なのかは、お前が知る必要がないことだ。」
男が合図すると、魔物どもは嬉しそうに鳴き声を上げてすでに死んでいる馬や虫の息の男に群がった。
「たの…やめっ!? ぎゃああああああ!!!」
男はため息をつき、そして月夜の空を眺めた。
「…アルーシャ・シャーロット。お前は一体何者だ?」
生を持ち、かつその男の言葉を理解するものはその場には誰もいなかった。しかし、ただその男の髪は深い闇のように真っ黒であった。