VSバリー商店
私の名はバリー・ルクエアと申します。私は名家の貴族でもなんでもない普通の庶民出身なのですが、私の一人娘セナは名家の貴族や各国の王族が通うような学園に通っております。嬉しい限りなのですが、たまたま私が立ちあげた企業が成功し、その成果が認められ入学を許されたのです。私は学校などというものには通えるような身分ではなかったので、セナには私の分まで楽しい人生を送ってほしいものです。
「はんっ! この私にたてつくなんてあんた何様? ごみにでもなって出直してきなさい」
…これが娘です。お恥ずかしながら一人娘で精いっぱい甘やかされてきたセナは、その辺りの貴族の子よりプライドが高い子に育ってしまったのです。根はいい子なのですが、人様に対して常に上に立っていないと気が済まない子でしたので、私は正直心配でした。それに、私の妻の家系は少々亜人の血が入っており、そういうことにまだ何も分かっていないセナが傷ついてしまうのではないかということも不安の種でした。亜人とははるか昔の魔王との戦争の時、人間側にも魔王側にもつかず中立の立場をとった種族と言われています。動物のような容姿をしていて、人間のように話したり二足歩行で歩けたりと様々ですが、身体能力は素晴らしく高いのです。この世の中、混血は忌み嫌われます。娘の入学が決まったとき妻は笑顔で送り出していましたが、私は心配でたまりませんでした。
「パパ! 聞いてよ。変な令嬢がいきなり入学式でね…」
しかし入学式の夜、電話で笑いながら話している娘にその不安は吹き飛びました。そのようなことにこだわらない良い友に巡り合えたのだと。それを聞き、満足そうにしていた妻を見ると、私の不安は杞憂だったようです。
セナが次の学年に上がるときには仕事も安定してきたころでした。最近は営業よりも書類作業の方が多くなり、私としては少しつまらない思いをしていました。ですが忙しくて今まで家の事を疎かにしてきた私です。セナもおりませんし、妻とどこか旅行に行ってもばちはあたらないだろうと考えておりました。そこで、私は旅行の間何かあったときのために部下の一人に代理を頼み、営業を任せました。…その次の日の事です。
「バリー前会長様。すみませんが、旅行は中止でございます。」
全ては私が無能だったせいで起こったこと。バリー商店の全権を奪われ、妻を人質に。セナまで呼び戻され、そのまま学園を辞めさせられました。妻と娘は違う場所に監禁され、私は彼女たちを人質に脅される日々。せめて、せめて…ふたりだけは救わなければ…。
彼らは会社の乗っ取りだけでは済まさず、私を捕らえてからはライバル社への圧力、嫌がらせを頻繁に行い、どんどん会社を大きくしていきました。
「いつもあなたのやり方を見てもどかしく思っていたんですよ。最初からこうしていれば簡単に他の会社なんて潰せますのに。」
…この男の正体に気づけなかったなんて…。騎士団に連絡しようにも私は四六時中監視されている身。
「逃げ出そうとか考えないでくださいよ。可愛い娘さんや奥さんがどうなってもいいなら話は別ですが。お金も時間もたっぷり持っていらっしゃる貴族様の中には、亜人特有のけもの耳にいくらだしてもいいっていう方々もいらっしゃるんですよ?」
「………」
…汚い奴だ。
「…へえ。あなたほどのお人よしでもそういう顔なさるのですね。驚きましたよ。まあ、そんな状態じゃ何もできやしませんがね。」
この男の言う通り、拘束されている上人質を取られている今の私ではこの状況は打開することはできないでしょう。すると、男に電話がかかってきました。その間になんとか策を考えなければ…
「…そうか。とうとうあちらさんも音を上げたか。ちょうどいい。今日あの方が来られる予定だ。今夜決行する。明日それを手土産としよう。」
部屋には武装している奴らが五人と、この男の女だと思われるのが二人。単純に観察していて感じられたのは、この二人の女性はこの男の仲間ではなさそうです。どこかの娼館で買った子たちですかね。一人は緑の髪をしていて、歳は二十代前半といったところでしょう。この男とは長い付き合いのようで、ミキと呼ばれているこの子を説得するのは不可能に近い。二人目はまだ十代の少女で、感情の起伏があまりない子です。セナより下のようですね。あまり見かけない茶髪の少女に話しかけたりなどしてみましたが、返答はいつもありませんでした。…やはりこの二人を説得するのは諦めたほうがよさそうです。彼女たちも彼女たちなりの事情がありこの男に従っているのですから、それを邪魔する権利は私にはありません。
「…今の電話は?」
「喜んでください前会長。バリー商店のライバル店である商業ギルドの会長さんが、やっと我々のことを認めてくださいました。ただ今話し合いの場をいただきまして、申し訳ないのですが、少し席をはずしますね。」
いやらしく笑い、何人か引き連れて部屋を出る男。…ということは今ここは手薄状態。この部屋に残ったのは武装した奴ら三人と茶髪の少女の計四人。動くなら今。セナたちが監禁されている場所もだいたい見当はついています。私は後ろで拘束されている手錠をゆっくりと音をたてずはずし始めました。…それにしても何やら騒がしいですね。
「…何だ? 下が騒がしいな。」
「社員共のしつけだろ。あいつらもよくやる。普通ここまできたらこんな会長見捨てるもんだが。」
「もともとバリー商店は社員や顧客の信用でここまできたようなものですからね。今、バリーさんたちが無事だからここまですんでいるようなものですが、もう抑えてはおけないでしょう。」
武装している彼らは覆面をしているので今まで分かりませんでしたが、思っていたよりも高い声の人がいたのですこしばかり驚きました。そういわれてみると、他の二人より線が細く、持っている武器が重く大きく感じます。
「…あ、そういえばそろそろお仕事の時間ではないですか?手錠はずしてあげては?」
その少年が思い出したように言いました。茶髪の少女と歳はあまり変わらないでしょうか。それにしてもついています。茶髪の少女は騒ぎが気になるようで先ほど部屋を出ましたし、今いるのは武器を持っている男と少年の三人だけ。
「…ちっ、こんなやつとっとと殺してしまえばいいものの。なんでこんなめんどくさいことをしてんだろうな。」
武装している奴らの一人が武器を下ろしながらぶつぶつと言います。その懐には一丁の拳銃が。
「…私が何十年もやってきたことがそう簡単にできたら苦労はしませんから。」
「はあ? …げふっ」
男が私の腕に手をかけた瞬間私は飛び蹴りをくらわせ、この部屋を照らす唯一の光を拳銃で壊しました。
「なっ!? このや…がっ!」
暗くした後、私はまず騒ぎ始めた奴を始末しました。簡単でしたよ。さっそく持っていたライターで光を灯したのですから。私の足元で気絶している奴も同じような結末を迎えさせ、私は少年のほうに向かいました。
「…?」
しかし、少年はすでに部屋にはいませんでした。ドアを開けて逃げたわけでもないのに。しかし、いないのならばそれは好都合です。早く部屋から出なければ。
「…!?」
部屋から出ると、そこには戻って来た茶髪の少女が。私の手にある武器を見て身構える少女。
「…君に危害を加える気はありませんよ。迷惑をかけてすまないとは思いますが、責任を取らせられるようならば逃げた方がよいでしょう」
少女を通り過ぎ、私は急いで下へと階段を駆け降りました。
「なんだおま…ぐっ」
雑魚にかまっている暇はありません。構わず撃っていきます。そしてようやく下の階にたどり着きました。おそらくセナたちはこの階のどこか。言いたくはないですが、彼女たちは今奴隷商人に売られる前。なるべく人に見られないようにことを進めなければ、すぐにでも騎士団が来てしまう。ですから最も動きやすく、港からも近いこのバリー商店の本社が監禁場所として最適というわけです。灯台下暗しというわけでおそらくいい案だとあの男は思っているようですが。
「…見つけた」
予想通り、一番配置されている奴らが多い部屋を見つけました。私は先ほど殺した奴の覆面と服を奪いそれを着て飛び出しました
「大変です! バリー前会長が逃走しました! 今最上階から脱出し、持っていた武器を所持しております! なんとかこちらへ来るのを止めておりますが…増援を!」
「バリーが!? くそっなんでこんな時に…。行くぞ!」
これで半数が削られましたか。あまり音を立ててはまずいですから、ナイフでいきましょう。
「は?」
急所を狙いそれぞれ一撃で仕留めます。先ほど増援に行かせた場所には簡易の罠を仕掛けておきましたが、それではそう時間稼ぎもできないでしょう。急がねば。
「無事か! 急いでここを出るぞ」
部屋では二人が両手や口を塞がれていました。見たところ怪我などはなさそうです。
「……パパ! ダメ逃げ…」
「困りますなぁ。バリー前会長。お部屋から勝手に出られては。」
この声は…!気が付くと私は銃を向けられ、囲まれていました。それを指示したのは、ギルド長の話し合いに行ったはずの男。隣にはいつものように緑髪の少女と茶髪の少女がいました。
「あなたが殺しに長けていただなんて知りませんでしたよ。あなた一人で部下がこんなにもやられるだなんて。また増員を頼まなければ。」
「…」
ご機嫌そうに饒舌な男の隣にはあの時の少年が。消えていなくなったと思えばすぐ男の方に報告に行っていたのですか。若いながらなかなか判断力がある子です。私の部下に欲しいくらいです。
「…ああ。あなたの脱走をこいつが知らせてくれたんですよ。いやいや、商業ギルドの会長様には私が直接会いに行きたかったのですが残念です。たいそう気が強い美人令嬢様だと聞きましてね。そういうやつほどぐっちゃぐちゃにしてみたいではございませんか。ですが、代わりに使者を送りましたので、彼らが代わりにしてくれるでしょう。いやいや楽しみです。奇襲は夜になるでしょうね。明日どうやって相手をねじ伏せようか考えて眠る令嬢様が、翌朝使用人もギルドの腕が立つ冒険者も誰も彼もいなくなっていたときの顔が見てみたいものです。」
「…なにこいつ、きも。あいつ、パパの部下なんでしょ? なんであんなきも眼鏡雇ったのよ。」
採用したのは私ではなく部下なのですが、私も彼をかなり信用においていたので何も言えません。まるで人が変わったかのような変容ぶりです。
「おやおや、口が悪いお嬢さんですね。これではあまり高く売れません。売るときはしっかり口を塞いでおかなくては。」
「…セナ。パパが合図したらママと一緒にあそこの窓から飛び降りなさい。」
男が話に夢中になっている間に私はすでに妻とセナの拘束を解いていました。
「…嫌。」
こんな時でも不機嫌そうに私の言うことを聞かない娘に苦笑いしてしまいます。おそらく聡いこの子は分かっているのでしょう。ですが、これは私が起こした不始末。でしたら、私がその責任を取るのが筋というものでしょう。私は持っていた武器を手に敵に突っ込みました。
「行きなさい!」
中々動く気配のないセナ。妻が私の意図を察してくれたようでセナの体を無理やり立たせ、窓の方へ向かいます。
「あはは! 窓から飛び降りる気ですか? 下は海ですよ? すぐに捕まるに決まっているではないですか!」
セナたちが捕まることはありません。なぜなら…
「あなたたちは私と共に死ぬのですから。」
あなたは知らないと思いますが、ここバリー商店本社にはもしもの時のためにかく部屋ごとに、魔力式爆弾が仕掛けてあります。それは私の魔力だけ反応する仕掛けになっており、ここにもこの部屋ひとつ吹っ飛ぶくらいの規模。セナ達には迷惑をかけました。騎士団に行けば保護してくれるでしょう。そういえば騎士団長の息子のことを堅物でつまらないとセナが零していたのを聞いたことがありました。ふふっ、こんなときにでも娘、娘と。この私が最後にこんな人間になったのだと知れば、先に飛び立った昔の友人たちは驚くでしょうか。
最後にセナたちの方を見ました。まだ飛び降りてはいないようです。セナは肩を震わせています。妻と目を合わせ、微笑み合いました。
「すごいですね。あなた昔冒険者だったとは言いませんよね? あなたさえよかったら、用心棒として雇ってあげますよ。給料も弾みます。そんなはったりかましてないで素直に降伏してくださいよ。」
「ご期待にそえず申し訳ないが、あなたを守るのも負けを認めるのもしたくないですね。それに…本当にはったりだとお思いですか?」
妻が無理やりセナを窓の外へ引っ張るのを見届けた後、私は男に向かって微笑みました。男はそれを見て、少し慌てたように私を殺すよう命じました。
さて、そろそろお別れの時間です。今までお世話になりました。この生涯、いろいろありましたが、とても充実したものでした。映画とかでしたら、最後にセナや妻の声が聞こえたりするものですが…。そうも上手くはいか…
「こーんの馬鹿令嬢! いつまでこの私を待たせんの! あんたいつからそんな役立たずになったわけ!? パパを死なせたりしたら許さないんだからぁ!!!!」