情報提供者は信用してよいものでしょうか
おはようございます。窓から差し込む日の光を見て、いつの間にか朝が来ていたのだということがわかりましたわ。今日も清々しく良い天気になりそうなのは大変結構なのですが、正直徹夜明けの私共にとってこの明るい太陽の光は苦痛でしかありません。そして私の机の上は書類だらけ…。調査から帰ってきたエリに怒られそうです。
「最近いつも以上に根を詰めすぎですよ。…ご友人の件について気がかりなのは分かりますが、少しお休みになってください。」
「休んでいる場合ではないのは、あなたが一番よくわかっているでしょうアイサ。…乗っ取られてから少し時間が経ちすぎているし、調査の成果がまるでないのよ。これではこちらから仕掛けることもできないし、その前に相手の詳細が分からないのでは話にならないわ。…黒いマントの男と言い、これは…」
異常。その一言に尽きますわ。あのエリの調査能力とアイサの情報網に引っかからない相手は今までいませんでした。お母様やおばあ様がバリー商店の乗っ取りに関してご存じではないという時点で、甘い相手ではないということは承知済みでしたが…。ここまで苦戦するとは思いませんでした。ここまでで収穫はゼロに等しいのです。やはりここは本人に聞くしかないと最初のほうで手は打っておいたのですが、あの手紙はすでに人が出払った後のルクエア家に届いており、多くの手紙に埋もれておりました。
「…ルクエア家の方々の居場所について、あと考えられるとすればバリー本社だけですけどね。しかし、潜入は不可能。…打つ手なしと言ったところでしょうか。」
「…それはエリ次第と言ったところね。」
「ルクエア家の方々が姿を消されたのはあの馬鹿王子がアレスタに訪問してきたあの日。まあ、人々の関心がそちらへ向いていたあの日が一番王都で動きやすかったと言えばそうでしょうけど…。しかしまあ、なにやらあやしさぷんぷんしますね。そこから動きがおかしくなったところもいくつかありますし。ただのいち企業の乗っ取りだけではなさそうです。」
「……そうね。」
考えることはいろいろありますが、とにかく情報が少ないことが今一番の問題ですわ。
「お嬢様失礼します。お客様がいらっしゃいました。」
…お客さま?誰かしら。こんな朝早くから、一体何だというのでしょう
「失礼する。急な訪問申し訳ない。三が大臣の息子アラム・リュートだ。アルーシャ殿にお話ししたいことがあって参った。少々お時間をいただきたい。」
銀の髪を後ろに束ね、青い服装に身を包まれていらっしゃるその方は、まぎれもなくエリザ様の取り巻きの一人でグリアム様の側近でいらっしゃるアラム・リュート様ではございませんか。…何もこんなときにいらっしゃらなくても。エリザ様のギルド会員の話はすでに終わりましたし…なんでしょうか?まさかとは思いますが、あの騒動を蒸し返すおつもりでしょうか?まあ、どちらにしてもエリザ様やグリアム様に心底心酔していらっしゃるこの方のお話なんて、面倒くさそうなものであることは確実ですわね。と、そうは思いますが相手は大臣の一人息子。邪険に追い返すわけにもいきません。
「アラム様。お久しぶりでございます。こんな辺境の町へわざわざご足労いただきありがとうございます。私にお話とはなんでございましょうか。」
時期大臣としての技量は保証付きなアラム様なのですが、無類の女好きという欠点があります。しかしエリザ様と出会いになられてからは頻繁にしていた女遊びも落ち着き、父であられる大臣もこれには大喜び。エリザ様が時期王女としてグリアム様と婚約できたのもリュート家の方々が貢献されたと言っても過言ではないでしょう。
「世間話もなしとは。可愛げがないところは相変わらずだな。そう身構えなくとも今日は仕事で来たのだ。茶を飲ませるくらいさせてくれ。」
絶対に手を付けないだろうと思っていたカップに手を伸ばし一口飲まれるアラム様。
「さすが今世間を騒がせている商業ギルドの創設者だな。客に出すものも絶品だ。これも商品なのか? 土産に買っていくとしよう。」
さっさとお帰りいただこうと思っていた私ですが、これには目を丸くしてしまいました。…この方私の事かなり嫌っていましたわよね?話すどころか近くにいることすら嫌っていたこの方が…?一番に発せられる言葉は私に対する嫌味や悪口だと思っていましたとも。…え?…これは悪夢でしょうか…それとも私疲れているのかしら。
「…それで…お話しとは…」
そろそろ鳥肌がたってきそうだったので話を戻しました。すると、今まで見たこともなかった温和な顔つきからこれまたみたことがないほど真面目な顔をされるアラム様。
「俺の父が経済を担当している大臣なのは知っていることだろう。本来ならば父が伺わなければならないことなのだが、父は今他国に出張に行っているので代わりに俺が来たのだ。今まで商業を取り仕切っていたバリー商店が出たばかりの商業ギルドに天下の座をここ数か月で奪われてしまい、しかもその月の売り上げは歴代を超えていくばかり。これには父も驚いていた。そして最近になってバリー商店が不穏な動きをするようになった。最初は商業ギルドに対抗しようと行動を起こしたのかと思っていたが、どうも違うようだ。アルーシャ、お前もバリー商店について調べているようだな。…これを見てくれ。」
アラム様が私の方に出してきたのは一枚の紙と何枚かの写真でした。
「これはとある港で撮影されたものだ。こいつはバリーの下で長年働いてきた部下であり、今のバリー商店の会長だ。そしてこれが取引していたものだ。」
見せられた写真は積み荷の中身のようでした。中身は…大量の武器。
「…なぜこんな物騒なものをただの商店が?」
「さあな。大方どこかの戦争中の国に売りつけて儲けようとしているのだろう。問題はそこじゃない。」
そして最後に出されたのは奴隷と思われる人々が船に乗せられている写真でした。あまり気分のいいものではありませんわね。
「…武器と奴隷の交換ですか。ですがこれほどの奴隷をバリー商店が購入していた記録はどこにもありませんわよ。」
…考えられるとすれば非公認の奴隷商人からの買い上げですか…いえ、それにしても数が多すぎるような……まさか
「最近首都から離れた小さな村や町で誘拐事件が多く発生しているらしい。あるところは翌日急に村の住人全員が蒸発したというところもある。今、騎士団に依頼して調べてもらっているが、おそらくこれと関係していることだろう。」
「…それは由々しき事態ですわね。ところでなぜそれを私に?」
「俺は次期大臣だからな。厄介ごとはない方がいい。」
再び温和な顔で笑われるアラム様。その笑顔で幾人もの女性を虜にしていたのかと思うとその方々の頭が心配になってきますわ。どう見ても、胡散臭いでしょうに。たいてい警戒されないような顔をこちらに向けてくる方ほど疑ってかかるものでしょう。それに私たちがどんな手を尽くしても得られなかった情報をなぜいち大臣の息子が手に入れられたというのでしょう。この胡散臭い笑顔と言い、この情報量と言い、何かありそうですわ。
「まあ、俺を信用するかしないかはそちらが決めてくれ。じゃあな。つれない子猫ちゃん」
耳元でちゅっと聞こえたかと思うと、アラム様は出ていかれました。…せっかく収まりかけていた鳥肌が出てしまいました。
「…消してよいでしょうか。あのくされ男」
「…お願いだからやめて頂戴。あれでも一応大臣の一人息子よ。しかしまあ、あの方。いつもあのような手を使っているのかしら?国の気品が疑われるから止めて欲しいものね。」
しかし、このことが本当なのであれば、これは私が思っている以上に…