今回の本題とは
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「相変わらずおじーコンプレックスなのねマリーヌ。」
「違うわ!!! というかなによその言葉!? そんなのあなたしか使わないわよ」
「やーいやーい。おじコンー」
空には赤みがかかっていて、時間はもうすぐ夕暮れ時です。私は次々と出てくるマフィンに夢中になってしまい、気づけばお嬢様とマリーヌ様のこのような会話が三十分ほど続いていました。私はその間にこの店のマスターと仲良くなってしまいました。寡黙な方ですが、コーヒーがお好きらしく試飲させていただくとこれがまた絶品で…
「マリカ! あなたの主人とうとうキャラぶれしたわよ! ざまーないわね! 滑稽だわ。」
「なんのことでしょう? ちなみに先ほどのはキャラがぶれてしまったのではなく、ただ単にあなたを馬鹿に…いえ、あなたの思慮の浅さを素直に言ってみただけよ。その証拠にセリフに感情がこもってなかったでしょう?」
「言い直す意味!何よ、あなた私を馬鹿だと思っていたの!?」
…おじコンという一言にそのような意味が込められていたとは。
「ちなみに親しみを込めて使うこともありますわよ。」
それは驚きです。両端の感情を言い表すことができるなんて、なんと画期的なことばでしょう。お嬢様は本当に物知りです!勉強になりますわ。
「はぁ、いい加減素直に認めれば楽になりますのに。」
「嫌よ! そんなろくに誰が言い始めたかわからないものお断りよ。大体意味も分からないし!」
「おじコンはおじーコンプレックスの略であり、おじーコンプレックスはおじーコンプレックスですわ。」
「だからそれを説明しなさいと言っているのです!」
いつもは見ることのない、お嬢様の楽しそうな笑顔。こんなにおしゃべりなお嬢様久々に見ました。今回来てよかったです。最近…特にギルド長会議から帰ってきた後から、なんだか少し暗い表情で考えていることが多かったですから。そう言えば…ワタルもそのときからあまり元気がないわね。久々の敗北にしょげてしまったのかしら?…そうだわ!帰りに何かあの子の好きなものを買っていきましょう。なにがいいかしら。
「…でしたらこれはいかがですかな」
マスターに相談すると、奥からイチゴのケーキが。ナイスアイディアだわ!!みんなの分も買っていきましょう。
「お嬢様、みんなのお土産にこれを買ってもよろしいでしょうか?」
「ええ。でも、トウヤにはこっちね。あの子イチゴダメだから。」
「はい!」
「何よ!まだ話は終わってないわよ!」
「いいえ。あなたが素直になれば終わる話ですわ。」
本当に楽しそうなお嬢様。…ですが、お嬢様。素直ではないのはお嬢様の方では?
私たちの時みたいに素直に言えばよろしいのに。怒っていたはずの自分を心配して、寝る間も惜しんで自分のためにしてくれて、ありがとうって。感謝してるって。なのに照れ隠しにあんなこといっちゃって。素直じゃないですわ。ふふっ、いつもは完璧なお嬢様のこんな姿エリも知らないんじゃないかしら?ちょっと得をしましたわ。
「終わらないわよ! まだ、おじーコンの説明も今回あなたを呼び出した本題も言ってないし! そうよ。終われるわけないのよ!」
思い出したように言うマリーヌ様。…え?
「まだあの話終わっていなかったの!?」
さすがのお嬢様でも驚きです。
「ええ。セナのことよ。」
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「…それはセナ自身の話というより、セナのお父様のお話かしら?」
やはり何かあったのでしょう。昨日出した手紙の返事は朝の時点では届いていませんでした。
「さすがね。というより、何かあちらからの動きがあったのね。…ギルド商店絡みね。」
学年首位の頭はいまだに健在ってところですか。
「セナが学園から去ったのは休暇中なの。私たちも驚いたわ。休暇が終わって学園に戻ったら、セナの姿も名簿からの名前も無くなっていたのだから。そしてセナがいなくなって一週間後。彼女から手紙が届いたのよ。」
マリーヌが言うセナからの手紙の内容はこうです。自分はもう学園にいるべき人間ではなくなった。もうあなた方と会うことはないでしょう。今までありがとう。
「そんな内容で納得いくはずなく、私たちはそれぞれ情報網を駆使して調べたのよ。そうしたら、ある有力な情報で分かったことがあるの。バリー商店の乗っ取りよ。」
…乗っ取りですか。
「一応責任者の名前はまだセナのお父様になってはいるけど、おそらく時間の問題ね。ちょうどセナが学園を去った時期とバリー商店が他の同業者に嫌がらせをしているんじゃないかって噂がたったのとほぼ同じなのよ。おそらく間違いないと思うわ。」
「…そうなってくるとセナの居場所が気がかりですわね。それについては?」
「セナのお父様の姿をバリー商店の本社で見かけたっていう目撃情報があるの。だからまだセナもそこに。」
「分かりましたわ。その件については私に任せて頂戴。元々そのつもりで私に話したのでしょうけど。」
「唯一動けるのはあなたしかいないのよ。私はこれから急いでノッテに帰らないと行けないし、あとの二人は学園から脱出ゲームをして捕まって出られないし。」
あの鉄壁な学園から脱出ゲーム!?なんと無理なゲームを行ってしまったのでしょう。…あの二人らしいと言えばらしいですが。
「何かあってもなくても連絡しなさいよ。いいわね!!!」
これがマリーヌのお別れの言葉でした。お供の者を連れてこず、いるのは馬車の御者の方だけ。なんのためにルーカス様が連れ戻されたのか分かりませんわね。まあ、あの方を襲おうもんなら蛙になるだけじゃすまないでしょうけど。
「お嬢様、そろそろ私たちも…」
「ごめんね、マリカ。アレスタに帰るの明日でも構わないかしら? お土産はあなたが新しく作ったあの空間に入れておけば新鮮なままでしょう?」
今日行く予定はありませんでしたが、こうも慌ただしくなりそうでしたら、ひとまず先にお父様に手紙ではできない話が増えたことを報告しなくては。