久方に会う友人とのひと時ですわ
王都を賑わせているとあるお店は、上品な色合いとどこか気品を漂わせており、貴族層から絶大な人気を誇っています。私たちはその店に入りましたが、普段のような賑やかさはまるでありません。現在お客は私とマリカ、そして目の前の席に座っておられる方のみ。その紫の髪は綺麗ではありますがどこか他人を拒絶するような雰囲気を持ち、またそのきれいに整いすぎている顔は周りの者を委縮させてしまいそうです。私は微笑みながら待ち合わせていたその方、マリーヌ・ノッテに話しかけました。
「相変わらず、ノッテのお姫様は金と権力でものを言わせるのがお好きなようね。」
するとその方は飲んでいたカップを静かに置き、同じく微笑みます。
「あらあら失礼な公爵令嬢だこと。ここの主人と仲がいいだけよ。それに大切な友人がティーパティーをしている間に、黙ってあの退屈な学園から逃げ出したどこかの礼儀がなっていない悪役令嬢よりま、し、よ。あの馬鹿王子から婚約破棄というありがたいおまけまでつけてねぇ~。さらにそれから音信不通になって散々迷惑をかけたあげく、ギルド長として就任し、商業ギルドで金を稼いでいるって噂でやっとどこで何をしていたのか分かったのよ?それで実際に会ったら土下座でも見れるかと思ったのに最初の一言がそれねぇ~。会わないうちにずいぶんなくそ野郎になったものね。それにしても、久しぶりねマリカ。あなた少し痩せたんじゃなくって?こんな薄情野郎に仕えるよりも私のところに来ない?あなただったら大歓迎よ」
「えっと…」
マリカが困ったように私を見ます。こんなに怒っている姿を見るのは初めてで私もその剣幕に一瞬呆然となってしまいました。色々と突っ込みたいところはあるのですが、完全にその機会を逃してしまいました。とりあえず最初に聞かねばならないのは…
「……マリーヌ?あなた…聞いてないの?」
「あら?言い訳ですか?さあどうぞおっしゃって。私はどんな罪人でも言い分はきちんと聞いてあげる広き心はもっていますわよ。」
…あ、これは聞く気がない時に必ず使うセリフです。えっと…もしかして冗談抜きで聞いていないということかしら。
「おっしゃらないならこちらから言いますわね。大体あなたは……」
…これは長くなりますわね。入学式のときの話をし始めました。
先に言っておきますが、私学園を出る前にちゃんと友人たちの部屋を訪れて学園を去ることを伝えました。そのとき朝が早くて、唯一起きなかったマリーヌのためにぎりぎりまで待ったのですが、結局間に合わず、私は他の友人たちに伝言を頼んだのです。それでこれですか…。…あの方々のずぼらさ正直なめてましたわ。こんなに大事なことを他でもなく断トツで根に持つこの子に言わないなんて…。
「聞いてますの!アルーシャ・シャーロット!!!!!」
…まずは誤解を解くところから始まりそうです。
「マリーヌ。一つお聞きしたいのだけど、私の事誰からも聞いてないの?」
「私たちがティーパティーしている間に、馬鹿王子から婚約破棄されて、その翌日まであなたは理事長室で監禁。そして早朝にここを発ったんですわよね。私たちには何も告げずに。」
「…大体あってるけど最後のは違うわよ。私はあなた以外のみんなにはきちんと告げてから出て行ったわ。…いや…違うわよ。そうではなくて…。……だから聞いてちょうだい! あなたはね何回起こしても起きなかったのよ。それこそ顔に水をぶっかけましたけどね。だから私はみんなに伝言を頼んだのよ。それこそ今のあなたのように怒られないようにね。」
「……し、知らないわよ!そんなこと!」
「じゃあ、あなたの他にその件で怒っている人はいるの?」
「……マルじい…とか。でもそれはあの馬鹿王子にだけど。」
「懐かしいわね。菜園係のマルじいさまですか。ありがたいことです。で、他にはいないのね?そういうの一番嫌いなセナも何も言ってなかったのね?」
渋々頷くマリーヌ。どうやら他の友人たちは自分のように怒りを感じていなかったということに気づいたようです。やれやれ。
「……あいつらを蛇にしてやる。」
顔を真っ赤にしてマリーヌは言います。…友人たちがその手紙を受け取るときに鋭い勘が働くことをお祈り申し上げますわ。
「…あら、私としたことがつい無駄話をしてしまいました。やはり久しい者に会うと昔話に花が咲いてしまいますわね。」
まるで今までのことがなかったかのように笑うマリーヌ。そういうところお変わりないようで安心しましたわ。
「そうそう。今回あなたの耳に何個か入れなければならない話があるのよ。まず、セナと私も学園を去りましたの。」
飲んでいた紅茶を思わず吹き出しそうになりました。はぁ!?セナはまだしもあなたは他国の姫でしょう!?ほかの王族がいる学園を中退しただなんて、世間体に悪いではありませんか。よくもまあ、そんな大胆な…。いつかはしそうな気はしていましたが…
「何よその顔は。違うわよ。ついこの間おじ様から緊急で呼び戻されたのよ。それで私はそれから自宅でみっちり魔法の勉強よ。嫌になるわ。」
あぁ、なるほど。マリーヌの叔父はルーカス・ノッテ様であり、ノッテ王国のギルド長です。つまりはギルド長国際会議の後姪を呼び戻し、もしもの時のために鍛えているとまあこういうことですか。
「………」
ふとマリカを見ると、眉間にしわを寄せてお茶をすすっています。マリカは魔術の国ノッテに以前から興味を持っていたので、マリーヌに頼んで訪れたことがあるのです。そのときからマリーヌとは仲が良く、また私は知りませんがルーカス様と何かあったようです。嫌なことでも言われたのでしょうか。
「あなたもあの会議には出ていたのよね。なにかあったの?」
「ノッテの姫様なら知っているでしょう?会議の内容は極秘扱いなのよ。」
「言うと思った。まあ、大体予想はつくけれど。じゃあ、はいこれ。…あ、マリカ。こちらの方があなた好きだと思うわ。それ少し辛いのよ。」
マリーヌが私に渡したのは、一枚の紙。なにやらちょっとひねくれた魔法がかかっているようです。
「…ちょっと今失礼な事考えてなかった?あなたすぐ顔に出るんだから。…は?無理よ。無理。それは訓練して直るもんじゃないわよ。あんたのわずかしかない長所なんだから無理して直すものでもないでしょう」
…失礼なのはどちらなのでしょう!?
「それに書いてある言葉はあなたにしか読めないようになっているわ。くれぐれも他言無用でお願いね。私の家に入れる特別な魔法の呪文なんだから。」
「どういうこと? ここに呼び出すじゃ飽き足らず、家にまで来いと? ずいぶんなお姫様ね」
「うふふ。あなたは留学先のいち公爵令嬢、私は一国の姫よ。これを機に身の程を知りなさいな。」
「それはそれは。今までの多大なるご無礼まことに申し訳ありませんでした。蛙の姫様。」
私が学園の時の彼女のあだ名を口にすると途端に顔色が変わりました。
「それは言わないって約束したでしょう!?」
「あら?それは違うわ。約束したのは私ではなくて別のだれか。そうそう、覚えている?あのとき魔法の解き方が分からなくてあなたあの蛙にキスする羽目になって…」
「してないわよ!ぎりぎりで解けたんじゃない!!」
「あの時のあなたの顔、傑作でしたわよ。」
けらけらと笑うとさらに真っ赤にして怒るマリーヌ。
「もういいわ。それ返しなさい!せっかく何かあったときかくまってあげようと思ったのに。」
「かくまう?あなたの国に私を?」
そんなのよほどな非常事態じゃないと無理じゃない。しかも私はギルド長。国を離れるわけにもいかないし。
「ええ。おじ様の様子が最近おかしくて、それで私魔法で盗聴していたのよ。そうしたら最近怪しい動きをする国があるとお父様と話しているのを聞いてしまって。なんでも荒れてしまったり、政治が乱れたりしてしまったところはその国が関与してるらしいわ。あなたを待っている間にそれを思い出して、暇つぶしに作ったけれど別にいらないならいいわ!」
つまりはその怪しい動きをしている国がいつこの国に関与してくるかわからないから、その時は私の国に避難しなさいってことですか。確かにノッテ王国は外部の交流は少なく、留学もマリーヌのお母様の代から始まりましたから、干渉されることは殆どありませんものね。逆にアルデヒド王国は国際交流が多い国なので狙われる可能性は大いにありますわ。これはお父様に報告した方がよさそうです。
…それにしても、この紙の魔法はかなり強いもの。もともと才のあったマリーヌですが、ここまでの強力な魔法は使えなかったはず。これは裏に何か面白いことがありそうですね。
「…私はギルド長なのでなにがあろうともこの国から出ることはないと思いますが、これはありがたく貰っておきますね。それにしてもこれほどの強い魔法で暇つぶしにさっき作った割にけっこうしっかりしてますわ。まるでそう…何日も徹夜して作ったものみたい。」
「…そんなわけないじゃない。かの偉大な魔法の創造主カイン様の子孫でありこの類い稀なる天才だといわれる私が、そんな、何十日も殆ど寝らずそんな紙切れにこだわるわけないわ。失礼にもほどがあります。たかがギルド長ごときが。」
なるほど、何日ではなくて何十日徹夜したのですか。試しに鎌をかけてみたら、あっさりと引っかかってくれちゃって。……最初来たときはあんなに怒っていたというのに、私のためにいろいろ考えてしてくれていたのですか。
「…これ、目くらましと幻術を応用したものですね。ルーカス様から教えていただいたの?」
私が聞くと待ってましたとばかりに、得意げに話し始めるマリーヌ。
「ふふん。違うわよ。家にあった本で独学で勉強したのよ。まあ、私くらいの天才じゃないとできなかったでしょうね。おじ様も褒めていらっしゃいましたわ。寝ずに頑張ったかいが…」
「あら? やっぱり寝てないの?」
「ばばばば馬鹿をおっしゃい! これは言葉の綾というものですわ!」
まったく素直じゃないこの優しい友人を私はこの後も、このネタでいじっていきました。