ギルド長国際会議2
窓から見えるきれいな青空は今日の天気が清々しいものとなるということを知らせています。きっと今日はピクニックに行く方々が多いことでしょう。笑顔と幸せそうな空間。あぁ、そんな清々しい空気が…
「なんだと!? 貴殿は我が国を侮辱するのか! 」
「誰もそんなこと申していないではありませんか。これだから野蛮な方は短気で困る。」
この場所にもあればよいのに。この部屋に入ってからまだ数十分も経っていないというのにすでに帰りたいという気持ちが溢れて止まりません。なぜ私は隣の国に来てまで子供の喧嘩遊びに付き合わなければならないのでしょう。…いきなり失礼しましたわ。お父様より少々年上であろういい大人二人が子供の言い合いのように怒鳴り散らされているのを見て、私一時的なカルチャーショックに陥ってしまったようです。本当に文化の違いとは恐ろしいものです。
私は今回のギルド長国際会議が開かれる隣の国の教会の一室にいます。この会議はエリたちのような付き人の同席は禁じられているため、休暇をやりました。今頃は楽しんでいることでしょう。
「はっ! スカシ野郎には言われとうないわ!!」
「なっ!? ……フン。流石はサル。言葉の使い方もとうとう分からなくなったか」
…それにしても会議はいつはじまるのでしょう。いい加減この方々の言い合いにはうんざりしてきたところです。…一応有名な方々のはずなのですが…
「大体あなたのその野蛮人のような恰好。やめていただきたいものですな。実に不愉快ですな。神聖なギルド長会議にそぐわない。それに同類とみられてしまうではありませんか。」
この方はノッテ王国ギルド長ルーカス・ノッテ様。ギルド長の古株でいらっしゃいます。王族特有のちょび髭は綺麗に整えられ、すらりとした体型は女性の人気の的。しかもこの方、魔法を創ったと言われるカイン様の子孫でもあり、現在この世で最高峰の魔術師と言われております。
「これは我が国の正装だ! 貴殿はご自分のことを心配すべきではありませんかな? 貴殿から臭うその悪臭、臭くてたまらんわ。」
この方はマッティーナ王国ギルド長ルードニア・マッティーナ様。同じくギルド長の古株でルーカス様とは犬猿の仲。その理由を挙げるならば一つ目は数百年前の魔王の戦いでノッテ王国と一悶着あり、それは今でも解消されることなく続いているというところですか。二つ目はその時の一悶着のおかげで人々の中には魔法と武術はどちらが優れているかで争われており、マッティーナ王国は武術の王国、ノッテ王国は魔法の王国とお互いにお互いを貶してしまうのです。
そういうわけで昔から決められている犬猿の仲同士なのは私も理解できますが…
「この気品漂う香りが分からないと。これは滑稽なことですな。貴様にはこのにおいの価値は分かるまい。」
「はっ! わしの聞き間違いでなければ気品と言ったか? 面白い冗談だな。そんな下品な装飾品を多く身に着けておってなにが正装だ。ここをどこかの娼館と間違えてでもおるのか?」
…これはあんまりではありませんか。一応魔術や武術の達人である彼らに憧れている者も少なくありません。それが…まあ…
思わず公共の場でため息をつきたくなるこの場面を止めにかかられたのは、お二人とは違う意味で有名人な方。
「ほら、お二人共。アルデヒドの新ギルド長が驚いているではありませんか。そろそろやめてくださいよ」
張り付いたような笑顔で止めにかかられているこの方。確か噂に聞いたことがあります。
「初めまして…だよね。僕はシュタイン王国ギルド長のヴェルって言うんだ。同じギルド長だから敬語とか使わなくていいよね? よろしく」
「………石の番人。貴方のお噂はかねがね聞いていますわ。こちらこそよろしくお願いします。」
シュタイン王国は魔法石の宝物庫と言われるくらい魔法石が採れる国です。魔法石は人々が生活するために必要不可欠な石で、火を起こしたりするのに役に立つものです。言うならば、電化製品の代わりにこの世界の人々が使うのは魔法石と言ったところでしょうか。毎日と言ってもいいほど使用する魔法石は消耗が激しく、需要が高いので、シュタイン王国を狙う国々は多く、紛争が絶えなかったと聞きます。しかし今の国王様がこの方をギルド長に任命してからは争いは消えシュタイン王国の人々は安心して暮らせるようになったとか。
「どんな噂が流れているか知らないけれどちょっと照れるなー。そんな大層なことしてないんだけど。」
この方が違う意味で有名だという意味。それは現在平和になったシュタイン王国のその裏ではこの男が秘密裏に処理をしているとか。使える手ならどんな手でも使い、どんな汚いことでも平気でするとか。とまあ、悪評が絶えない方というわけですわ。
「君のほうが有名だよ。悪役令嬢って呼ばれているんだってね?どうしてそういうふうになったんだい?」
軽い口調で問うヴェル様。ですが、その目はまるで私を試しているかのよう。
「…ほう。見慣れぬ方がいらっしゃると思えば、そなたがあの有名な。」
ルーカス様もそれを聞き私に好奇の目を向けられる。
…さっそくきましたか。分かっていたことでしたが、それでもうんざりはしてしまいますわね。
新しいギルド長、しかも自分たちより一回り二回り若い女。そんなやつをどうしてアルデヒド王国はギルド長を任せたのか。なにか特別な能力でもあるのか。それとも…。みたいな下世話なことを考えているのでしょう?顔に出てますわよ。まあ俗に言う新人いびりみたいなものでしょうか。やれやれです。面倒ですが、私売られた喧嘩は買う主義ですの。それにこれは私個人の問題ではなく、国と国との腹の探り合い。なめられてはそれこそ後が面倒です。
「わが国で人気を誇る皆様に、知っていただいていたこと光栄に思いますわ。改めましてご挨拶を。アルデヒド王国ギルド長アルーシャ・シャーロットと申します。どうぞよろしくお願いいたしますわ。確かに私のこと悪役令嬢だなんて呼ぶ方もいらっしゃるようですが、大したことはしていないのです。ただ…どうしても言うことを聞いていただけない方々にお灸を据えたぐらいです。」
「お灸とな? はっはっは! それであればわしがされたいぐらいだわ」
「…それは止めておいた方が賢明ですよ。このギルド長さん、今回我々が集まることになった張本人なんですから。」
「…というと?」
「今回招集をかけたのはアルデヒド王国で、その内容は魔王が再び動き出したことによる各国への呼びかけと今後の対策、それに同盟国の協力ってことですよ。」
「何!?」
…あーあ。先に言ってしまわれましたわねこの方。まあ、もう出席される方々は全員来ていらっしゃるようですが。
「塔のダンジョンが出現したんですよ。あの時と同じくね。」
「で、では…その塔は今も…」
「それはご心配に及びませんわ。すでに掃除は致しましたから。」
それほど大きな声を出したつもりはないのですが、私の声はみなさんの注目を集めました。
「そうそう。それについては大丈夫。だから久々のこの会議は気がぬけないってことだよね~。」
張り詰めた空気の中ヴェル様だけあの張り付いた笑顔でいらっしゃいました。