ギルド長国際会議
「おっ、ね、え、さ、まぁぁぁぁーーーー!!」
馬に乗って走ること一時間弱。到着したと思ったら突然の体当たり………。倒れはしませんでしたが、かなり痛いですわ。
「セル!お前なぁ……」
アーベルが呆れたように離そうしましたが、ぎゅーっと私に抱きつき離そうとはされません。
「いーやー!愛しのお姉様との出会いはたとえお兄様でも邪魔はさせませんわ!」
この活発なお嬢様はアーベルの妹君、セルティア・シャングボルト様。アーベルと同じ金色の髪にくるくるの髪の毛をされている彼女は大変整った顔立ちをしていて、求婚が絶えないと聞きます。本人は嫌がっているようですが。
「お久しぶり、セル。 元気そうでよかったわ。」
「はい! お姉様も相変わらずの美しさでいらっしゃいますわ!」
前も誰かとこんな会話したような気がします。思わず微笑んでしまいますね。
「今日はどうしてこちらに?」
「ルドルフ様が、お前の護衛を頼みに来られたのだ。 父上もそれに賛成なされてな。」
お父様が??
「私はお姉様に会えると聞いて付いてきましたの! あ、そうだお姉様! 私ついに買いましたわ!」
セルの手には商業ギルドが発売している本が握られていました。
「続きが気になって持ってきてしまいましたの! 愛を誓い合う二人。 しかし離れなければいけない運命に二人は。もうどきどきですわ!」
喜んでくれてなによりです。くるくると本を持って回るセル。
「お姉様ー、王都に支店出しませんの? アレスタは遠すぎますわ。」
セルが口を尖らせていいました。
「是非って言われてるんだけどね。 人手が足りないのよ。 気長に考えてみるわ。」
「お願いしますわ! あれでしたら兄を使ってくださいまし!」
「なぜそこで俺が出てくるんだ」
「あら。 ここに来る道中そわそわしてたのはどちら様でしたか?」
にやにやとするセルの言葉に私は引っかかりました。
「お二人はどの道を通ってきたの?」
「えっと…………」
「湖の方面からだ。他にも馬車があってな。大変だった。」
……………………私たちの方面には私たち以外の馬車はいませんでしたわ。
「その道はお父様が?」
「ああ。ルドルフ様がこっちのほうが行きやすいからと。」
…………………まさか……ですわよね。私はそのいらぬ考えを頭から振り払いました。
「アルーシャ?」
「お姉様?」
きょとんとした顔の二人にさすが兄妹だと思いました。
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「ワタル! お前も来てたのか?」
アーベルとワタルはあの日から意気投合したようです。身分など関係なさそうに肩を組んで楽しそうです。あの日、依頼から帰って来たアーベルは地面に頭をつけ私に謝罪をしました。何かしたのかとちらっと、ワタルを見ましたがそうではなさそうです。
「すまなかった。 俺は狭い世界でお前というものを勝手に判断していたようだ。俺はお前を知ろうともしなかった。それなのにお前を傷つけてしまった。本当にすまなかった。」
もちろんその場には他の使用人たちもいましたが、そんなこと構わずアーベルはひたすら頭を地面につけました。
「……………………頭をお上げくださいな。床は汚いですわ。」
そう言いまして、アーベルを立たせました。私は頭一個分以上違うアーベルの顔を見ました。そして、思いっきりぐーの形でアーベルの頬を殴りました。鈍い音がしました。
「これでお互い様ですわね。」
「お、俺を…………許してくれるのか?」
「以前のあなたなら許しませんでしたけど、今のあなたは小さい頃理想を掲げた貴方そのものですもの。許さないわけにはいきませんわ。」
「……………そう………なのか?」
きょとんとした顔のアーベル。
「ええ。以前のあなたなら謝ることなどしませんでしたわ。自分を変えようなどと思われなかった。これで夢へと一歩近づきましたわね、アーベル。」
すると、アーベルは一瞬驚いた顔をして微笑みました。あの頃のように無邪気な顔で。
とまあ、このような出来事がありましたの。
「おっ、アーベル! 見ろよ、美人がいるぜ。 トウヤも来いよ! さっそくナンパだぁ!」
「ナ、ナンパなど俺は行かん!! はなせえええええ!」
……………悪い方に影響されなきゃいいのですが。さっそく不安になりましたわ。
「ワタル! その前に宿で………あーあ。 行ってしまいました。」
溜息をつくマリカ。トウヤやワタルという荷物持ちがいなくなり、眉間に青筋がたっているエリとアイサ。
「ギルド長会議までまだ、時間がありますわ。私たちもゆっくりしましょうか。」
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「どうしたのだというのだワタル。ここには貴婦人などいないと思うのだが…」
俺は無理やり連れてこられた訓練所の前でワタルに問い詰めた。なかなか答えようとしないワタルの代わりに、隣のトウヤが口を開いた。
「………ここに来る途中襲撃を受けた。騎士団団長の息子であるお前なら情報を持っているのじゃないかと思ってな。」
……襲撃!?しかもその口調ぶりから倒せなかった者がいるらしい。
「………黒いマントの男だ。聞いたことあるだろう?」
あれから父上に頭を下げ、俺は再び仕事や情報を貰えるようになった。その中の一つに最近多発している貴族襲撃事件というのがある。
「そいつに襲われたのか!?よく生きてられたな……」
俺はそのことに驚き、二人に説明した。
「そいつは最近世間を騒がせている黒マントと言われている男だ。我々も動き出しているところなんだが、そいつは正体不明で狙った獲物を全滅させているんだ。だからお前達がその唯一の生き残りってことになる。」
「……………………その男の顔は誰も知らない………そうだな?」
トウヤがやけに真剣な顔で聞いてくる。
「あ、ああ。 誰か知っていたらとっくに手配書が出回っているだろう。」
すると今まで口を閉ざしていたワタルが口を開いた。
「………………俺らそいつにボロ負けしたんだ。 俺はもっともっと強くならねぇと! お嬢に顔向けできねぇ! 行くぞ! アーベル、トウヤ!」
そして中へと入っていくワタルを俺は慌てて追いかけた。
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セルのお気に入りのお店は貴族からも市民からも好まれるお店のようで人が賑わっていました。
「これ、オススメですわお姉様!」
セルはホワバードの肉と野菜をパンで挟んだサンドウィッチを頼みました。ホワバードはこの国で人気食らしく、他にも多くのメニューがあります。人気メニューにもそれが使われていました。
「では、それにしましょうか。みんなも好きなものを頼みなさい。」
「………僕はお嬢様と同じものがいいです」
「んーじゃあ、私はガーガー鳥の卵。美容に良いって言うし」
「では、私はこれを。」
セルはそれを見て驚きました。二人は一般的なものを頼んだのですが、エリが選んだのは………
「シンフォーンの生肉ですの!?やめておいた方がいいですわよ!」
この世界では生物を食べる習慣がありません。この店のように扱うところはありますが、あまりオススメはしません。私は一応店主に聞きました。
「このシンフォーンの魚肉はどう保存してあるのかしら?」
「これか?これは昨日釣ってきたんだ。氷水につけておくといいって聞いたからつけて置いたんだよ。」
「ありがとう。エリ、食べたいなら帰って作ってあげるから今回は別のものにしておきなさい。」
「…………ではお嬢様と同じものを。」
一週間前のこと。私は無性に刺身が食べたくなり、エリに頼んでマクシアという魚を釣ってきてもらいました。そして、それを刺身にして食べたところ美味。脂がのっておりながらさっぱりとした味に思わず感動してしまいましたわ。エリの口にも入れてあげると、初めは躊躇していましたがすぐに目が輝きました。どうやら気に入ったようです。その反応に商品化しようかと考えるほどでした。
「なにこれ!?美味しい!」
アイサがまじまじと卵を見ます。
「そうですわ! ここはこの国一番美味しいと誇るお店ですもの。」
何故かセルが得意げになって言いました。
「それでですねお姉様………」
「お嬢様!」
何かに反応したエリが私達を机の下へと押し込みました。すると窓ガラスが割れる音がし、辺りは大騒ぎになります。
「あの男は!」
アイサが叫びました。どうやら再びあの黒いマントの男が奇襲をかけてきたようです。……しつこいですわ。
「アイサ、シュウ。行きなさい。」
「「はい!」」
アイサは得意のナイフを持ちます。そして、シュウは杖………ではなくその手が持っているのは瓢箪です。
「んじゃ、行くよ。」
「うん」
シュウがそれを一気に飲み干しました。そして身体が倒れそうになったかと思うと瓢箪を投げ捨て、そのまま男へと突っ込んでいきます。
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「………お前は……一番弱い……」
目の前の男は突っ込んでくる" 俺"にそう言った。
「あぁ、確かに"シュウ"は弱いな。だが、"俺"はあいつとは一味違うぜ。『拘束魔法』」
「!?」
男の身体を太い茨が巻きついた。
「久々に"俺"なんだ。ちょいと暴れさせていただくよ。『包囲魔法』」
俺と男だけを囲む透明の壁。バリアとはまた違う用途で使う魔法だ。バリアは攻撃を防ぐためにあり、これは敵を逃がさないための魔法。まあ、俺の場合暴れたいから、周りに被害がいかないようにするための魔法だな。
「これで邪魔者なしだ。こいよ。……っていけね。強くしすぎたな。ほらよっと。」
「………」
男に戸惑いが見られ、俺は中々敵意が見られなくていらいらする。
「あのーもしもし? こっちも時間制限があるんだけど? とっととしてくんねぇかな?」
「……お前………こんな力隠し持ってたのか?」
男は訳わかんねぇことを聞いてくる。
「はぁ?………あー、もういいわ。 やっぱ一瞬で終わらせよ。」
この男の方が力を隠し持っているだろうにそれを中々使う様子はない。退屈しのぎにもなりそうにないので溜息をつく。こんな奴に手間取るとかいくらなんでも弱すぎなんじゃねぇか?"シュウ"。
「『害悪魔法』」
「っ!? 『障壁魔法』」
俺の手から一つの小さな黒い球体が現れた。そしてそれは男の方へまっすぐと飛んでいく。そして男は包囲魔法を突き破って外へと飛んで行った。………あーあ、つまんね。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「お……お姉様……」
男が前の建物の壁へと飛ばされた所で初めて隣にいるセルが言葉を発しました。
「あの使用人は………何者ですの?」
やはり分かりますか。隣のセルは"シュウ"の後ろ姿をじっと見つめています。
「貴方ならもう答えを見つけ出しているのではないかしら?『金色の魔女』セルティア」
王国騎士団団長の娘にして、三代目魔女の名を持つ彼女、セルティア・シャングボルトは稀に見る魔法の天才と言われています。齢十五にして、魔法使いの頂点と称される『魔女』を名乗ることが許されており、歴代の魔女の誰よりも強い力を持っております。ですが、その大きな力には代償がつきもの。彼女はそれ故に身体が弱く、寿命も普通人の半分と宣告されています。
「………何も無いところから植物を創り出すなんて……そんなこと……」
流石の『金色の魔女』も混乱しているようです。
「うっわー! 私出番なしじゃん! 」
「また今度ね。」
むくれているアイサに声をかけ、私は"シュウ"の元へ歩きだしました。
「おっ、よっ! お嬢様。元気してたか?」
「ええ。それにしてもまた凄い魔法創ったわね。そんなに中は退屈なの?」
包囲魔法も突き抜けて、やっと男の身体は向かいの建物に当たって止まりました。男は仲間であろう同じ黒ずくめの方々に連れられて退散しています。
「退屈ったらありゃしねぇよ。だけどありゃ失敗だな。バリアを壊さず通り抜けたところまでは良かったんだが、精度がな。小さい分難しいな。あとは、幻術効果も入れといたんだが……威力が強すぎて気絶してるし。あーあ。」
膨れっ面の"シュウ"。
「はいはい。あなたの出番は終わりよ。そろそろ"シュウ"に戻ってちょうだい。」
「へいへーい。ってか、いいのかよ。あの男に逃げられてるぜ?」
あら、いつもはそんなこと気にしないのに。
「ここは隣の国だから、下手に動けないのよ。ほら早く。」
「なーんか面倒だな。んじゃ、ばいなら。」
そして倒れるシュウをアイサが抱えます。
「……捕らえなくて本当によかったのですか?」
「……ええ。」
まだまだ警戒が必要そうですわね。