婚約パーティと出会い
中々大変だったこの二ヶ月が過ぎ、パーティの日が日に日に迫ってきました。ギルド長の国際会議の日程と被らなくてほんと良かったです。実はパーティに行くの少し楽しみだったの。
「お嬢様、仕立て屋がいらっしゃいました。あと、商人も。どちらと先にお会いになられますか?」
「商人の方をお願い。仕立て屋の方は長くなりそうだから」
さて、パーティに間に合うかしら?
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
王宮のとある大広間は大変な賑わいを見せておりました。華やかさを備えた美しいご婦人たちや規律を重んじる紳士たち。それに麗しさを極めた若き淑女たちはこの日の主役を今か今かと待ち望んでおりました。
そして扉が開かれ、ある方々が会場へと入られると、会場は騒がしくなりました。主役の本人達でしょうか?いいえ、違いました。
「あの方はルドルフ・シャーロット様よ!相変わらずの凛々しいお顔。この国を守る方としてあの方ほど素晴らしい方はいらっしゃらないわ。」
なーんて、淑女方が騒がれています。
「おい!ルドルフ様のお隣はフラー・シャーロット様だ!変わらずの美しさ。さすが『魅惑の青い薔薇』と呼ばれるだけのことはある。」
溜息をもらされる紳士諸君。結婚された今でもリリー様に贈り物をされており、奥様から睨まれております。
「あぁ。グレゴリオ・シャーロット様にリリー様よ!!」
グレゴリオ様は紳士諸君の憧れで、リリー様は淑女方の憧れでございます。お二人の話は商業ギルドで恋愛小説として販売され、ベストセラーとなったほど人気です。社交界の花形リリー様とかの戦争の英雄グレゴリオ様。一見何の接点のないお二人の話は、リリー様の白いハンカチから始まるのでございます。気になる方はどうぞ、商業ギルド本店まで。
そして、会場は更に騒がしくなりました。騒ぎの中心はシャーロット家とつながりの深いキャンベル家子爵キュリオス様がエスコートなさっているある淑女。その方はここにいるはずのない方でいてはいけない方。ですが皆さんそれに気づかれる前に、その方の美貌に惹かれておりました。歩く度柔らかな風になびく藍色の髪に美しい濁りのない銀色の目。気品に溢れる佇まいは、人の目を引きつけるところがあります。それになんと言ってもその方が着ていらっしゃるドレスはまた逸品の代物。淡いピンクの小柄のドレスはこの方のスタイルの良さを更に引き立てており、胸へとつけた薔薇のコサージュはこの方の美しさを物語っております。それになんと言ってもこのドレスはこの方ほど似合う方がいないというほど、雰囲気に合われておいでです。
しばらく皆の目を惹きつけておられたこの淑女を、社交界追放となったアルーシャ・シャーロット様と気づかれるのはまだまだ先でございました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
……ああ、やはり落ち着かない。ジロジロと見られるのは誰だって嫌だもの。私は早速好奇の目を向けられました。それは凄いもので、このパーティの主役の方々が登場されても気づかれないぐらいです。
「アルちゃん!それ、もしかして商業ギルドの新製品かしら!?いやー!可愛いわ!アルちゃんによく似合ってるー!」
お母様が目ざとく確信をついてきました。そうです。これが今日のために作ったドレス。………大変でしたわ。主にエリのやる気が底知れなくて。
「あらそうなの!?やけに見たことないドレスだと思ったら。アルーシャ今度私にも作ってちょうだいな。」
「勿論ですわ。おばあ様。」
「リリー様でしたら、淡い青色など似合いそうですわね。」
「あらやだ。フラーの色とおそろいじゃない。いいわねそれ」
相も変わらず仲がよろしいおふたりです。
「アル。トウヤは元気か?鈍っておらんか今度稽古をつけてやろうかの」
「おっ!では、そのときワタルとどちらが強いか戦わせてみましょう。まっ、私が師匠でありますので勝ちは見えてますがね。」
「何を言うか若造が。年期が入っておる分トウヤのほうが勝つに決まっとるわい!」
「いえいえ。なにせこちらは若さと弾性さに長けておりますゆえ。」
バチバチとおふたりの間には火花が散っております。こちらも親子で仲よろしいことで。ですが、私の護衛たちをダシにするのは本当にやめて頂きたいところです。
「きゃっ!見て!アントワーヌ様でいらっしゃいましてよ!社交界に出られるのはお初でなくて?」
今広間に入ってこられたのは第一王女であるアントワーヌ・アルデヒド様。この国では珍しい黒髪に黒目の持ち主。だが、高貴な顔立ちとお優しい気心は国民から愛されていらっしゃいます。確か学園にはお身体が理由のために行かれていないとお聞きしましたわね。…………………ん?アントワーヌ様が私の方へ真っ直ぐ来られています。お付の方がその速さにあたふたとされてます。
「お初にお目にかかりますわアルーシャ様。アントワーヌ・アルデヒドでございます。貴方様のお噂はかねがね聞いておりますわ。是非よろしければ貴方様のお話を聞かせていただけないかしら。」
ここまで一気に話されたアントワーヌ様。………ずいぶんと慌てておられますわね。
「私のような者の話など退屈極まりないと思いますが、アントワーヌ様のためなら喜んで参りますわ。」
「よかった。感謝しますわ。ではまた。お会い出来て良かった」
「こちらこそ。このような場にあまりご出席なさらないとお聞きしておりましたので、お会い出来て光栄でございます。」
その言葉に微笑まれたアントワーヌ様は女である私でも魅了されてしまうほど美しかったですわ。
「姫様!?」
やっと追いついてきたお付の方がアントワーヌ様を慌てて連れていかれました。アントワーヌ様は名残惜しそうに私の方を向き、またとばかりに微笑まれる。
「アントワーヌ様がお付きの者以外と話された所初めて見ました」
甘ったるい声が後ろから聞こえました。恐る恐る振り返ってみると、予想通りの方が。
「お久しぶりです。学園以来ですね、アルーシャ様」
本日の主役の一人、エリザ様でいらっしゃいました。…………あなたなぜ私に話しかけるのでしょう………。
「お久しぶりです。婚約おめでとうございますエリザ様。」
そう言ってその場から立ち去ろうとしましたが、
「なんでお前がここにいる?」
その前に面倒な方に見つかってしまいました。
「…………王妃様から招待状をいただいたものですから……」
「叔母様から?なにかの手違いではないのか?なにせお前は学園追放の身だからな。その後はどうだ?謹慎を楽しんでいるのか?」
…………あぁ。なんという下衆顔をされるのでしょうこの方は。本当にこの国の未来が心配になってきましたわ。
「………ええ、まあ。それなりに。」
「そうか。それはよかった。案外お前にはそっちの方が合ってたのかもしれないな。」
…………まあ。そう言われるとそうですわね。学園で公爵令嬢をしていたときよりはいきいきしてる気がします。
「そうそう!アルーシャ様聞いて下さる?私やっとギルドの会員になれましたの!」
思い出したように手を叩き、嬉しそうにするエリザ様。……………ああ、分かりましたわ。私に商品を安くしろとか一番に売れとか言うつもりなのかしら。どちらにしても面倒くさそうな展開よね。
「それでですね!」
………ほら来ましたわ。
「もしアルーシャ様がギルドで欲しい商品があったら言ってくださいませ!私が取り寄せておきますわ。」
…………………ん?
「エリザ。こやつにそういうことをする義務はないぞ。こいつはお前とリーシャの優しさにつけこんだ悪魔なのだからな」
…………………ん?
「そんな…。あれからアルーシャ様も改心なさったとお聞きしましたわ。ですから私、アルーシャ様とまたお友達に戻りたいです。」
……………どうやらお二人は知らないようでした。それにしてもその上から目線は相変わらずで…。
「あら、こんなところにいたのアルーシャ。グリアム様今日はおめでとうございます。お呼びいただいて光栄ですわ。」
「あ、フラー様~今日も一段と綺麗に着飾っていらっしゃいますね。ドレスはどこで新調なさっているのですか?」
「お母様。」
「あちらに王妃様がいらっしゃいます。挨拶をしにいきましょうか。」
お母様は完全にエリザ様を無視されました。それにグリアム様は憤慨された様子。
「待て!エリザがそなたに問うておるのだぞ!なぜ無視するのだ!無礼だと思わんか!!」
「…………グリアム様」
お怒りのグリアム様に溜息をつかれたお母様。その顔は既に戦闘モードでございました。
「身分が下の者からの応じに簡単に応えてしまうことは、名家である我がシャーロット家の名を下げることと同じことでございます。身分が高い者にやすやすと話しかけてはならないのが社交界のルールでございますよ。」
「だが、エリザはわが妃ぞ!」
「あくまでもそれは未来のお話です。どんなに未来がそうであったとしても、まだ婚約中の身であるその方は男爵令嬢。身の程をわきまえてもらいませんと。」
怒りでわなわなと震えるグリアム様。ですが、正直言ってお母様のほうが怖いです。顔は笑顔そのものなのですが、その身に宿っている黒きオーラは相当のもの。普段だったら怒りで山一つ壊されています。
「貴族に礼儀はつきものです。王族になられるのでしたら、それはきちんとなさいませんと。下々の者に示しがつきませんわ。では失礼いたします。アルちゃん行きますよ。」
「はい!」
スタスタと歩かれるお母様の後ろを慌てて追いました。
「………フン。流石蛙の子は蛙の子。この親ありて娘ありだな。親子共々無礼な奴らめ。覚えておれよ。俺が王になってまずすることはお前らみたいな下衆を駆除する事だ!」
ピッキーン!お母様の何かがブチギレる音がしました。お母様はゆっくりと振り返り、そして口を開きました。
「何の騒ぎかしら?」
そのとき柔らかな声がそれを制しました。その方はゆっくりと歩いてこられ、私たちに微笑みました。
「あなたがアルーシャね。フラーから聞いているわ。今日は来てくれてありがとう。」
「いえ。こちらこそご招待ありがとうございます。王妃様。」
この方は第一王女と第二王女、それに第三王子の母君であり、第二王妃であるアルテミス・アルデヒド様でございます。
「義母上!」
「なんです騒々しい」
冷く発せられた言葉にたじろかれたグリアム様。
「あら、お義母様。今日も麗しい格好で。」
この状況の中でも自分のペースを貫かれるエリザ様を一瞥し、
「グリアム。お客様の前で怒鳴るなど言語道断。しばらくそのこと一緒に外でも出ていなさい。」
と言い放った。そして、
「あちらでゆっくりあなたのお話聞きたいわ。いいかしら?」
と優しく微笑む王妃様でした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「アルーシャ様!」
会場を抜け出された王妃様は私をある部屋にお連れになりました。そこにはアントワーヌ様がいらっしゃっており、王妃様は私とアントワーヌ様を引き合わせたかったようです。
「貴方にどうしてもアントワーヌが会いたいと言ったので強引な手段を取らせてもらったけど、婚約パーティなんかに呼んで申し訳なかったわ。」
悲しそうに言う王妃様。
「いえ、光栄ですわ。」
「貴方に謝らなければならないわね。グリアムとリーシャがその節は大変ご迷惑をかけてしまったようで……」
深々と謝られる王妃様とアントワーヌ様。
「そんな。お顔をおあげください!王妃様とアントワーヌ様が謝られることなんて………」
「ありがとう。貴方はお優しい方ですのね。」
そして王妃様は仰られました。
「……………貴方に………いえ、ギルド長アルーシャ・シャーロット様にお願いがありますの。」
突然のことに私は驚きました。王族はギルドとはかけ離れた存在。そんなギルドに王妃様は何を頼まれるというのだろう。
「………娘のアントワーヌを………助けてやって欲しいの。」
王妃様のお話はこうでした。
アントワーヌ様がお生まれになった時、魔術師が揃ってこの子は特別な力を持っていると言われました。陛下はそのことについてなにか形にしようがない不安を抱えておられたと言います。その不安は最悪の形で実現することとなります。アントワーヌ様が7歳の誕生日の日、とある魔術師がアントワーヌ様に向かってこう言いました。
「われは魔王の使いなり。その娘が18歳の誕生日を迎えた時、わが妃として迎えに来る。それまで大事にしておくがよい。」
と。その魔術師はそう言ったあとその場に倒れられ、一切のその時の記憶を失っておりました。それから、陛下はアントワーヌ様を病気という理由で部屋の一角に閉じ込めてしまい、今に至るというわけです。
「…………魔王が………」
アントワーヌ様が魔王の花嫁として選ばれた。魔王の花嫁は、魔王が本能的に求める番であり、その番は特別な力を持っているという。
「アルーシャ。どうか……どうか娘を………」
「勿論ですわ王妃様。全力を尽くさせていただきます。」
私は安心させるように微笑んだ。王妃様はほっとした様子で、
「しばらくアントワーヌとお話ししてちょうだい。この子があなたとお話したいという事は本当なの。」
と言われ、部屋を出ていかれました。
「……………アルーシャ様。申し訳ございません。母も父も心配性なのです。」
「そんな。お二人共アントワーヌ様を大事に思ってこそですわ。」
アントワーヌ様はにこっと笑い、そして私におっしゃいました。
「私が貴方に尋ねたいことは一つですわ。アルーシャ・シャーロット様。貴方は転生者なの?」




