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悪役公爵令嬢の始まり始まり

 昼下がりの太陽が差し込む午後のこと。いつもであれば、静かなテラスでお茶会をしている時間。私はそこから眺めるごてごてとした校舎や、しつこいくらいに一面に咲き誇っている薔薇があまり好きではなかったのですが…今ではあれが少し恋しく思います。…はぁ。こんな気分の時にはアールグレイでも飲みたいわね。ここのではなくて、ちゃんとしたものを。…そう言えば、あの子たちは元気かしら?


「ち、違いますの義理兄様(おにいさま)! これは………全部……そう! アルーシャ・シャーロット様がなされたこと。 私は何も関わりなどないのでございます!」


私を現実に戻し、そして私を指さしそう言い放ったこのお方は我が国の第二王女であられるリーシャ・アルデヒド様。綺麗な桃色の髪の毛に、王妃様によく似ていらっしゃる真珠のような瞳が特徴である彼女は、優秀で取り乱した姿はあまり見かけないことで有名でした。しかし目の前の彼女は、落ち着きも余裕もない表情で私を見つめておられます。


「………それはまことかリーシャ。」


端から義理妹(いもうと)を疑っていない義理兄(あに)、この国の次期国王となられるグリアム・アルデヒド様は私を見てほくそ笑みました。この場に私が呼び出されたことから、最初から私に鉄槌を下すことが目的とみてよいでしょう。…面倒なことをしてくれますわ。言われずとも、この学園に入ってから…言うならば会ったそのときから、私から進んであなたに声をかけたりなどしなかったでしょうに。


「義理兄様の婚約者(フィアンセ)であられるこのお方は、義理兄様と義理姉様(・・・・)が仲睦まじくされていらっしゃるのが気に食わないでいらっしゃったのです!」


…………そうきましたか。私はため息をつく手前のところでとどめました。『義理姉様』と奥の手のように普段なら絶対に言わない言葉を強調したこの方は愛する義理兄様に嫌われないよう必死なのでしょうが……勿論この方がおっしゃっていることは嘘です。今こうなっているのは、すべてリーシャ様が義理兄の愛する男爵令嬢エリザ・ライトニング様に様々な嫌がらせをされたため。私には一切関わりのないことですわ。


まぁ、確かに『私がグリアム様の婚約者』。それは間違いありません。小さい頃に親同士の政略結婚として決められていましたもの。


ですが、それで?だからなんというのでしょう?この義理兄愛(ブラコン)の王女様は彼の婚約者(フィアンセ)である私を徹底的に嫌いました。それこそ汚物のようにです。溺愛する義理妹に嫌われている婚約者を好きになる義理兄はいるでしょうか?いえ、いませんわ。私達は婚約者とは名ばかりの薄っぺらい関係であり、少なくともグリアム様は私なんかに興味の欠片もございませんでした。もちろん私もです。むしろ、いつ婚約を解消される日が来るのかと思っていたくらいですわ。


学園入学時以降、義理兄様の愛を一心に受けるエリザ様にリーシャ様は嫉妬され、それから嫌がらせは徐々にヒートアップし、遂には男爵令嬢を取り囲む方々にバレてしまう始末。なんとも情けないとは口に出しても言いませんとも。しかし、もう少しこう…上手くやれなかったでしょうか?仮にも優秀などと言われているのですから。


「…………つまりはリーシャ。 優しいお前は今までこれを庇っていたのだな。」


冷えきった目を私に向けるグリアム様。望んでないとはいえ婚約者をコレ呼ばわりですか。全くご自分に都合の良い解釈をする嫌なところは小さい頃から全く変わっておりませんね。その人を見下す嫌な顔も。


「は、はい! 尊敬するお義理兄様の婚約者でいらっしゃいましたので………」


…………過去形ですか。それによくもまあいけしゃあしゃあとデタラメが言えたものです。呆れて物も言えませんわ。誰が興味もないグリアム様のお気に入りに嫌がらせなどしますか。しかも、言いたくはないですが…かなり低レベルな。学園主催のお茶会の際にわざとエリザ様に恥をかかせたり、服を切り刻んだり、あることないこと悪い噂を流したり…。下手をすれば、アルデヒド王国の信用や気品が地の底に落ちてしまうレベルのひどさ。嫉妬という感情に惑わされた挙句が今のリーシャ様の結果ですわね。


「アル! リーシャ様のお話は事実なのか!? 黙っていないで何か言ったらどうだ!!」


不意にグリアム様が率いる集団の中から、声をかけられました。私はその方をちらりと見ました。鍛えられた体つきに、私をその場にいる誰よりも鋭く見られているのは、名家 騎士団団長第一ご子息アーベル・シャンボルト様です。彼とははるか昔に幼馴染であったという過去があります。しかし、親…特に父親同士が仲が良いとはいえ、子供にはそれは関係ないこと。私は別段気にもせず、彼から目を逸らしました。


「…アーベルの言う通りだ。今ここで己の罪を告白せよアルーシャ・シャーロット!!」


グリアム様がびしっとポーズを決められ、それを後ろの取り巻きの方々が頷かれまいた。私はというと……寒気がしておりました。さすがにそれを恰好が良いとは思いませんよ。ちらりと見ると、それはエリザ様も思われた様子。引きつった顔を一瞬し、そして再びいつものほわんとした顔に戻られました。


「…告白? それが私を呼び出された理由なのですか?」


グリアム様は私のこの淡々とした様子にカチンと来られたようです。私の足元に勢いよく何かをばらまかれました。


「言い逃れは出来んぞ。それがお前がエリザにした無礼の数々だ」


それは写真でした。私はそれを見て、思わず顔をしかめました。そこには藍色の髪の生徒が机に落書きをしている様子や、靴などに悪戯をしている様子などが写されてありました。…これが証拠ですか?画質はかなり悪いもので、さらに顔は見事に写っておらず、分かるのは背景とかろうじて何をしているのか、そしてその人の髪色だけです。確かに私の髪色は異質で、私以外にこの藍色の髪色の持ち主はこの学園にはおりません。しかし、これだけで私を犯人だと決めつける方がよっぽどどうにかしています。と言いますか、頭を疑いますわね。…しかし、とっさの思い付きで私を犯人に仕立てたのかと思いましたが、リーシャ様も中々の策士のよう。ここまでされると、私は関係ないというのが気が引けてきました。さて、そんな策士様の様子を伺ってみましょう。


「………え? なにこれ…」


ぼそっと呟く声が私の耳に入ってきました。それに、見たところ動揺も感じられます。…これはあなた様がわざわざ代役を立てて、状況をセッティングするという手間までして偽造した証拠の数々なのではないのですか?では…他に誰が…?


「残念だ。本当に残念だ。親同士が決定したとはいえ、他ならぬ俺の婚約者であったというのに。こんな愚かな真似をするとは思わなかったぞ」


その問いは愚問でしたわね。どう考えたって、この下手な演技をするこの方しかいませんわ。こんな茶番に付き合わなくてはいけないとは、なんとも厄日です。証拠を偽造するとは、この方も落ちるところまで落ちたものです。


「…これらに写っている方を私だと思っていらっしゃるのですか?」


私は試しに聞いてみました。すると、グリアム様とその取り巻きの方々はお前以外に誰がいる…とばかりの目を向けてきました。私は彼らを見て、この国の将来に不安を感じました。…この方々はこんなにも頭が弱かったでしょうか?随分とまあ骨抜きにされて……。仮にもこの国を引っ張っていく方々でいらっしゃるというのに。


「弁解と謝罪を聞こう。その前に…罪人アルーシャ・シャーロット。ひざまずけ」


……は?私の表情は一瞬固まってしまいました。いきなり何を言いだすのでしょうこの方は。弁解と謝罪の前に、こちらの意見を聞くのが先でしょう。ご自分の言いたいことだけを言い、そして話も聞かず罪人扱い。…本当にこの方の頭は幼い頃のままです。こんな横暴な方が未来の国王陛下ですか…。


「…おいアーベル。罪人をひざまずかせろ」


「…かしこまりました」


これが未来のアルデヒドの姿となりうるのか…と、頭を悩ませていた私が、ふと顔を上げた瞬間、突然何者かに押し付けられるのが分かりました。


「きゃあ! アーベル様! おやめ下さいませ!」


まるで他人事のような顔でグリアム様の隣にいらっしゃる、ことの中心エリザ様が場にそぐわない可愛い声で叫ばれました。…状況を把握できていたら、ここでアーベル様を止める発言はなさらないはずです。まさか、ご自分のことだというのに上の空で見ていたのではないでしょうね…。未来のお妃さまもこれでは、この国の将来は破滅しかないでしょう。


「エリザ心配するな。 乱暴なことはせん」


隣にいるグリアム様がエリザ様をうっとりとした表情で見つめられます。私を押し付けているアーベル様もおそらく同じ顔をしていることでしょう。この方もグリアム様と同じく、エリザ様にぞっこんでいらっしゃいましたから。


「グリアム様。私はアルーシャ様を憎んでなどおりません。むしろ、私はそうされて当然なのです。あなたという愛する存在をあの方から奪ってしまったのですから」


「エリザ…」


突然始まったその雰囲気に、私は思わず鳥肌がたってしまいました。勝手に私がグリアム様に夢中であったように言うのは止めていただきたいものです。この方もグリアム様同様、話を聞かないタイプだろうことは分かっておりましたが…。


「………お優しいエリザ様に感謝するんだなアルーシャ」


私はアーベル様のその言葉に、心底うんざりとしました。……いえ、女性を地面に押し付けている時点で" 乱暴なこと"だと思いますのだけれど……。って。聞いていらっしゃいますか?二人だけの世界に入るのは、後にしていただきませんか?あのー…?…こちらはいい迷惑です。


とまあ頭では冷静なことを考えていますが、痛いです。随分と手加減されているとはいえ次期騎士団団長となる方。しかも私の倍ある体格で押さえ込まれているのです。痛くない方がおかしいというもの。ちらっとリーシャ様を見ますと、しかめっ面で冷や汗バリバリでございます。黙っている私が何を言うのか怖いのでしょう。そして、場にそぐわない能天気な顔のエリザ様とそれをうっとりと見つめるグリアム様。同じくエリザ様をうっとり見るか、私に嫌悪の顔を向ける取り巻きの方々。その取り巻きには私の従兄妹もいるのえすが……まるっきり関係なしとばかりに後者のようです。


 さて、どうしましょう。そろそろ押さえつけられているところが痛くなってきました。


私はため息を小さくつき、私が取るべき行動を考えました。私じゃない証拠を見せるのは早いのでしょうが、仮にも王女であるこの方の尊厳を傷つけてしまうのはこの国未来に関わりますわね。王族はこの国の鏡でありますから。他の国の貴族や王族も在籍しているこの学園でそんな醜態(というよりは醜い内輪もめですわね)を晒すわけにはいきませんわ。となれば…。次に私は、その行動をとった後のことを考えました。………本当に退屈なこの学園に比べれば、たとえ嫁ぎに出されたとしてもやっていけるでしょう。あの子たちもいることですし。決心がついた私は一息つくと、口を軽く開きました。


「……離して下さらない?」


その凛とするように努めた声は、ざわざわしているところで意外と響きました。辺りはしんっと静まり、少しの間がありました。


「…………離してやれ」


しばらくして聞こえたグリアム様の言葉で、ようやく自由になりました。抑え込まれていた左腕に鈍い痛みが残りましたが、すぐに治るでしょう。私はグリアム様の視線を逸らすことなく、真正面から受け止めました。


「…………確かに私はその子に嫌がらせという嫌がらせを致しましたわ」


ようやく口を開いた私の言葉に、ばっとこちらを見られるリーシャ様。……あなた様が最初に仰った" 嘘"でしょうに。思わず微笑してしまいました。


「ですが、私はそれを悪いとは思っていませんわ。」


「なっ!? 貴様……」


私の言葉に、普段威厳をみせるためか持ち歩いているご自慢の剣の柄をにぎるグリアム様。それを見てエリザ様はグリアム様の剣を抑える演出をされます。…いい加減それはもう見飽きましたわ。


「私は私の威厳に従って動いたまで。 後悔などする必要もありません」


私のこの態度は、グリアム様には意外だったようです。その顔から、私が泣き付くとでも思ったのでしょう。そして、眉をきりっと上げられ、そしてお得意の決めポーズをされました。


「お前の言い分はわかった!! お前との婚約をここで解消する。そして次期王として命ずる。 この学園にお前のようなものは相応しくない!! 即刻荷物をまとめ、出ていくが良い! 家族諸共、国外に追放されないことを嬉しく思うんだな」


びしっときめるグリアム様でしたが、最後に言ったこと…本当にできると思っているのでしょうか?思っていたら、それ以上に滑稽なことはありませんわ。しかし、その取り巻きの方々は、それに賛同する声とグリアム様に対する称賛の声が多く聞こえます。しかし、それとは対照的に周りにいた野次馬の方々はざわめいた声を上げるのが分かります。


 「次期王妃に無礼をはたらいたこと。 本当ならばこの場でたたき斬るところだが………エリザの優しさに感謝するんだな。」


本日二度目のその言葉にうんざりとしますが顔には出しません。そのかわり私は微笑みました。何とも思っていない顔で。


「ええ。 そのお心感謝いたしますわエリザ様。 そして皆様ごきげん麗しゅう。」


未来の王妃様を一応たて、私は我ながら綺麗に挨拶ができていたと思います。私は綺麗にお辞儀をし、そしてそのまま退学届を出すために、理事長室へと参りました。


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