表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/21

第5話 燈

 ――ルアーニ人の襲撃から六日目の朝


 ゆっくりと目を開くと、見覚えのない布の天井が広がった。


「…………?」


 曖昧な記憶の中、体を起こそうとするも上手く起き上がれない。


「……」


 辛うじて動いた右腕が何かに触れたのを感じ、ゆっくりと顔をそちらに向けた。


「……?」


 ぼやける視界で目にしたのは、鞘に納められた細身の剣だった。


 (……何で……ここに…………)


 これは父、トリエスタが持っていた剣。何故……。そう思った時、火災に巻き込まれた事、そして、ルアーニ人と接触しトリエスタが必死に戦った姿が思い出された。


 (……そっか……)


 ロレスは軋む体をゆっくりと動かし、剣を右腕で軽く抱えた。


 (……夢……じゃ、なかった……)


 父は自分に剣を託し、亡くなった。辛く、悲しい別れだったはずが、不思議と涙は流れない。


「……………………」


 暫くして、ロレスは体の痛みに堪えながら、ゆっくりと体を起こす。


「……?」


 ターコイズブルーの短髪をゆっくりと揺らし、未だはっきりとしない視界で辺りを見渡す。そして、軽く首を傾げた。


 (……狭い…………布の壁……?)


 ここは、ガイルアード騎士団が用意した救護用テントだ。朝日が漏れ、テント内に暖かな光を与えている。


 ふと、ロレスは違和感を感じ自分の身に視線を落とす。


 (……包帯……? 何で……?)


 彼は汚れのない大きめの白い服に身を包み、首と両手には包帯が巻かれていた事に気付く。不思議そうにそのまま座っていると、柔らかな女性の声が突然テント内に響いた。


「リジックさん!! 男の子の目が覚めましたよ!!」


 声の主はセシオン。彼女はロレスの傍まで急いで駆け寄った。伸ばした腕の先には、俯き気味でうたた寝している青年が一人。その青年の体を容赦なく揺さぶり起こす。


「リジックさん!!」

「……ん……? え……!? おぉ!!」


 リジックと呼ばれた青年は勢い良く顔を上げ、ロレスに希望に満ちた笑顔を向けた。


「よかったぁ!! 本当に良かった!!」

「痛い所はある? 喉の火傷は薬で治った筈なんだけど、まだ声は出し辛いかな?」

「………………?」


 セシオンは優しくロレスの背中に手を当て声をかける。彼はこの場に他にも人が居た事に少し驚き、状況を掴めず首を傾げた。


「俺はリジック。見ての通り、ガイルアード騎士団だ」

「……」


 リジックと名乗った青年は、左胸に着けられている紋章をロレスに見せ、柔らかな笑顔を向けた。年齢は21歳。第一部隊所属。すらりとした体系に整った顔。左腰に剣を差していた。釣り目で紫の瞳。亜麻色あまいろの髪は襟足に付く程の長さで、やや広がりをおびている。


「君、名前は? 喋れる?」

「……ぁ……ぇと…………」


 曖昧に頷き、名乗ろうと口を開いたが上手く声が出ない。


「ゆっくりで良いぞ」

「………………ロ……ス……ラク……ファン……ロレス・ラックファン……」

「ロレスね。私はセシオン・オキファ」

「ロレスの家はルマスのどの辺りだった?」

「………………ク……ヤタ村……」

「は!? クヤタ村!?」


 ロレスの思いがけない応えに、リジックは驚愕し声を上げた。


「クヤタ村ってあの森ん中の集落だろ!? かなり遠いじゃんか!! 何でルマスにいたんだ!? て言うか、何が起きたか……覚えてる?」

「……はい……。……お、父さんと……来てて……火事が……」

「…………」

「……お母さんは? お母さんも一緒にルマスに来たの?」

「……ううん……お母さん……は、村に……いる……」


 そこで、リジックとセシオンは互いに目を合わせ頷き合う。


「君が見た事、覚えてる事、話してもらう事は出来ないかしら?」

「…………」


 やや眉を潜めたセシオンの言葉に、ロレスはゆっくりと頷いた。


「……火事……があって……避難してる時に……オレは……ルアーニ人に……首を掴まれて……お父さん……は、……ころ、された……」

「!!」

「っ!?」


 やや口ごもりながら放たれたロレスの言葉に、二人は耳を疑い目を見開いた。

 

「……本当に……相手はルアーニ人だった……?」


 セシオンのやや低めの声に、ロレスは頷く。


「……お父さんが……そう言ってた……男の人の手から……炎が出た……」

「……その剣は、お父さんの?」

「……はい……託すって……言われて……」

「……」

「……」


 その言葉を聞いたリジックは、ロレスの青い目をしっかりと見据えると亜麻色の髪を揺らし頭を下げた。


「……ごめんな、ロレス」

「……」

「俺達ガイルアード騎士団は君のお父さんを守る事が出来なかった……騎士として恥じるべき失態だ。申し訳ない……」

「…………大丈夫……オレは……平気だから……」


 感情の見えない声で応えるロレス。あの、明るく元気に笑っていた彼の姿は嘘の様に無くなっていた。


「……ロレスの家はクヤタ村……か。…………帰る家があるなら、早めに帰してあげたいよな」

「そうですね……。後程、私が総隊長に相談してみます。総隊長の体調も確認しないといけませんから、その時に」

「分かった。そっちはセシオンに任せる」

「……」

「……君は直ぐにでもクヤタ村に帰りたいよね。でも、目覚めたばかりで筋肉もかなり衰えている。最低あと一日はこのテントから出ないで、ゆっくりしていてほしいの。良いかな?」

「……外に……出ちゃ駄目……ですか……?」


 ロレスは僅かに不満気な顔をセシオンに向けた。


「……外に出してあげたいのはやまやまなんだ。でも、今のルマスは足場も空気もかなり悪い。分かってくれるね?」

「…………分かり、ました」


 浅く頷いたロレスは自身の両手に視線を落とした。その姿にセシオンが口を開く。


「あ、その包帯は毎日交換するようになる。半年は続けないとかな」

「……」

「そしてもう一つ。……今後痛みは消えても、火傷の痕は一生消えない…………」

「……」

「君がここに運ばれた時点で傷が深すぎて、傷口を防ぐのがやっとだったんだ」

「……そう……ですか……」


 ロレスはセシオンの言葉に俯いた。両手を強く握りしめ、わざと痛みを味わう。


「……あの……」

「何?」


 暗い顔のまま、ロレスはゆっくりと口を開く。


「……ルアーニ人……本当に……いたんですね……。……戦争……始まるんですか?」

「……」

「……」


 その言葉に、二人はやや顔を引きつらせ口を閉ざす。この重い空気を断ち切ったのは、リジックだった。


「まだ小さいのに、戦争なんて言葉知ってたんだな……」

「……学校で、習いました…………」

「……ん?」

「学校?」


 リジックとセシオンは同時に首を軽く傾け眉を寄せた。


「え、ロレス何歳?」

「…………9才です」

「9才!?」

「ちっさ!? 6才くらいかと思ってた……」

「……よく、言われます……………」


 二人の反応にロレスは声を更に小さくして俯く。そこで、話を戻す様に、リジックが再び口を開いた。


「ロレスの言う通り、ルアーニ人は確実に今の時代も存在してる」

「……どうして……本当の事を言わないんですか?」

「誰だって、人間離れした未知の力を恐れる。そして、いなくなってしまえと死を願う。……自分が、いつ殺されるか分からないから」

「…………」

「ルアーニ人が存在していると知ってしまえば、恐怖する人や、君のお父さんみたいに、剣や銃を持って戦おうとする人が出てしまう。勿論、体術でだって戦える。騎士と違って、訓練を受けていない人達の死亡リスクはかなり高い。彼らが戦場に赴こうとすれば、それは死にに行くのと同じだ」

「人々を危険な目に合わせないよう、ルアーニ人の存在はガイルアード騎士団と、その上層部の者にしか伝えられていないの。まぁ、ルアーニ人の存在を信じている騎士も少ないけど……。ガイルアード騎士団が一般の人にルアーニ人が存在している事実を話したりすると、即罰則が下される。騎士を辞める人間には厳しい口留めをしてあるのよ」

「……だからお父さんは……ルアーニ人の事を一度も言わなかったんだ…………」

「ロレスのお父さんは、ガイルアード騎士団だったの?」

「……はい。……元騎士だったって……最後に、伝えられました」


 そこで、リジックは納得したように頷いた。


「その剣は年期入ってる。民間人が持っていた代物にしては、手入れがきちんとされていて不思議だったんだ。……ロレスのお父さん、かなり腕の良い剣士だったはずだ」

「…………」


 ロレスはリジックの言葉に、改めて父の形見となった剣を見詰めた。良く見てみれば、細かい傷の他に、柄には何十年も握り閉めた手痕が残されている。そして、最後にルアーニ人と戦った時に着いた血が付着し、トリエスタの物語がそこに映し出されている様だった。


「質問の応えだけど。戦争は起こさせないよ。ガイルアード騎士団は治安維持とルアーニ人の捜索、及び警戒だから」

「捜索……」

「未だに、どこを拠点にしているか分からないんだ。……ルマスを守る事が出来なくて説得力はないかも知れないけど、二度と同じような事を繰り返さない。町も、世界も、全て守る。信じてほしい」

「………………」


 リジックの言葉に再び顔を上げたロレスは、無言で頷いた。


「ちゃーっす、失礼するぜぇ~」


 そこで、呑気な声が外から聞こえるのと同時に、テント内に太陽の光が差し込んだ。三人は入口に目を向ける。そこには深い紫色の髪をした一人の青年の姿があった。


「リジックー、休憩中のとこ悪いが手貸してくれねーか? ……って、その子!! 目が覚めたんだな!! 良かったぁ~」


 突然顔を出した青年はロレスの姿を確認すると、安堵の表情を見せた。


 彼はギト・フデック。21歳。リジックとギトは二人一組(ツーマンセル)の相方同士だ。


 ロレスはギトを見上げると、不思議そうに目を瞬いていた。


「ついさっきな。……ちょっと出てくる」

「はい、気を付けて」


 リジックは立ち上がるとセシオンに声をかけ、コートを翻しテントの外へと足を向ける。


「君、良かったな。君を見つけたのはリジックだったんだ。それも奇跡的に。あの隙間を見なかったら、君は二度と目を開ける事は出来なかった」

「…………」

「そういう事は言わなくて良いって。それに、ロレスを助けてくれたのはセシオンだ。……じゃ、また後で来る」


 最後に笑顔を向け、リジックはギトと共にこの場を後にした。


「……リジックさんが……オレを……?」


 静かにそう声を漏らすロレス。そんな彼にセシオンは温かな微笑みを見せた。


「ええ、そうよ。この救護場に君を抱きかかえて来て、凄く必死な顔で『助けてくれ!!』ってね。一時はどうなる事かと思ったけど、ロレスがこうして目を覚ましてくれて本当に安心したわ」

「……」

「……とりあえず、今日はこのまま休んでて。私は軽食を持ってくる。起きたばかりで無理かもしれなけど、栄養補給しないとね」

「……」


 セシオンもリジックに続き、立ち上がる。


「直ぐに戻ってくるから。大人しくしていてね」

「はい……」


 そう言い残し、セシオンもテントからいなくなってしまった。

 

 一人残されたロレスは暫く呆然としていた。


 (……オレは……今、生きてる……)


 ロレスはふと、傍に寝かされている剣に手を触れた。


 (……でも、お父さんは……居ない…………家に帰っても、ずっと……ずっと居ない……………………) 






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 ――夕刻前


 外は憎たらしい程に快晴。徐々に空は茜色に染まっていく。空を見上げていれば美しい世界に見える。が、ふと視線を移せば、焼け焦げた地面や崩れた建物が視界を覆い、生きた心地がしない。


「…………」


 あれから、言われた通りに大人しくテント内にいたロレス。セシオンの懸命な治療のおかげだろう。思いのほか体は軽かった。


 手持ち無沙汰になったロレスは剣を抱え、騎士の目を盗んで町を出歩いていた。歩けそうな所を身を潜めながら移動していると、いつの間にか遺体が集められている広場へと来ていた。


 (……酷い匂い……こんなに人が……)


 遺体の山を、ロレスは臆することなく眺めていた。


 (……この中に……お父さんがいる……?)


 しかし、そんな期待は一瞬にして消される。この場に集められている遺体はほぼ全焼。特定の人物を探し出す事は不可能だ。


 (……剣……重いな……こんなに重い剣を、お父さんはいつも持ち歩いていたのか…………人の命と、剣士としての誇りの重さ……か……)


 形見となった剣を抱え直し、改めて、その重みを実感する。


 (…………オレ……生きる意味……あるのかな……)


 ふと、そんな事を思ってしまった。


 あの時、トリエスタを残し必死に逃げたロレス。リジックに命を救われたが、改めて感じるのは孤独だった。


 (オレは強くない……剣だって扱えない……一人で帰る事も出来ない…………お父さんの足を引っ張ってばかりで……。……オレを守る為に殺された………………)


 自分もあの時死んでいれば、この胸の痛みを感じなくて済んだ。


 悲しみも、苦しみも……何も、考える事もなく、全てが終わっていた…………。


「……生きろ……。……生きて……その後は…………オレは……」

「……ロレス!?」

「………………?」


 呆然と立ち尽くしていると、突然名を呼ばれる。彼はゆっくりと後ろを振り返った。


 駆け足でロレスに近付いて来たのは、やや焦った顔をしたリジックだった。彼は偶然この場にやって来たようだ。


「大人しくしてろって言われただろ……」

「……」


 リジックを見上げ、ロレスは不満そうに顔を一瞬しかめた。


「意外とそういう顔は見せるのな……。ここには居ない方がいい、戻るぞ」

「…………」

「……ほら」


 一向に動こうとしないロレスに、リジックはやや眉を下げると手を差し伸べた。


「っ!!」

 

 しかし、差し出された手を見た瞬間、ロレスは肩をビクつかせ一歩足を引き、顔を強張らせた。


「!?」


 その異様な反応にリジックは紫の瞳を見開いた。差し出した手を戻し、ロレスの様子を伺う。


「……怖かったか?」

「…………」


 ロレスはリジックの声に応える事はなかった。


 ルアーニ人に襲われ、首を締め上げられた光景がロレスの脳裏に映し出される。薄く笑う男の顔と、恐ろしい腕力で締め上げられた首の痛みは決して忘れる事が出来ない。


「…………」


 ロレスは震える両手で剣を強く抱え直す。そして、大きな青い瞳を強く瞑った。


「ロレス……」


 そこで、リジックはロレスの前にゆっくりと片膝を付き、目線を合わせる。顔を背け、手を震わせたままのロレスに、リジックは穏やかな声で話を始めた。


「…………良いか、ロレス。今、この町にはな、お前を殺そうとする奴は誰一人としていない。……まぁ、若干一名変な人はいるが、悪い人じゃないし。お前が怯える必要は全くないんだ。だから安心してほしい」

「……」

「突然町が燃えて、襲われて……怖かったよな」

「……」

「……手、痛いか?」

「……ううん」


 暫く口を閉ざしていたロレスは、目線を外したまま首を横に振った。リジックはやや眉を寄せ、再びロレスに優しく口を開く。


「……痛々しいな。君を見付けるのがもう少し早ければ、傷痕はこんなに残らなかったかもしれないのに……ごめんな」

「……大丈夫です……」

「……無理してないか?」

「……大丈夫です…………」


 淡々と応えるロレス。その姿に、リジックはややため息交じりに名を呼んだ。


「……ロレス」

痛い(ぅいっあい)!? な、何するんですか(ないしゅるんえうあ)!?」


 リジックはロレスの頬を容赦なく両手で抓った。ロレスは涙目になりながらリジックを見る。そこには真剣な顔を向けていたリジックがいた。


「お、やっと泣いた。泣けるじゃんか」

「……?」

「辛いなら辛いって言え」

「…………」


 リジックはそう言うと抓っていた手を離し、ロレスの両肩に手を移した。


「お父さんを失って、沢山怪我して、平気なわけないだろ。今は強がる時じゃない。大人が傍にいる時くらい、甘えて良いんだ」

「……」


 その言葉にロレスは青い瞳を大きく開く。そして、何か言いたそうに口を少しだけ開け、すぐまた閉じ、俯き唇を噛んだ。


 そんなロレスの姿を見たリジックは、小さな背中に腕を回し、ロレスを引き寄せ優しく抱きしめた。


「……っ…………」


 リジックの胸にすっぽりと収まるロレス。久しぶりに人の温もりに包まれたロレスは、冷え切った心を溶かされたかの様に、自然と涙を流した。


「言ってなかったけど、この火災で生き残ったのは、ロレスともう一人だけなんだ」

「……え」

「俺はこの言葉はあんま好きじゃないんだけどな、それぐらい、ロレスが今生きている事は奇跡なんだ。ロレスが今、こうして生きている事は俺達騎士にとってどれだけ有難い事か……ロレスの存在は俺達の希望になる」

「……」

「どうか、生きる事に悩まないでほしい」

「…………」


 何も言わなくても、ロレスの抱えている悩みは筒抜けだった。リジックはロレスを優しく抱きしめたまま、言葉を続けた。


「辛かったよな。苦しかったよな。悲しかったよな。色んな事が沢山、沢山あって混乱したよな」

「っ……」

「頑張ったな、ロレス。お前は頑張った。こうして生きていてくれて良かった」

「…………っお父さん……もう、居ないんだ……」


 気付くとロレスはボロボロと涙を流し始め、そう口にしていた。


「大好き……だったのに……二度と声も聞けない……会えないんだね……」

「でも……ロレスはこうして生きてる。お父さんの分まで、生きていかなきゃならない」

「……ぅんっ……ぅっ……わぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!」


 今まで我慢していた感情が溢れ出す。


 ロレスはリジックにしがみつき、彼の胸の中で大粒の涙を流し大声で泣いた。リジックは大きな掌でロレスの頭を撫で、泣き止むまで優しく抱きしめ、ロレスに頑張ったな、偉いな、と声をかけ続けた。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「駄目じゃない!! 無断で外に行くなんて!! 倒れたりしたらどうするのよ!?」

「……ごめんなさい……」

 

 救護場にリジックと共に戻って来たロレスは、様子を見に来ていたセシオンの怒鳴り声に迎えられた。しかし、ロレスの顔を見たセシオンは肩の力を抜くと、直ぐに柔らかな笑顔を見せる。


「……でも、顔はさっきより良くなったみたいだね」

「……?」

「だろ? 人間らしさが戻った、みたいな」

「?」


 リジックとセシオンを見上げ、不思議そうに首を傾げるロレス。


「痛む所はない?」

「……足が疲れました……」

「そうね、筋肉がまだ固まってしまっているの。あまり動けないはずなんだから、大人しくしていて?」

「……はい」


 少し唇を尖らせながらロレスは頷いた。


「そんなロレスに良い事を教えてあげる」

「え?」

「明日、体調が良ければクヤタ村に帰れるよ」

「ほ、本当に!?」

「ええ。でも、体調が優れない様であれば、延期になるからね」

「大丈夫!! オレ、元気!!」


 ロレスは剣を抱えながら笑顔を見せた。村に帰れる事の喜びを露にしているその姿に、リジックは微笑みを浮かべている。


「今は、ね。とにかく、明日次第。あの……、リジックさんに相談があるのですが……」

「何?」

「ロレスをクヤタ村まで送ろうと思っていたのですが、どうしても馬車の数が足りていなくて……。そこで、騎士の中で一番体力のあるリジックさんに、ロレスの護衛をお願いしたいんです」

「? そのつもりだったけど? 怪我を負っている子どもを一人で帰らせるわけにはいかないだろ。なっ?」


 セシオンの言葉に、リジックは不思議そうに頷いた。そして、柔らかな笑顔をロレスに向ける。


「良かった。ありがとうございます」

「…………村までは遠いですよ?」

「ハハハ、ロレスに心配されるか~。大丈夫、セシオンもさっき言ってたけど、俺は無駄に体力あるから平気だ」


 ロレスの言葉にリジックは笑いながら応え、彼のターコイズブルーの短髪をわしゃわしゃと撫でた。


「あ、あの……」

「ん?」

「……助けてくれて、ありがとうございました」

「!!」「!!」


 ロレスは晴れやかな笑顔を二人に向けた。そんなロレスに、二人は優しく微笑みかけたのだった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 ――翌朝


「そろそろ出発するけど、体の調子は本当に平気か?」

「はい、大丈夫です」


 救護場には、ロレス、セシオン、リジックが集まっていた。


 ロレスは剣を抱え、リジックの言葉にしっかりと頷く。彼の顔は昨日までの不安や喪失感は消え、体調はほぼ万全だった。


「はい、これ。持ってって」

「?」 


 セシオンは持っていた小さなバッグをロレスの肩に掛けた。不思議そうにそのバッグを見詰めるロレス。剣を抱えている為、中身の確認が出来ない。


「薬と包帯。傍に居る事は出来ないから、お家でケアをほしいの。一人じゃ難しいだろうから、お母さんに手伝ってもらって。必要な手順は手紙を入れておいたから後で確認してね」

「はい。……ありがとうございます」

「やっほー」

「……邪魔するぞ」


 そこで、救護場に気の抜けた二人の声が飛んで来る。その声に三人は同時に振り向いた。


 二人の姿を確認し、最初に口を開いたのはセシオンだった。


「フォルグラン総隊長にラシデアト隊長? どうしたんです?」


 やって来たのはラシデアトと、やや足を引きずりながら歩いているフォルグランだった。


「唯一の生存者と話がしたくてね」

「……??」


 そんなフォルグランを不思議そうに見上げたロレス。そして、無意識にリジックを見上げ、二人を何度か交互に見た。


 フォルグランとリジックは、顔立ちがとても似ていたのだ。


「??」

「ああ、二人は親子だよ」

「え!?」


 不思議そうにしていたロレスにセシオンが口を開く。その言葉にロレスは驚き声を上げた。


「……えっと……あ、あの……。……帽子、取ってくれた……向日葵のコートの人……ですよね……?」


 遠慮がちに言うロレスに、フォルグランは目を軽く見開くと優しく微笑んだ。


「覚えててくれていたんだね。そうだよ。あの時拾ったのは私。改めて自己紹介をしよう。私はガイルアード騎士団総隊長、フォルグラン・クフォーラ。リジックは私の長男なんだ。仲良くしてくれてありがとうね」

「……」


 曖昧に頷くロレス。リジックは無言のままフォルグランを見据えていた。


「あ……の…………腕……」


 ロレスはフォルグランの右腕の異変に気付き、遠慮がちに口を開いた。


「ん? ああ……。……火災でちょっとね……。大丈夫、元気だから」

「……」

「君の事はリジックとセシオンから聞いてる。この大規模火災に巻き込んでしまって本当に申し訳なかった。でも、生きていてくれて良かった。ありがとう」

「……」

「君は、火災の中でルアーニ人と接触したらしいね?」

「……ぇ……ぁ」


 その言葉に、何か不思議な重みを感じ取ったロレスは凝縮し、言葉を詰まらせた。その様子に微笑みながらフォルグランは続ける。


「咎めるつもりは全くないんだ。ただね、君に一つお願いがある」

「……?」

「ルアーニ人の事、一切口外しないでほしい」

「……こうがい?」

「誰にも話すな、という事じゃ」


 それまで黙っていたラシデアトが口を開く。その声に、ロレスは更に首を傾げた。


「……嘘をつくの? どうして?」

「皆を混乱させないためだよ。誰かに殺されたって言えば、皆怖がっちゃう。その犯人がルアーニ人なら、なおの事、ね。心配させない為にも、火災で亡くなったって言うんだ。これは、ロレスの周りの人の為につく嘘」

「……皆の為……に……。……昨日、リジックさんとセシオンさんが言ってた事と同じ事……なんですね?」

「ああ」

「約束出来る?」

「……」


 少し口を閉ざすロレスに、ラシデアトは腕を組んだまま口を開いた。


「約束出来ないというのであれば、アタシが作った薬で貴様の口を塞ぐが? 記憶の改ざんでも良いが……まぁ、まだ実験段階の物じゃが、使えるじゃろうし……」

「そ、そんな事しないでくださいよ!! 大丈夫です、ロレスはとても賢い子ですから!! ……ね?」

「……え、……は、はい……」


 セシオンの慌てっぷりに押され、ロレスは顔を引きつらせながらしっかりと頷いた。


「こんな子どもを信じろと言うのか!? 信頼性に欠けるぞ」

「大丈夫、ロレスは大丈夫ですから」


 セシオンとリジックが苦笑いを浮かべ、必死にラシデアトを止める。そして、フォルグランは改めてロレスを見据えた。


「ごめんね、巻き込んでしまって……。ロレス」

「?」

「生きていてくれてありがとう」

「…………!!」


 温かな笑顔を向けられ、ロレスは改めて、生き抜いた事への実感を感じた。


「ほれ、これを使え」

「?」


 そこで、ぶっきらぼうにロレスに焦げ茶色の特殊な形をしたベルトを渡すラシデアト。


「その剣はお前には大き過ぎて抱えるのもやっとじゃろう。そのベルトなら剣を背負える。使え」

「い、良いんですか?」

「移動は効率良く、じゃ」

「遠慮しないで使うと良いよー」


 ラシデアトは軽く頷く。フォルグランに手伝ってもらいながら、ロレスは剣を背負った。


「うん。重みは勿論あるだろうけど、動きやすそうだね!!」

「無理はしないで、体調が悪くなったら直ぐにリジックさんに言うんだよ?」

「はい。セシオンさん、皆さん、お世話になりました。ありがとうございました」

「気を付けてー!!」


 そうして、ガイルアード騎士団に見守られながら、ロレスはリジックと共にクヤタ村へと足を向けた。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 静かな森林を歩くロレスとリジック。


 木漏れ日が二人の行く先を照らす。先程まで居たルマスの空気とは全く違い、心を穏やかにしてくれる緑の香りが漂う。花達は寄り添い合いながら小さな花畑を作っていた。


「なぁ、ロレス。将来の夢ってあるのか?」

「え? ……うーん……。考えた事はないかな。ただ、オレはチビだし強くないから、お父さんみたいな剣士にはなれない……預かった剣を振る事は出来ないだろうし……大人しく村で生活すると思う」

「……剣士ってさ、身長や力が全てじゃないんだ」

「?」

「もし君が誰かを守りたいと心から強く思うのなら、大きくなったら旅に出てみると良い」

「え、旅?」


 ロレスはリジックの言葉に、不思議そうに首を傾げた。


「旅に出て、この世界の本当の姿を見るんだ。そして自分が出来る事、守りたいモノを見付ける。お父さんも、それを望んでいるかもしれない。君が託された剣の意味を、良く考えてみると良い」

「……旅……。あ、じゃあ大人になったら村を出て、リジックさんに会いに行く!!」

「え、俺!?」


 リジックは驚き目を見開いた。


「うん!! 今のオレには、言葉しか伝えられないから。だから、大きくなったら旅をして、強くなったオレをリジックさんに見せに行くよ!! ……迷惑、かな?」

「ううん、ありがとう。じゃ、俺はもっと強くなって、隊長なんかになったりしてロレスが来るのを待ってるよ」

「本当に!?」

「ああ」


 力強く頷くリジックに、ロレスは満面の笑顔を見せる。二人は足を休める事なく、ひたすらに森の中を歩き続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ