第4話 永
『…………誰……手を…………さっき……で居た……に……アタ……ごと……は向いて……んぞ……』
(……何を言っている……?)
『………………るのか……そこ……に……総た……長…………よ…………屈強な……も、……流石に……死んだ……か……』
(……聞こえない……もっとはっきりと喋ってくれ……)
『セシオンを……生存……そ……意識……重体じゃ…………れから………………手を貸せ………………では運べん………………』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――ルアーニ人の襲撃から三日後
(…………重い…………)
今まで感じた事の無い体の重み、痛み、だるさに強く眉を寄せ、フォルグランはゆっくりと重たい瞼を開いた。紫の瞳が目にしたのは粗末な布の天井と、二つのランプの光。
何度も目にしている……。これは、野営時に出す小型テントだ。
成人男性六人程が雑魚寝できる程の空間の中、フォルグランは一人、マットの上に寝かされていた。
(……何で…………)
この状況に頭が回らず暫く天井を見詰めた後、軋む体に力を入れ起き上がろうとする。
しかし――
「ぅっ!!??」
右肩に激痛が走り、顔を歪め声を漏らした。冷や汗を流し、浅い呼吸を繰り返す。
「総隊長!! 無理に体を動かさないでください!! 直ぐにセシオン隊長を呼んできます!!」
「!?」
突然の若い男性の声に驚き、この場に他にも人が居た事に気付く。しかし、声の主を確認する前に相手はこの場からいなくなってしまった。
フォルグランは左腕で体を支え、やっとの思いで起き上がる。その拍子に首に掛けられていた二つの小さなプレート状の金属タグが包帯の上で揺れた。
これは、顔を認識出来ない程の損傷で見つかった場合であっても、個人を認識出来るようにする為、全ての騎士に与えられている物である。
(……薬品の匂い……?)
ゆっくりと周りを見渡す。
寝かされていたマットの傍に、幾つもの薬剤や注射器、包帯が置かれていた。そして、赤黒い血で染まったコートが畳まれ、その上には真っ赤に染まった手袋が乗せられている。腰に差していた双剣は、傍に添えられていた。
「…………」
団服のズボンも灰と血で汚れ一部が破けていた。左足に包帯が巻かれ、更に腹と胸、首、額にも包帯が巻かれている。
「……っ……」
眉を寄せながら、右腕に左手を添える。が、その手は何も触れる事が出来なかった。
感覚が麻痺してしまっているのかと、もう一度右腕を撫でる様に左手を動かす。だが、一向に左手が右腕に触れる事はなかった。
「え」
短く声を漏らす。
(……な……んで…………)
視線を右腕に移したフォルグランの瞳に動揺の色が滲み出る。
右肩から先が、無くなっていた……。
「………………」
予想だにしていなかった彼は体の痛みなど忘れ、呆然と自身の体の傷を見詰めた。
そうしていると、突然テント内に外の光が差し込む。その光にやや顔をしかめながらフォルグランは顔を上げた。
「死に損なったのぉ、フォルグランよ」
フォルグランは驚き目を見開く。彼の目に映ったのは、テントの入口で腕を組み仁王立ちをしている、団服を着た細身の女性だった。
「その首のタグを、遺族へと渡す必要はないようじゃな」
「…………ラシ、デ……ア、ト隊長……!?」
彼女は第四部隊隊長、ラシデアト・ゴッテハヴァン。41歳。長く青い髪を二つに分け三つ編みにしている。
フォルグランとは長年騎士として共に生きて来た、戦友の様な存在だ。ルアーニ人との共生に賛同している人物の一人である。彼女は小銃を肩から斜めに掛けられたベルトに取り付けていた。
ラシデアトは遠慮する素振りを一切見せず、ずかずかとテント内に入る。そして、フォルグランの目の前に勢い良くしゃがみ口を開いた。
「この町で何があった!?」
「え」
「話せ!! 情報を提供するのじゃ!!」
「ま」
「今直ぐに!!」
「ちょ」
「アタシを待たせるな、忘れる前にっ――」
「ラシデアト隊長!! 起きたばかりの患者さんに詰め寄らないでください!! 尋問じゃないんですから!! そもそも何で私より先にここに来てるんですか!?」
食い入るように詰め寄って来るラシデアトに困惑していたフォルグラン。そこにまた一人、艶やかな声をした女性がテント内に入って来た。
その声にフォルグランは再び顔を上げる。ラシデアトはフォルグランから目を離すと、後ろを振り返り睨み付けた。
「アタシは記憶を失う前にと――」
「ラッシー!!」
「その呼び方は止めろと言っておるじゃろうて!! 痒い!! 痒くなるのじゃ!!」
と、突然ラシデアトは顔を歪め、立ち上がり腕を回すと背中を掻き始めた。
「はい、分かったらそこをどいてください」
「お主、隊長になってから益々アタシの扱いが雑になってきたのぉ……」
「傷口は塞がっていますが、まだ体は痛むと思います。喉の痛みはありますか?」
「……いや、……喉は痛くない……」
「薬の効果が出てるみたいですね。熱も下がった様ですし、ひとまず安心です。辛くなったら言って下さいね」
「無視!?」
ラシデアトの言葉を無視し、団服の上に白衣を羽織った女性はフォルグランの傍で跪き、優しく微笑んだ。
そして、抱えていた白い前開きの服をフォルグランに羽織らせた。
この女性は第三部隊隊長、セシオン・オキファ。27歳。セシオンもラシデアト同様、ルアーニ人との共生に賛同している一人だ。鮮やかな黄色い髪を団子状に纏めていて、とても落ち着いた印象を受ける。
「十日は目を覚まさないと思いましたが、流石総隊長ですね。驚きの回復力です」
「並大抵な体をしとらんからじゃろ。腕を失っても死なず、更には三日後に起きる奴など聞いたことも見たこともないわ」
そう言いながら、ラシデアトはセシオンの向かいに足を崩して座った。
二人の間に挟まれたフォルグランは、会話の内容に違和感を覚え怪訝そうな顔を見せる。
「三日……あれから三日が経っている……?」
「そうじゃ。セシオンを呼んでおいて正解じゃったな。右腕を失っただけで済んだのもアタシの気転が働いたからじゃ。感謝せい」
「そんな軽く言える事ではないですよ!! 腕を失う事のリスクがどれだけ高いかっ――」
「ごたくは良い」
「ラシデアト隊長には言われたくないです!!」
「なんじゃと!?」
「……あ……のぉ……」
フォルグランはおずおずと左手を上げ、二人を交互に見ると控えめに口を開いた。
「……どうして君達がここに? 私はテルトを呼べていない……そもそも、ここは……ルマス?」
「はい、ルマスに設置した救護テントです」
「説明してやっても良いが、ついて来れるか? 少し長くなるぞ」
「……聞かせてくれ。私は大丈夫……二人の話を聞き終えてから全部話すよ……」
フォルグランはゆっくりと頷く。その姿をしっかりと見据えたラシデアトは話を始めた。
「ここ一ヶ月のルマスはセイスアン……いや、今は伏せる必要はないな……ルアーニ人との接触の可能性が高いという話が出ていたじゃろう。フォルグランとレコがルマスに赴いた際、数時間遅れでアタシもこの地まで来ておった」
「私はラシデアト隊長から声をかけられたので共に大陸を渡り、ルマスから一番近い町、ロタンで待機してました」
「隊長格二人も本部を留守にしてしまっていたのかい!?」
「そんな些細な事は気にするな」
「……」
口を挟んだフォルグランを軽くあしらい、ラシデアトは話を続けた。
「アタシは一足先にルマスに入ろうとしたのじゃがな。ルアーニ人が張った結界により、それは叶わなかった。町の状況が分からない以上、民間人を近寄らせるわけにもいかない。そこで、ルマスの入口三カ所に各二名の部下を待機、及び警備させ、誰一人としてルマスに近寄らせなかった」
「でも、そんな簡単に事が上手く行ったとは思えないよ……。……本当に誰もルマスに来ていないのかい?」
「心配いらん。部下には『ルマスで殺人鬼が暴れている、一切近寄るな』と言わせておいたからのぉ。この言葉を聞いて、誰が近寄る?」
「……居ないね……普通……」
顔を引きつらせるフォルグランに、ラシデアトは浅く頷いた。
「結界は銃でも刃でもびくともしない。穴を掘っても結界は張られていて、一切入る事が許されなかった。……そして、約一時間後。突如町全体が白き光で包まれた」
「!!」
フォルグランの脳裏に倒れる寸前の記憶がよぎり、僅かに眉を潜めた。無意識に左手に力を入れる。
「あまりにも眩しくてのぉ、アタシですら目を開けている事は出来んかった。再び目を開けてみれば、頑丈だった結界はいつの間にか解けており、ルマスは跡形もなく消え去っていた。直ぐにテルトを飛ばし、セシオン達へ増援を呼んだ。アタシは先にルマスに足を踏み入れ、そこで初めて火災が起きていた事を知った」
「……その光が起きる前まで、ルマスは姿を変えていなかったって事かい?」
「その通りじゃ。外見はいつもの穏やかな街並みじゃったぞ。あれも結界の力なのだろうな」
「…………」
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
ラシデアトは躊躇することなく、ルマスへと足を踏み入れた。
町は建物の焼けた匂いと、肉の焼けた生臭さが充満する。瓦礫の山が行く先を封鎖し、足場は非常に悪い。
「火災……か……。この火災はセイスアンの仕業なのか……? ……気配はないな……」
自身が開発したルアーニ人探知機能付きの小型時計を手にし、光が放たれない事を確認する。
ラシデアトは再び顔を上げ、三つ編みにしている青い髪を揺らしながら瓦礫の山に向かった。
「誰かおらんか!? 聞こえたら音を立てるのじゃ!!」
大声で叫ぶラシデアトだったが、この声に応える者は誰一人としていなかった。
「生きている者の気配は全くしないのぉ……」
崩れた建物の山に手を軽く触れ、焼け跡を確認する。瓦礫の隙間から人の様な影を見付けるが、全身を焼かれ性別を判別することは不可能だった。
「……これでは先に進めんな…………」
行く先は瓦礫の山。見渡せば骨組みと焼死体。
「……アタシは力仕事は向いておらんのじゃが……そうも言ってられんか……」
ラシデアトは小言を漏らしながら瓦礫をどかし、人々の救出を始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
作業開始から一時間後。
ようやくセシオン、他十名の増援がやって来る。
セシオンは現場を確認すると、眉を寄せた。
「火災……ですね」
「そのようじゃ。それも、町全土」
「セイスアンは見つかりましたか?」
「いや、おらん。全く気配を感じぬ」
「……爆発の可能性は?」
「どうじゃろうなぁ……ガスの匂いはしないが、絶対はないのぉ」
「分かりました。慎重に動きましょう……」
セシオンが深く頷くと、騎士達はそれを合図に瓦礫の撤去作業に入った。
セシオンとラシデアトは検死を始める為、共に遺体を集めていた広場だった場所へと足を運ぶ。
「……この辺りに運んだ遺体は損傷が比較的少ない。とは言っても、皆それなりに火傷を負ってはいるがな。全身を焼かれ、性別の判別が出来ない遺体は反対側へ運んでおる」
「……これは…………」
セシオンは遺体の傍に跪いてそっと手を触れる。そして、怪訝な顔を見せた。
「気付いたか?」
「……はい。……背中に刺創が残されていますね」
「……一部の人間は意図的に殺されたようじゃ。……魔術を使わずに、な」
「隠ぺい……の、可能性が出てきますね……。まるで、犯人を騎士に見せかけるような手法かと……」
「……わざわざご丁寧な事で……」
ラシデアトはセシオンの言葉を聞き、皮肉混じり言った。
「……ラシデアト隊長」
「?」
そこでセシオンは更に眉を寄せ、低い声でラシデアトを呼んだ。その声に違和感を感じたラシデアトはいつになく顔を引き締めた。
「…………心臓が……抜き取られています」
「心臓……?」
やや首を傾げながら眉を寄せるラシデアト。セシオンは隣に寝かされていたもう一人の遺体へと手を触れ、確信を得たかの様に深く頷いた。
「……はい。窒息死した方々は心臓がありません。恐らく、焼死体となった方々も、心臓を抜き取られている」
「……胸を切られているわけではなさそうじゃが?」
検死が終わった遺体の傍で膝を付き、ラシデアトは首を軽く傾げながらセシオンに振り返る。
「魔術、ですね。綺麗に抜き取ってあります」
「……敵は、生半可な行動はしてはいない……か」
そう呟くと、ラシデアトは立ち上がり、改めて見つかった遺体の山へ目を向けた。
「……刺創に心臓……この調子では、生存者という希望は薄いかのぉ……。検死はお主に任せた。アタシは少し捜索にあたる」
「はい、足元に気を付けてくださいね」
セシオンの声を背後にしながら、ラシデアトは未だ捜索が行われていない別の場所へと足を運んだ。
「……しかし、行くとこ行くとこ道を塞がれる……作業は難航しそうじゃな……」
ガダガガガタッ!!
「!!」
突然、背後の瓦礫の山が崩れ土埃と灰が舞う。ラシデアトは瞬時に脇に掛けてあった銃を手にし構えた。
暫くそのままの体勢でいたが、誰も現れる気配がない。
「……なんじゃ、崩れただけかのぉ……」
僅かに肩の力を抜くと、銃を仕舞い、崩れた瓦礫の傍へと足を運ぶ。
「……?」
そこで、小さな欠片が落ちているのを目にしたラシデアトは、気怠そうにしながらもそれを拾った。
手にしたものは、血に染まった平たい金属の破片だった。
「…………血が乾いていない……」
違和感を感じたラシデアトは、付着した血を手袋を外し指の腹で拭う。
そこで、彼女は目を見開き僅かに冷や汗を流した。
「これは…………」
青い瞳に僅かに動揺の色を見せる。見つけたのは、ガイルアード騎士団の最高指揮官が身に着けるバッジの破片だった。
「…………おい!! 誰か手を貸せ!!」
振り返りながら、やや焦りの混ざった声を上げる。だが、ラシデアトの声は誰にも届かなかった。
「…………さっきまで居ただろうに……アタシは力仕事は向いておらんぞ……」
悠長にはしていられない。
ボソリと呟くと、急いで自身の身長を悠々と超える瓦礫をどかし始めた。
「…………」
そして、捜索を始めて三十分程経過した頃。必死に動かしていた手を突然止めた。
この辺りの瓦礫には、真っ赤な液体が飛び散っていた。
(……人の血……じゃな)
瓦礫に付着した血に触れる。先程見つけた破片と同様に、まだ乾ききってはいない。
(……まだ生温かい……近いのぉ……)
顔を再び上げ、近辺の瓦礫を丁寧にどかし始める。そしてようやく、人の指らしき影を見つけたラシデアトは、僅かに眉を動かした。
「…………おるのか、そこに……総隊長よ」
やや疲労を見せる声音で口を開く。
「……よっ……とっ!!」
血の付いた建物の壁らしき瓦礫をどかすと、その下には団服を着た男性がうつ伏せで倒れていた。即座に顔を覗き込む。倒れていたのは間違いなくフォルグランだった。
彼は一切身動きしない。フォルグランの右腕は骨組みに押しつぶされ、出血が進んでいた。
(先程の瓦礫の崩壊で腕を持って行かれたか……)
良く見ると、右腕は骨組みにより切断されていていた。
「…………屈強な貴様も、流石に死んだか?」
感情の見えない声で、彼女はフォルグランの首に指を当てた。
「……僅かに脈はあるな。…………おい、誰かおらんか!!」
瓦礫から這い上がると、ラシデアトは珍しく焦った様に声を上げた。すると、偶然近くの捜索に当たっていた騎士がラシデアトの声に気付き駆け寄って来た。
「はい!! どうしましたか!!」
「セシオンを呼べ。生存者だが意識不明の重体。右腕は切断されておる。それから何人かこの場に集め手を貸せ。総隊長をアタシ一人では運べん」
「そ、総隊長が!? 了解!!」
騎士はラシデアトの言葉を聞くと、即座にこの場を走り去った。
「……」
ラシデアトは再びフォルグランの元へ戻り、持っていた包帯で彼の腕をしっかりと巻き付け始めた。
彼女の手も、巻いたばかりの包帯も、一瞬で真っ赤に染まっていく。
「貴様が死ねばアタシの計画が崩れる……死なせるものか」
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
「これを見付けなければ、お主はとうに死んでおったな」
「…………」
フォルグランはラシデアトから小さな破片を受け取る。それは、乾ききった血が付着したテルトのバッジの破片だった。
「町は完全に廃墟となった。瓦礫と灰と骨組みしか残っとらん。クルデ大陸南部にいる者で増援に来れた騎士は今の所二十二人。後程、人数は増えると思うが、救える命はないじゃろうな」
「…………72時間が……過ぎている……」
「……」
「……」
そのフォルグランの言葉に、二人は顔を曇らせ浅く頷いた。
人命救助のタイムリミットは72時間。この時間を過ぎると、生存確率が著しく低下してしまう。何度も災害現場に関わって来た彼らは嫌でもそれを痛感していた。
「……生存者はどれくらいだい?」
「……今の所、フォルグランと少年一人のみじゃな」
「少年!? 一人だけ!?」
紫の瞳に酷く動揺を映すフォルグラン。
「はい。昨日の夕方頃にルマスに到着した第一部隊のリジックさんが、6才位の男の子を見つけて下さったんです」
「リジックが……?」
セシオンが口にしたリジックという名に、フォルグランは僅かに眉を動かす。
「出来る限り彼の治療に専念しました……。ですが、未だに目を覚ましていません……」
「火傷による衰退。煙を大量に吸ったんじゃろう。意識を取り戻すか危ういがな」
「でも、その子は生きてる……」
「はい、生きようと今も懸命に戦っています。リジックさんも凄く気にかけて下さって、休憩の度に少年の顔を見に来てくれています」
曇りつつあったセシオンの表情は、フォルグランの声で少しだけ明るくなる。
「……一人でも生きていてくれていたのなら、私は救われる……」
「お主一人だけ生き延びるのは酷じゃったろうしのぉ。それで? この町で何があったんじゃ?」
「……」
そこで、フォルグランは一度ゆっくりと瞳を閉じる。
「……大丈夫、全部覚えてる」
再び瞳を開くと、二人を見据え静かに口を開いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「アーメル人殲滅機構、ジャルノッカ…………力が足りない……と。町を滅ぼしておいて……皮肉じゃな」
「でも、何故フォルグラン総隊長を生かしたまま逃げたのでしょう……?」
フォルグランの話を聞き終えたセシオンとラシデアトは眉を寄せ、軽く首を傾げながら口を開いた。
「最後の強風で町にいる人間を全員殺そうとした……が、失敗に終わった。これが明白だと思うが? ジャルノッカも誤算じゃっただろうな。こんなにも屈強な人間が存在するとは思ってもいまい」
「殺してしまえば、私に名乗った事、計画、全て聞かれなかったことになる……と」
ラシデアトは腕を組み、その言葉に浅く頷く。
「無駄に戦って、ジャルノッカ自身の身に危険が及べば、不利になるのは目に見えておる。流石にフォルグランのただらなぬ気配を感じたのかも知れぬぞ」
「あー、それは否めませんねぇ」
「……普通に生きてるだけなんだけどな……」
セシオンとラシデアトの言葉に、肩を竦め苦笑いを浮かべるフォルグラン。
「で、その準備とやらは、恐らく心臓を取る事を指しておるのじゃろうな。でなければこんな手の込んだ事はしないはずじゃ」
「ラシデアト隊長もそう思うかい? ……二人の話を聞いていて、そんな気がしていたんだ。……今までで見つかった人々は? 全員なかったのかい?」
「はい。皆さんありません」
「心臓の使い道など全く見当もつかんな……」
「相手は魔術を使えます。私達には到底理解できない事かと……。警戒しているしかないんですかね……」
「警戒だけなんて駄目だ」
不安そうな顔を見せるセシオンに、フォルグランはやや口調を強くした。
「ジャルノッカは戦争を企てている。これは間違いない。その中で十年後と言い残した。なら、十年以内にこの世界の理を変えるしかない。戦争は絶対に起こさせない」
「フォルグラン総隊長……」
「そう言うと思ってはいたが……。オーズランはこれを機に戦争を起こす可能性が高いぞ。貴様はどう動くつもりじゃ」
ラシデアトはやや睨む様にフォルグランをしっかりと見据えた。
「オーズラン王が動く前に、私が動く」
「でも、このルマスの件は遅かれ早かれ王の耳に届いてしまいます。かなり不利な状況になってしまいますよ」
「それに、守護騎士の存在を忘れてはおらぬな?」
「分かってる」
フォルグランはやや俯くと瞳を閉じる。
そして、紫の瞳を開いたフォルグランは話を続けた。
「元々私は王に目を付けられている。動くのに支障はない。むしろ、今回の件が耳に届いていた方が動きやすくなる可能性もある。守護騎士は、私が食い止める」
「ほぉ……。あの連中はまともではないぞ」
「生半可な覚悟で総隊長を務めていないよ。私は諦めない。絶対に戦争を回避する」
その瞳に、不安の色は一切なかった。真っすぐに前を見るフォルグランの姿に、二人は力強く頷いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「で、何故アタシがフォルグランを支えてやらねばならん……」
不機嫌そうなラシデアトの声が漏れる。その隣でフォルグランが彼女にややもたれかかるように歩いていた。
「ハハハ、ごめんよ。足に力が入らなくてね」
「知っているはずだ、アタシは力も体力もない。頼むならセシオンの方じゃろう……あやつの方が背は高い。……1センチだけ」
「誤差誤差。それに、セシオンは検死に呼ばれて居なくなってしまったじゃないか。今頼れるのは君だけなんだよ」
「1センチは大きな差じゃ。機械を作るのにその差があっては元の子もない」
「今は身長の話をしていたのだけれど?」
「はぁ…………」
フォルグランはラシデアトに支えられ、犠牲者を集めている広場までやって来た。
あれから、互いの情報交換が終わり、フォルグランの強い要望により、亡くなった騎士の元へと足を運んだ。
勿論、セシオンは動く事を止めたのだが、一切折れないフォルグランに根負けし、短時間のみの行動を許可した。
そこで、ラシデアトに肩を借り、今、この状況である。
「…………」
フォルグランは現場を目の当たりにし、言葉を失う。
沢山の人々で賑わっていたこの広場も、今では完全に元の姿を失っていた。亡くなった人は一人一人、布に包まれ並べられている。
ざっと見ただけでも百人を超えていた。
「布に巻かれた者達は皆検死を終えておる。後に本部に輸送する。今は馬車が足りていないからな、もう暫くはここに寝かせたままじゃ」
「……まだ、増える……」
「じゃな。先程も話したが、遺体の損傷具合により運ぶ場所を変えておる。この辺りは完全に性別の確認が取れん者達じゃ。それから、海から引き上げた遺体はこの先に。あの奥が、見た目は軽傷じゃが窒息死した者達じゃな。騎士はこの奥の一角に運んでおる」
「……」
そのまま遺体の間をゆっくりと進んで行き、ふと、ラシデアトは足を止めた。
「……ほれ、着いたぞ」
「…………」
案内された場所には、布に巻かれた五人の遺体が寝かされていた。
ラシデアトはフォルグランをゆっくりと地面に座らせ、遺体に巻かれている顔部分の布をずらした。
五人のうちの二人は、窒息死の様で男性だと判別できる。
「リーバン・フウェイ。テイカ・オイツォート。フエギ・イント。フロッツ・ゲン。……一番右にいるのが、レコ・ニッドじゃ」
「…………」
五人の遺体の首に掛けられているタグを確認する前に、ラシデアトが彼らの名を口にした。
フォルグランは態勢を変え、レコの遺体の前にゆっくりと膝を着いた。人の形こそ残してはいるものの、性別の区別など全く出来ない。そして、首のタグに手を触れる。間違いなくレコ・ニッドの名が刻まれていた。
「…………」
唇を噛みしめるフォルグランを横に、ラシデアトはレコの遺体に目を向け、静かに口を開いた。
「レコは、優秀な部下じゃった」
「……」
「何事にも臆することなく、善意で動いていた」
「そうだね。私に対しても全く壁を作らなくて、とても接しやすい子だった」
「……アタシがフォルグランの護衛を任命した時に、こやつは既に覚悟をしておった」
「……覚悟……って……命を失う……?」
フォルグランの言葉に目を伏せ、ゆっくりと横に首を振る。
「……未来を救う覚悟」
「……!?」
「自身の命が尽きようと、任務を遂行する事だけを考えていたんじゃろう。彼女に与えた任務は、フォルグランの護衛と共に人々を守る事、じゃった」
「……」
「騎士として当たり前の事じゃが、ふとした時に疎かになってしまう大事な事。レコは逃げる事無く、人々を守り、救い、励ましの言葉を最後の最後までかけていた事じゃろう」
「……君は、部下をしっかりと見ていたんだね」
「隊長、という名を背負っておるからのぉ」
「ラシデアト隊長を変わり者だと言っている騎士が沢山いるけれど、私は一度も思った事がないよ。君の頭脳、気転に、何度も救われているからね」
「……じゃが、今回は手遅ればかりじゃ」
「…………」
「……腑抜けた面をしおって。先程の威勢はどこへ行った?」
「………………」
「貴様の野望、ここで絶つ気か?」
「……野望だなんで言わないでくれないかい? ……ルアーニ人との共生は願い、志、ね?」
「さほど変わらんだろ。いつものように笑いながら減らず口を叩けぬ貴様に、アタシは付いて行かんぞ」
「…………」
青い瞳で睨み付けられたフォルグランは、彼女から目を反らすと僅かに苦笑いを浮かべた。
「……間違えた……のかなって……思ってしまって……」
「…………」
「……ルアーニ人との共生を求め、皆に捜索に当たってもらっていた……。……そのせいで、無関係な人々を巻き込み、町を滅ぼしてしまった……。共生を目標としているのなら殺してはいけない。戦争も起こしてはいけない。寄り添い、支え合う世界を導く……そんな甘い事を言っていたのが、そもそも……」
「貴様がこの世界の理を変えると言った」
「…………」
「アタシは、未知の世界を知る為なら手段を選ばん。聞こえは悪いかもしれんが、これもいずれ、必要な犠牲になりゆる時が来る」
「……」
「今回の事は、フォルグランが全てを背負う事ではない。相手の力が想像の上をいっていただけの事。二度と同じ事を繰り返さなければよい」
ラシデアトの言葉に、フォルグランは目を見開いた。
「貴様がこんな所でうじうじしていては示しがつかん。この先、誰が騎士を導く?」
「……」
「偉そうな事を言い、オーズラン王にまで反感を買っている。貴様はいつ殺されても可笑しくない。戦争の火種にされてもおかしくない、そんな不安定で危険な貴様に付いて行くと決めたのはアタシ自身じゃ」
「……」
「しゃっきっとせい。理が変わる瞬間をこのアタシに見せろ。こんな所で足踏みするな。貴様がやれることを全力でやれ」
フォルグランはラシデアトの言葉を聞くと、ゆっくりと目を瞑り、優しく声を漏らした。
「……ラシデアト隊長…………ありがと……。……そうそう、一つ相談が……」
「なんじゃ、改まって」
「……今回のルアーニ人の事……」