第3話 変 前編
――ルアーニ人の襲撃から約4時間前
昇り始めた太陽の光を乱反射させる海。キラキラと細かく輝くと町中を照らした。まるで人々に朝を報告しているかの様だ。
港に住んでいる人々の朝は早い。町には人の姿が増えてきている。
そんなルマスの北口に、白いロングコートを着た四人の姿があった。
四人のコートの左胸には、翼の間に剣と銃を象徴とした紋章が印されている。彼らはガイルアード騎士団の団員だ。
白いコートは左右非対称で、やや右に前開き部分が重なっている。その重なり合う部分と、両肩には青いラインが引かれており目を引く。
柔軟性の高い白いストレートボトムには、小型ナイフを隠し持てるようにと、左太もも部分に二本の青く細いベルトと、銀の金具リングが取り付けられている。
ボトム、コート共に通気性が良く、暑さにも寒さにも強い。刃がかすった程度では破ける事はない。
そして、一人の男性のコートの右肩口には、鳥の形をしたバッジが着けられていた。
この鳥は、ガイルアード騎士団が連絡用に飼っているテルト。瞳と羽は青く、透き通る様な淡く赤い身体を持った全長70センチ程の鳥である。
美しい身体の色と、50センチ程の燕尾の形をした長い尾羽が特徴的で、世界でも希少な人間を慕う美しい鳥だ。
このバッジが、ガイルアード騎士団の最高指揮官――総隊長の証だ。
総隊長である男性の腰には黒い太刀紐が巻かれ、左右に一本ずつ剣を吊るしている。
更に団服の上に、背中に大きな一輪の向日葵のシルエットが薄っすらと描かれてる、橙色のロングコートを羽織っていた。このコートは左腕のみ通し、二つのコートを一つの腰ベルトで閉めている。
すらりとした体に整った顔。肩より少し長く、外に跳ねる茅色の癖のある髪を、上半分のみ束ねている。
やや切れ長の紫色の瞳を持ったこの男性は、フォルグラン・クフォーラ。48歳。実年齢よりもかなり若く見える。
「フォルグラン総隊長!! 遠い所、ご足労いただきありがとうございます!! 自分は第二部隊、レシグ・ラテゲンです」
「同じく第二部隊、ユアン・オーゼです」
フォルグランよりもやや年上の男性騎士、レシグが姿勢を正し深々と頭を下げた。この男性の隣に立つ30代前半の青年、ユアンも同時に頭を下げる。
「平気だよ。レシグ、ユアン、ご苦労様」
「わぁ……そ、総隊長が今、自分の目の前に……信じられない……かっけえ……」
「おいっ、言葉を慎め!! 総隊長の前だぞ!!」
「あっ、す、すみません!!」
ユアンはレシグの言葉に慌てて顔を引き締めた。
隊長格以外の騎士は総隊長に会う機会は少ない。各地を転々としている第二部隊は特に顔を会わせる事がないのだ。
憧れの存在でもあるフォルグランの姿に、ユアンが歓喜の声と眼差しを向けるのも頷ける。
「私は第四部隊、レコ・ニッドです。フォルグラン総隊長の護衛役として参りました。以後、よろしくお願いいたします」
フォルグランの隣に待機していた、凛とした顔立ちの女性がレシグとユアンに目を向け口を開いた。
歳はユアンと同様、30代前半といった所。栗色の短い髪が良く似合う。女性にしては背は低くないものの、フォルグランの隣に立つと小柄に見えてしまう。
挨拶を交わしたフォルグランは、ゆっくりと海がある方面に紫の瞳を向けた。当然背の高い建物が立ち並んでいるので、ここからでは海を確認する事はおろか、潮風にも触れる事は出来ない。
「手紙を受け取っていたけれど、まだ状況は改善されていないのかな?」
「はい……この一ヶ月も続く荒波の原因を漁師に聞いても、全く分からずで……自分はこの地の警備にあたって十年程経ちますが、このような気候は初めてです。別の場所で警備をしている騎士も、同じく口を揃えています。荒波でも、津波が起きる程の波の高さにはなっていませんので、船着き場は立ち入り禁止にはしていません」
「そうか……。……ん?」
レシグの言葉にフォルグランが眉を潜める。と、直ぐにフォルグランは目線を近くの住宅地の方へ送り首を傾げた。
「どうかしましたか? ……って、居ない!?」
レコが声を掛けた頃には、先程まで隣にいた筈のフォルグランの姿が消えていた。
慌てて辺りを見渡すと、彼は住宅地の端に既に移動していた。
「総隊長!?」
フォルグランは、その建物の面影に隠れていた6歳位の少女に声をかけていた。
「やぁ、小さなお姫様。こんな所で何をしているのかな?」
「ぇ!?」
少女は少し大きめの、青い胸当て付きのズボンを履いていて、短い黄色い髪を二つに結んでいた。
突然背後に現れたフォルグランに驚き、抱きしめていた熊のぬいぐるみを更に強く抱く。そして少女は勢い良くレシグとユアンの方へ駆け出した。
「わっ……!」
が、少女の視界が大きく揺らぐ。足が縺れ、地面へと体を傾かせたのだ。
「おっと危ない!」
目を見開いたフォルグランは、少女が転ぶ前に脇を抱え、地面へと立たせた。
「ごめんね、驚かせちゃったかな?」
「ぁ……!!」
少女は小さく声を上げると、フォルグランに振り返らず一心不乱にやや左足を引きずらせながら、半泣きでレシグの元へと走った。
「ロロ!!」
その姿にレシグが目を軽く見開き声を上げると、慌てて少女に駆け寄った。そのままの勢いで少女を支える様に腕を伸ばす。少女は彼の足にしがみ付いた。
「悪い事をしてしまったかな?」
「はやっ!?」
と、頭を軽く掻きながら呟くフォルグラン。彼は既にレコの隣へ戻って来ていた。レコは音も立てずに戻って来たフォルグランに驚きを隠さず声を上げる。
「ハハハ、おはようロロ。居たならこっちに来て良かったのに。でもいきなり走るのは危ないだろ?」
「相変わらずの人見知りさんだな~。大丈夫、怖い人じゃないよ」
「……」
レシグとユアンは、少女――ロロと面識があったようで笑顔で声をかける。
ロロはレシグの足にしがみ付いたまま、ゆっくりと後ろを振り返る。しかし、フォルグランとレコを見上げると、直ぐに顔を隠してしまった。
「あの……この子は? さっきの……気のせい……じゃないですよね?」
「足を引きずっていたね」
「総隊長も分かりましたか?」
「うん」
レコのやや遠慮がちな言葉にフォルグランが頷く。
不思議そうにしている二人に、レシグが口を開いた。
「この町に住んでるロロです。騎士に憧れてるみたいで、たまに巡回の時に来てくれるんですよ。この町は俺達含め、十四人の騎士が居ますが全員ロロの事を知っていますよ」
「ただ、足の筋肉に異常があるようで、歩くことは出来ても上手く走れなかったりする事が多くて……」
「そうなんですか……」
「さっきは久しぶりに走ったんじゃないか? 痛くない?」
「……大丈夫」
ユアンの声に、レシグの足にしがみ付いたまま応えるロロ。
「……なるほど」
その話を聞いたフォルグランは、ゆっくりとロロの元へ近づくと軽く腰を落とした。彼はこの場にいる者が自然と笑顔になってしまう程の、柔らかい表情を見せていた。
「小さなお姫様は、可愛いクマさん持ってるね。おや? クマさんが抱えているのは向日葵かな? 私の背中にもね、一輪の向日葵が描いてあるんだよ」
「……?」
そう言いながらフォルグランはロロに背中を向ける。彼の声が気になったのか、ロロはしがみ付いていた足から顔を離し、後ろを振り返った。
「見えるかな?」
フォルグランは橙色のコートの右肩を持ち上げ、背中に描かれている一輪の向日葵をロロに見せる。
「……ホントだ。……向日葵……キレイ……」
「ロロのクマさんとお揃いだね」
「……うんっ!」
そこでロロはレシグから離れると、フォルグランとレコの前に立った。フォルグランはその姿に再び微笑むと、腰を落としたままロロに向き直り、紫の瞳でしっかりと彼女を見据えた。
「初めまして、ロロ。私はフォルグラン。こっちのお姉さんはレコ。よろしくね」
「……お兄さんとお姉さんも騎士様?」
「そうだよ。私はお兄さんと呼んでもらえる程若くはないけど」
首を軽く傾げたロロに対し、フォルグランは苦笑いを浮かべる。
「……ワタシ、……ロロ。……この町を守ってくれる騎士様が好きなの」
「おお! 嬉しい事を言ってくれるね。ロロはとても優しい子だ。おいで」
「?」
ロロと目線を合わせたまま、フォルグランは両手を広げるとロロを呼ぶ。ロロは不思議そうに首を傾げながら、フォルグランの前へとぎこちない足取りで近寄った。
「よっと!!」
優しい笑顔を見せるフォルグランはロロの両脇を抱えると、一気に立ち上がり、彼女を肩に乗せる。
「きゃっ!? わぁぁぁ!! 凄い凄い!! たかーい!!」
それまで緊張し、笑えていなかったロロが、満面の笑顔でフォルグランの上で声を上げた。
「この無駄に髙い背丈を存分に堪能すると良いよ~!!」
「パパより高いー!! お兄さんすごーい!!」
「ハハハッ、クマさん落とさないようにしててね!!」
ロロを自分の肩に乗せたフォルグランは、その場でコートを靡かせながらクルクル回る。ロロは満面の笑顔で声を上げる。それにつられてか、フォルグランも楽しそうに笑っていた。
暫く肩に乗せたロロの脇を再び支え、今度は両腕を高く上げる。何度かそれを繰り返し、そっとロロを下ろした。
「きゃっ!! ハハハハ!! お兄さん凄い!! 楽しかった!!」
「喜んでもらえて嬉しいよ、ロロ」
屈託のない笑顔を見せるロロに、フォルグランは優しい笑顔を見せる。
と、そこで思い出したかの様に、ユアンがロロに声をかけた。
「ロロ、今日は病院の日って言ってなかった?」
「そうだよ。お家、早く出てレシグさんとユアンさんに挨拶しようと思って来たの……」
「それで、知らない人が居たから近寄るに近寄れなかったのか」
「……うん」
どこか照れくさそうにするロロ。その姿に、フォルグランは僅かに眉を下げた。
「病院……その足を診てもらうのに行くんだね?」
「うん。いつかね、お友達みたいにちゃんと歩けるようにって。いっぱい走りたい、遊びたいから。病院に行くの」
「……そうか……」
「あ、ほら。ロロの事待ってるぞ?」
ユアンの視線の先には、先程ロロが居た建物の近くに二人の男女がこちらに軽く会釈をし立っていた。
「ロロの両親?」
「はい――って居ない!?」
レシグの返事を聞いてか聞かずか、フォルグランは既にロロの両親の元に移動していた。
「初めまして。ガイルアード騎士団総隊長のフォルグラン・クフォーラと申します。部下からお子さんの体の事を伺いました。もし、良ければこれを持ってガイルアード騎士団本部へ足を運んでみてください」
「え?」
突然の事に困惑するロロの両親。渡された掌サイズの紙には、
――ガイルアード騎士団総隊長 フォルグラン・クフォーラ
第三部隊隊長 セシオン・オキファ
診察許可証――
の文字が記されている。
「うちには腕の良い医師がいます。彼女に診てもらわないと私の口からはハッキリとは言えませんが、ロロの病気を治す事が出来るかもしれません。診察を検討してみてください」
「で、でも、私達にはお金がないですし……」
「それにガイルアード騎士団の本部に行くには大陸を渡る必要が……遠すぎます……」
この世界は東にヴェアド大陸、西にクルデ大陸と、二つの大陸が存在している。今、彼らがいるルマスはクルデ大陸の南側。ガイルアード騎士団本部のあるオーズランはヴェアド大陸の東側にある。
クルデ大陸からヴェアド大陸へ渡るまで馬車で約六日。そこから騎士本部のあるオーズランまでは早くても四日かかる。この地に住んでいる者にとって、大陸を渡る事は容易な事ではないのだ。
「お金はいりません。旅行費もこちらが負担します。これからの未来を生きていく命、不自由にさせたくないんです。ロロに普通の生活を送ってほしい。何も気にする事無く走り回り、元気に笑う姿を私は見たいです」
「…………」
「……」
「勿論、直ぐに応えを出さなくて大丈夫です。この紙は有効期限はないと思ってください。ロロと三人で真剣に話し合い、そこから初めてみてください」
「……は、はい……」
「ママー!! パパー!!」
やや躓きながら、ゆっくりと両親の元へと駆けて来るロロ。懸命に走るその姿に、フォルグランは眩しそうに紫の瞳を向けていた。
「……フォルグランさん、ありがとうございます。先程の話は検討させていただきます」
「はい。三人に良き未来が待っていますように」
「……バイバイ、レシグさん、ユアンさん。……お兄さん、お姉さん!! また……遊んでね!!」
ロロの父親にフォルグランは微笑み、親子はこの場を後にした。
「町長との会談は11時からだったっけか?」
「はい」
フォルグランは再びレシグ達の元へ戻ると、レコに向かってそう口にした。
「じゃ、観光しよう」
「え!?」「総隊長!?」「へ……?」
思いもよらないフォルグランの言葉に、この場にいた三人が同時に声を上げた。
「駄目かい? せっかく海の幸を堪能出来る所まで来たのだから、食べたい物が山ほどあるんだ。さ、行こう」
レコを促すように言うと、フォルグランは橙色のコートを翻しこの場を去ろうとする。
そこでレコは焦った様にフォルグランの前に立ちはだかった。クールで大人しそうに見えていた彼女だったが、フォルグランの的外れた言動に声を荒げた。
「ま、待って下さい総隊長!! 貴方はガイルアード騎士団の最高指揮官ですよ!? こんな所ウロウロしては人々の目に付き、後で何を言われるか……それにその橙色のコートは悪目立ちし過ぎてしまいます!! そもそも一ヶ月以上海が荒れていては、漁業は盛んではないはずですよ!?」
「良いじゃないか。悪い事をする予定なんてないし」
「そうではなくて!! いつ、誰に命を狙われるか分からないんです! 我々ガイルアード騎士団は、傍から見れば正義の味方かもしれません。しかし、騎士を毛嫌いし、逆恨みしている方だって実際に存在しているんです。総隊長となれば絶対の命はない。軽率な行動は慎んで頂きたいです!!」
「私は強いよ? 死なないし、殺されない。君に迷惑もかけるつもりもない」
「なら、せめて脱いで下さい!」
「え!? 困るよー」
それまで柔らかく流していたレコの言葉に、フォルグランは紫の瞳を見開き眉を下げた。
「何でですか」
「私には妻も子どももいるんだ。こんな所で……君ってば意外と大胆なんだね」
フォルグランはそう言いながら、自身の体を軽く抱きしめた。
「……………………」
すると、レコの握りしめていた手が小刻みに震えだす。ユアンとレシグはそんな彼女を見ると、顔を強張らせ冷や汗を浮かべていた。そして、レコは眉を思い切り吊り上げ更に声を荒げた。
「もーーーー!!!! いい加減にしてください!!!! そのコート!! 何で左しか腕通してないんですか!! そもそも、コートの上にコートって絶対あり得ません!! 変です!! 変!! 見てるこっちが暑苦しいですし恥ずかしいです!!」
「細かい事は気にしないで。ささ、行こう行こうー!!」
「ラシデアト隊長に任命されたから仕方なく来ましたけど、何で私が護衛なんか……って!! もぉ!! 待って下さい!! 総隊長!?」
フォルグランは冗談交じりにレコを相手にすると、軽い足取りで町の中へと進んでしまった。
「すみません、私達はここで失礼します!!」
レコはレシグとユアンに姿勢を正した後に頭を下げると、慌ててフォルグランの後を追った。
派手なコートを着ている為か、道行く町人が不思議そうにフォルグランを二度見していた。その隣を顔を引きつらせながら渋々レコも歩いている。
「ん? 何だか視線を感じる? 気のせいかな」
「気のせいなわけないです!! あ、ガイルアード騎士団だ……――って派手なコート!! 方腕通してない!? 何でコートの上にコート!? って!! 誰だってなりますよ二度見ですよ変なんですよ変だって気付いてくださいよ!!」
「君は賑やかだね」
「誰のせいですか!!」
町の入口に取り残されたレシグとユアンは顔を若干引きつらせ、二人の背中を見送った。
「相変わらず、賑やかな人だ……」
「……あんなにいい加減な人だったとは……。俺らの隊長、変わった人に惹かれるんすね……」
「まぁ……否定はしない」
ガイルアード騎士団は四つの部隊に分かれており、各隊に特色がある。
第一部隊は戦闘能力の高い者達が配属されている。別名、遊撃部隊。隊長はギール・ラウファー、52歳。彼は30歳で副隊長に任命され、同日にフォルグランが隊長に任命された。
五年後にギールは隊長に就任。今日に至るまで隊長の座を降りていない。スキンヘッドの彼はかなりの強面。後頭部左下には獅子の入れ墨が彫られ、彼を更に狂人に見せる。
レシグとユアンが所属している第二部隊は探索部隊とも呼ばれ、一部の騎士は世界各地に配属。その土地の警備をし治安維持を担っている。
その他の騎士は各地を転々とし、過去の戦争で敗北し領土を失い絶滅したとされているルアーニ人を探している。これは、今後の世界の維持に大きく関わってくる重要な任務の一つとなっているが、一向に見つかる気配がない。
この第二部隊の隊長、ルシア・クフォーラはフォルグランの妻である。現在47歳。二人の子どもを育てながらもキビキビと業務をこなす、美しい女性だ。ただ、フォルグランの妻と言う事もあり、変わり者なのではないかと騎士の間でささやかれている。
第三部隊は別名、衛星部隊。隊長のセシオン・オキファは現在27歳とかなり若い。彼女は20歳で副隊長に任命され、当時隊長であったナユナ・ノーへンの急死を受け、25歳で隊長に就任した。
若すぎる、頼りにならないだろうと言われていたが、彼女より腕の良い医療技術を持った者は他にいなかった。性格も穏やかで他部隊からも慕われている、信頼の厚い人物だ。
第四部隊は研究や実験、機械技術など手広く手掛ける部隊である。しかし、現女性隊長のラシデアト・ゴッテハヴァンの言動のせいで、変人部隊と陰で呼ばれている。
ラシデアトは現在41歳だが、話し方は年齢とはかけ離れた老人口調。彼女の事をマッドサイエンティストと呼ぶ者もいる。
そして、この四部隊を総指揮しているのが、フォルグラン・クフォーラ。彼は26歳で第一部隊の隊長に任命され、その後31歳という若さで総隊長の座に就いた。歴代で一番若い総隊長就任と言う事もあり、他の騎士からは疑念の声が飛び交っていた。
「……総隊長自らがここまで来たって事は……セイスアン絡みって事なんですよね……?」
「……ああ。間違いなく……な」
ユアンの言葉にレシグは眉を寄せ、ゆっくりと頷く。
セイスアンとは、ガイルアード騎士団内で使われている言葉の一つで、ルアーニ人の呼名だ。これは民に不安を与えてはいけないという配慮だと言う。
余談だが、612と表記した後、昔の数字の呼び方を付け、そこから更に略した言葉がセイスアンだったという説がある。
過去に起きた世界大戦。この戦いで魔力を持ったルアーニ人は、高度な武力で構成された数多なアーメル人の騎士達により敗北。
当時、騎士を指揮していたのがヴェアド大陸を収めていた王、オーズラン。アーメル人は戦争に勝利し、ルアーニ人が持っていたクルデ大陸を奪い、この世界の全てを手に入れた。
領土を失い、多くの命を失ったルアーニ人には生きる場所は残されていなかった。その中でも必死に生き抜いた一部のルアーニ人は子孫を残し、今もなお、細々とどこかで暮らしている……。確信に似た何かが、オーズラン、そして一部の騎士にあった。
戦争のない世界に残された今の騎士団の存在は、表向きは世界の治安維持だが、実際はルアーニ人の警戒である。だが、確信を得ない以上、今の時代ではルアーニ人の存在自体疑われており、緊張感がない者は少なくない。
このような不安定な世界に生きたフォルグランは、戦争の根源ともなった差別を毛嫌いしていた。彼はルアーニ人との共生を希っており、見えぬ戦争の火種に常に警戒している。
だが、フォルグランの意志を良く思っていないのが、ガイルアード騎士団を牛耳る現在の王、ファンディオン=オーズラン。彼は純然たるアーメル人の世界を作る為、ルアーニ人の殲滅を望んでいる。
フォルグランとオーズラン。この二人の抗争は留まる事を知らない。
当然、オーズランの意志に逆らっているフォルグランの行動は一切許される事ではないのだが、何の意図があってか、オーズランは彼を生かし続けている。
フォルグラン自身、オーズランに良く思われていないのは了知している。過去に幾度も口論を繰り返したが、フォルグランの言葉にオーズランは一切聞く耳を持たなかった。
それでも、フォルグランは自分の意志を決して曲げる事をしない。この世界の正しい在り方を求め、積み重ねられた間違った理を変えるのがフォルグランの目的だ。
騎士内部でもオーズラン王派か、フォルグラン派かで分かれており、今のガイルアード騎士団は非常に不安定な状態だ。
フォルグランにはオーズラン以外にも、自分の身に大きく関わってくる四人の騎士が存在する。
それが、守護騎士――
ノノキア・ジフオット。50歳、男性。俗称、堅牢の盾。
ミスカシャート・サキフィ。41歳、女性。俗称、無彩の鋭鋒。
ミルナレリィ・ラッツノルファン。28歳、女性。俗称、羽翼の金糸雀。
アルベルト・ギーフェース。25歳、男性。俗称、獰猛の鴉。
彼らは王直属の騎士。騎士団本部に席を置かず、王の傍で待機している。云わば王の右腕。ルアーニ人の殲滅を強く意識する者達だ。
今後、彼らとの抗争は避けられる事はないだろう……。フォルグランの命が狙われるのは、いつの日になるか……。
「ま、セイスアン絡みだったとしても、俺達がどうこう出来る話でもないだろ。予定通り、俺達は巡回に行くぞ」
「はい!」
レシグとユアンは、町の中へと向かった。
ガイルアード騎士団は任務に就く際、二人一組が規制されている。総隊長であるフォルグランも例外ではない。今回、レコが同伴しているのも、この二人一組に遵守したものである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
船着き場の近くには階段あり、そこを上がると展望台へと続く広場が見える。その一角には出店が並んでおり、潮風と共に行き交う人々の鼻をくすぐっていた。
出店の近くでは、フォルグランが小さな紙包みをいくつか抱えている。彼は、派手なコートに身を包んでいるせいか、周りの人々の視線を奪っていた。
「手紙で言われていた通り、結構荒れてるねぇ~……」
「何を頬張っているんですか……」
レコがフォルグランの言葉を無視し、呆れた様に問う。
「え? イカ。これさ、イカの中にお米が入っていてね。すっごい美味しんだよ。君の分もあるからお食べ」
「結構です!!」
「えー、イカとお米の相性が抜群で美味しいのになぁ。じゃ、これも私が食べよう」
「そもそも、任務中だという事を忘れていませんか!? レシグさんとユアンさん、総隊長の行動にきっと呆れていますよ」
「そんな事はないよ。私が来るのを待っていてくれていたしね。モグモグ」
「……そう言えば……ここに来るまでにも至る所で食べ歩きしてましたね……」
「ん? そうだね、私は食べ歩きが趣味なんだ。各地方の美味しい物を食べれるなんて幸せだろう?」
「……」
「ね?」
「……総隊長……」
フォルグランの行動に呆れ果てていたレコが、突然真面目な顔つきで口を開いた。
「ん? 何だい?」
フォルグランは食べる事を止めずにレコに向き合うと首を傾げた。
「何故、総隊長自らルマスに足を運んだのですか? 第二部隊、もしくは私達第四部隊に任せておけば、大体の原因を突き止められていたはずでは?」
「……セイスアンとの接触の可能性が高かったからだね。こんな機会、二度とないと思って」
「…………」
「君の所の隊長にも言われたんだよ。『可能性が高い』と。ラシデアト隊長から預かった時計。これが本当の事を示すのならば、話はかなり前進する」
「…………確認するのが、少し怖いですね」
フォルグランは浅く頷くと、左胸に手を当てた。
「ま、これは町長に会うまで保留だよ。誰がどこで見ているか分からないからね。どう転がる事があっても、間違いなく吉だ。私はそう思っているよ」
「……」
「……不安かい?」
「え?」
そこで、やや眉を下げ首を傾げるフォルグラン。レコはふと、顔を上げた。
「いつもの君の目とは違う」
「……あ、いえ。……」
そこで言葉を切ったレコに、フォルグランは優しく声をかけた。
「ごめんよ、君をセイスアン絡みの任務に付き合わせてしまって。私もそうだが、セイスアンは未知の世界だ。何がこの先に待っているか分からないのだから不安だろう」
「……分かっています。総隊長と共に任務に赴く事の意味は。……それに私は第四部隊です。セイスアン、そして総隊長の考えに賛同する一人。並大抵の覚悟で来たわけではありません。ラシデアト隊長に任命されたのもありますが、これは私の意志でもあります。私も、微力ながら総隊長のお力になりたいんです」
「……ありがと。良い部下を持てて幸せだ。――おっと!?」
「わっ!?」
その時。突然強い風が吹き、二人は同時に目を瞑り、顔を風から反らした。
「あっ帽子!!」
すると、下の船着き場から男の子の声が飛んで来る。
「ん?」
その声を聞き逃さなかったフォルグランは手すりに身を委ね、船着き場を見下ろした。
「駄目だロレス!! そっちは海だ!!」
「でも帽子が!!」
「あれか……」
そう口にした頃にはフォルグランは手すりを乗り越え、可憐に飛び降り身を宙に浮かせていた。
「総隊長!? えっ!? ぇぇえ!?」
いつの間にかレコの手には、空になった紙袋が置かれていた。フォルグランが先程まで持っていた物だ。
「いつの間に!? って、総隊長!!??」
慌てて手すりの方へ駆け寄り、フォルグランが飛び降りた先を見る。彼は自由自在に飛ぶ帽子へと腕を伸ばしていた。その姿はまるで鳥の様だ。
「そんな無茶な!!」
レコは近くにあったゴミ箱に紙袋を捨て、急いで階段を駆け下り船着き場へと向かった。
「おっと」
フォルグランは空中で帽子を掴み取ると、一度海から頭を出している岩に足を乗せた。そして、態勢を変え踏み込み、船着き場へと綺麗に着地する。
「危なかったねー。はい、どうぞ」
「……」
「あれ? 君のじゃなかった?」
「え、あ」
少年――ロレスが戸惑っていると、そのまま彼に帽子を被せた。
「フォルグラン総隊長!! いきなり飛び降りたりしないでください!! 危険です!!」
と、一足遅れてレコが船着き場へと辿り着く。
「平気だよ。ほら、彼の帽子も濡れずに済んだ」
「そう言う問題ではなくて!!」
怒られているのにも関わらずニコニコしながら応えるフォルグラン。
「あーもう!! とにかく急ぎますよ!! 約束の時間に遅れてしまいます」
「えー、まだ時間には余裕があるだろう? もう少し観光しようよー」
「何事にも10分前行動が鉄則です」
「君のは20分前行動じゃないか」
「相手を待たせるのは失礼です! 行きますよ!! ……失礼します」
「ばいばーい。その帽子、似合ってるよー」
ロレスとトリエスタに深々と一礼し、レコは踵を返す。それに続いてフォルグランもゆったりとした足取りでこの場を後にした。
「もう少し時間があるのなら、ここの警備をしている者達に会いたいのだけれど……」
「でしたら食べ歩きなんてする時間をなくせば良かったじゃないですか!!」
「そんな!! 私の楽しみの一つを……!!」
目を見開き、酷く顔を歪めるフォルグランに、レコは顔を引きつらせた。そして、ため息交じりに口を開く。
「……町長との会談が終わってからでしたら、皆さんの元に行けます。……それでいいですか?」
「うん、そうしよう!!」
レコの言葉に笑顔を向けるフォルグラン。コロコロと表情を変える彼は、まるで子どものようだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「総隊長殿、遠い土地まで足を運んで頂き感謝いたします。私が町長のバルボです」
「初めまして。ガイルアード騎士団総隊長、フォルグラン・クフォーラです」
「ガイルアード騎士団第四部隊、レコ・ニッドです」
町長との会談の時間になり、フォルグランとレコは海と住宅街からやや離れた集会所にやって来ていた。
室内には白髪交じりの細身の老人――町長のバルボが二人を出迎える。
「我々も気になっていたので、今の現状を自分の目で確かめられて良かったです」
フォルグランはバルボと両手で握手を交わし、向かい合わせで席へ座った。
「海は……目に入りましたかな?」
「はい。我々が到着した時も海は荒波でした。それも、ルマスの港だけ」
バルボはフォルグランの言葉に顔を曇らせた。
「やはり……この地域以外は荒れていないのですね……あの……これは、本当に考えたくはなかったのですが……」
「……」
「……」
そこで言葉を詰まらせるバルボ。次に来る言葉が分かってしまっているのか、フォルグランとレコは口を閉ざした。
「……この荒れた海は……ルアーニ人が……関係しているのでしょうか……」
「……」
「……」
無言で目を軽く伏せるフォルグランとレコ。室内には冷たい空気が漂い始めた。
「……久々に民間人の口からルアーニ人の名を聞きましたね……」
と、レコ。
「実在……しているんですか……?」
「………………」
町長の言葉にしばし目を伏せると、フォルグランは一度深呼吸をした。そして、徐に左胸の内ポケットから楕円型の掌サイズの折り畳み時計を取り出しテーブルの上に置いた。
「これは……?」
バルボは首を傾げ、時計を覗き込む。
「うちの騎士が開発した魔力探知機です」
「魔力……探知……そんな技術を騎士様はお持ちなのですか!?」
「若干一名逸材がいましてね。その者が試験用にと作った物なんです」
「ほぉ……凄い……」
「開きますね。少し眩しくなると思うので直視しないでください」
そう言うと、フォルグランは大きな手で時計を開く。中は普通の時計の様で、やや禍々しいオレンジ色の光を放っていた。
「現在はオレンジ色に光っていますが、通常、魔力を感知していない場合は光を放つことはないそうです」
「…………」
レコの言葉に、バルボが息を飲んだ。
「魔力を近くに察知した時のみ、この様に光ります。もっと近くに強い魔力を感知すると赤く光ります。しかし、これはまだ試験段階のもので、決して正確なものではありません」
「……つまり……」
レコの説明にバルボは不安そうに尋ねる。フォルグランはしっかりとバルボを見据えると、深く頷いた。
「お察しの通りです。ルマスにはルアーニ人が存在しています」
「……」
「断定は出来ませんが、一ヶ月続いている海の大荒れは、ルアーニ人が絡んでいる可能性が高いです。それも含め、暫く捜査させていただきます。現在、ルマスには十四名の騎士が配属されていますが、更に人数を増やさせて頂きます。市民の皆さんの目に付く様になってしまいますが、よろしいでしょうか?」
「勿論です。この町を救って下さるのでしたら」
「それから、もし……――っ!?」
フォルグランが言い掛けた時。テーブルの上に置いていた時計が突然真っ赤な光を放った。
この場にいた全員が目を疑う。
ドドドドドドドドド!!
全てはほぼ同時だった。恐ろしい程の地響きと揺れ、爆発音が聞こえてくる。そして警報が鳴り始めた。
「な、なんだ!?」
「焦げ臭い……?」
バルボとレコの言葉を聞いたフォルグランは眉を寄せ、急いで扉を開けた。
「うっ!? ゲホッゴホッ!!」
「大丈夫ですか総隊長!?」
予想もしていない熱風と酸素の薄さに咳込み、眉を寄せるフォルグラン。辺りを見渡すと、まだ昼間だというのに町は暗い灰と赤く染まる炎に包まれていた。
「火事です!! 恐らく町全体を覆っています!! この規模だとこの辺りは10分も持ちません!! バルボさんは急いで避難してください!!」
フォルグランの声に、町長は首を振った。
「私はこの町を守る義務がある。町の人々を全員安全な所に避難させるまで逃げない」
「バルボさん! そのお気持ちは分かりますが、貴方がいなくなってはこの町を守れる人がいなくなってしまいます。なるべく姿勢を低くしながら、直ぐに非難を!!」
「しかし……」
「行きましょう、町の人達の誘導は私達が行います!!」
レコもバルボを促す。渋々彼は建物から出ると、町の外へと足を向けた。
「レコ、バルボさんを頼む。避難に遅れている人達を安全な所まで連れていってくれ」
「はい!!」
「私も避難誘導をしながら、セイスアンを探す」
「……お気を付けて!!」