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第18話 伝

「…………?」


 ふと左肩に重みを感じたロレスは、ゆっくりと閉じていた瞼を開く。更に体に掛けられた上着に気付く。


「……あれ?」


 無かったはずの上着が手元にある事を不思議に思い、体を起こそうとする。そして、先ほど感じた左肩の重みを思い出し、ふとそちらに目を向けた。


「…………カリア?」


 ロレスの左肩にもたれ掛かり、目を閉じているマトリカリアがいた。すぅすぅと、静かに寝息を立てている。


「…………」


 ロレスは何も言わず、静かに上着をマトリカリアに掛けた。


 と、ロレスが起きたのに気付いたのか、マトリカリアがゆっくりと目を開いた。


「…………寝ちゃってた……?」


 マトリカリアはゆっくりと体を起こす。


「あ、ロレス。起きてたんだ?」

「さっき起きた。…………よく俺を見つけたな」

「……火が見えない様な場所はないかなって……探したの……」

「……俺の事はほっといていいのに……。リヴァラ達と一緒に居なくて良いのか?」

「……リヴァラはカヤさんとシトリンさんと話し込んでる……。……フィルはルトロとずっと一緒に居るし。……それに、テッサさん、ロレスが顔色を変えて歩いてたって言ってたから……心配になって……」

「そっか……。……ここなら、誰にも気づかれないし、火も見えないから良いかなーって思ってさ。……心配してくれてありがとう」

「……仲間、だから」

「!!」


 やや照れくさそうに言うマトリカリアに、驚き目を見開くロレス。そして、ゆっくりと微笑みかけた。


「……皆の笑顔を取り戻せて良かったな」

「……うん……」

「……疲れてないか?」

「?」


 長い淡い赤色の髪を揺らし、軽く首を傾げるマトリカリア。


「ここに来てさ、息つく暇がなかったじゃん。大丈夫?」

「うん、平気……。……ありがとう」

「なら良いんだ」


 そこで、ロレスは伏し目がちになり膝に置いていた右手を軽く握った。


「…………戦争を回避するのに協力させてくれ……なんて……言ったけどさ、俺……そもそも剣士失格だったよな……」

「え?」

「……嵌合体キメラになったフィルに剣を向けるどころか、抜くことすら出来なかった……」

「それが普通だと思うよ……。……そんな簡単に覚悟なんて出来ない」

「でも……。……!?」


 俯き、唇を噛みしめるロレス。マトリカリアはやや迷いながらも、彼の手をそっと握った。


「……ロレスのこの手は、誰かを傷付ける為にあるんじゃない。救う為にある……だから、自分を責めないで」

「……」


 マトリカリアの言葉を聞き、ロレスは強く目を瞑り更に俯いた。父から託されたこの剣を、正しく使わなくてはならない。分かっていても、動く事が出来なかった自分が許せなかった。


「ゆっくりで良い。……ロレス、前に言ってくれたよね。『遠回りしてもいいから、そのまま進んで、答えを見つけられればそれで良いんじゃないかな』って。……ロレスも、急がなくて良いんだよ」

「……カリア…………」


 言葉を探し口を軽く開けるが、結局何も言い出せない。口を堅く閉じ、ゆっくりと顔を上げたロレスは、そのまま星が見え始めた空を見上げた。


「……ロレスは……優しいね……」

「……え?」


 ロレスは、不思議そうに彼女に顔を向けた。


「……子どもの頃から、人を気にする優しさは変わってない」

「……子どもの頃……?」


 マトリカリアの言葉を理解出来ず、眉を寄せ首を傾げるロレス。


「……八年前……木から落ちそうになっていた男の子を見かけた私は、魔術で落ち葉を集めて、その子のクッションを作った」

「え……?」

「そして、直ぐにその場を離れようと走り出した私は転んだ。……結局男の子に見つかってしまったけど、その子は優しく声をかけてくれてた。……その子はとても綺麗な……宝石みたいな髪をしていて……笑顔が似合う元気な男の子だった……」

「………………!?」


 驚き、目を見開くロレスを残し、マトリカリアは朗らかな表情を見せながら続けた。


「……絆創膏をくれて、真っ赤なリンゴをくれた。……私も、あの子の様に笑って生きてみたい……誰かを助けられる様な、優しい人になりたい……。……その子は、あの日から私の目標であり、憧れになった……名前だけでも、聞いておけば良かったなって、後悔してた……」

「…………いつ……俺だって気付いた……?」


 驚きを隠す事なく、ロレスは口を開いた。


「……アップルパイを貰った時。……楽しそうに話をしてくれた、その時に」

「……そっか……。…………あの日、何であんな所に一人でいたんだ?」

「……逃げてたの」

「…………ヴァーゼル……から?」

「うん……」


 その名を聞いたマトリカリアは、どこか苦しそうに頷く。そして、再び顔を上げると、ロレスをしっかりと見据え柔らかく微笑んだ。


「……ロレス。私はあの日、ちゃんとお礼を言えていなかった……。声をかけてくれて、手を差し伸べてくれて、本当にありがとう」

「……そんな……。むしろさ、村に連れてっていれば、カリアを苦しみから救ってあげれたかも知れないのに……」

「ううん……きっと、直ぐに見つかって連れ戻されてたと思う。クヤタ村も、襲撃されていたかも知れないから……だから、気にしなくて良いんだよ」

「…………」


 そのマトリカリアの言葉に、ロレスは唇を噛み強く目を瞑った。そして、青い髪を揺らし、ロレスは空を見上げゆっくりと口を開く。


「カリアは強いな。……俺も強くなるよ。次は、迷わない」

「……」

「……ずっと、聞けなかったんだけど……さ……」

「何?」

「………………カリアの…………お母さんは…………?」

「……名前はマーガレット……それしか知らない…………」

「……………………」


 マトリカリアは感情のない声でそう応えた。


「今、生きているのか、死んでいるのか……何も知らない……。……私を産んで直ぐに、どこかに消えたらしいよ……」

「……そう……だったんだ……。ごめん、聞いちゃいけない事だったよな」

「ううん。平気。あ……ちょっと気になったんだけどね……」

「……?」


 そこで、ふと辺りを見渡し、誰も居ない事を確認したマトリカリアが口を開いた。


「……もしかすると、フィルはルアーニ人なのかもしれない」

「え!?」


 突然の言葉に、ロレスは声を上げる。


「今回の一件……竜の守り神……嵌合体キメラ化……体への負担がかなりかかってしまう。……そう思った時、……もしかしてって……」

「……フィルはずっとクヤタ村で一緒に過ごしてた。ルアーニ人だなんて……そんなの思った事もないよ」

「……遡って……ずっとずっと昔……フィルのご先祖様の一人だけでもルアーニ人だったら、僅かにでも血を引いている可能性がある……」

「……」

「別にフィルを疑っているわけでも、何でもないの。……ただ、嵌合体キメラ化したのがアーメル人だったら……生きてはいないと思うんだ……」

「……フィルが……ルアーニ人の血を引いてる……?」

「……本人には内緒にしてね。……変に気を使わせちゃうと思うから……」

「ああ。分かった」


 ロレスはマトリカリアの言葉に、しっかりと頷いた。


「……こうしていると……私達って本当にちっぽけな存在だね……」

「……そうだな……」

「……種族なんて……最初っからなければ良かったのに……」

「……戦争もなく、……平和な世界になっていたはずなのにな……。……ルアーニ人かアーメル人か……。たったそれだけの事で、こんなにも不安定な世界になっちまうんだな……」


 どこか寂しそうに言うマトリカリアの言葉が、ロレスの胸に刺さる。


 種族さえなければ、皆が平等に生きたはずだ。ルアーニ人は自由を奪われ、生きる権利すらない。不条理の行きかう世界。彼はそれを知らずに生きて来た。


「……変えるよ、絶対に。……世界の理を……。人が当たり前に暮らしていけるように」


 マトリカリアは真っ直ぐ前を向き、そう口にした。その言葉はしっかりとロレスの耳に届く。彼女の決意はとても強い。ロレスも、マトリカリアと同じ世界を願った。


「あぁ。……誰もが当たり前に生きていける世界を導く。……俺も、どんな事があっても諦めないよ」

「うん」


 だから誓う。マトリカリアも、ルアーニ人も、この世界全てを救う。それが、父から託された事の一つだ。


 ロレスは柔らかく微笑むと、空へと青い瞳を向けた。そうしていた時、突然背後から人の足音と共に聞き覚えのある声が飛んで来る。


「ロレスー、カリアー! 食うか?」

「!?」

「!?」


 その声に驚き、ロレスは立ち上がり人物を確認する。マトリカリアも一歩遅れてロレスの上着を抱え、立ち上がると目を瞬かせた。


「ヒ、ヒロノさん!?」


 声の主は、コゴーデブリッジで出会ったヒロノだった。彼はおにぎりを両手に持っている。

 

「腹減ってるだろー? しゃーねぇからオレが持っゲフブゥゥウ!!」

「ヒロノのバカ!! 何デリカシーのない事してんですか!? だからヒロノはバカなんですよバカバカバーカ!!」


 ヒロノはソファンに飛び蹴りを食らい、宙を飛ぶ。その勢いを利用し体を捻ると、おにぎりを持ったまま器用に宙で一回転し、見事に着地した。


 そして、何事も無かったかのように声を上げる。


「バカバカ言うなソファン!! オレのバカは勉強の出来ないバカだ!! 今、この場にバカな要素は一つもない!!」

「気付いてないのがバカなんですバーカ!!」

「ふ、二人共、ホウトに来ていたんですね」

 

 突然現れた二人に、苦笑いを浮かべながらロレスが口を開く。


「おう、暗くなる前には着いてたなー」

「ロレスさん、カリアさん、邪魔しちゃってすみません」

「いや、別に良いんですけど……」

「あ、リヴァラ総隊長がマトリカリアさんの事をずっとカリアさんと呼んでいたので、ソファンもカリアさんと呼んで良いですか?」

「え、あ、はい……」


 ソファンの勢いに困惑しながらもマトリカリアは頷く。ヒロノは持っていたおにぎりをマトリカリアへ渡す。


「これ。飯食ってないってリヴァラから聞いてさ。届け物ー」

「あ、ありがとうございます……」


 おずおずと受け取るマトリカリア。そこへ、少し遅れてカヤ、リヴァラ、シトリン、そして、フィルがやって来た。


 カヤが頭に軽く手を添えて、ロレスとマトリカリアに声をかける。


「騒がしくしてしまってごめんよ。ヒロノとソファンにはあまり騒いではいけないよって伝えていたのだけれど……」

「ヒロノが悪いんですよ!! ソファンはもう少し待った方が良いって言ったんですけど……」

「オレは二人が腹減ってると思って、早く渡した方が良いかなーって……」

「まぁ、ヒロノに渡した時点でこうなる事は予想出来ていただろう。ロレスとカリアにはこの空気感に慣れてもらうしかないよ。フィルも例外ではないからね?」

「え、俺も?」


 シトリンの言葉に、フィルは驚く。


 苦笑いを浮かべていたリヴァラは、ロレスとマトリカリアへ目を向け、口を開いた。


「……ロレス、カリア。出発はいつにする?」

「俺は、カリアに任せるよ」

「……出来れば明日……早朝にでも」


 マトリカリアが控えめに応える。


「え、早すぎないか!? お前ら、ほとんど休んでないんだろ?」

「俺のせいで、かなり体力使ってる筈だし……もう少しここに居たらどうだ?」


 心配そうに、ヒロノとフィルが口を開く。


「休む暇があるなら、前に進む。が、私達の旅の仕方だ」


 リヴァラのその言葉に、ロレスとマトリカリアが頷く。


「迷惑はかけられないから。……進むしかないんです」


 そして、再びマトリカリアが口を開いた。


「……凄いね。……ロレスとカリア、二人の事情はリヴァラから聞いている。僕らも協力するよ」

「アタシ達に遠慮はいらないから」

「迷ったら、この第零部隊におまかせあれですよ!!」

「オレらも、仲間、だからな!!」


 第零部隊の四人が、明るい笑顔をマトリカリアに見せる。マトリカリアは優しく微笑み、ゆっくりと頭を下げた。


「ありがとうございます……」


 その時、マトリカリアの足元に、涙が零れ落ちた。その姿に、この場にいた全員が彼女を優しく見守った。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 ――サウスト森林


 辺りを埋め尽くす緑鮮やかな木々が青空を隠す。緑の匂い、時折零れ落ちてくる光が三人を迎える。


 この森林を抜ければ彼等の目的地、オーズランに辿り着く。


「森林って言うから、もっと複雑な道で迷子になる様な所だと思ってたけど……意外とちゃんとした道になってるんだな」

「そうだな。だが夜は通らないほうがいい」


 サウスト森林に入って間もなく。ロレスがそう口にすると、やや低めの声でリヴァラが応えた。


「何で?」


 マトリカリアは辺りを見渡しながら首を傾げる。


「……出るんだよ」

「えっ……?」

「な、何が……?」


 その異様な表情と声に息を呑むロレスとマトリカリア。


「昔戦死した騎士の霊が……」

「ははっ……何言ってんだよリヴァラ。そんなことあるわけないだろ」

「あるんだな。そんなことが」

「……へ?」


 若干引きつらせながらロレスが言う。しかし、リヴァラは真剣な眼差しを二人に向けていた。隣にいたマトリカリアが冷や汗をかいているのが目に見える。


「ここは激戦区だったらしい。沢山の人々の命が落とした場所だ」

「……」

「……」

「自分が育った街に帰りたい……仲間のいる場所へ戻らなくては……家族の待つ家に帰りたい……自分にはやるべき事が残っている……そういった騎士達の霊がこの森に集まり、夜な夜な彷徨っている……」

「……」

「そして、もしその霊に出会ってしまったら……」

「……出会ってしまったら……?」


 そこでリヴァラは歩みを止めると、二人に振り返る。そして、重い口を開いた。


「……魂を抜かれ、殺される」

「……!!」

「……ほ、本当に……?」

「私がこんな嘘ついてどうする?」

「……」

「……」


 ロレスとマトリカリアは言葉を失った。全身が凍り付くのが分かる。


 (……そんな事が本当に起こるのか!? 魂を抜かれる……本当に……!?)


 ロレスは息を呑む。ゆっくりと、隣にいるマトリカリアの様子を伺った。彼女もリヴァラの話を信じたのか、顔を強張らせている。


「……だがな、この森林を抜けるにはどうしたって二日はかかる」

「えっ!?」

「じ、じゃあ夜はどうすんだよ!? リヴァラの話が本当なら、その彷徨っている霊に会っちまうかも知れないだろ!?」

「そうだな。だから日が暮れる前に野営の準備。そして夜になったらそこで待機だ。分かったな?」

「う、うん……」

「……っ」


 慌てる二人に冷静に声をかけるリヴァラ。ここから早く出たいという思いが一層強くなった。恐怖に身を固めている二人のその姿を見て、リヴァラが突然腹を抱え吹き出した。


「ハハハ! なんてな。怖かったか?」

「は?」

「え?」

「嘘だよ、嘘。二人とも同じ反応をしてくれるから話しやすかったよ、ハハハ!!」


 先程までのリヴァラの真剣な顔はどこに行っていしまったのか。大きく口を開け、腹を抱えながら笑っている。その笑い声で、先程まで恐怖に包まれた空間が一瞬にして消える。


「嘘? じゃあ霊とかってのは……?」

「いるわけないだろ?」

「な……なんだぁ……」

「よかったぁ……」

「霊の話は嘘だが、野営の準備は早めにした方が良い。この辺りは暗くなるのが他より早いんだ」

「分かった」


 そうして三人は再びオーズランへと歩き出す。


 (もう、騙されたりなんかしないからな!!)


 と、ひっそり心の中で叫んだロレスだった。

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