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第11話 会

「私はリヴァラ・クフォーラ。リジックは……私の兄だ」


 女性――リヴァラは、落とさずに済んだ分厚い五冊の本を抱えたままロレスを見据える。彼女の口から発せられた言葉に、青い瞳に戸惑いの色を見せロレスは固まってしまった。


「え、お、お兄さん……って……ああ!! すみませんでした!! 勘違いしちゃって……!!」

「いや、それは気にしていないのだが……」

「……あ、あの、これ……」


 リヴァラが何か言いかけた時だった。マトリカリアは落ちてしまった七冊もの本を全て拾い集めると、淡い赤色の長い髪を揺らしながら、そっと立ち上がる。ロレスとリヴァラの言いようのない空気を感じつつも、彼女へおずおずと声をかけた。


「ああ! すまない、全部拾わせてしまったな」

「……ぶつかった私が悪いんです……」


 思い出したかのように、リヴァラは凛々しい紫の瞳をマトリカリアに向ける。


「……凄い量ですね……」

「その本、この上に乗せてくれ」

「え?」


 リヴァラはマトリカリアの前に向き合うと少し屈み、自分が抱えている本の上に、更にマトリカリアが拾った本を乗せるよう促す。


 その仕草に戸惑い、マトリカリアはエメラルドグリーンの瞳をロレスに向け助けを求めた。彼もまた、マトリカリアに視線を送り困った様に眉を下げる。

 

「さぁ、気にせずに」

「……」


 柔らかい表情を見せるリヴァラに再度促され、マトリカリアは静かに頷くと、七冊の本全てを彼女の抱えていた本の上に乗せた。当然、リヴァラの顔が本で隠れる。茅色の髪だけが僅かに見えている状態だ。


「……それだと前が見えないんじゃ……」 


 たまらずロレスがそう言うと、リヴァラの声が籠って飛んできた。


「よく分かったな、何も見えない!!」

「……」

「……」


 変な人にぶつかってしまったなと、後悔し始める二人。お互い顔を見合わせ、顔を引きつらせた。


「さっき図書館から借りてきた所なんだ。どれも興味深くてな、あれもこれもと、ついつい手に取ってしまって気付いたらこんな量に。そりゃあ前も見えなくなるよな、ハハハッ」


 そんな二人の様子など知る由もなく、つらつらと話をし始める。ふざけているのか、そうでないのか、とても不思議な雰囲気を醸し出す女性だった。


 そこで、ロレスは顔を引きつらせつつもリヴァラに声をかける。


「えっと……一緒に運びますよ?」

「ん?」


 ロレスの言葉に続く様に、マトリカリアも口を開いた。


「私以外にも、誰かにぶつかってしまうかも知れないですし、そのままだと危険です……色々と……」

「必要ない」

「……」

「……」


 ぴしゃりと言い放った声に驚き、二人は同時に口を閉じた。


「と、言いたい所だが、……そうだな。ここは君達の言葉に甘えよう。すまないが、頼めるか?」

「ぁっ、はいっ!!」


 その直後、リヴァラは柔らかい口調になる。ロレスとマトリカリアは慌てて彼女が抱えている本を受け取る。


「おお! 視界良好!! 素晴らしいな!! ありがとう、助かるよ」

 

 一人四冊づつ本を抱える。リヴァラは目の前に広がる景色に感動し、二人に笑顔を向けた。


「この先の道を真っすぐに行って、突き当りを右に行くと私の()()がある。そこまで頼めるか?」

「はい」

「こ、こんなに重かったんですね……」

「図書館からここまで歩いて来たんですよね? 誰にもぶつかったりしなかったんですか?」

「ああ、問題なかった!! 不思議だな」

「……」

「……」


 (きっと、皆避けてくれてたんだろうな……)


 と、心の中で思ったロレスは視線をマトリカリアへと移した。彼女も同じ事を思っていたのだろう。苦笑いを浮かべていた。


 そうして、三人は本を抱え歩き始める。


「話が逸れてしまったな」

 

 後ろを歩くロレスに、茅色の髪を揺らし軽く振り返るとリヴァラは口を開いた。


「君は何故、兄の名を知っている? 軽装のようだし、一般人のようだが……ん、剣士? その若さで傭兵なのか?」


 リヴァラはロレスの腰に差してある剣に気付く。


「剣士なんて名乗れる程の腕は持っていないです。ただの旅人で、この剣は護身用です」

「そうか……。で、何故あの()()()()を知っているんだ?」

「裏切り者!? ど、どう言う意味ですか!?」


 リヴァラの言葉に動揺し、思わず本を落としそうになるロレス。ターコイズブルーの短髪を揺らし、慌てて体制を整えると前を歩くリヴァラに詰め寄った。


「…………君は、変わる前のリジックを知っているのか……」

「……一体何の事……」


 ロレスの言葉を遮るかの様に、リヴァラは突然足を止めた。それにつられ、ロレスとマトリカリアも慌てて足を止める。黒いジャケットを揺らし二人の方に体を向けると、リヴァラは凛々しい瞳でしっかりと二人を見据えた。


「……君達、名は?」

「あ、ロレスです。ロレス・ラックファン」

「……マトリカリア……」

「ロレスにマトリカリアだな。どうだろう、この本を置いたら共に食事でも。そこでゆっくり話さないか?」

「え……?」


 思いがけないリヴァラの申し出に、声を漏らすロレス。二人を交互に見上げながら、マトリカリアは成り行きを見守っていた。


「……聞きたい事、あるんだろう?」

「……はい」

「決まりだな」


 ニヤッと笑みを浮かべたリヴァラは、止めていた足を再び動かした。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「ここって……」

「私が泊っている宿だ」


 リヴァラに連れられてやって来たのは、三階建ての宿屋だった。ロレスは青い瞳を大きく見開き、何度か瞬きを繰り返す。


「リヴァラさんは、ここの町の人じゃないんですか?」

「私も旅人だ。この町に来て二ヶ月程にはなるがな。君達はどこの宿に泊まっているんだ?」

「あ、俺達ここに着いたのさっきで。宿を探していた所だったんです」


 コクコクと、淡い赤色の毛先に癖のある長い髪を揺らし頷くマトリカリア。


「そうだったのか……。ならこの宿に泊まると良い。ここの店主とは昔からの顔馴染みでな、本を部屋に置いて来るついでに私が話を付けてこよう。ここで待っててくれ」


 そう言うと、リヴァラは二人に持ってもらっていた本を回収し両腕で抱えると、再び視界を遮りながらも器用に宿の中へと入っていった。


「…………昔からの顔馴染みって……リヴァラさんって何歳……?」

「さ、さぁ……」


 取り残された二人に、そんな疑問が脳裏に浮かんだ。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「一部屋空いていたので借りて来たぞ。一緒の部屋で良いんだよな?」


 暫く外で待っていると、リヴァラが宿から出て来た。そして、開口一番にそう言った。


 リヴァラの言葉に、ロレスは慌ててターコイズブルーの短髪を横に揺らす。


「え!? だ、ダメです!! 別々の部屋じゃないと!!」

「何っ!? ……私は勘違いしていたのか……。これはすまなかった……。なら、マトリカリアは私の部屋に来ると良い」

「え? で、でも悪いですよ……」

「私が借りている部屋は広いんだ。ベッドも有り余っている。君一人増えた所で何も妨げにならない」


 リヴァラの申し出に、眉を下げ戸惑うマトリカリア。


「で、でも……」

「気にすることはないさ」

「リヴァラさん……」

「まぁ、君達二人一緒の部屋で休みたいと言うのであれば無理にとは……」

「カリア!! リヴァラさんの好意に甘えよう!!」

「え、う、うん。リヴァラさんが良いなら……」

「決まりだな!!」


 リヴァラの言葉に食い気味に返事をするロレス。そんな彼に呆気にとられ、マトリカリアは頷いた。


「さぁ、レストランはこっちだ。付いて来てくれ」


 リヴァラはそう言うと、二人を促しレストランへと向かった。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 リヴァラに連れられてやって来たのは、町の一角にあるレストランだった。店内に入るや否や、深々とリヴァラに頭を下げた店員は、迷いなく席へと案内する。


 店内は六人掛け程の席が十五席あるが全て空席。そして、彼らが案内された席は、このレストランのど真ん中の場所だった。そこには既に沢山の料理が並べられている。


 色彩豊かなサラダ。滑らかなコーンスープからは温かな湯気が立つ。トマトの酸味と甘みを一度に味わえるパスタはこんもりと盛られていた。


 落ち着かない様子でロレスとマトリカリアは周りをキョロキョロと見渡す。


「さぁ、座って!」

「え、ここ?」

「別の人達の席なんじゃ……」

「ここが私達の席だ。料理は前もって用意しておいてもらった。安心しろ、全て出来立てだ」

「え、い、いつ頼んだんですか!?」

「細かい事は気にするな」


 数々の疑問を浮かばせるロレスを余所に、リヴァラは慣れた様に席に着いた。


「さぁ、座りたまえ」

「……」

「……」


 ロレスとマトリカリアは顔を見合わせると、おずおずとリヴァラの向かいに並んで座った。


「よし、じゃあ冷めないうちに食べようか! 遠慮せずに食べてくれ!!」

「で、でもお金……」

「ん? 何も気にするな。マトリカリアはカリアと呼ばれる事が多いのか?」

「え?」

「ロレスがそう呼んでいたから。私も君の事をカリアと呼んでも構わないだろうか?」

「は、はい! もちろん!!」


 見事に話をそらしたリヴァラに戸惑いつつも、嬉しそうに頷くマトリカリア。


「……ここって、俺達以外誰もいないんですか?」


 ロレスは静寂しきった店内を見渡す。


「ん、貸し切りだが?」

「貸し切り!?」

 

 リヴァラの言葉に声を荒げるロレス。


「私がここを利用する時はいつも貸し切りだ。店主が良い人でな、お陰様でゆっくりと過ごす事が出来る」

「……リヴァラさんって、何者ですか……」

「私はただの旅人だ」


 (絶対嘘だ!!)


 真顔で返すリヴァラに、ロレスは顔を引きつらせた。


「さぁ、冷める前に遠慮なく食べてくれ。ここの料理は全て美味しいぞ。とくにこのパスタが最高に旨い!」

「……」


 ぐぅぅぅぅ~


「ぁ……!!」


 そこで、マトリカリアのお腹が小さく鳴る。そんな彼女にリヴァラは優しい笑みを見せると、フォークを手渡した。


「さ、旅疲れもあるだろう。なに、話も私も逃げない。食事をしてから本題に入っても遅くはないだろう?」

「……」

「……い、頂きます」


 マトリカリアはリヴァラからフォークを受け取ると、両手を合わせお辞儀をした。


「ロレスはその手袋、外さなくて良いのか?」

「えっ、あ……大丈夫です。食事用の手袋があるので!!」

「食事用?」


 両手にはめられている黒い手袋に気付いたリヴァラは、不思議そうな顔をしていた。ロレスは鞄の中を漁ると一瞬にして手袋を替える。


「食事用は、灰色なんです!!」

「……ほぉ…………?」


 素早く手袋を替えたロレスに対し、リヴァラはやや顔を引きつらせ声を漏らした。


「ロレス……」

「……」


 僅かに震えるロレスの手を見て、心配そうにマトリカリアが名を呼んだ。


「って、リヴァラさん、それって……」

「ん?」


 そこで、ロレスは目の前の光景に目を疑った。リヴァラがいつの間にか、赤い液体の入った瓶を大量に並べていたのだ。


「ああ、タバスコだ」

「そんなに使うんですか!?」

「何を言う、これでも足りないくらいだぞ。私は辛い物が好きでな。常に常備している。すまないがこれを譲る事は出来ない。許せ」

「いや、いらないっす」

「……」


 そう言いながら、リヴァラは迷う事なくタバスコをパスタ、スープ、サラダに大量に掛けた。その光景に、ロレスとマトリカリアは顔を引きつらせたのである。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「ごちそうさまでした!!」

「とっても美味しかったです!!」

「そうだろう、そうだろう!! 喜んでもらえて良かったよ」


 満足そうにする二人に笑顔を向けるリヴァラ。テーブルにあった空のお皿は店員に下げられ、今はマグカップに注がれた紅茶がテーブルに置かれている。


 因みに、リヴァラが用意していたタバスコの瓶は、全て空になった。


「で、ロレス。君は兄とはどういう知り合いだ?」


 暫くして一息ついたリヴァラは、鋭くした目でロレスを見据えた。その気迫に、思わず唾を飲み込むロレス。マトリカリアは、ただならぬ気配に口を閉ざし、事の成り行きを見守っていた。


「リジックさんに命を救っていただいたんです」

「兄が……君を?」


 僅かに怪訝な表情を見せるリヴァラ。


「はい。八年前、港町ルマスの大規模火災の時に。一人で倒れていた俺を偶然見つけてくれたらしくて」

「君があの時の生存者だったのか……。話は聞いている。()()()()()が火災を起こし、町を滅ぼした事件だな」

「え、ちょっと待って下さい!! さらっと何言っちゃってんですか!? その犯人の事、ガイルアード騎士団の方々に口留めされてたんですけど!?」

「……」


 当たり前の様に口を開いたリヴァラに、ロレスは慌てて立ち上がると声を荒げた。マトリカリアは黙ったまま二人を交互に見ている。


「唯一の生存者にはルアーニ人の事を一切口外させない。殺人鬼が暴れた等と嘘をつかせるようにしていたな。だが安心しろ。この建物は完全防音。外には何も聞こえない。そして、ここは貸し切り。この店はガイルアード騎士団の関係者しかいない。伏せる必要などない」

「カリアには……ルアーニ人とは言っていない」

「……」

「そうだったか。まぁ良いじゃないか。ルアーニ人だと噂している者も少なくないのだから」

「……ごめん、カリア。……嘘ついてて……」

「大丈夫、私は気にしてないから」

「……」


 ロレスは複雑な思いを抱えたまま、ゆっくりと席に座り直した。


「……リヴァラさんも、ガイルアード騎士団……だったんですね」

「いや、違う。さっきも言っただろう。私は旅人だと」

「……」

「ガイルアード騎士団の最高指揮官だった父と、部隊長の母、そして兄も騎士にいた。そんな環境の中にいた私だ。自ずと耳に入ってくる」

「…………」


 そこで、ロレスはリヴァラの様子を軽く伺うと口を閉ざした。何か考える様に目を伏せると、ゆっくりとリヴァラを見据える。そして、八年前にあった出来事を、嘘偽りなく話し始めた。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 

「…………そのマフラーと手袋は、過去の傷があるからか……」

「そうです……。首も手も……未だに怖くて真面に見れないんです……」

「そうか……」

「……リジックさんは、今どこにいますか? まだガイルアード騎士団にいるんですか?」


 ロレスの問に、リヴァラは椅子へ背中を預けながら天井を見上げる。そして、独り言の様に呟く。


「……居るには居るが……」


 その言葉に、僅かに希望を映し出したロレス。リヴァラは姿勢を正すとロレスに向き直った。


「俺、オーズランに向かっているんです。リジックさんに、どうしてもお礼が言いたくて」

「……裏切り者に、礼など伝えても無駄だと思うが……」


 そう言いながら、暗い表情を見せるリヴァラ。


「それ……どういう意味なんですか……?」

「…………」


 恐る恐る聞くロレス。更にリヴァラは表情を曇らせた。


「……」

「……彼は今、オーズラン王の右腕……守護騎士に所属している……」

「守護騎士……?」

「ガイルアード騎士団とは似て異なる組織だ。君の知っている優しかった兄は……居ない」

「……?」


 ロレスは真剣にリヴァラを見据える。もう一度、リヴァラは瞳を閉じると、ゆっくりと紫の瞳をロレスに向けた。その鋭き瞳は、記憶に残るリジックのそれと同じだった。


「……六年前の事だ。兄が変わったのは……」


 重たい口を開くと、リヴァラは話し始めた。


「かつての兄は正義感が強く、本当に優しい人だった。人の命を救う事を、何よりも優先していた。……しかし、六年前……両親が暗殺されてから兄は変わってしまった……」

「暗殺!?」「っ!?」

「父はガイルアード騎士団の最高指揮官。母は第二部隊の隊長を務め、その身をオーズラン王に捧げていた」

「……騎士は王と民を守る存在……なんですよね?」

「そうだ。しかし、父と母は、オーズラン王の意向に反論していたんだ」

「……」

「王はこの世界からルアーニ人の殲滅を望み、父と母はルアーニ人との共生を望んでいた」

「!!」「!!」


 そこで、ロレスは言葉を失い、マトリカリアは肩をビクつかせた。


「父は総隊長になり、部下を従えこの世界の在り方を変えようとしていた。勿論、オーズラン王に何度も掛け合い説得していた。しかし王は聞く耳を持たなかった。オーズラン王とガイルアード騎士団、そこには共生を望む総隊長派と、殲滅を望むオーズラン王派に分かれ、亀裂が入っていた。これは今も変わらない。それでも、誰かが暗殺されるような事はなかった」

「……」

「……共生……」

「『誰かが理を変えなくては、この世界に本当の幸せは訪れない』……それが、父と母の口癖だった」

「……」

「そして六年前……二人は暗殺された」

「……」「……」


 感情の見えないリヴァラの声と表情に、ただ口を閉ざす事しか出来ない二人。リヴァラは淡々と続けた。


「私は両親の意向は正しかったと思っている。しかし、兄は逆だったようだ」

「……」

「父と母が殺されたのは自業自得。ルアーニ人との共生を望むから殺された。オーズラン王の意思が正しいんだ。と……」

「……」「……」

「君の話を聞いて分かったよ。リジックはルマスの事件を目の当たりにしている。君を傷付けた相手を見つけ出せず、更に君のお父さんを救えなかった悔しさがあった。ルアーニ人が存在していたから、沢山の命が奪われた……。ルアーニ人さえ存在していなければ苦しむ人がいなくなり、悲しみで涙を流す人もいなくなる……平和へと導く為には、不幸を呼ぶ根源となったルアーニ人を殲滅するしかない……。……共生だなんて、そんな甘い考えは捨てた……だからリジックは守護騎士になった…………」

「……」

「オーズラン王に兄の意思が気に入られ、彼は守護騎士になった。元々第一流の剣士だった兄は、守護騎士になる素質があった。今では狐の面を被り、万乗ばんじょう懐剣かいけんリジックなどと呼ばれている。本当に……馬鹿馬鹿しい話だ……」


 リヴァラの最後の言葉は、まるで吐き捨てるかの様な言い方だった。


「狐の面……?」


 と、やや首を傾げるロレス。


「守護騎士になってから突然被り始めたんだ。表情を確認することは出来ない。何を問いかけようとも、冷たい声しか返って来ない……。目が合っているのかも分からない。妹の私ですら、あの人が一体何を考えているのか分からないんだ」

「……」

「話を最初に戻そうか。……かつての優しかった兄は居ない。父と母を暗殺された事を恨むどころか、オーズラン王に寝返るんだからな……残念だよ。暗殺の首謀者は、間違いなくオーズラン王なのにな……」

「……」


 軽く目を伏せ、そう呟くリヴァラ。そして、直ぐにロレスに紫の瞳を向ける。


「これが、リジックが裏切り者だと言われる所以ゆえんだ。もっとも、裏切り者と呼んでいるのは私だけなのかも知れないが……」

「…………」

「これで分かっただろう? かつての……君の知っているリジック・クフォーラは、もういない」

「………………無駄……ですか……? リジックさんに会いに行くのは……」

「……行っても会えるか分からない」

「…………」

「……ロレス……」


 黙って話を聞いていたマトリカリアは、言葉を失い顔を暗くしていくロレスに、心配そうに声をかけた。


 ロレスはゆっくり俯くと瞳を閉じる。そして、静かに声を漏らした。


「……あんなに優しかったのに……リジックさんは憧れの人……だったんです……」

「…………」

「……」

「……こんなちっぽけな子どもの命を必死に救おうとしてくれて…………励ましてくれて……。……もう一度、お礼を伝える為に、いつか会いに行くって、約束も……」

「……」


 ロレスの小さなその声に、リヴァラは柔らかい表情を見せた。


「……どうしても兄に会いたいのなら、私もオーズランへ共に向かおう」

「……え……?」


 それまで俯いていたロレスは、リヴァラの言葉に驚き顔を上げた。変わらずに凛々しい瞳を持ったリヴァラが、しっかりとロレスを見据えていた。


「守護騎士に一般人は会う事など出来ない。……私は一応血族者だ。理由を立てれば面会くらいは可能だ。城へ通してもらえるはず。力を貸そう」

「…………」

「勿論この話を聞いて、リジックに幻滅し、会う事に抵抗があるのであれば、行かなくてもいいが……」

「……行きます。会わせてください。俺を助けてくれた事実は変わりません。お礼だけでも伝えたいです」


 真っ直ぐ前を向くと、ロレスはそう応えた。そして直ぐにリヴァラの顔色を伺う。


「でも、リヴァラさんは辛くないんですか?」

「辛いとは?」


 そこでリヴァラは軽く首を傾げた。


「……なんだか話を始めてから、辛そうな顔をしていたので……。お兄さんが変わってしまって、辛いのかなって……」

「……私は平気だ」


 そう言うリヴァラは、誰が見ても強がっている様にしか見えなかった。


「……リヴァラさん……」


 静かに名を呼ぶロレス。そして、リヴァラは自身の強がりを消す様に、二人に笑顔を向けた。


「リヴァラで良い。敬語も必要ない。旅立ちは明後日で良いか? 借りた本を全て読み終わらせなくては。流石にあの量を一晩で読み終える事は無理に近い」

「明日だけで全部読み終えられるんですか!? 俺達急いでる訳ではないので、ゆっくりで大丈夫ですよ」

「問題ない。もう一度言うが、敬語はいらない」

「あ、……はい。…………じゃあ、明日は野営に必要な物の補充をしてから、図書館に行ってても良いか?」

「勿論だとも。しかし……道中には恵みの宿が点々としているのは知っているだろう? 野営の準備は必要ないぞ?」

「恵みの宿?」


 リヴァラの言葉に、ロレスは軽く首を傾げた。


「知らないのか? 町や村の道中には、恵みの宿と呼ばれる旅人の為に建てられた小さな宿が各所に存在してる。余程の事がない限り、野営をしなくて済むんだ」

「へぇ……初めて知った……」


 そうして三人は、すっかり冷めてしまった紅茶を口にしながら、談話を続けた。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 宿屋に戻って来た三人はそれぞれの部屋へと入って行く。当初の予定通り、マトリカリアはリヴァラの部屋で休んだ。


 リヴァラが借りていた部屋は四人部屋で広々としていて、必要最低限の荷物しか置いていなかった。


 部屋に入るや否や、あたふたするマトリカリアに、


「自由にくつろいでくれ」


 と、リヴァラは笑顔を向け声をかけた。


 暫くし、落ち着いたマトリカリアはソファーに腰かける。と、窓の傍に置かれた椅子に座るリヴァラを軽く見上げた。


「……リヴァラ……」

「何だ?」


 名を呼ばれると、振り返り優しく微笑むリヴァラ。


「……リヴァラは、ルアーニ人との共生を否定しない?」


 少々の間の後、静かに口を開いたマトリカリアに、リヴァラは顔色一つ変えずしっかりと彼女を見据えた。


「ああ。私は父と母が成しえなかった、ルアーニ人とアーメル人との共生を望んでいる。そんな世界が近い未来にやってくると良いのだがな……」


 そう言うリヴァラは凛々しい紫の瞳に、僅かに悲しさを映した。


「そっか……」

「……不安か? この先の未来が」

「……」


 リヴァラの言葉に、静かに俯くマトリカリア。


「大丈夫。君にはロレスがいる。彼はきっと、君にとってかけがえのない存在になるだろう。私もいる。胸を張って生きろ」

「……生きる……」

「……」

「……リヴァラも……ロレスと同じような事を言うんだね……」

「……?」


 マトリカリアの小さな声に、不思議そうに茅色の髪を揺らし様子を伺うリヴァラ。


「……生きる……」

「……君達は不思議な関係だな。友人ではないのか?」

「……旅の仲間……」

「……そうか」

「……本、見ても良い?」

「ああ、勿論」


 マトリカリアは、テーブルに置かれた本に視線を送るとリヴァラに尋ねた。この本は全て、昼間リヴァラが借りてきた物だ。改めて見るが、どれも分厚く分野も様々だった。


「……この光る花畑って?」


 マトリカリアが手に取った一冊の本。その表紙に描かれているのは、夕日に照らされる空の絵だった。パラパラとページをめっくって行くと、リヴァラとぶつかった時に目にしたページに辿り着く。


 そこには光る花畑の文字と、一面に広がる美しい花畑の絵が描かれていた。


「お、良い所に目を付けたな。これは私もとても興味深くてな。この光る花畑を見つける事が私の旅の目的の一つなんだよ。存在していると良いな……」

「あるの!? こんなに素敵な場所が!?」

「私も長年旅をしているが、未だにこの光る花畑を見つけ出すことが出来ていないんだ。勿論世界は広いからな。そう簡単に見つかるものではないと分かってはいるし、誰かの願望がこうして本になっている可能性もある……。昼間は華やかに咲き誇り、夜は美しく夜空に向かって光輝く花達。一度で良いから見てみたいものだ」


 期待を胸に、リヴァラは優しく微笑みながら語る。その話を聞いたマトリカリアも、思わず笑みを零した。


「君は花が好きなのか? 名前も花のようだし、ご両親は余程の花好きなのだろうな」

「……花は好きだよ……」


 マトリカリアは両親という言葉に一瞬顔を暗くした。そして直ぐにいつもの表情に戻ると、ふと、首を傾げた。


「…………長年旅をしているって……リヴァラって何歳……? いつから旅をしているの?」

「23だ。十年前位から、時折時間を見つけては旅をしていた。本格的に旅を始めたのは二年前だがな」

「……そんな前から……」

「旅は良いぞ、新しい発見があって。暫くは君達と共に旅が出来るのだから、更に楽しみだ」


 優しく微笑むリヴァラに、マトリカリアも同じように微笑んだ。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「つっかれたぁぁぁぁぁー」

 

 二人と別れたロレスは案内された部屋に入ると、黒いロングジャケットを翻して即ベッドに突っ伏した。投げ出した剣も共にロレスに並んで寝ころぶ。


「…………」


 体制を変え、仰向けになったロレスは右腕を額に当てた。怒涛の様に過ぎてゆく時間の中で得た情報は、彼の頭を混乱させる。


「……なんか……凄い事になってる気がする……」


 隣に寝る剣を徐に引き戻し、左手で持ち上げると胸の上に置いた。


「………………守護騎士……裏切り者……」


 八年間追いかけていたリジックは、リヴァラの話が本当なら全くの別人になっている。優しく、正義感溢れる彼はもういないのかと思うと、胸が苦しくなった。


「……ルアーニ人……か……。共生出来れば、戦争も、誰かの命が再び失われる事はなくなる……んだよな……」


 無意識に、胸の上に置いた剣を強く握った。


「……父さん……俺、これ以上犠牲者を増やしたくない……。戦争なんて起きる前に、二つの種族が共生出来る方法はないのかな……」


 剣を握る手に更に力が籠る。そして、ロレスは静かに目を閉じた。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






 ――深夜


 リヴァラはマトリカリアがぐっすりと眠りについたのを確認すると、部屋から静かに抜け出し宿から出る。そして、街灯を頼りに町の小さな小池へと来ていた。勿論、こんな深夜に外を出歩いている人はいない。町の中はとても静かだった。


 水面には反射した月と無数の星達が輝く。この小池には、小さな橋が架かっていて、リヴァラはその橋に身を預けると、水面に映る星達を眺めていた。


「…………今日の出会いが、ユヒトの言っていた大きな機転……なのか……この喋り方になってから四年……貴女の言葉は全てその通りになる……本当に怖い人だ……変わるだろうか……この世界は……」


 この場にリヴァラの声に応える者など、誰一人としていない。


「いや、変えてやる……私達の手で……平和へと導く……。見てて……お父さん、お母さん…………強がってるだけの私だけど、見返してみせる……。…………お兄ちゃん……」


 その声は、少し低めの声ではあったが、今までの凛々しさは含まれていなかった。

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