Episode3 バレンタインデーめざして
ぐだぐだと正月気分を引きずっていたら、あっという間に冬休みも今日を残すのみとなってしまった。昼と夜が逆転したずぼらな生活を送ってたもんだから、明日の朝の早起きの自信がまったくない。
いつもより早めにお風呂に入って就寝することにしよう。薄い水色のチェックのパジャマに着替えて、あたし専用のおふろセットを持って1階にある浴室へと向かった。1階は普段使うことのない和室と納戸、それに浴室があるだけで暖房の必要がないもんだから、ひんやりとしていて寒くてしかたがない。
脱衣所の引き戸に手をかけようとしたら、まるで自動ドア? って錯覚しちゃうように勝手にスライドしていった。目の前がもあもあとした湯気で充満してきて視界がはっきりとしない。
冷気に溶けてくように湯気が薄れていくと、上半身裸で腰にバスタオルを巻いた姿の祥大が浮かびあがってきた。まったくの不意をつかれたあたしは、思わず目をふさいでしまった。
だって刺激的すぎだもん。
なのに祥大ときたら、あたしの手を顔から剥ぎ取ると
「なんだ。慣れてないんだなおまえ。いっちょ前に照れてんだ」
そんなこと言いながら、あたしの頭をくしゃくしゃっと撫でて、2階へと去っていった。
頭洗ってても、身体洗ってても、湯船につかっていても、さっきの祥大の姿が脳裏にすぐに浮かんできて、どうしようもない。
あたしだって、男子の上半身裸の姿なんて、いやというほど知ってるよ。学校のプールの授業でみてるし。けど祥大って着やせするタイプだったのか、細マッチョっていうのかな、ちょうどいい筋肉がついた意外に引き締まった身体してたんだよね。
案の定、目覚まし時計くらいじゃ起きれなかった。美弥ちゃんにふとん引っ剥がされて、ようやく布団から抜け出す決心がついた。
久しぶりに袖を通す制服って、なんだか新鮮で初めてこの制服を着たときのような華やいだ気分になった。この制服が着たくて昇華高校に進学したようなものだったから。
2階に降りていくと、すでに祥大がダイニングで相変わらず座り崩した格好で、トーストをかじっているところだった。なんか気まずい……。祥大の真向かいの席があたしの定位置だったから、どんな顔して座ればいいんだか。うだうだと思案しながらテーブルに向かうと、いつもは目の前に座っていても視線なんて合わせることもない祥大が、あたしの顔を見るなりニヤッと微笑してきた。親たちには分からないくらいに僅かに。だけど、あたしにはその顔の表情ははっきりとみてとれた。
こいつ、あたしのことを子供扱いしてバカにしてるんだ。くやしい!!
クラスのみんなと顔を合わすのはひさしぶりだったから、合わす顔合わす顔に笑顔がこぼれていく。
「おはよっ、有未香。今日から彼と一緒に通学だったんだよね? いーなあ青春してるなあ」
有未香の顔には予想していたような笑顔がみられない。どうして?
「それがね、冬休みの間に引越したんだって。だから電車が一緒じゃなくなっちゃったんだよ。バス通学になったんだって」
「そっかあ。せっかく付き合うことになったのにね。バスか……あたしと一緒だ」
「うん。……ってもしかして、瑠花と一緒のバスに乗って通学してるんじゃ」
「まさか。バスったって路線はたくさんあるんだし、きっと違うよ」
「彼ね、結構イケメンなんだよ。ビジュアル系の均整のとれた容姿してるから目立つはずなんだけど、みかけなかった?」
うーん。確かに遠海学園の生徒はバスで何人かは見かけるけど、そんなカッコいいメンズはいなかったような……。あたしの兄妹も一緒なんだけど、あいつは除外。憎たらしい顔してるだけだし。そういえば祥大も遠海学園なんだよね。有未香の彼の友達だったりして。
ううんっ。そんなはずない。
あんなひねくれた友達持つような人が、有未香の彼のはずないしね。
「ねえ、瑠花! 聞いてる? 瑠花ってば」
「あっ、ごめん。なに……だっけ?」
「だからさ、遠海学園って結構イケメン揃いで有名じゃん。でね、瑠花に男の子を紹介してもらえるように、あたしさあ、彼にお願いしたんだよ」
「あたしに……男の子を!?」
「そうだよ。瑠花も早く彼氏つくって、一緒にバレンタインデーに手作りチョコを作って、彼氏にあげようよ」
「いいねっ、それ! じゃあ、あたしもがんばっちゃおうっかな」