Episode2 俺の景色
暮れも押し迫ったこんな時期に、せっせと引越しの為の荷物を片してんのは俺と親父くらいのもんだよ、まったく。
普通なら年末に向けて新年を迎える為に、1年の汚れを落とす大掃除を気の早い人がそろそろ始めようかと思案している、そんな時期なんじゃないのか。
こうやってダンボールに次々に荷物を詰めていくと、結構俺も所帯道具多い奴だったんだなって我ながら感心する。
この住み慣れたマンションとも、来週には完全にさよならをすることになる。
そう思うとさすがの俺も母ちゃんとの思い出の染み付いたこの棲家に、今更ながらの愛着が湧いてきて離れがたくなってくる。
いっそうの事、俺はここに留まって親父だけおっぽり出してやろうかと本気で考えたくなる。
朝のプラットホームにいつものように電車が滑り込んでくる。
今日で乗りなれたこの時間のこの電車ともお別れか。別に特別な思いがある訳じゃないが、もうここからこの電車に乗ることもこれからはないのかと思うと妙な気分になる。
今日くらいは真剣に車窓からの景色とやらに目をやってみるのも悪くないかもしれない。
よく見てみるとのどかな風景だったんだ。
ちえっ、俺ってこんな田舎っぽい町の人間だったんだってことに、皮肉にも気づかされてんだからな。ばっかみてえ。
じゃあな、またいつかお前に乗ることもあるかもな、そん時はよろしく頼むな。
2学期最後の終業式の日。昼には親父が学校の前まで車で迎えに来ることになっていて、そんでもって俺は新しい棲家へと連れてかれんだ。
学校のある駅のホームに着くと自動扉が開いた。オフィスビルや学校が周辺に分布するこの町めがけて、四角い箱から人が濁流のように流れ出していく。その中のひとりである俺も、その流れに呑み込まれながら一緒になって雪崩れ出ていくと、すぐに肩に引っさげてた鞄に手ごたえを感じ振り返る。
するとそこには見覚えのない女の子が居て、俺の鞄のストラップをひっぱるようにして握っている姿が。その顔は俺に何かを訴えたそうなすがるような目をしているのがわかった。
このままこの濁流の中で立ち止まるのはまずい。ホームの柱とベンチの間にわずかにできている安全地帯のような空間を見つけ、彼女ごとうまく身体を滑り込ませて、なんとか人の流れから逸れることができた。
よく見てみると、女の子が身に着けているのは昇華高校の制服なんじゃないのか?
昇華高校といえばここよりもまだ2つ先の駅が最寄の駅のはずなんだが――。
なんでわざわざこんな通勤通学ラッシュの地獄の時間帯に、俺を引き止めるんだか。それにこの子は大胆なことしそうにもない極々普通の子じゃないか。
この駅で下車するとある女子高の生徒とは見た目からして大違いだ。
だからなのか、どこにでもいるような平凡な子のはずなのに、やけに新鮮でフレッシュな感じに見えてくる。そうだな、果物で例えるならば、もぎたてのイチゴってところか。妙に可愛く感じてしまうな。
「あの、わたし、以前からあなたのことがずっと気になっていたんです。いいなって……いうか。あの、不躾でなんなんですが、彼女……えっと、今付き合っている人とかっていたりしますか? もし、フリーだったら……」
うそだろ?
こんな朝の目まぐるしいラッシュ時の駅のホームで告白?
俺、告られてんだよな、今まさに!
「ここじゃなんだから、連絡先交換しよ。また後日連絡するから」
「うそっ、い、いいんですか? うれしいっ」
弾みながら女の子は携帯を鞄から取り出している。
そしてすばやく交換して俺は階段へと急いだ。
いいのか? 深く考えもしねーで互いの連絡先を交換したはいいが、俺はこれから引越やなんやかんやで住むところも取り巻く環境も変わったりなんかして、それどころじゃなかったりする。それにバイトも始めなきゃなんないし。
今んとこ、すぐには連絡できそうにないな。ごめんね、彼女。




