七
そんなに心配しないでください。
体の調子が悪いとかじゃなくて。
ただ単に、お休みが欲しいな―って思って。
前から話そうと思ってたんですけど。
なかなか、切り出せなくて。
忙しい時期とは分かってます。無理ならいいんです。
口下手な私が考えた、休みをもらう口実はこんなものだった。
初めは女将さんもいきなり休みをくれと言われて困惑した表情であったが、それでも快く休みをくれた。
しかも、2週間もだ。
女将さんの心の広さは底知れない。
「必ず、戻ってきてね」
はい。必ず。
何かを察しての言葉だったのかもしれない。
その言葉は、私にはもったいないと感じた。
ヤクザと青年と花(脇役で私)のドラマが繰り広げられた日。私はあの後すぐ家に帰った。
というか、帰らされた。女将さんに。
「今日は、慣れない仕事させちゃったし疲れたでしょう。もう、家に帰りなさい。それと、明日から休みでいいわ。しっかり、体を休めてね」
とのこと。
なので、私は今薄汚い豆腐屋にいる。
目の前には、同じく「小汚い豆腐屋の主人」であるイサクが座っている。
「誰が薄汚いだ。心の声が丸聞こえだ」
「失礼。口が勝手に。ちなみに、薄汚いではなく、小汚いだ」
豆腐屋の数少ない人が住めるスペースに、座布団を敷いて座っている。
二人の間には、申し訳ない程度のちゃぶ台と二つの茶碗。
茶碗の中には湯気をたてた濁ったお茶が入っている。
「そんな口たたいてっから、どうせ団子屋の女将に追い出されたんだろ?」
「そんなんじゃない。休みをもらっただけだ」
「休み?また、なんでそんな」
イサクは意味が分からないといった顔だ。
「最近思うんだ。こっちに慣れすぎたって。だから、あっちに戻ろうと思う」
「お前、あっちって、あのおやじのとこに行くのか?」
「まあ、一応そう考えてる」
「なあ、すみれ。お前は、もうあんな仕事やらなくていいんだぜ?例え、裏世界で最強の殺し屋だとか呼ばれていても、こっちでは見ての通り愛想の悪い街娘だ。誰も蓮鬽だとは気付かない」
「誰が、愛想の悪い街娘だ。でも、あんたの言うことも確かだ」
彼の言うとおり、普通に暮らしていれば気付かれまい。でも、それもあの日までのこと。
「ヤクザに目を見られたんだ」
「目をって。お前、裏方じゃなかったのかよ」
「人数が足りないからと、表にでたんだ」
「なるほど、どうりで」
イサクは口元の笑みを浮かべ始めた。
「なんだ、いきなり気色悪い」
「心の声がまる聞こえだぞ。まあいい。とにかく、お前は変わったんだよ」
どういうことだ?それに、どう変わったのか見当もつかない。
「今のお前にはあえて言わないでおくが、正体がバレなきゃいい話だ。どっか遠いとこに行って・・・・・」
「それじゃダメなんだ」
「何が、ダメなんだよ」
「あんたに言う気はない。それじゃ、私はこれで」
「おい、待てよ」
後ろを振り向かず、戸口を出た。
「ちぇっ。何だよ。年ごろの娘かってんだ」
イサクの愚痴が聞こえた気がする。
いつの間にか、夕方になっていた。どれだけあそこにいたのか・・・・・・。変なキノコやらが生えてこなければいいのだが。
それよりも、私がどう変わったのか気になった。
イサクに聞けばよかったのだが、先にあいつが私のことを理解しているということが腹ただしかった。
このまま、おやじのところに行くか。
一息ついて私は、暗い路地へと歩き出した。




