四
見物を終えた私は、いつものように表の通りにある茶屋に足を運んだ。
「甘味処」と書かれた看板が立てかけてある、小さな店だが、客は多い。
人気は、店一番の団子だ。それ以外にも、愛嬌のある女将さんが好きで訪れる人も多い。客のほとんどが常連さんで、そのほとんどが女将のファンといったところ。
まだ、朝が早いというのにほとんど満席だ。にぎやかな声が、店の戸口から聞こえてくる。
私は裏口に回った。
「鈴さん、おはようございます」
鈴というのは、女将さんの名前だ。中に入り声をかけると奥から女将さんが、柔らかな笑顔で出迎えてくれた。
「おはよう。すみれちゃん」
柔らかい響きを持つ声と女将さんの笑顔を見ると、不思議と心が和らぐ。ここにきて2年が経つのにまだ慣れなかった。
私は、ここで働かせてもらっている。普通、年ごろの女の子というと接客が多いのだが、頼み込んで皿洗いをさせてもらっている。接客をすれば、私が蓮鬽だとバレテしまうからだ。もちろん、女将さんにも蓮鬽だということは言っていない。
どうして、そこまでしてこっちで働いてるかというと、正直わからない。一応、世間の偵察ということで私は納得している。
茶屋といい、様々な人が集まる。だから、情報収集にはうってつけだった。狩る方は、獲物をきちんと知らなくてはいけない。といっても、今の私は狩る仕事はやっていないのだが。
今日も、会話に聞き耳を立てながら皿洗いをする。はずだった。
前掛けをして、仕事をしようと気合を入れた時、女将さんに呼び止められた。
「すみれちゃん、ちょっといいかしら?」
「なんですか?」
「今日、いつもの店番の子が休んじゃって足りないのよ。変わりにやってくれないかしら?」
「…それは、つまりお客さんと接触するという事ですか?」
「接触??よくわからないけど、少しの間だけでいいのよ。ダメかしら?」
「いやっ、その…えーと」
蓮鬽だから、無理ですなんて言えない。女将さんのお願いを断るなんて…。
「わかりました。やりますよ」
出来なかった。
「ありがとう!助かるわ」
そんな事言われてしまうと、素直に嬉しく思えてしまう。我ながら、アホだ。
なるべく、顔を合わせないようにしなければ。
「それじゃ、注文は取らなくていいから、お皿を運んでちょうだい」
そういうと、女将さんは私の背中を押して店の中に入れた。
薄暗い厨房にいたので、一気に視界が明るくなる。今まで、ろくに入った事のなかった店の中は、甘い香りが広がっていた。そして、沢山の客。
少し、緊張する。バレる事より、初めての事に。
人が多い所は、今まで避けて生きてきた。小さな店と言ったが、これほどの人の中にいることは初めてだ。
そんな私を見て女将さんは笑っている。笑い事じゃありませんよ…。
「すみれちゃん。空いたお皿を運んで」
女将さんはそういうと、奥に行ってしまった。
私は、言われたまま皿を運ぶ。何だか、不思議な気持ちだった。




