十八
瓶のふたが開けられる。
独特の匂いとともに意識がもうろうとしてきた。
もって3分といったとこか。
自力で逃げ出すのは無理だ。
でも、何か方法が・・・・・。
意識がほとんど無い状態で男の足をつかむが、力が入らずすぐに振りほどかれてしまった。
「おとなしく寝てな」
「だ・・・め・・か」
その時、爆発音とともに部屋が白い煙で包まれた。
「何事だッ!!」
「侵入者だ!!ぐぁッ!!」
「どうした!」
「固まれ!!」
男たちの叫び声が響く。何人かは殺られたようだ。
黒い影が近づいてくる。
「だ・・・・れ・・」
「静かに。助かりたかったら黙ってろ」
男の声が上から降ってきた。男は、私を抱きかかえると白い煙の中を颯爽と駆けて行った。
頬が切れるように痛い。
冷たい風がすりぬけていく。
どうやら、いつの間にか眠っていたようだ。
視線の先には、めまぐるしく変わる夜の大江戸の町並みがある。
一体どうなって・・・・・・。
そこで、体中に痛みが戻り、ここまでのいきさつを思い出した。
そして、私を肩に担いで走っているこいつは・・・・・・。
「あんた誰?」
「なんだ、起きてたのか。あと少し眠っていてほしかったな」
「で、あんた誰?」
男の声は確かにあの時の男と同じものだった。
「聞かなくても分かってるだろ」
「あんた、狼か」
男は答えない。
私は、その沈黙をイエスだと受け取った。
「なぜ助けた。それとも、これから何かするつもりか」
こいつが私を助けるメリットなど無い。
それに、あいつらとは仲間だと思っていた。
「助けただけだ」
「どうして」
「お前は、いちいち落し物を拾ってくれた奴に、どうして拾ってくれたんですかなんて聞くか?」
「聞かない」
「それと同じだ」
「じゃ、私はあんたに拾われたってことか??」
なんだこいつは。人を物のように扱いやがって。
「いや、そうじゃなくてだ。助けたかったから助けただけだ」
「メリットも無いのにか?」
「メリットはある」
一体どんなメリットがあるというのか。
「ここなら大丈夫か」
男は目的の場所に着いたらしい。
急に体が浮いた。
そして、男が音も立てず地面に着地する。
どうやら今まで屋根の上を走っていたようだ。
私はようやく肩からおろされた。
「っつ・・・・・・」
立ったと同時に腹に激痛が走る。
「あいつら手加減なしに蹴りやがって」
「大丈夫か?」
「あんたに心配されたくない」
「おいおい。人がせっかく・・・・・・」
男の言葉を遮ってまくしたてた。
「前科があるだろ。それに、こうなったのはあんたのせいだ」
「一人で乗り込んだのはお前だろ」
「うるさい」
男も言い返す気をなくしたようだ。
私も、あんな目にあったから気が収まらない。
これ以上なにか言われたら殺しかねないので、ちょうどいい。
「一つ頼みがあるんだ」
急に男は真剣な顔で言い出した。
「なんだ」
「これ以上俺のことをかぎまわるのは止めてくれ」
「無理だね」
即答で返した。
「そのためにお前を助けたんだ」
「あんたに助けを求めたことはない。あんたが勝手に助けたんだろ」
これが男のいうメリットか。くだらない。
「何回言われても無理だ」
「どうしても無理だというなら・・・・・・」
どんッ!!!!
男は一瞬の間に私を壁に押しやり、短刀を抜いて喉にあてた。
「お前を殺す」
「別にかまわない」
男の目が一瞬大きく見開かれたが、また元の鋭い刃に戻る。
「本気だぞ」
「殺れよ」
「この前は死ねないと言ってたのに、今は死ねるのか?」
「そうだ。どっちにしろ、あんたに助けられなきゃ、さっき自分で死ぬつもりだった。死に場所が変わっただけだ」
短刀はまだ喉にある。
刃が喉の皮を裂き血が薄く滲む。
「殺したいんだろ?」
男の鼓動、息、表情、何一つ変わることはない。
ただ、瞳だけが揺れていた。
一体何を迷っているんだか。
よくわからない男だ。
なら自分で死ねばいい話か。
私は、男の短刀を手でつかみ喉に深く当てようとした。
「おいッ!!」
だが、男が負けじと短刀を引くもので、なかなか刃が喉を切り裂かない。
「死なせろよ」
「やめろッッ!」
男は叫ぶ。
やめろと。
死にたがる死にぞこないを死なせまいと。
どうしてだ。
何故?
分からない。
手の力が一瞬弱まった隙に、男は短刀を引き捨てた。
地面に短刀が刺さる。
「お前を生かす為に助けたんだ」
どういうことだ。
「どう・・・・・・」
言葉が続かなかった。
体が暖かい。
視界が男の着物で埋もれる。
男に・・・・・・抱きしめられてる。
どういうことだ。
わけが分からず、身動きが取れないでいた。
さっきの殺す殺せのやり取りなど頭からふっとんだ。
耳元で男が言う。
「頼むから生きていてくれ」
と。




