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39:和解と失言

 槙田くんと二人でお茶をした翌日。アルバイトを終え、コンビニ弁当を平らげてすぐに、あたしはLLOにログインする。死霊の塔へ行ってしまうと、身動きがとり辛いので、アミエンの町周辺でザコを狩りながら待つ。しばらく後、ラックからフレンドメールが来る。ログインしているので、アミエンの酒場まで来てほしい、と。ワイスとノーブルは、ログインしていないようだ。相沢くんは今日も公演があるし、白崎くんはリカちゃんと一緒にいるのだろう。


「お久しぶりです、ナオトさん」


 ウォリアーのラックは、以前サッドゴーレムを倒した後に来た時と同じ席で、あたしを――ナオトを待っていた。あたしは彼の正面に座る。


「今日は、この前のことを謝りたくてお呼びしました。メルティ・ゴーストのこと……本当に、申し訳なかったです。そして、謝罪が遅れてしまって、そのことも謝ります」


 ラックは立ち上がり、深々と頭を下げる。フレンドチャットで話しているから、傍からは妙な光景に見えているだろうが、VRゲームの中で他人の動向を気にする人はさほどいない。


「別に、そのことはいいんだ。それより、君がずっとログインしていないことが気になっていた」

「そうでしたか。ご心配をおかけして済みません。ありがとうございます」


 あたしは二人分のビールを注文する。何となく、この場に必要だと思ったのだ。味があるわけではないので、あたしたちはそれを一気に飲み干す。


「ワイスやノーブルも、君のことを気にしていたよ」

「はい。あいつらにも、本当に迷惑をかけました。これからはまた、LLOを続けようと思ってます。死霊の塔のボスも倒したいですしね」


 彼らのレベルは、あたしより低いが、ウォリアー、ウィザード、プリーストの三役が揃っているので、きっとリナリアを倒せるだろう。ソロでやるなら、まだまだレベルを上げて、戦略を立てねばならないが。


「今回、ナオトさんに謝る勇気をくれたのは、また別の友達なんですけどね。こうしてもう一度、ナオトさんと話すことができて良かったです」

「俺もだ」


 彼が「友達」と言ってくれたことに、あたしは感激してしまう。同級生で、グループが同じになっただけの間柄から、いつの間にかステップアップしていたらしい。まあ、ナオトと会話をする都合上、友達と称しただけかもしれない。それでもあたしは嬉しかった。

 そしてあたしたちは、来月のイベントについて話し始める。花火大会だ。期間中は、手持ち花火をドロップする特別なモンスターが出現する。それをいくつか集めて、イベント用のNPCに渡すと、様々な景品と交換してくれるのだ。さらに、最終日には打ち上げ花火があがる。それに合わせて、浴衣やうちわ、お面などのアイテムも(もちろん課金だが)販売されるとのことだ。浴衣は絶対に欲しいので、現実での出費は抑えるつもりでいる。


「ちょうど、大学のテストが終わった後にイベントがあるんで、すっごく楽しみなんですよ。勉強からの解放感も兼ねた感じで」

「なるほどな。君が戻ってくれてよかったよ。俺のせいで、イベントに参加できなくなったんじゃ、残念すぎるからな」

「いえいえ、ナオトさんは悪くないですってば」


 そうして笑いあった後、ラックは急に真剣な顔つきになる。


「あの、無理なお願いかもしれませんけど……。ナオトさん、俺たちのパーティーに、入ってくれませんか?」

「えっ……」


 ナオトは大して驚いた顔をしていないだろうが、あたしの心の中は大パニックである。彼は、あたしがずっとソロでやっていることを知っているのに、なぜそんなお願いをしてくるんだろう。


「いきなりこんなこと言って済みません。俺、VRゲームの中で、実際の友達以外の人と話したのってナオトさんが初めてなんです。散々迷惑もおかけしているのに、こうしてイベントの話とかもしてくれて……。ナオトさんがソロプレイヤーだってことはわかってますけど、一緒にプレイしてみたくなったんです」


 残念ながら、中の人は実際の知り合い同士なのだが、それを知っているのはあたしだけだ。あたしは慎重に、言葉を選ぶ。


「済まない。少し、考えさせてくれないか」


 無下に断ることも、できなかった。けれど、喜び勇んで加わることもできない。


「考えて頂けるだけでも光栄です。返事は急ぎません。ワイスやノーブルにもちゃんと相談していませんし」

「ああ」


 残りログイン時間はたっぷりとあったが、プレイを続ける気になれないので、あたしはもうログアウトすることにする。


「それじゃあ、また連絡する。とにかく、LLOに戻ってきてくれて、ありがとう」

「はい。相談に乗ってくれた友達にも、お礼を言っておきます」

「そうか。彼女にもよろしくな」


 そう言ってログアウトしようとした瞬間、ラックが不思議そうな顔をする。


「……俺、友達が女の子だって、言いましたっけ?」

(まずい!まずいまずいまずいって!)


 ラックは一言も言っていないはずだ。友達が女だとは。ナオトのクールフェイスの下であたしは焦りまくったが、会話のログは運営しか見られないはず、と思いおこし、大嘘をつく。


「ん、女友達が……って言ってたぞ」

「あ、そうでしたっけ」


 ラックは一点の曇りもない笑みを浮かべる。しかし、これはVRゲームでの顔だ。本当はどう思っているのか、まるでわからない。あたしはログアウトした後、ベッドの上で膝を抱えてうずくまる。


(ナオトがあたしだって、槙田くんにばれたらどうしよう……!)


 えらい失言をしてしまった。あの一言だけで、ばれるはずはないと思うのだが、不安の渦がどんどん大きくなり、頭の中を駆け巡る。彼はあたしのログイン時間を知っていたし、同じ大学生だということも見当がついているかもしれない。あたしがMMORPGをやったことがないというのも、嘘だと見破っているのかもしれない。


(もし、もし本当のことが知れたら……)


 昨夜、槙田くんに、知らないふりをしてアドバイスなんかしてしまった。トラブルになっている当人に、相談を持ちかけていたとわかったら、槙田くんはどう思うだろう。恥ずかしいだろうし、あたしに怒りを覚えるはずだ。


(いやだ、嫌われる!)


 せっかく槙田くんと、二人で話せるようになったのに。幻滅され、蔑まれ、相沢くんや白崎くんにもそっぽを向かれる未来が見えてくる。あたしは彼らをずっと騙していた。その事実は消えないし、今から変えられるものではない。槙田くんがラックだとわかった時に、あたしがLLOをやめればよかった。そうすれば、ここまでややこしいことにならなかったのに。


(明日、槙田くんたちとちゃんと話せるかな……)


 腕に顔を押し付け、あたしは大きなため息をついた。

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