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02:経営学演習Ⅰ

 大学は苦痛だ。講義だけならまだいいが、コミュニケーション授業とか、グループワークとか、そういうものを必修にするのはやめて欲しい。


「それでは、四人一組でグループを作って下さい。このクラスは三十二人なので、ぴったり組めるはずです」


 そして、自由にグループを組めだなんて、もっとやめて欲しい。出席番号順で強制的に組ませるとか、そういうことにしてくれ、教授よ。次々と成立していくグループを見ながら、あたしは自分の席でじっとしていた。……確実にどこかが三人になるのだから、そこに入れてもらえばいい。そしたら、いつも以上に存在感を消して、大人しく押し黙ってやり過ごそう。案の定、声はかかる。


「えっと、鈴原さんだっけ?俺のところ三人なんだけど、良かったら入ってくれないかな」


 見上げると、とんでもないイケメンがそこにいた。優しげで大きな瞳、すっと通った鼻筋、さわやかな笑顔。少し長めの茶髪は、毎日美容院にでも行ってるのかと思うほどツヤツヤしている。


「はっはい、ありがとうございます……」


 あたしは小さな声でそう答え、おずおずと席を立つ。彼の顔を横目で見ながら、バカそうなギャルたちが騒いでいたことを思い出す。


(槙田くんだ。メンズ雑誌にも時々載ってるっていう……)


 よりにもよって、何でこんな人に声をかけられてしまったんだろう。そして、槙田くんのグループを紹介されて、あたしは今すぐ消え去りたくなった。

 全員、男……。

 他の二人も、槙田くんほどではないが格好いい人たちばかりだ。女子からの視線が、あたしに突き刺さっていることをひしひしと感じる。何であたしなんかが、このグループに。


「じゃあ、始めようか。まずはテーマだけど……」


 美男子軍団の中で、指揮をとるのはやはり槙田くんらしい。容姿が良い上にリーダーシップもあるなんて、どこまで完全無欠な人なんだろう。異性どころか、同性ともほとんど喋れないあたしは、彼らの議論をただただ見つめる。

 今回の課題は、近年のヒット商品について。経済・商業総合研究学部なんていう、胡散臭いうちの学部がいかにもやりそうなことである。あたしは経済にも商業にもまるで興味がなく、就職に何となく有利そうだから選んだだけだ。


「鈴原さんは何かある?」

「はっはい!」


 議論が滞ってきたようで、整った顔の男三人が、何かを期待するような眼差しでこちらを見てくる。お願いだからやめてください、さっきからギャル集団の冷たい目があたしの心臓をグサグサ刺しているんです。


「エクセル・カーでいいんじゃないでしょうか……」


 彼らはさっきからその話題で盛り上がっていた。公道を自動操縦で走ることのできるエクセル・カーは、家庭用の価格が一気に落ちて、大ヒットを記録しているのだ。


「でも、隣の班もそうするみたいだぜ?」

「あっちの女子もかな?」

「被ってもいいけど、面白くないよな」

「評価も厳しくなりそうだし」


 彼らには無難なものを選ぶ気が無いらしい。あたしが普通の女の子だったら、別にエクセル・カーでいいじゃない、と言えるんだろう。喪女のあたしには、恐れ多くてとても無理だ。


「VRゲームは?」


 誰が言ったのか、その単語に、あたしははっと顔を上げる。その途端、槙田くんと目があってしまう。しまった、と思うがもう遅い。


「鈴原さん、もしかしてVRゲーム持ってるの?」

「はい……」


 彼らはおおっとどよめき、どんなソフトを持っているのか矢継ぎ早に質問してきた。ペット飼育やガーデニングなど、当たり障りのないものを答えておく。LLOだなんて一言も言わない。嘘は言わないけれど、本当のことも言わないのがあたしのポリシーだ。

 だって、女がRPGやってるなんて、気持ち悪くて仕方がないもの。あたしと同年代の女の子たちは、そんなにVRゲームをしない。せいぜい、あたしが言い訳に挙げたガールズ向けくらいだ。ヘッドギア自体、確かに売れているものの、缶ジュースのように軽く買えるものではない。あまつさえ重課金していると知れたら。本当にあたしの居場所はなくなってしまう。

 そうこうしている内に、けっこうな時間が過ぎていた。槙田くんがぽんと手を叩く。


「とりあえず、また今度決めようか。鈴原さんのID教えてよ」

「え?あ、はい」

「次俺な」

「じゃあその次!」


 家族との連絡以外、使われることのなかったID帳に、イケメンたちが追加されていく。目の前の出来事に頭がついて行かない。

 終了のチャイムが鳴り、あたしは逃げるように教室を出る。次は大教室での講義だから、人混みに紛れてやり過ごす。そうすれば、今日は帰れる。


(今日は最悪な一日だ……)


 今回のことで、あたしは女の子たちに目をつけられてしまっただろう。彼女らのアイドル・槙田くんと話したのだから。あと、顔と名前が一致しないけど、他の二人とも。

 喪女でもいい、心穏やかに慎ましく過ごしたい。大学入学時に、あたしはそう願った。それが半年も経たない内に、脆くも崩れ去ってしまった。この絶望をどう言い表せばいいんだろう。

 講義の内容は、ほとんど頭に入らなかった。あたしは帰りの電車の中で、あと何個オーガの腕輪を集めればいいんだっけ、と考えていた。

 こんな時こそ、現実逃避――LLOをプレイするのが一番なのだ。

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