願うのは、ただ一つ。
「陽菜ちゃんは本当に優しい子」
親戚のおばさんは、陽菜を見てそう言った。
「陽菜ちゃんって可愛いよなぁ…」
クラスメイトの男子は、陽菜を見て頬を赤らめた。
「陽菜お姉ちゃんだーいすき」
近所の子達は、陽菜の事を本当に慕っていた。
「お姉ちゃん何だから我慢しなさい」
お母さんは、いつも双子なのに私に我慢しろと告げた。
「可愛い可愛い陽菜」
お父さんは、陽菜の事を凄く可愛がっていた。
「可愛いなぁ、陽菜は」
お兄ちゃんは、陽菜の事を溺愛していた。
「お、俺陽菜の事が好きなんだ」
幼なじみの男の子は、そんな風に告げていた。
”私”は陽菜の代用品だった。
陽菜を知らない人間と私はすぐに仲良くできた。友達が出来た。好きな人も出来た。
それでも、陽菜に出会ったら周りの優先順位は陽菜になった。
だから、私は陽菜が嫌いだった。私のたった一人の双子の妹。
いつも私の大切なものを奪っていく妹。
でも邪険には扱えなかった。もし扱ったら私という存在を周りは敵に回すだろう。
私と陽菜。
どちらをとるかといえば全員が陽菜をとる。それを知っていた。
憎かった。嫌いだった。消えてほしかった。陽菜がいなければ私は、見てもらえたのだろうか。
そんな風にずっと思ってたんだ。
笑うのが嫌になった。楽しいと思えなくなった。憎悪が私の心を支配していた。
それでも、
「楽しくなかった? 由菜ちゃん」
陽菜が心配気に私を見るのだ。私が笑わないと私に構うのだ。
周りは陽菜に心配をかけるなと、私に怒った。私が笑わなければ陽菜は心配して顔を曇らせるのだと。
学校だってそうだ。一緒にいようって陽菜がいう。嫌だっていったら私は悪者扱いだ。いい加減にしてほしかった。
高校生の時、思いっきりぶちまけてしまった。
限界だった。嫌いだっていった。本音を曝け出した。奪わないでと叫んだ。そしたら陽菜は泣いた。私は悪者と化した。
家族は私を見なくなった。友人は私を苛めた。好きだった幼なじみは私を軽蔑した。
誰も私をわかってくれる人はいなかった。
陽菜はただ泣くだけ。泣いて、ただそれだけで陽菜には味方が沢山増える。
私は悪役でしかなかった。
陽菜に謝れと言われた。陽菜が許してあげるっていってるんだからと叫んだ。
愛されることが当たり前に育った陽菜は、私の言葉にショックを受けて部屋に閉じこもっている。
そんなんだから、私は陽菜が嫌いだったんだよ。
私が一番最初に仲良くなった友達も、好きになった人も、後から出会った陽菜を優先しだす。
嫌いだよ。大嫌いだ。陽菜なんて。大嫌いなんだ。
ただ泣くだけの陽菜は嫌だ。奪う陽菜は嫌いだ。
それでも周りは陽菜の味方だ。
沢山責められた。沢山苛められた。沢山怒られた。
誰もが陽菜の名を口にした。私を心配する人間はいなかった。
世界はますます色あせた。どうせ、大切な人を陽菜は奪っていくのだ。それならばいっそ―――私はそう思い、屋上から身を投げた。
****************
はっ、と僕―――ディーク・アブルストは目を覚ます。そこは自室のベッドの上。窓からは朝陽が舞い込んできていた。
自然に体から汗が流れていて、はぁとため息を吐く。
公爵家の僕――現在14歳である僕には前世の記憶があった。5歳の時に唐突に思いだした”私”だった頃の記憶。
私だった時の僕は可哀相で、悲しい人だった。思い出される苦しい思いに胸が痛くなった。
前世の僕には双子の妹が居た。その妹を誰もが愛した。優先されるのは妹だった。だから、前世の僕は泣いていつも一人で泣いていた。
双子の妹に笑う事を強制されていたような人生だった。いざとなって本音をさらけ出せば悪役にされてしまうようなそんな人生を歩んでいた。最後には、自ら命を絶った。苦しそうに泣いて、屋上から飛び降りた。
僕は前世の記憶を自分だとは認識していない。別の自分とでも思っている。自分であって自分でない存在とでも言えばいいのかもしれない。”僕”と”私”が別れて存在しているような感じだ。
前世の自分を思うと、僕は今幸せだって凄く実感が出来る。
汗をきっちりと吹いて、自分の中の”私”を落ち着かせる。今はもう妹は居ない。だから泣くなとただ心に言い聞かせる。僕の中の”私”はいつもハラハラしている。いつか、妹がやってくるんじゃないかって。
”私”が生きていたのはこの世界とは違う世界であるし、ありえないのに心配している。僕の大切なものが、”私”の時みたいに奪われるのではないかと震えている。
僕ではない、僕。それが”私”、由菜という異世界の少女の名を持つ存在。
僕は”私”であって、僕は”私”ではない。同じなようで違う。とはいっても”私”という存在と記憶は少なからず僕に影響を及ぼしている。
「母上、父上、兄上、おはようございます」
僕は朝食を食べに一階に下りて、席に既についている両親と7つも年上の兄を見た。
「おはよう。ディーク」
母上は僕に向かって笑いかける。”私”の世界ではありえない、桃色の髪を持つ可憐な子供が二人もいるとは思えないのが、僕の母上。
母上の優しい笑みに、心の中の”私”が嬉しそうに歓喜してる。それはいつもの事だ。
”私”は誰かに愛され、見てもらえることを望んでいた。
「はやく座りなさい」
父上はそう告げて僕を促す。僕と同じ赤髪を持つ威厳のある男性。それが僕の父上。
厳しい人だけど、本当は兄上と僕を愛してくれてるってわかるから”私”は心の中で喜びをかみしめている。
「遅かったね」
兄上は何処までも優しく僕を見る。僕と同じ父親譲りの赤髪を持つ長身の男。それが僕の兄上。
兄上は時期公爵家として父上から色々と学んでいて、僕は次男だからこのまま前世で言うニートになる気はないし、普段は学校で寮生活をしている。まぁ、今は丁度夏休みで実家に帰ってきているんだけど。
この世界は魔法もあるけど、僕は魔法より剣の方が得意だから魔法学校ではなく騎士学校に通っているんだ。魔力もそこまで多くないから前世でアニメとかで見たような凄い魔法とかは流石に使えない。
母上が居て、父上が居て、兄上が居る。
それだけで僕の中の”私”は嬉しそうに泣いているのがわかる。嬉し泣きという奴なのだろう。”私”は愛情を全て双子の妹にとられていた。誰も自身を見る存在はいなかった。だから”私”はどうしようもなく歓喜している。
家族だけじゃない。僕には大好きな子が居る。
僕の中には男の僕と、女の私が居るけどそれは別のものだ。僕は普通に幼なじみの女の子を好きになった。
「ディーク」
そういって笑いかけてもらえるだけで、幸せだった。
金色に輝く髪も、蒼い目も、全部綺麗で、アノルの事が僕は好きだ。アルノは平民で、宿屋で働いているけれど、母上も父上も恋愛結婚がいいと思っているから反対はしていない。告白は出来ていないけど、いつかするつもり。子供の恋愛だって笑われるかもしれないけれど、大好きだった。
幸せだったんだ。僕はどうしようもなく。
崩れるだなんて、予想したこともなかった。
だからただ笑顔で、夏休みを終えて学園へと戻った。
だけど、冬休みにそれは壊れた。
****************
「ディーク。この子は君の従兄だ」
冬休み。実家に帰った時の衝撃は凄まじいものだった。
父上が従兄だといって紹介するその男は、僕とそっくりだった。寧ろ双子と言われても誰もつっこまないほどのものである。
でも、それはどうでもいい。
問題なのは、僕の中の私が”陽菜だ”と叫んでいることだった。
あれは前世の、”私”の頃に”私”の全てを奪っていた妹だと直感でわかって、ゾクリッと背筋が冷たくなった。
僕は”私”の頃とは違う。それでも怖かった。”私”だった頃の記憶が夢としてよくあらわれていたし、鮮明に思いだせるからこそなおそうなのだ。
「私には兄がいてね。19の頃に旅に出たんだが、そこで出会った女性との子供らしい。久しぶりに来たと思ったら子供を預けるっていうんだから驚いたよ」
そんな風に笑いかける父上の声なんて、頭に入ってこない。
ああ、”私”が心の中で泣きわめいてる。陽菜という存在が、目の前に居る事に怖がっている。奪わないでと泣いている。
「ルイスだ。よろしく」
「……よろしく」
笑顔で笑いかけてくるルイスに、僕は笑えなかった。顔は引きつっていたと思う。心の中の”私”がこれは陽菜だと叫ぶから警戒してしまっているのだと思う。
大丈夫、と”私”に言い聞かせる。前世と現世は違う。だから、心配するようなことはきっとない。そう思いこみたかった。
それでも、世界は残酷だった。
****************
「ルイス君、おはよう」
父上が真っ先に笑いかけるのはルイスになった。
「あら、ルイス君この家には馴染めたかしら?」
母上はルイスによく絡むようになった。
「ルイス、魔法の稽古一緒にやるか?」
兄上はルイスの魔法や剣術を見るようになった。
「あ、ルイス」
アルノはそういってルイスに笑顔でよく駆け寄るようになった。
皆が皆、僕の名前よりもルイスの名前を呼ぶ率が多くなった。僕とルイスが居るなら、先にルイスに声をかけるようになった。
僕は冷静にまたなのか…、と悲しくなった。僕の中の”私”はやめてと叫んでいる。
”私”が泣きわめいてる分、僕は少し冷静だった。それでも悲しさと怖さは心に隠し持っていた。
「ディーク、ルイス君がディークの騎士学校に行きたいって言うんだ。ディークともっと仲良くなりたいらしい」
そしてある冬休みの終わりごろ、父上がいった。
嫌だといったら、怒られた。必死な顔で嫌だという僕を父上は怒った。
「ルイス君はディークと仲良くなりたいって言ってるのに…」
前世と一緒の言い様に何だか思わず笑いそうになった。
そして、僕の世界は浸食される。
****************
騎士学校にルイスがやってきた。僕の中の”私”がずっと泣いている。また同じようになると、嘆いてる。折角幸せだったのにと、泣いている。
”私”の感じている痛いぐらいの悲しい気持ちと、苦しさと、怖さに加え、僕自身の感じる悲しさと怖さで、心はいっぱいだった。
”私”よりも僕は少しは冷静だけれども、それでも怖くなっていたのは事実だ。
「ディーク、学校を案内してくれ」
「ディーク、一緒にいこう」
「ディークと仲良くなりたいんだ」
そんな風に、ルイスは僕を隣に並ばせる。前世と一緒な感覚に、何とも言えない寒気を覚えた。
嫌だと口にすれば、ルイスは悲しそうな表情を浮かべる。周りが批難するような目を向けてくる。
何だこれは、どうして僕が悪者扱いされる…!? 怖いから一緒に居たくないと思ってしまったのだ。家で、ルイスが僕の位置を奪っているのも感じられていたから。
ルイスと距離を置こうとすれば、周りが僕を非難する。
昔からの友人だってそうだ。僕よりルイスの名を呼ぶように徐々になってくる。
周りの優先事項が、ルイスっていう存在になっていく。
「へぇールイスって…」
一緒につるんでた奴らが、僕が居なくても気にしないようになってきた。
僕が居ないことに寧ろ気付いていないとでも言う様子だった。僕が話しかければ仲間に入れるけど、居なくてもいいというようになってくる。
僕の居場所が、徐々に奪われていく。
僕の居た位置が、ルイスの位置になっていく。
世界は、ルイスを中心に回り出した。
****************
学校も家も落ち着かない場所になってくる。
帰ってもお帰りと、真っ先にいわれるのはルイス。
名前を真っ先に呼ばれるのはルイス。
関心を奪っているのはルイス。
貴族達の交流にルイスも連れていかれるようになった。
寧ろ僕がオマケ的な扱いになっていた。
僕よりルイスが優先されていく。胸が痛い。僕が居なくてもいいんだろうとそれが感じられて、実感すると何とも言えない悲しさと苦しさが僕を襲った。
心の中の”私”も泣いていた。
何で転生したのにあんたが居るのよ、嫌い嫌い嫌い陽菜何て大嫌い。来なくてよかったのに! また私の大切な人を奪ってくの? いい加減にしてよ!!また、いらない子にされなきゃいけないの? どうしてよ。何で、どうして。陽菜は奪うの。愛されるのが当たり前って顔をして!! 奪わないでよ。全部全部あんたはまた奪ってくの? 嫌だよ、嫌なのよ。どうしてよ。また、誰も私を、気にしなくなるの…?
”私”の心が、ずっと悲痛な痛みを上げている。ぶちまけてしまいたい思いをずっと抱えてる。恐怖心に震えて、怒りに震えて、悲しみに嘆いてる。
もし僕の心に”私”だけしかいなかったら、僕はまた自殺していたかもしれない。”私”は前世で長い間我慢し続けて限界だった。そんな状況にまた、陽菜―――ルイスが現れた。
でも僕は”私”だけじゃない。僕が居る。だから、自殺はしない。
僕は、心の中の私に投げかけた。
賭けをしようよ。周りに試してみて、無理だったら――――…。
浸食された僕の世界で、賭けをすることを決めた。
****************
「ああ。やっぱりか……」
それは、賭けをすると決めた数カ月後。
明りのともる、騒がしい場所。その場所では、僕とルイスの誕生日―――本当に怖いことに前世と違って双子ではないのに同じ誕生日だった―――の祝いがされてる。
僕はその場所から離れた位置に一人で座りこんで遠見と聞き耳の魔法を使って中の様子を見て、聞いていた。
騎士学校の知り合い達も多く集められてのその場所で、誰もが笑ってる。
ルイスを誰もが囲ってる。ルイスが居れば、誰も僕を探そうとしていない。僕が居ないことを気にもしていない。
”私”だった頃と一緒。アルノもルイスの隣で幸せそうに笑ってる。
僕を気にしない。僕を必要としない。
その事実が、突き立てられた気分だった。それでもいつか気付いてくれるんじゃないかって、待った。
ワイワイとした声が響く。
ルイスを囲って誰もが笑う。
母上も父上も兄上も、僕が居ないことに戸惑った表情なんて見せない。僕の名前すらも出ない。
そして、パーティーが終わる。
結局誰も僕を気にしなかった。
ふと気付けば、自然と頬を雫が通った。気付けば、涙があふれていた。
悲しかった。苦しかった。寂しかった。誰も僕を気にしない。ルイスが居れば僕はいらない。前世の”私”だった時と同じ状況。
溢れる涙が止まらなかった。男なのに泣くなんて情けない気がするけど、それでも僕は泣いた。
心の中の”私”ももう嫌だと泣いている。死んでしまいたいという”私”の心に引っ張られそうになるけれど、死ぬ気はない。
数カ月前に決めた賭け。
それは誕生日で僕が居なくて周りが気にするかどうか。ただ、それだけだった。
そしてその賭けの結果は―――、予想通りに僕は誰にも気にされなかった。
世界への浸食は止まらない。僕の存在は、ルイスの存在に塗りつぶされた。
****************
その日、先に家に一人で帰った。そして部屋にこもって淡々とバックを取り出して荷物を詰めた。
後になって母上達が帰ってきて、それでも僕の名が出ていないようでそれにはもはや苦笑しか出なかった。そんなに僕よりルイスがいいのかと呆れた。思いっきり泣いた後だからこそ、すっきりしていて苦笑出来た。
僕は荷物を積めると、夜中に家を抜け出した。
この世界では15歳以上なら誰でもギルドに登録することが出来る。
僕はルイスの居る場所には居たくない。ルイスが居れば僕が居なくても気にしない、そんな家族や幼なじみ、友人が居る場所に居たくなかった。
だから僕はこの家を後にする。これでも箱入りの公爵家の子息だからすぐにしぬかもしれない。それでもいいと思った。前世の”私”のように悲しみと苦しさに死ぬよりは自分で選んだ道で死ぬほうがいい。
僕はこの場所に居て、ルイスを見ながら生きることが耐えられない。
誰も僕を気にとめないなら、旅に出ようと決めていたのだ。だから前もってお金などの準備はしてあった。
騎士学校に入学する時に父上がかってくれた長剣を腰に下げる。この頃は幸せだったなぁと思うと何だか空しくなった。そして背中に荷物を抱えて、僕は家を出た。
置手紙は一応ベッドにおいてある。とはいっても僕が居ないことに父上達がすぐに気付くかさえ危ういけれど。
なるべく遠くにいこうと思った。
会わない場所にいこう。
そして、ルイスに会っても僕自身を見てくれる人に出会いたい。
たった一人でいい。僕を見てくれる人に出会いたいと思った。ルイスが居れば僕が居なくても構わない何て人間しかこの世に居ないとかありえないって信じたいから。
大好きな家族も幼なじみも、僕よりルイスが大好きになったからそんな人間居るのかと疑いたくもなるけれども、それでも見つけたいと思う。
世界は広いから、きっと居るって信じたいから。
僕は夜空の下で、ふぅと息を吐いた。
前世の陽菜が現れて、確かに絶望ギリギリまではいっている。それでも、僕は出会えるかもと期待して、一歩を踏み出すのだった。
――――願うのは、ただ一つ。
(誰でもいいから、僕自身を見てくれる人に出会いたい)
幸せな物語読むのも大好きなんですけど、コンプレックス持ちで姉妹に奪われてたというのも割と読むの好きなのです。なんかそういう系の面白い小説ないかなーと思いながらちょっと探し中です。
奪われ続けてた”私”が転生しても奪われる話です。
ディーク。
公爵家次男。転生者。”私”だった頃の記憶あり。
ルイス。
ディークの従兄。”陽菜”の生まれ変わりだけど記憶なし。でも前世と同じ事やってる。
”私”
ディークの前世。双子の妹が大嫌いで仕方がなかった。仲良くなった人も全員妹にとられていた。陽菜の代用品扱いだった。
高校時代にぶちまけた末に周りに責められ続け、何だか人生が嫌になって飛び降り自殺した子。
というか、この話ってジャンル何処に分類すべきなのだろうか…と迷いながらその他に一応してます。