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まだ見ぬ憧憬

退屈は罪であるという言葉がある。だとしたら今現在こうして退屈を持て余す自分はまさに罪人だなと恒は思った。僕は頭が良い訳でも、他人より得意なことがある訳でもないし、夢や希望、何かをしてやるぞといった闘志に漲っている訳でもない。今のご時勢恐らくこの日本には自分のような凡庸でつまらない人間が掃いて棄てるように沢山いるのだろうということを彼は確信していながら、どうすることも出来ずにいた。去年の3月に受験して入学した偏差値も平均よりちょっと上ぐらいの高校での生活は可も無く不可もなく、ぱっとしないすずろな日々の連続に過ぎない。そんなある日、彼は校内で奇妙な部活の広告を目にした。

「そこで退屈している君、BLANK部で共にその罪を滅ぼそう。」


ーーーーーBLANK部って…。直訳も糞も無く空虚な部活ってことだなぁ~。なんか陰気臭そうというか、暇人が思いつきそうな部活だなぁ~。


彼は内心馬鹿にしながらいつもの教室へ向かう。自分の席まで一直線に向かった。友達がいるという訳ではないが、積極的に話し合いたい人がいないという理由から基本いつも独りでいる。誰とも挨拶を交わさぬまま、早速読みかけの文庫本を鞄からおもむろに取り出し、活字を貪る。


(相変わらず読書は楽しいなぁ。しかし現実もこんな風に楽しかったらいいんだけどなぁ。)


彼は年中読書をしている訳ではないが、ここ最近他にしたいことが何もないので読書にはまっている。だが、誰とも関わらないというのは気楽だと感じる一方で、一抹の寂しさが生じて来ないでもなかった。


今日もそのまま普通に授業が終わり、帰る頃になって初めて他人から声をかけられた。


「よう、つまらない人間。おまえいつも独りだけど友達いないの?」

相手はからかいたいというよりも寧ろ目の前に押すべきボタンがあったから押したといわんばかりの理由で彼をいつもからかう。

「自分のことを棚に上げて果たしてお前はそんなことが言えた口なのか?」

彼の名は各務原筒真という。学校で一二を争うイケメンでそこそこの秀才だが、彼にはやはり生きることへの積極的なエネルギーが乏しいように思えてならない。

「まあ確かに言えないな。」

おや、彼はあっさりとそれを認めたのは意外だった。

「部活もなんか面白く無いし厳しいだけだから辞めちゃったし、勉強もある程度出来るけど一番にはなれないし、なんか俺の人生って何もかも中途半端。」

「うん。」

「このまま中途半端な大学行って、中途半端な会社に就職して、中途半端な人と結婚して中途半端な人生のまま年老いて、中途半端な人生のまま天寿を全うするのかな?そしたら俺、何を生き甲斐にして生きればいいのか分からないよ…。」

彼の言葉は全くもって自分の思いをも代弁したものであった。これは現代人に共通する悩みと言っても過言ではない。それを裏付けるように現にこの自分が同じ本年をこの頼りない胸に秘めているのだから。

「それ、分かるよ凄く。」

彼にはとても共感を覚えて何とか励ましたいと思ったが、いざ出てきた言葉は月並みも月並み過ぎて気休めに過ぎる、下手したら小馬鹿にされたと思われかねない陳腐な台詞だった。僕はやっぱり語彙力も何の含蓄もないつまらない人間という事実を改めて思い知った瞬間だった。

「お前に何が分かる?お前にはこの俺の気持ちを解する程の風流さは備わっていないだろう?」

彼の受け答えは自分のそれと並ぶ程にどこか滑稽で幼稚で、思わず体がゾワゾワする程に恥ずかしかった。冗談ならともかく、彼の表情はまさに真剣そのものだったからだ。

「あのさ筒真、残念ながら風流さなんて無くても僕は凄く君に共感出来てしまうんだけど。」

「嘘だ。お前はいつも楽しそうに本を読んでいるじゃないか!!」


その時教室の窓から風がフワリと吹いた。すると教室の壁に掲示されていたとあるポスターが落ちる。話の腰を折ったその風はすいませんでしたと言わんばかりに吹きやんだが僕達の目はそのポスターに釘付けになる。それは他でもない今朝僕が見たのと全く同じBRANK部のポスターであった。


「BLANK部…空虚な部活。アホらしい。全くの冷やかしだな、米原。」


彼は口ではそんな悪態をついたが本当のところ何かに対してー例えばそのBLANK部に対してー何某かの救いを求めているように見えてならないのは僕の偏見に由らないという自信が少なからずあった。その証拠に彼は落ちたそのポスターを拾い上げてはマジマジと食い入るように見ている。


「おや、その割には興味津々といった態だな」

「なっ、…どんなアホらしい奴がこんな部活を考えたか想像していただけだっ!!」


彼は焦りながら弁解してきたが、大して意味は無いという言葉は飲み込んで彼に言う。


「実は今朝僕もこのポスター見たんだ。ちょっとばかり気になっていたから今日の放課後にでも覗こうかなぁ~なんて。」


言うや否や彼はまたしても例の焦り顔で、


「待て、俺も行く。」

「なんだ、やっぱり興味あるみたいじゃん。」

「違う、その…、どうも胡散臭い部活にお前独りで乗り込むのは友達として放っておけないからさ、ヘヘヘヘッ。」

「あの君、もうちょっとマシな言い訳…要するに盾にもならない口実でもって野次馬根性を満足させる為にこの僕に同行願いたいと」「その通り!!あっ、しまった!!」「はい時既に遅し、そこの少年」背後から女生徒の声がした。さては今までの一部始終を見ていたのだろうか?


「成る程、どちらもこれから大して代わり映えしそうにない草食ダメダメ引きこもり的アホ面無気力男子な訳だ」

「「何っ!!」」


彼女は見る者を嘲笑うかのように嬉々とした表情で僕達を見下ろしている。というのも、彼女は教卓の上に座りながら僕らを俯瞰していたのだ。しかも残念なことに、彼女はちょっとばかり美人だ。


「み、見るな変態。」

「おや、自意識過剰だよ君。私はあくまでも実験のサンプルを見ているだけであって、異性を見ようとした覚えは無いがね?」

「つか、あんた誰?」

各務原が尋ねた。そういえば僕達は彼女を知らない。

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