第2話:飼い猫のタマ
下駄箱で一旦離れ上履きを履いて合流すると、美亜はまたすぐに手を繋いできた。
手を繋ぐのはいいけど、すぐそこの階段で俺は2階に行くんだけど…。
美亜は相変わらず大きな目をきゅっと閉じている。
「じゃあ、俺は2階だからここで…」
「ふにゃ!?」
いやそこまで驚かれるのが驚きなんだが。
「み、見捨てるですか?」
涙目で見上げられても、困るんだけど、ドキっとはするけど。
「見捨てるわけじゃないけど、ここからは自分でなんとかしないとね」
と言って美亜の肩を持って、くるっと教室のほうに身体を向けてから、背中を押す。
「にゃ! ふ、ふしゃー!!」
なにそれ威嚇? しょうがないので、教室までそのまま背中を押していく。
その間もずっときしゃーとかふしゃーとか言ってるし。
1組のとこまでくると、美亜も最後の力を振り絞って踏ん張る。
っていうか周りの1年生が何事かと集まり始めてるし!
「おい! もう諦めて教室に入れ!」
このちっさい身体のどこにこんなパワーがあるんだ?
「ふしゃー! 先輩こそ諦めるです!」
「何を!?」
「人生…とか?」
「人生諦めたら終わっちゃうよね!」
何とか教室に押し込むと美亜の叫び声が聞こえた。
「にゃぁああああああ!」
俺は何事も無かったように、自分の教室に向かったのは言うまでもない。
…
自分の席に座り周りを見渡す、この学校は3年間クラス替えがないので、
新学期でも新鮮味は欠片もない。その分、新たなネットワークを築く必要もない。
なんでもネットワークを広げるよりも、絆や友情をより深める事に重きを置いた結果らしい。
「なぁなぁ! 新入生に可愛い娘いたか?」
突然話しかけてきたコイツは、中学からの腐れ縁で、高校に入ってからアホさに磨きがかかった友人だ。
紹介は……まあいいや。
「よくないよ! 紹介してくれよ!」
友人のアホです。
「それ悪口だよ!」
友人のKです。
「もう少し頑張って!」
友人の梶谷……です。
「梶山です! 梶山敬です!」
イニシャルもK.Kだし、名前も敬だからKでよかったじゃん!
「よくねえよ!」
「可愛い娘? そりゃ何人かはいるんじゃね?」
「紹介は終わりですか!? ってそうじゃなく可愛い娘見たかって聞いてんの!」
可愛い娘か……美亜は可愛いけどコイツに美亜のこと話したくないなってことで。
「見てないよ」
「なんだよ使えないなー! あ、なぁなぁ!」
敬はおんなじことを聞きまくっているようだ、よし、こんど話しかけてきたら殴ろう。
担任も代わらないから味気ないHRだった。『転校してきた賀理 勉です』とか来ないかなー。
担任が出て行くと敬が話しかけてきたので、頭をゴツっと殴っといた。
「なぜ殴る!? それよかさ、転校生とか来ないかな『転校してきた賀理 勉です』とか…なぜまた殴る!?」
「…いや何となく?」
「はぁ!? 意味分かんない」
敬は1限目の先生が来たので席に戻っていった。
…
1限目の授業が終わると、教室の戸が勢い良く開いて女の子が飛び込んできた。
「せんぱい!」
「ちょ! 美亜! ってわぁ!」
美亜が目に涙を溜めていきなり抱きついて来て、俺の胸に顔をぐりぐり押し付けてくる。
「美亜、噛んじゃったです…」
「はい?」
状況を把握するのには情報量が少な過ぎない?
美亜はおもむろに顔を上げて、俺を見つめる。その差数センチでちょっと頭を動かせばチュッと…。
「美亜、自己紹介で名前を噛んだです…」
「あぁ、そんなこと」
「そんなこと!?」
一瞬唇が触れたような気がするけど、美亜の剣幕はそれどころではない。
自己紹介で噛んだくらいで、そんなこの世の終わりみたいな顔されてもね…。
「そんなことってどういうことですか! せんぱいは美亜に対する愛が足りないです!」
「愛!?」
「じじじ慈愛です!」
「…あのさ美亜?」
「? はいです」
俺が真剣な口調になると、美亜は少し身体を離してから涙を拭って居住まいを正す。
「自己紹介で噛んだってさ、その時笑う人は居ても、それに対して文句を言う人はいなかったでしょ?」
「…です」
「逆にその程度のドジっ娘は可愛がられるから大丈夫だよ」
「ドジっ娘?」
「ドジな女の子のことだよ」
「誰がドジか!」
美亜にぽかぽかと頭を叩かれていると、敬が割り込んできた。
「おい健! その娘は誰かなー?」
笑顔で額に青筋がたってるのが怖い。
「お前、可愛い娘は見なかったって言ったよな?」
「ああ、見てない」
「あ? じゃあその可愛い娘はなんだよ!」
「この娘?……この娘は…え、えーと…飼い猫のタマだ!」
『嘘つけー!』
クラス全員にツッこまれた…。
「にゃー……」
教室には、美亜の鳴き声が虚しく響いていた。