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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

隠れ厨二病の学園一才女な乃々愛さんの禁ノート~なぜか俺の引き出しに!?~

掲載日:2026/11/01


 始まりは高1の良く冷えた冬の朝。


「冷た……っ!」


 すでにかじかんでいた指先追い打ちをかけるように、キンキンに冷えたアルミ製の下駄箱に手を伸ばす。


「何だこれ?」


 すると中に、『禁』と毛筆で書かれた一冊のキャンパスノートがあった。


(う~む。イタイ)


 失礼ではあるが、それが第一印象。


「ちょいと失礼」


 それを手に取り、『禁』と書かれた表紙をめくった。


『ここが新たなるはじまりの地。古の因果によって巡り合う殿方はここにいる。いざゆかん! 楽園を目指して……!』


「ぶふぉっ!」


 開いた瞬間に見えた『禁』よりもさらにイタイ文字列に思わず、閉じてしまった。

 集まる周囲からの痛い視線に気づかずに彼は、思考を開始する。


(えっ!? なんでこんなのが俺の下駄箱にっ!? まさか新手の虐め!?)


 そんな口に手を当てて何が何だか分からないといった顔をする彼を見て、微笑を浮かべる一人の女子がいた。


 寒風が吹き抜ける昇降口で、二人の奇妙な恋が、今静かに幕を開けた。


            ○ ○ ○


 

 彼の名前は、神代(かみしろ)吹雪(ふぶき)

 私立陽朗(ようろう)学園高等部に通う一年だ。

 陽朗学園は、国内トップクラスの偏差値と部活動はほぼ全ての部活が全国大会常連。

 それゆえ、政治家、財界のトップ、アスリート、著名人など、日本のあらゆる分野の有力者の子供が入学してくる。

 

 そんな名門校において、彼は唯一、中流家庭の出身のため……


「おい! 吹雪。掃除よろしく頼むな」

「おい! 吹雪。金やるから購買行ってきて」

「吹雪くーん。ごほうびあげるから~宿題やっといて~」

「なあ吹雪、金貸してくんね?」

「代わりにセンコウに謝っといて」

 etc……


 と、このように不遇な扱いを受けている。

 まあ当の本人はそんなのまったく気にしていないが……。

 

 吹雪は、購買の列の最後尾に並び、朝の件について考えていた。


(ホントに朝のノート誰のだろ? 一応落とし物箱に入れといたけど)


 「まあいいか」と鞄からノートを取り出すと、超高速で三次方程式を解きだした。

 自分の番が来るときには、三十人分の宿題を終わらせていた。


「おや神代くん。精が出るねえ。今日は何にする?」

「あっ、おばちゃん。えーっと、焼きそばパン3個とカレーパン1個、メロンパン2個とチョココロネ2個、カフェオレ3本と飲むヨーグルト1本、牛乳4本、缶コーヒー2本、あっあと、牛乳パン4個」

「はいはい、ちょっと待ってね」

「ああ」


 待つこと20秒


「はい。全部で2500円」

「了解」


 制服の胸ポケットから三つ折りにされた千円札二枚と、五百円玉一枚をテーブルに置く。


「はい、確かに」

「じゃあ、ありがとう」

「午後も頑張ってね」


 優しい言葉と共に、おばちゃんは満面の笑みを浮かべる。


(はあ~、癒し)


 一応言っておくが、吹雪はおばちゃんフェチではない。

 もう一度言おう。おばちゃんフェチではない。


「おっ、帰ってきたー」

「お腹減ったよぉー」


 教室の扉を開けた瞬間、吹雪をパシらせた軍団がぞろぞろとやってくる。


「うわっ!」


 むらがってくる軍団を避けるように、宿題のノートと共に、手提げ袋を近くの机に置く。

 吹雪は、感謝の言葉を待つこともなく、自分の机へと向かう。

 ちなみに、吹雪の席は窓側から二列目最後尾だ。


「よっこいしょーいち」


 古い掛け声とともに、椅子に着くと、左隣の女子がかすかに笑ったように感じた。

 視線だけ左に向けると、そこには、とても良い姿勢でお上品にお弁当を食べる美少女がいた。


 白雪(しらゆき) 乃々愛(ののあ)


 それが彼女の名前だ。

 誰もが振り返るであろう容姿端麗な姿に、運動能力抜群。そして、学年の成績は常にトップ3を維持。

 陽朗学園が誇る、高嶺の花だ。


「今日も美しいなー白雪さん」

「お付き合いしたい!」

「お茶会に誘いたいですわ」


 男女問わず虜にさせる彼女に付いた異名は、【陽朗の白雪姫】


(今日も質素なご飯だな)


 吹雪は彼女の弁当を見て思う。

 それもそのはず。

 彼女の弁当は、ぎっしりと敷き詰められた白米の真ん中にちょこんと赤い梅干しがあるだけ。


「購買でおかず買ってきます?」


 その黒い瞳に映る赤い丸を見て、吹雪は、首を動かさずに思わず口走っていた。


(そんなこと言ったらキモいだろぉぉぉ!!!)


 内心は心臓バックバクである。

 それを感じたのか乃々愛はクスッと笑う。


「大丈夫」

「そうですか」


 吹雪の質問に、彼女も首を動かさずに応える。


 ちなみに吹雪の昼食は、水道水だけ。

 弁当なんて持ってきたら、パクられるに決まっているからだ。


(ラノベでも読むかー)


 と、引き出しに手を突っ込むと、そこには鞄に片付けたはずのノートが。


(まさか……)


 そのノートを掴み、引き出しから出すと。


      『禁』


(やっぱりかぁぁぁ! えっ!? 何!? なんなの!? 怖いんだけど!? ノート版メリーさんなの!?)


 真顔のまま、内心で絶叫すると、何かを感じ取ったのか、乃々愛が、こちらを見る。


「何かありました――」

「いえ、何も」


 相手が言い終わる前に、爆速で否定する。もちろん真顔のまま。


(やばい、やばい、これだと俺がイタイ人認定されちゃうって!)


 吹雪の頭の中に、クラスメイト達に馬鹿にされる光景が浮かぶ。


「ちょーっと、お花を摘みに行ってきます~」


 血の気が引いて青い顔になった吹雪は、ノートを持って教室を出ていく。

 

 取り残された乃々愛は、白米を頬張りながら、クスッと笑う。


「ふふっ、お花を摘みに行くは女の子だよ」


            ○ ○ ○


 翌朝


「な、な……」


 視線は、下駄箱の中にロックオン。


(何でまたノートがぁぁぁ!!!)


 落とし物箱にイン。




 昼休み


「な、な……」


 視線は、引き出しの中にロックオン。


(ま、じ、で、メリーさんかあああ!!!)


 落とし物箱にイン。



 翌々朝


「こ、の……」


 視線は下駄箱の中にロックオン。


(除霊師呼んだろかあああ!)


 落とし物箱にイン。



 翌々昼休み


「わ、た、し……」


 視線は引き出しの中にロックオン。


(メリーさんちゃうわボケェェェ!!!)


 落とし物箱にイン。



 翌々々朝


「あー、もー」


 視線は引き出しの中にロック――


「オン! やかましいわ!」


 吹雪は、心底厄介そうに頭をがりがりと掻く。


(一回読め、ってことなんかなー)


 彼は、『禁』ノート(仮称)に手を伸ばし、己の鞄へとしまった。


            ○ ○ ○


 吹雪の自室、ベッドの上。


「ほんとに、なんなんだろうな~これ」


 仰向けになりながら、両手に掲げているのは『禁』ノート。


「ふぅ~ではいざ!」


 意を決して、『禁』表紙を開き、ポエムを読み始める。


『窓から見えるは美しき桜並木、この教室で私の全てが始まろうとしている』

「んッゔん!」

『我が片割れに座るは、黒に茶がかかったような髪を持つ少し抜けた少年。まだ垢抜けていない純粋無垢な表情は、街行くものの全てを魅了するだろう。これが一目惚れと呼ばれるものなのか、胸から溢れる激情の奔流が私の身体を焼かんとしている』

「……すぅ――――」

『高校最初の授業は、古文。古(いにしえ)の文(ふみ)を嗜み、過去に想いを馳せんとする。隣に座る殿方は、その大きな瞳を輝かせながら、書を読む。いと愛しい』

「…………」

『高校最初の昼食時(ランチタイム)。片割れの殿方は、アホ毛を跳ねさせている。その様子はまるで楽園に実る極上の果実を食べているかのよう。弁当よりも彼を食べたい』

「……甘」

『下校時刻。太陽が地平線へ傾いていく。彼の横顔は赤く照らされ、可愛いさにカッコいい要素が付与された。ぐっ、我が深紅の心臓が……』

「こっちが『ぐっ』だよ」


            ○ ○ ○


「ふむ、『禁』ノートはただの日記だった。ほぼ『彼』への恋文だったが……」


 赤く照らされる部屋の中、吹雪はベッドの上に胡坐をかき、悩ましげに思案する。


「問題は、何故俺だけに見せたか?」


 その時、吹雪の脳に電流が走る。


「俺が『彼』!? だから見せた。ははっ、そうに違いない! ハハハハハハハは、は、は、は、は?」


 だんだんと高笑いがフェードアウトしていき、


「ぐ……ッ!」


 布団に顔面ダイブして、身体を丸まらせた。


「そうなると、この『禁』ノート書いてるのが、白雪さんになるじゃねえか。【陽朗の白雪姫】がそんなことするかってんだ!? おまえの頭は節穴か!? ああもう、なんなんだよぉぉぉーーー!!!」

「お兄ちゃん、うるさい! あと頭じゃなくて目ぇ!」


 壁を蹴られた。


(すいません、でも思春期男子ほど扱いにくいものはないんです)


            ○ ○ ○


「なんにもわかんなかった」


 結局、そのあと一睡もできずに、朝を迎えた。


「お、おはよう」


 『禁』ノートをあさイチで落とし物箱にインして、教室に入ると濁流が押し寄せてくる。


「吹雪、これ頼む!」

「吹雪く~ん、おねが~い」

「よろしく頼むよ」

「お前、スマホ持ってねえもんな。暇だろ宿題よろ」

「あっ、日直の仕事お願い」

「掃除もね」

 etc……


「はあ」


 自分の机に座る頃には、仕事がドッサリ。


(ただでさえ、疲れているのによぉ)


 鞄から筆記用具を取り出して、さっそく仕事に取り掛かろうとすると――


「おはようございます」

「っ!」


 左隣の席から挨拶が飛んで来た。

 一晩中、乃々愛のことを考えていたからか、一瞬意識してしまった吹雪は返答に遅れる。


「あ、ああ、おはよう」


 今度こそ、仕事(押し付けられた宿題)をしようとすると――


「目のクマ、大丈夫ですか?」

「ッ!」


 学園一の才女からの優しい声かけに、一瞬胸の昂りを覚える。


(いや、ドキッ! じゃねえから、一晩意識しただけで好きになっちまうって小学生か俺は!)


「ああ、昨日訳あって一晩中起きてたから」

「そうなんですね」


 終わったか、と思ったのも束の間。


「あなたに倒れられたら私も困りますから……」

「!!!」


 人によっては聞こえないぐらいの声量でのデレ。

 吹雪は、ゆっくりと息を吐き出す。


(そいつぁ反則だろぉぉぉ!!! 男子高校生はそういうのに弱いんだよ! ちょいと優しくされたらすぐ好きになっちまうんだよぉぉぉ!!!)


「えっと、何か言いました?」


 吹雪が、必死にポーカーフェイスを保ち、視線をノートに向けたまま聞く。


「ああいえ、あなたに倒れられたら私も困る、と」

「そうですか」


 乃々愛は取り繕うことなく、何もやましいことはありません、とでも言うように真顔で答えた。

 

 吹雪は、ゆっくり息を吸う。


(えっ!? なにっ!? 普通誤魔化すところじゃないの!? 何でそんなに恥じらいもなく言えるの!? これは告白として受け取っていいのカナ?)


「もちろん、委員長として」


(あっ、はい)


 それから10分かけて、全員分の宿題を終わらせて、鞄からお気に入りのラノベを取り出した。


「吹雪さん」

「ひゃい!?」

「その本、面白いですよね」

「へ?」


 思わず、左に首を動かすと、乃々愛は、吹雪が手に持っているラノベを指差していた。


「ふふっ、目合っちゃいましたね」

「!?!?」


 弾けるような笑みを浮かべられ、吹雪は動揺しすぐに手元に視線を落とした。


(えっ!? なにこれ!? はっ!? まさかのモテ期到来!?)


 いかにも思春期男子のようなことを思っていると、突如視界が暗くなった。


「へっ?」


 顔を上げて振り返ると、そこには威圧的なオーラを放つガタイのいい男子が数名。

 そしてリーダー格の男が冷徹な声音で言った。


「吹雪、面貸せや」


(あっ死……)


 吹雪は、男子たちに無事連行された。


            ○ ○ ○


「で、何が言いたいか分かるな」

「はい」


 吹雪は、非常階段の踊り場で土下座させられていた。


「この度、私は皆さんの白雪さんと気安く話しました。申し訳ございません」


 それを見て、サッカー部の男子生徒が、ニヤリと笑う。


「わかってんじゃねえか、よ!」


 勢い任せに、吹雪の脇腹を思い切り蹴った。


「カハッ!」


 流石はサッカー部というべきか、人間を軽々と蹴り飛ばし、吹雪は階段へと激突する。


「おいおい、へばってんじゃねえ、ぞ!」


 今度は柔道部の生徒が、倒れている吹雪の手首を掴み、投げ飛ばす。


「グハッ!」


 激しいこみ上げと共に、吹雪の口に胃液が逆流する。


「ハハ! いい声出すじゃねえか!」


 リーダー格の男が、吹雪の髪を掴み、持ち上げる。


「こ、んな、ことして、いいと思っ、てい、るのか?」


 吹雪が声を絞り出すと、男たちは笑った。


「な!?」


 一人の男が言う。


「こんなことしていいと思ってんのか?」


 もう一人の男が言う。


「そんなもの、いくらでも」


 さらに一人の男が言う。


「金でもみ消せる!」


「「「「「ハハハハハハハ!!!」」」」」


「グッ!」


 髪を掴まれながら、歯を噛み締めると、リーダー格の男が舌打ちをした。


「何だよ、そのツラは、よお!」


 そして、吹雪の顎を蹴り飛ばした。


「ッ!」


 蹴り飛ばされた先は、空中。

 そんな吹雪の様子を見ても、男たちは依然笑っていた。


(はぁ)


 そんな彼らを見て、吹雪は酷く落胆していた。


 あいつらにも会心の余地があったかもしれないのに。

 自分で気づくまで待っていたのに。

 俺の苦労はなんだったんだろう。

 結局、こんな結末か。

 日本の将来は腐っていくな。

 自分たちが上にいるという安心感から優越感に浸り。

 他者を見下すことしかできない蛆虫どもが。


 目の前に死が迫っている中、吹雪は、死を恐れもしなかった。


「よっ」


 頭から地面に激突する寸前、両手を地面に着き、前回りの要領で衝撃を逃がす。

 吹雪は、そのまま着地の勢いを利用して、一階の非常階段へと飛び移り、階段を駆け上がった。


「さぁて、どうなっているかな」


 落ちていった吹雪の様子を確認しようと、塀から身を乗り出そうとするリーダー格へと手を突き出す。


「せい!」


 前傾姿勢から繰り出される掌底が後頭部に命中する。


「……っ!」


 一瞬で意識を失ったリーダー格の男が落下しそうになる。

 それを髪を掴んで防ぐと、振り向きざまにサッカー部の男子生徒の顎に強烈な後ろ回し蹴りを喰らわす。

 白目をむき倒れたことを確認すると、柔道部の生徒の顔横に、拳を叩きつけた。

 凄まじい衝撃音と共にコンクリートが大きくへこみ、蜘蛛の巣上の亀裂が走る。


「ねえねえ君たち、これ以上ボクに何かするようだったら――」


 柔道部の生徒の髪を掴み持ち上げ、不気味な笑顔で言った。


「コロスヨ」


「ひぃっ!」


 髪を掴んでいる手を離すと、柔道部員は情けなく尻餅をついた。


 階段の踊り場に無造作の転がる男子生徒たちをその場に残し、吹雪は息一つ乱さず、何事もなかったかのように教室へと戻った。


            ○ ○ ○


 自分の席に着き、一息ついてから何気なく引き出しに手を突っ込む。


「えっ!?」


 指先に触れたのは、感じ慣れてしまった、あの感触。


          『禁』ノート


(いや、マジで誰だよ!?)


 吹雪はそっとノートを引き出しに戻し、眉間に皺を寄せて机に突っ伏した。


(ってか、さっきはなかったよな。じゃあ、俺がいなくなった時に誰かが入れたんだろ? じゃあ誰よ? あっ!)


 そこであることに気付いた。


(……まさか、白雪さん、俺があいつらに呼び出されるのを見越して、わざとあんな風に話して、俺の気を引いたんじゃ……?)


 そう。全ては彼女の計画通り。


 カッと目を見開いた吹雪は、勢いよく上半身を起こすと、左隣の席で涼しげな表情でラノベを読んでいる乃々愛を鋭く睨みつけた。

 その視線に気づいた乃々愛は、左手を本から離し、周囲からは見えない机の下で小さくピースサインを作った。


「ッ!?」


 そして動揺する吹雪に向けて、愛らしい笑みを向けた。


(……やってくれたな、白雪さん。ハメられたのは悔しいが、俺にだって切り札はあるんだ……!)


 吹雪は、机に右肘をついて顎を乗せ、左手でトントンとリズムを刻み出す。


「『まだ垢抜けていない純粋無垢な表情は、街行くものの全てを魅了するだろう』」


 そう、周囲には聞こえぬほどの極小ボリュームで、『禁』ノートの中身を唱え始めたのだ。


「『古(いにしえ)の文(ふみ)を嗜み、過去に想いを馳せんとする』」

「…………」


 ラノベを読む乃々愛の表情が徐々に曇っていく。


「『楽園に実る極上の果実を食べているかのよう。弁当よりも彼を食べたい』」

「あっ……」

「『彼の横顔は赤く照らされ、ぐっ、我が深紅の心臓が……』」


 いつの間にか乃々愛の白い肌は、耳の先まで真っ赤に染まり、完全にオーバーヒート状態だった。


「フフッ……」


(今日はこのくらいにしてやるか)


 小さく息をつくと、吹雪も乃々愛のようにラノベを読み出すのだった。


            ◇ ◇ ◇


 それから月日が過ぎ、春。

 吹雪と乃々愛は二年生に進級した。


「んぅ~~~」


 窓側から二列目最後尾にて、春の陽気を浴びて気持ちよさそうに背伸びのストレッチをする少年。

 陽朗(ようろう)学園高等部2年、神代(かみしろ)吹雪(ふぶき)。

 一年生の冬と比べると、少し垢が抜け、背も少し伸びて、どこか大人びた雰囲気を纏っている。

 何より、中流家庭の出身だからと、周囲から不当にパシられることが劇的に減っていた。


 あの非常階段での一件以来、吹雪に仕事を押し付けていた連中が目に見えて大人しくなったのもあるが、なんとモテ始めたのだ! やったね。

 もともと、顔、頭脳、運動神経、全てにおいてスペックが良かったのもあり、今季のバレンタインでは、大量のチョコが下駄箱や机の引き出しから溢れんばかりに詰め込まれる事態に発展していた。


「ねえねえ、吹雪くん。ちょっと教えて欲しいところがあるんだけど?」

「ん? 何?」

「ここなんだけど」

「ああ~なるほど、ここはね――」


 ちなみに彼女は「吹雪くーん。ごほうびあげるから~宿題やっといて~」とか言っていたあのビッチだ。人は変わるのだ。


 五分後。


「ありがとう、吹雪くん♡」

「ああ、また分からないところがあったら言って」

「うん」


 その時、唐突に左隣から声を掛けられた。


「吹雪さん」

「ん?」

「春、ですね」

「ひぇっ!? そ、そんなんじゃないよ!」

「本当でしょうか?」


 悪戯っ子のような笑みを浮かべる彼女は、【陽朗の白雪姫】こと 白雪(しらゆき) 乃々愛(ののあ)だ。

 彼女とは運命的な何かが繋がっているのか、二年生になった今もまた、吹雪と乃々愛は同じクラスで隣の席だった。


「あっ、ところで吹雪さん」

「ひゃい!」

「このノート落ちていましたよ」


 と、引き出しから一冊のノートを取り出した。

 そう、『禁』ノートだ。

 二年生になり、新しくなったノートには、一年の頃よりも達筆ででかでかと『禁』の文字が書かれている。



(いや、俺のじゃないからね! 君のでしょ!)


 内心そう思いつつも、微笑みながら、ノートを手に取った。


「ああ、ありがとう」

「いえ、どういたしまして」


 受け取ったノートをまじまじと見つめながら、吹雪は意を決してその表紙を開いた。


『あぁ、愛しき彼。学年は、二の刻へと上がり、終焉の光をもしのぐほど眩しくなりし彼の横顔。神の悪戯か、はたまた運命の調律か。愛しき彼と同じ桜を眺められるこの奇跡に、感謝を』

(やっぱりてめえだろ、乃々愛!)


 吹雪は、左隣の乃々愛をキッと睨むが、当の本人は素知らぬ顔でラノベを読んでいる。


「はぁ」


(しょうがない)


 吹雪も、引き出しの中からラノベを取り出し、いつものように読み始めるのだった。


 そんなこんなで、二学年になっても乃々愛と吹雪は頑張って(?)います。


            ○ ○ ○


 二年春のある日。

 いつも一番に学校へとくる乃々愛が登校してこない。


(何かあったのか?)


 吹雪は、空白となっている左隣の席を眺めながら、小さく吐息を漏らす。


(ここのところ毎日、『禁』ノートをもらっていたから、調子が狂う……)


 結局、その日は、乃々愛の席が埋まることはなかった。


 放課後。

 吹雪は、担任の先生から職員室に呼び出されていた。


「神代、すまんな。白雪の家にこれ届けてやってくれ。あいつの家、一般人は入りづらいから誰も行きたがらなくてな。あんな高嶺の花なのに……」

「はは、そうですね」


 どうやら風邪による欠席らしい。

 苦笑を浮かべながらプリント類を受け取ると、吹雪は静かに職員室を後にした。


            ○ ○ ○


「うわっ、すっげぇー」


 陽朗学園のトップ層である彼女の家は、およそ現代の日本とは思えない和式の超豪邸だった。


「失礼しまーす」


 そびえ立つ武家屋敷のような正門をくぐると、そこには見渡す限りの広大な日本庭園が広がっていた。

 美しくと整えられた松の木々、静かに水をたたえる池と鮮やかな鯉たち、平屋造りの巨大な高級和風建築。


(はは、こ~れは、確かに気が引ける)


 圧倒的な和の威圧感に苦笑しつつ、庭園の砂利を踏んだ瞬間。


「ちょ!?」


 敷地を囲う塀から、黒い棒状のナニカが吹雪の顔へと向かって飛んできた。

 それを、涼しい顔で右手を払うことで防ぐ。


 パシッ、と乾いた音が響く。

 吹雪の足元に落ちたのは、一本の黒いクナイだった。


「誰だ! 俺じゃなきゃ死んでたぞ」


「「「流石ですね」」」

「!?」


 突如、どこからともなく、複数の男の渋い声が響き渡った。

 吹雪が辺りを見回すと、見事に手入れされた松の幹や、池の燈籠の中、大量の砂利の中にいくつもの高性能超小型スピーカーが仕込まれていた。


「ところで聞くけどお前らは?」


 数瞬の間の後。


「「「我らは、姫を幼き時より見守りし、今も刻々と乃々愛様を守りし騎士(ナイト)! 白雪家、深淵の護衛(ガーディアン)!」」」


(うっわぁ~『禁』ノートのノリって、この護衛(ガーディアン)の遺伝か~)


 スピーカーから響く重厚な声に、思わず吹雪は、遠い目になった。


「「「ゆけ、白雪家の番人(ガードマン)よ! 無謀なる彼の者に絶望をもたらしたまえ!」」」


「「「「「ハッ!」」」」」


 言い終わると同時、何人もの黒装束の忍らが、突如として出現した。


「悪く思うなよ、小僧」

「陽朗学園唯一の中流家庭出身」

「痛い目に遭いたくなかったらとっとと去るんだな」

「たとえ武器があろうと」

「我ら番人(ガードマン)の前では無力」


「うおっ」


「「「「「…………」」」」」


(しまった、思わず声が漏れてしまった)


「やれー!!!」


 スピーカーの奥の男が叫ぶと、黒装束の男の一人が駆けだした。


「死ね!」

「お、おい!」


 黒装束が懐(ふところ)から出した短刀で切りかかってくる。

 それを横にジャンプすることで回避すると、横から三つの手裏剣が飛んでくる。


「よっ」


 顔を逸らすことで二つを避けると、顔面目掛けて飛んでくる一つを、人差し指と中指で挟みキャッチする。


「ほっ」

 

 それを短刀で切りかかってきた黒装束の男の顔面へと放つ。


「ぐっ!」

 

 黒装束の男は短刀でそれを防ぐ、その瞬間。

 吹雪は、勢いよく走りだし、一瞬で短刀黒装束へと辿り着く。


「なっ!?」

「へへっ!」


 その勢いのまま、鳩尾へと掌底を放った。

 短刀黒装束が昏倒し仰向けに倒れると、短刀を奪い、黒装束の男どもへと切りかかりに行く。


「ははっ!」


 楽し気な笑みを浮かべながら――。


 それからの洗浄は、吹雪の独壇場だった。


 手裏剣やらクナイやらの飛び道具を使い、吹雪を行動不能にしようとするが、それらを短刀で防がれ、

 煙幕を使って逃げようとするも、気配で居場所を察知され、服を斬られ、

 いつの間にか、池に沈められ、


「なにこれ?」


 残り一人となった巨漢の黒装束がそう呟くほどには、阿鼻叫喚であった。

 呆然と立つ巨漢の黒装束に吹雪の笑みが迫り、その意識を刈り取られた。


            ○ ○ ○


「ほっ、よっ」

「ほう、なかなかやりますなあ。ではこれはどうでしょう」

「しょっ」


 只今絶賛戦闘中。

 どうしてこうなっているか少し時間を巻き戻そう。




 白雪家の護衛をのして、すっかり上機嫌となった吹雪は、


「乃々愛! 俺が今行く!」


 と、最高級のイケボで言ってみた。


「やはり貴様が……!」

「――ッ!?」


 直後、

 上空に気配を感じ、吹雪は瞬発的に短刀を頭上に構えた。

 直後、甲高い音と共に火花が散った。


「ほう、今のを防ぎますか」

「当然だ。でなけりゃ黒装束どもを倒せない」

「ほっほっ、そうですなあ」


 切りかかってきた人間が、ふわりと無音で着地した。

 見ると、燕尾服を着た、高身長でダンディーな老紳士が立っていた。


(こいつ、やる!)


 吹雪は、その男の強さを瞬時に見極めると、走り出す。

 一気に加速し、一瞬で男の眼前へと迫ると、短刀を横薙ぎに一閃した。


「ほっ」

「なっ!?」


 だが、その刀が男の身体に届くことはなかった。

 男が手甲鉤爪を構えていたからだ。


「ぐっ……!」


 男は鉤爪を左に傾け、吹雪の短刀を絡めとる。


「若造が……!」


 獲物を失い、丸腰になった吹雪へと向かって、男はもう片方の鉤爪を振り下ろした。


「フッ」


 だが吹雪は、笑っていた。

 鉤爪が顔に振り下ろされたはずなのに。

 否。

 吹雪は怪我などしていなかった。

 

 鉤爪の刃先を、人差し指と親指で挟み防いでいた。


「なっ!?」


「へへっ」


 驚く男の顎へ向かって、吹雪は容赦なくアッパーを打ち込んだ。


「ぐはっ……!」


 男は、宙を舞い、絶句した。

 吹雪は、苦悶の表情を浮かべる男の前に仁王立ちし、冷徹な視線を向けた。


「早く立てよ」

「なっ?」


 吹雪は心底退屈そうに口をへの字に曲げ、男の腹に掌底を放った。


「ぐっ……!」

「早く立てよ」


 こめかみに、回し蹴りを叩き込む。


「若、造……」

「悔しかったらさあ――」


 鼻根をつま先で蹴り飛ばす。


「やり返してみろよ!」


 股間を踏みつぶそうとした瞬間。


「貴様ぁ!」


 男が跳ね起き、吹雪の目を狙い鉤爪を突き立てた。


「おっと!」


 吹雪はそれを首を横に倒すことで難なく回避する。

 延ばされた男の手首を掴み、吹雪は口角を釣り上げた。


「やればできるじゃん! せっかくだから楽しも?」


 男は白い歯を剝き出し、狂ったように笑う。


「ははっ! 久々に血が滾るわい!」


 男は吹雪の手首を掴み返し、それを軸に身体を反転させ、片方の鉤爪で吹雪の喉元を鋭く裂いた。


「あはは! 最高!」


 吹雪は、首を引き、紙一重で躱す。

 ノーモーションで男の太ももを蹴ると、そのまま鳩尾を蹴りと距離をとる。


「ねえ、もっと頂戴!」


 吹雪が、その可憐な顔を歪める。

 男も愉悦で顔を歪めると、吹雪と一瞬で距離を詰める。


「死ね!」

「ハハッ!」


 鉤爪で執拗に急所を狙う攻撃は、まるで美しい演舞のようだった。

 その怒涛の攻撃を、美しく無駄のない動作で防いでいく。


「ここ!」


 攻撃の乱舞の一瞬の隙を突き、男の睾丸を中指で突いた。


「くぉっ……!」


 あまりの激痛に、その場にうずくまって、悶絶する。

 そんな隙だらけの体勢にも関わらず、吹雪は追撃しなかった。


「ほらぁ、滾ってるんでしょ? まだ終わらないよねえ」


 吹雪はこの状況を楽しんでいた。


「ふん、当然だ!」



 それからは何人たりとも近づけない技の応酬だった。


 そして、激しい戦いを制したのは、吹雪だった。


 仰向けで倒れる男へと向かって、吹雪は手を差し伸べた。


「ほら、立ちなよ」

「俺は負けたんだぞ」

「はは、そうだねえ。じゃあ勝者の言うことを聞けよ」

「まあそうだな」


 男は吹雪の手を握り、ゆっくりと立ち上がった。

 

「…………」

「…………」


 互いに手を握った状態で、見つめ合うこと数秒。


「白雪さんのところに行ってもいいかな」


 沈黙を破ったのは、吹雪の一言だった。

 男は諦めたように溜息をつくと、言い放った。

 

「ああ、ゆけ! お前を止める者はもう誰もいない」


 男が手を叩くと、どこからともなく家政婦らしきおばさんが現れた。


「私が案内いたしますので、付いて来て下さい、神代様」

「えっ、あっ、はい」


(やべえ、凄い緊張する)


 ちなみに吹雪は、おばちゃんに対して緊張しているわけではない。

 おばちゃんフェチでは断じてないのだ。


(てか、長すぎだろ、廊下!)


 おばちゃんの案内に従って早歩きで歩いても、全然乃々愛の部屋に着かないその廊下は、その先が見えないほどである。


(こりゃあ案内なしだったら迷うわ)

 

 程よく空間把握能力が麻痺してきたところで、やっと乃々愛の部屋に着くと、おばちゃんが一歩退いた。


「さあ、どうぞ入ってください」

「あ、ありがとうございます」


(よ、よし入るぞ)


「の――」


(ちょっと待てよ)


 そこで吹雪は、重要な事実に気が付いた。


(俺、女子の部屋に入るの初めてだ!)


 圧倒的な女子との付き合いの無さに。


(どうしよう? いや接点はあった。女子からの視線も感じてる)


 吹雪は、ドアノブに手を触れたまま止まってしまった。


「どうなさいました?」


 後ろでおばちゃんが心配したような声を出すが、今の吹雪には、それを気にすることは出来なかった。


(こんなことだったら、少しでもあのビッチと話しておくべきだったか!? いやでもそれだと、俺が一番嫌いなチャラ男系キャラになってまうもんなー??)


 だが――


(ここは漢を魅せるべき!!!)


 意を決してドアノブを押し、目に入ってきた景色は衝撃的なものだった。


(Oh……黒……俺ぇ……)


 乃々愛の部屋は、闇の住民が住んでいそうな黒く奇抜なデザイン。

 その部屋のあちこちに吹雪をプリントしたポスターやらTシャツやら、ぬいぐるみやらクッションやらが転がっていた。


「あの、白雪さん……だよね?」


 部屋の片隅の黒いベッドに寝ているであろう乃々愛に向かって、吹雪は恐る恐る声をかけた。


「…………」


 吹雪が固唾を呑みながら乃々愛からの返答を待っていると、不意に布団が宙に舞った。


「!?」


 目を見開くと、高らかな笑い声が部屋に響いた。


「フハハハハ! 我が名は、白雪乃々愛。戦場に冷酷な雪を降らす者!」


「オー」


 その見事な名乗りに、ベッドの上で悩まし気なポーズを決める乃々愛へと向かって手を叩いた。

 吹雪の純粋にすごいといった表情に、乃々愛はプルプルと震え出した。


「?」

「これが、冷笑というやつ、か……」

「え!?」

「くっ、殺せ……っ!」


 乃々愛は悩まし気なポーズのまま、凌辱を受けた女騎士のような声を漏らした。

 一方、吹雪は、切羽詰まった声で弁解を求める。


「ち、違いますよ……! 乃々愛さん!」

「くっ…ぐぼはっ……!」

「乃々愛さーーーん!!!」


            ○ ○ ○


「大丈夫ですか? 白雪さん」


 吹雪は、倒れた乃々愛をベッドへと運び介抱していた。


「ええ、大丈夫ですわ。ところで吹雪さんはどうしてここに?」

「ああ、プリントを届けに来たんだよ」

「ああ、ありがとうございます」


 吹雪は本題を思い出し、バックからプリントを取り出した。


「そろそろ、大学見学ツアーでしたか」

「だな」


 陽朗(ようろう)学園では、例年五月上旬に高等部2年全員がリストにある大学から一つを選び2泊3日の見学ツアーに出席しなければならない。


「吹雪さんはどこにしましたか?」

「俺は天帝(あまみかど)大学」

「流石ですね」

「まあ」

「私もそこにします」

「え?」

「だって信頼に足る吹雪さんがいますもの」


(え? なんかめちゃくちゃハズイこと言ってない!? この人)


 とはいえ、美少女にそういうことを言われるとやっぱり恥ずかしかったらしく、吹雪は頬を赤くした。


「ずっと気になっていたんだけど」

「なに?」

「吹雪くんって中流家庭出身なんだよね」

「うん、そうだけど」

「どうやって、陽朗学園に?」

「!」


 その何気ない乃々愛の疑問に、吹雪の顔は強張った。


「ああ、が、頑張ったんだよ」


 まるで、トラウマが蘇ったように。

 吹雪の顔から血の気が引く。


 すっかり青くなった吹雪の手に、熱で熱くなった乃々愛の温かい手が重なる。


「大丈夫ですか?」


 自分も風邪で辛いはずなのに、吹雪を気遣う。

 その美しさに吹雪は、この人なら話せると、ぽつぽつと語り始めた。


「実は、俺、中東のスラム出身なんだよ」

「え!?」

「一応純日本人だけど、ヤったらできちゃったみたいで俺捨てられたんだよ。それで生き残るために、自力で色々覚えた」

「それは……」


 あまりの事実と今まで全く知らなかったことに絶句した乃々愛に、吹雪は優しい笑みを向けた。


「そして腹が減って雑草を食っているときに師匠に出会った。師匠は今の父さんだ。表では、平凡な公務員。裏社会では日本を守る諜報員だよ」

「えっ! それ私に言っても大丈夫なんですか?」

「ああ、だって白雪さんは言わないだろ」

「!」


「顔赤いが大丈夫か?」

「これは熱のせいです!」


 乃々愛は叫ぶなり、布団を頭から被ってしまった。それを愛おしそうに見つめながら、吹雪は続けた。


「それでさ、師匠は俺に英才教育を施したんだ。ああ、あれは今思い出しても地獄だった」


 吹雪は怯え凍えたような声で震え出した。


「あの鬼――いや鬼以上の怪物はいつも俺に言っていた。『本物、とはただ頭が良いだけではだめだ。世界が滅びようとも優雅に紅茶を啜る余裕と、素手で戦闘ヘリを叩き落とす格闘術が必要だ』と」

「せ、戦闘ヘリ……」


 布団の中から乃々愛がぴょこっと顔を出し、細い声を漏らした。


「あとは、師匠が寝ている間に襲ってくる暗殺者たちを撃退する修業もしたな」

「…………」

「しかも丸腰で」

「もはやスケールが凄過ぎてツッコミが追いつきません」

「まあそんなこんなで、地獄みたいな暮らしをしてたら、案の定日本政府の目について陽朗学園に入学させられた、という訳さ」

「なるほど、合点がいきました。だそうだよ、爺や」


 その声の直後、吹雪の頭頂部に、手裏剣が刺さった。


「よいしょ」


 それをなにもなかったかのような顔で引き抜き、指先をしならせて背後へと放り投げた。


「イッタァッ!」


 背後からあの鉤爪老人の悲痛な声が響く。


「さっきからいたのバレてますよ」

 

 吹雪が背中越しに声を掛けると、闇の中から背筋を伸ばして爺やが歩いてきた。


「まさかバレていたとは、それ以前に当たっても効かないとは」

「まあな」


 そして爺やが一息吸うと、己の胸の内をぶちまける様に叫んだ。


「私と戦った意味ある!?」


 うーん、たしかに。

 手裏剣が効かないのであれば、鉤爪も効かないだろう。


「まあ、本気出せば殺しちゃうし」


 吹雪は頭を掻きながら、苦笑いであっけからんと言った。


「「…………」」


 しばしの絶句。


「はあ、私はこれでも現役で、日本が誇る暗殺者なんですが……」

「それなら俺は世界が誇る暗殺者(アサシン)だな」

「流石ですな。して師匠とは?」

「それは言えないな」


 吹雪は表情一つ崩さずにクールに言った。

 その様子に、話の流れで引き出すことは不可能と判断した爺やは、小さな溜息をついた。


「爺やは何も干渉しません。後は若いお二人で」

「うん、じゃあね爺や」


 爺やは、静かに「ちょっとは引き留めて……」と呟きながら、部屋から出て行った。


(爺やさん……)


 その後ろ姿を見つめながら、吹雪は思った。


(二人にしないで! 気まずいから! あんたが入ってきて会話が途切れちゃったんだよ!)



 「あ、えー」


(な、何かないか!? この気まずさを振り切る話題!!)

 

「……爺や、行っちゃったね」

「え!? あ、行っちゃったね」


 乃々愛の突然の声かけに吹雪は生返事になってしまう。


「行っちゃったね」

「うん」


「「…………」」



(あは! えーヤダ!? 何これ!?)


 再び訪れる主ッ苦しい沈黙。


(ほらみたことか!? 乃々愛さんだってプルプル震えちゃってるじゃん!)


 そんな中、乃々愛は震える声を押し殺して、吹雪に向き合った。


「吹雪さん、頭は大丈夫ですか?」

「え、あー、大丈夫大丈夫」

「ホントですか? 頭は危ないですよ」

「いやいや、ホントに大丈夫」

(というか、君の上目遣いが危ない!)

「本当に?」

「ああ、師匠が頻繁に『寝起きナイフぶっ刺しドッキリ』を良く仕掛けてきて、鍛えてたから」

「…………」

(あっ、流石に引かれた)


 すると乃々愛が震え出し勢いよく布団から跳ね起きると、吹雪の手を握ってきた。


「ちょっ!?」


 そしてそのまま押し倒した。


「あぁ、もう我慢できない!」


(もしや、ヤられる……っ!)


 身の危険を感じ、吹雪は両腕に力を入れる。


「カッコよすぎる!」

「へ?」


 が、乃々愛の一声に、すとんと体の力が抜ける。


(ちょっとマテ。今なんつった?)


「なんなの。吹雪はどこまで私を惚れさせる気?」

「ん? あれ?」

「どうしたの?」

「いや」


(そういやなんで俺、乃々愛さんに惚れられてるんだ?)


 頭に「?」を浮かべる乃々愛。

 その目を、じっと見つめながら吹雪は口を開いた。


「白雪さんは、どうして俺のことが好きなんだ?」

「えっ!?」


 乃々愛の顔がみるみるうちに赤くなり、その顔を両手で覆った。


「う~しまった。私としたことが、自分でカミングアウトしてしまった~」

(それ以前に、『禁』ノートでほぼ分かってるんですけど~)


 吹雪は思わず「気付いてなかったのか~」と遠い目になった。


「あれは忘れもしない小六の冬……」


(なんか語り出した……)


 白い目の吹雪を差し置いて、乃々愛は続けた。


「日本政府との交渉材料にと、私はとあるマフィアに路地裏で襲われていた。そのピンチを助けてくれたのが吹雪だ」


「あ、あー、あの小娘か。強気だったから覚えてるんだよなー」

「うーむ、あれはすまなかった」


 乃々愛は肩をすくめた。


「マフィアの屈強な傭兵相手に突っかかっていくし、六法を解説して煽るわ、ホント危機管理能力が欠落してるじゃねえか、そんなので白雪家の令嬢が務まるんですか! と本気で思ったわ」

「う……っ!」


 乃々愛はすっかり厨二病モードとなり、声を張り上げた。


「違う! あれは、合法的に相手を攻撃し自己防衛をするためにやったのであって、決して煽ったわけでは――」

「まあ結果的には煽り、になったけどな」

「ぐ……っ! だが、あれは白雪家の血が騒ぎ、闘争本能が沸き上がった末に行ったことであり、決して故意では……!」

「はいはい、血が騒ぎ、とか、闘争本能とか言ってたけど、俺が助けた後、『おうぢがえるぅー!!!』ってギャン泣きしてたのはどこのどいつだっけ?」

「あぁ、あの時華麗に彼らを追い返した吹雪はカッコよかったな……」

(おまっ、華麗にスルーしやがった!)


 吹雪がしかめっ面で乃々愛を睨むと、当の彼女は速攻で目を逸らした。

 そんな彼女の動きを見て、吹雪は小さく溜息をついた。


「あいつらが俺の部下だったから良かったものを……。あんなことはもうしたらいけないからな、子供だから手加減されてたんだぞ」

「ああ、分かってるさ」


 吹雪の口から「再教育が大変だった」と不穏な声が聞こえたが、乃々愛は全力で聞かなかったふりをした。


「それがお前が俺を好きになった理由か?」

「ああ、そうだ。どうだ? この気持ち受け取ってくれるか?」


 そこで吹雪は冷静になり、今の己の状況に気付く。


(あれ、俺、押し倒されてる)


 それに乃々愛も気付き、口に蠱惑的な笑みを浮かべる。


「ふふっ」

「ちょっ!? 待――」


 だがその叫びは、強引に塞がれた。


 吹雪の唇に乃々愛の唇を重ねられたからだ。


「!?」

「ん……ふ~……ちゅっ」


 突然の極上の感触に、吹雪は目を見開く。

  慌てる吹雪を置き去りにし、乃々愛は彼の口の中に舌を滑り込ませた。


「ちょっ!?」

「ふふっ」


 流石にこれはマズイ、と判断した吹雪は、乃々愛の肩を掴み力任せに引き剝がした。


「きゃっ!」


 乃々愛は可愛らしい悲鳴を上げて、尻餅をついた。

 そして、真っ赤に染まった顔で、吹雪を見上げた。


「吹雪……」

「乃々愛……」


 二人の間に甘い静寂が流れる。


「ははっ」


 しばらく見つめ合った後、乃々愛は涙目で真っ赤に染まった顔を笑顔を咲かせた。


「やっと、乃々愛って呼んでくれたな」

「!!」


 その弾けるような笑みに、吹雪は不覚にも胸の高鳴りを感じてしまった。


「?」


 胸を押さえて静かに立ち上がると、首をかしげる乃々愛を一瞥し、部屋を出た。


「……返事は次、学校で会うときに」


 と、言い残して。


            ○ ○ ○


 その翌々日。


「おはようございます」

「ああ、おはよう」


 吹雪は、爽やかな朝日を浴びて、ラノベを読んでいた。

 乃々愛は、美しい黒髪に日光を反射させながら、鞄を机に置いた。


 そして一通り準備を終えるのを、横目で見届けると、吹雪は立ち上がった。


「白雪さん!」

「な、なんでしょう、吹雪さん」

「ちょっと来てほしい」

「え、はい」


 乃々愛の手を引いて、体育館裏へ来ると――


「付き合ってくれ」

「OKです」

「本当か!」

「うん」


 先客がいた。


 仕方なく、近くの非常階段の脇に隠れる。


「吹雪さん、苦し……」

「あ、ごめん」


 乃々愛を押し潰していることに気付き、身体を離そうとすると、乃々愛が首に手を回した。


「ちょっ!?」


 そのまま唇を重ねた。


 数秒にも満たない短い間だったが、とても永く感じられる熱い口づけだった。


「それで何か言いたいことがあるんですよね?」

「ああ」


 そう短く応えると、吹雪は懐から一冊のノートを取り出した。


 ――『禁』ノートだ


「読んでほしい」


 それを、乃々愛に手渡した。


「…………」


 乃々愛は静かにそれを開いた。


『俺も貴方のことが好きだ。朝風に靡く黒髪、世界の視線を独占するその美貌、頭脳明晰で凛とした佇まい、そして自分の生き方は消して曲げないその芯の太さ。貴方の全てに俺は惹かれた。無論、このノートにも。大好きだ。付き合ってほしい。 愛しい”彼”より』


 それを読み終えると、乃々愛は静かに一滴の雫を落とした。

 やがて、それらは決壊し、激情の豪雨をもたらした。


 吹雪は、乃々愛をそっと抱き締め、その髪を優しく撫でてやった。

 艶やかな髪を撫でていると、じきに乃々愛は泣き止んだ。


「大丈夫か?」

「ああ、もう大丈夫だ」


 吹雪の胸から顔を上げると、最高の笑みを浮かべた。

 

「吹雪、大好きだ」

「ッ!」


 吹雪はその笑みに心を動かされながら、最高のウィスパーボイスで返した。


「ああ、俺もだ」


 こうして、非常階段の一角で、のちに【陽朗の白雪姫】♡【陽朗の黒騎士】として陽朗学園の伝説となるバカップルが生まれたのである。

 

(ビッチには悪いが……)


最後まで本当にお読みいただきありがとうございました。

この作品を書いて、私。今回思ったことがあるんです。

私は、ラブコメモノが書きたいのだと!

それゆえ、これからの作品ではラブコメ展開が多くなると思いますので、よろしくお願いします!

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