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『八咫の楔(やたのくさび)』ーー風に揺れる  作者: fudo_akira


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第14.5話:断章 ── 届かなかった指先

国家という巨大な歯車では掬い取れない、市井の「小さな歪み」に立ち止まる人々がいる。 深根会——それは権力を持たない民間人たちが、個人の直観と祈りによって結ばれた組織。 本作は、完璧なヒーローではなく、敗北の記憶を糧に戦い続ける不完全な「恒一」たちの物語である。 日常の陰に潜む、声なき悲しみと静かなる侵略。 届かなかった指先の痛みを抱えながら、彼らは今日もこの国の呼吸を整えようとする。

深夜のオフィス街。不動明は、消灯したビル群の間を抜ける冷たい風を頬に受けていた。 彼の共感覚は、静まり返った街から「沈殿した悲しみ」のような、重く濁った藍色を拾い上げている。


深根会は万能ではない。 むしろ、彼らの歴史は「救えなかった記憶」の集積でもあった。


■ 「民間」であり続ける理由 ── 2001年の遺言

不動は、高専時代の恩師であり、深根会の古参であった先代の言葉を思い出していた。


「不動、なぜ我々が役所に籍を置かず、ただの『恒一(一般人)』でいなければならないか分かるか?」


かつて、深根会を組織化し、国家の正式な機関にしようという動きがあった。だが、先代はそれを拒絶した。


「国家という巨大なシステムは、一度動き出せば止まれない。法という『正解』に従うあまり、目の前の『小さな歪み』を見逃す。だが、我々民間人は、組織の論理ではなく、個人の直観で立ち止まることができる。責任を取れない場所にいるからこそ、責任ある行動が取れるんだ」


国家に雇われれば、それは「義務」になる。 民間であり続けることは、それが「自発的な祈り」であることを意味していた。


■ 完遂できなかった案件 ── 15年前の煤けた記憶

不動の脳裏に、2011年の煤けた光景が浮かぶ。 ある地方都市の再開発計画。深根会は、外資によるインフラ乗っ取りを阻止しようと動いた。 だが、その時は負けた。


**藤原(資金)**が送金の違和感を見つけ、**鴻上(制度)**が書類の不備を突いた。しかし、地元の経済はあまりに疲弊しており、住民たちは「たとえ悪魔の金でも、今日を生きる金が欲しい」と叫んだのだ。


「……あの時、俺たちは何もできなかった」


深根会の力は、日常の「余白」に依存している。 人々の心に「余裕」がない時、彼らの撒く種は芽吹かない。結局、その街の基幹インフラは外資に買い叩かれ、数年後、メンテナンス不足によって街の灯りは頻繁に途切れるようになった。


「全知全能じゃない。俺たちは、ただの『庭師』に過ぎないんだ。嵐そのものを止めることはできない。嵐の後に、どれだけ苗を守れるか。それだけなんだ」


■ いつも、いつの時代も、同じ悩み

ROOT-LINE(高専同窓会グループ)に、若手の**高梨玲奈(物流)**から、深夜の独り言のような投稿があった。


玲奈:「今日、目の前で大事な技術が海外に流れるのを見てるだけでした。私の権限じゃ、ゲートを開けるしかなかった。悔しいな。私、枝に向いてないかも。」


それに対し、最年長の**宮原(風向計)**が、静かにレスを返す。


宮原:「玲奈、それでいい。その『悔しさ』を忘れないことが、次の枝を育てる。俺も30年前に同じことをして、今もその時の夢を見る。深根会は、負け戦の記憶でできている組織だからな。」


■ 継承される「不完全さ」

不動はスマホを閉じ、大きく息を吐いた。 完璧な勝利などない。 守れるものより、こぼれ落ちていくものの方が多いかもしれない。 それでも、彼らが「一般人」として立ち止まり続けるのは、届かなかった指先の痛みを、次の世代に**「実」**として繋ぐためだ。


「……次は、届くように。あるいは、立ち止まれるように」


不動は、足元に落ちていた小さなゴミを拾い、ゴミ箱へ捨てた。 誰にも見られない、小さな「敗北からの再出発」。 明日もまた、不完全な10人の「恒一」たちは、それぞれの職場で、同じような悩みを抱えながら、それでもこの国の呼吸を整えていく。

正義の完遂よりも、負け戦の悔しさを繋ぐこと。それが深根会の本質である。 組織の論理に染まらず、一人の「民間人」として責任を引き受けることの重さと気高さを描いた。 嵐を止めることはできずとも、嵐の後に苗を守る「庭師」のような生き方。 読者の皆様の日常の中にも、誰にも知られず「小さな再出発」を繰り返す瞬間があるはずだ。 その不完全で美しい足跡こそが、次の世代への「実」となることを願って。

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