さいごにのこるの、だあれかな?
「あ~講義疲れたぁ。ただいまお母さん、あれ?父さんは?」
リビングに行くと、ちょうど夕食を運んできた母さんが皿を並べながら言った。
「4チャンつけてみな」
もしやと思い、俺は急いでテレビのリモコンを握る。
言われたチャンネルに合わせると——
《頭をぶつけて星を飛ばせば、貴方は私?くるくる回って手と手をつなげば、どっちがどっち?》
お父さんの、歌声と耳障りな笑い声が聞こえてきた。
俺は顔をしかめながらも、「本当に有名なコメディアンになっちゃったんだ」
と、感心したように呟いた。
母さんも気持ちは同じみたいで、「凄いわよね」なんてしみじみ言う。
が、「笑い方はどうにかしてほしいものだわ」なんて鼻で笑った。
「もともと笑わない人だったもんね、父さんは」
「そぉよぉ、お医者さんしてた時は、あんなに子供ウケ悪かったのにね~」
「不思議なことも起きるものだ」
"頭から星を出せる、まるでアニメから飛び出してきた芸人"と、皆から言われていた。
皆は馬鹿だとか指をさして笑っている。
けれど、昔の父さんを知っている俺は笑えなかった。
ただ、幸せそうだと思ってしまう。
そのことが胸に痛かった。
「医者から芸人……か」
無意識に胸ポケットへ手が触れた。
そんな俺の様子に、「昔のお父さんはいつも論文で苦しそうだったものね、今が一番幸せなんじゃない?あれが素なのよ。きっとね」と微笑んでくれた。
「透も今の医大を卒業したら、芸人になっちゃったりね」
「夢の影響だか何だか知らないけど、
俺はそんな非科学的な物なんか信じないよ。
有名な医者になる」
残りのカレーを口にかき込んで、「ご馳走様」と自分の部屋へ行った。
確かに、いい成績を維持するのはきつい。
遊ばずにレポートと論文をこなし、定期試験の勉強をする。
その上、2年後の就職のために、いろんな情報を集めなければいけない。
正直、逃げたくなる。
「でも――」
父さんの姿が脳裏に過り、歯を食いしばった。
やらなきゃいけないのだ、お父さんのためにも。
そう思った時、本当に医者になれたとして、
父さんは本当に喜ぶのだろうかと急に怖くなった。
ペンに伸ばしかけた手が止まる。
父さんをあんなふうにしたのは、自分かもしれない。
そんな自分が、なりたいものになって良いのか?
「……父さんみたいになりたくないんだろ、俺」
〇 〇 〇
—— どこだここ?
目を覚ますと、子供が、青いクレヨンで塗りつぶしたような、雲一つない空が広がっていた。
そこまではいい、夢でも良くある光景だ。が、問題はそこに浮かぶ太陽だ。
「歌ってる」
不気味なほどニッコニコで、ご機嫌に笑っていた。
じっと見ている俺に気がづいたのか、ウインクまでしてきた。
はえ~ついに勉強のし過ぎで、俺もこういう夢を見るようになったのか?
草原を見渡してみると、それはそれは奇妙な光景だった。
二足歩行で歩く、服と靴を身に着けた動物達がいた。
「なんか、海外の幼児向けアニメの中にいるみたいだな」
しかし、心のどこかで、少し楽しくなっていた自分もいた。
それもそうだ、現実じゃ辛かったのだから。
夢の中でくらい遊べと言う神からのメッセージだろう。神様は信じてないけれど。
目的もなく、とりあえず歩いてる時だった。
前から凄い勢いで、ウサギが走って来るなり、
俺の周りをグルグルと廻って砂煙を舞い上げる。
「君は君は君は!」
「ゲホッ!いいから落ち着けよ、目が回る」
目を押さえると、
ヒョロリと背の高いウサギは、お腹を抱えて、背を逸らし、笑い声をあげた。
耳がキンキンする笑い方は、父さんを彷彿とさせた。
「ごめんよ~アピャピャ!」
「それよりもなんか用かい?あ~と……」
貴方と言うべきか、君と言うべきか。
人とは違うが故に、呼び方に困っていると——
「オイラはラッキー・バニーさ!世界一幸せなウサギとはオイラのこと!宜しく!」
ウサギはと手を差し伸べる。
「あぁ、よろしくラッキー。
俺の名前は飯田 透」
「飯田?あー!だから似ているんだネ☆
今はもうコメディアンになったのかい?」
夢の中だろ?なんで父さんのことを知ってるんだ?
ラッキーが手を叩くと、彼の頭の上に電球が飛び出た。
アニメでも良く見る表現だけれど……これって持てるんだ。面白い。
電球を摘まんでジッと観察すると、「シュウジも、いつも僕らの頭から出てくる物を摘まんでは、不思議そうに観察してたよ、アピャピャ!」そう懐かしそうに目を細めながら、持っていたニンジンを齧った。
「なんで俺の父さんの名前を知ってるの?てかコメディアンのことも」
「なんでもなにも、ここに来たことがあるからさ!」
まさかと思った時、口が「四年前?」と動いた。
ラッキーは手を叩き「そうそう!大正解!」なんて、
ピョンピョン跳ねてニンジンを渡してくる。
父さんが突然芸人を目指し始めたのが四年前、
そしてその時「夢でお告げがあった」なんて言っていたのを思い返すと、
今俺は同じ夢を見ていると結論を出すのが普通だろう。
しかし、その頃の父さんはまだ医者だった。
やっぱり、コメディアンになったことまで知っているのはおかしい。
「――って、ここは夢の中なのだから、都合が良いのは当たり前か」
でも、まさかこんなバカげた夢で、芸人になるなんて思えたものだ。
苦笑いする俺に、ラッキーは「そうだ!シュウジの大親友に会わせてあげるよ!皆でかくれんぼだ!」なんて手を引っ張り再び走り出す。
ここは本当にアニメの世界なのか、彼の足はグルグルになっていた。
そして、引っ張られている俺は、凧みたく浮いていた。
「ここさ!じゃあ二人で呼んでみよう!せーの!」
ドアの付いた切り株の前で、
俺とラッキーは、口に手を当てて声を出した。
「「クーピー!」」
小学生の頃、朝の登校する時、
家の前で友達を呼んでいたのを思い出して、
童心に戻った感覚に、少しうれしさを覚える。
ドアが勢いよく開くなり、《トントン扉をたたいたら、へんてこパレードはじまるよ、くまさんうさちゃんはりきって、おなまえ交換しましょうね》と、ご機嫌に歌って子熊が登場してきた。
でもどこかで聞いたことがあるような……
「あれれ~?ラッキー、その人ってもしかしてシュウジかみゃ~?」
クーピーが、俺を見上げながら、喉元を小指で掻く仕草に、その歌が父さんの歌だと察した。
なるほど、父さんは完全にこの夢から、アイデアを貰っていたわけだ。
「修司じゃないよ、俺はその息子の透、よろしく」
「へ~似てるわけだぁ、よろしくぅトオル~」
驚いたような顔をしているが、目はそうは見えなかった、
まるで、この出会いは必然であるような。
そんな感じがその時はした。
「あれ?キミのその首飾り……」
クーピーの首にぶら下がっていたのは、
俺の胸ポケットにある父さんのくれたお守りだった。
複製されたかのように、細部まで同じで、少し奇妙な感覚さえ覚える。
夢にしても、こんな出来過ぎたことがあるのだろうか?
頬をつねって、確認する。
「しっかり痛い」
いやいやまて、痛みを感じる夢もたまにあるじゃないか、しっかり気を保て。
異世界なんてありえないだろ。
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせようとした、その瞬間だった。
クーピーが不気味にニヤリと笑った気がして、息を呑む。
「どうしたんだい?トオル」
その笑みは、さっきまでの子供っぽい顔とは別人の、
昔の父さんを思わせるものだった。
何かを隠している時にだけ浮かべる、薄い笑み。
けれど、瞬きをした時には、いつもの愛嬌のある笑顔に戻っていた。
「え?あぁ、何でもないよクーピー」
気のせいか。
微笑むクーピーに、「かくれんぼをラッキーとしようぜ!」と気を取り直して誘い、
ラッキーが嬉しそうに「オイラが見つけるよ!クーピーはトオルと隠れたいだろ?」なんて、
他の木へ向かってしまった。
「じゃあ行こうか」
「ポキ良い所知ってるみゃあ、行くベア!」
時々見せる、喉元を小指で掻く仕草に俺は気になり、
「それは父さんのマネかい?」と聞いてみると、
クーピーは、本当に無意識でやっていたのか、
一瞬固まってから、恥ずかしそうに照れ笑いをした。
「へへへ、実は……ね。
シュウジはイライラ虫さんを沢山心の中に飼っちゃうと、
すぐ喉元をカキカキする癖があるよねぇ
最初は心配したんだぁ」
「そうだったんだ。クーピーはよく知ってるね」
その言葉に、クーピーは眉を一瞬ピクリと動かす。
「当然さ」
その声は、気のせいか苛立ちが含んでいた。
「ここに隠れるみゃ~」
「ここ?流石に小さい君しか隠れないよ」
「いいからいいからぁ、しゃがめば大丈夫だよぉ」
「そうかい?」
小さい草むらに、身体を隠し、
二人で一生懸命探すラッキーの背中を見て、
クスクス笑っていた時だった。
クーピーは、俺の服をちょいちょいと引っ張る。
何かと振り向くと、大量の紙の束を渡してきた。
それだけならまだ良いのだが、表紙を見て眉をひそめた。
「これって……」
「ポキなりに考えてみたんだぁ。
トオルもお医者さん目指しているんだろ?読んで欲しいみゃ~」
ここは自分の夢なのだ、こういう展開だってあるんじゃないか?
そう必死に言い聞かせて深くは追及しないようにした。
だが――
「これ、俺の分野外の事だ……しかも父さんでさえも知らない分野を応用されてる」
夢は自分の経験した、脳に残っている情報以外は出てこない。
ならば、これは?夢じゃなく――現実なのか?
「どうベア?」
「え?あぁ……」
よくできていた。親友の父さんが見たら感動するだろう。
その気持ちを素直に言った時だった。
クーピーの表情に浮き出たものは、嬉しさでも照れでもなく、俺に勝ち誇ったような表情だ。
気味が悪くなり、俺は胸ポケットから例のお守りを出して「これ、お揃いだね」と話を逸らす。
が、次の言葉に、俺は完全に言葉を失った。
「そうかぁ、ちゃんとあの子はトオルに渡してくれたんだぁ、良かったよぉ」
ただの夢じゃない。
ちゃんと渡した?どういうことだ。
背中に冷たいものを落とされた感覚がした。
最初は楽しげなただの夢だと思っていた。
けれど今は、踏み込んではいけない場所に足を入れてしまったような居心地の悪さがある。
太陽の歌声が、脳内で不気味に響いた。
シュウジではなくあの子。
その言い方に、息を呑んだ。
目の前に居るのはクーピーではない。
クーピーの皮をかぶった"何か"に思えてきた。
「駄目だよぉ草むらから、立とうとしちゃ、ラッキーに見つかるよ?」
「や、やめろ、近づくな」
「酷いなぁ。ずっとこの再会を待ち望んでいたんだよ?」
そうニタリと笑っては、俺の胸倉を掴んで自分の額を——
—— ゴチン ——
〇 〇 〇
「二人共みーつっけた―☆」
「ははは!見つかっちゃった、完全に隠れていたと思ったんだけどな」
「アピャピャ!
頭の上に浮かんでるお星さまが見えてたんだよ~
ってあれ?クーピーどうしたんだい?」
ラッキーは横たわる俺に寄った。
「クーピーは隠れている間に寝ちゃったみたいだよ、
ポキ——じゃなくて俺はそろそろ帰るから、
クーピーをお家まで送って行ってあげて」
寝てるんじゃない、起きてるんだよ!
ラッキー気づいて!
助けて!
「そうだね!じゃあ会えてよかったよ、またね」
待て!どこに行くんだ!
「うんまた!」
去り際にピクリとも動けない俺を見て、ひそかにほくそ笑む。
まるで他人のように力が入らず、瞼が微かに開いたその時、心臓に冷たい感触が広がった——
—— 自分の手が、黄色い毛におおわれているのを見て ——
俺の身体を奪った"誰か"は小走りで去っていったのだった。
〇 〇 〇
目を覚ますと、深夜1時だった。
机に広げられた教科書やノートを見下ろし、思わず口元が歪む。
「お前は頭が良すぎたんだよ」
鼻で笑い、ノートの文字を指でなぞる。
それから教科書をぱたりと閉じて、リビングへ向かった。
「なんだまだ帰ってきてないのか、喜ぶと思ったのに、コメディアンも大変だな」
お菓子を摘まみながら待っていた時だった、ようやく待っていた人物が帰って来た。
「ただいま~、はへぇ……この身体も疲れるなあ」
その人物は俺と目が合うと「珍しいな、トオルがこんな時間まで起きてるなんて」と微笑む。
俺はあらかじめ用意してたチラシを裏返して、
ペンでクーピーの絵を描いてから「久しぶり、親友」と白い歯をのぞかせて、不敵に笑った。
「え?まさか」
「そのまさかさ!クーピー!
頭をぶつけて星を飛ばせば、私は貴方?
さみしい夜でも笑っていれば、ずっとたのしいね♪」
「ららら かわって
ららら まざって
ららら いっしょに
おどろうよ♪」
クーピーは、チラシを抱きしめて飛び跳ねながらクルクルと回り、
俺は、タップダンスをしながら拳を突き上げる。
薄暗いリビングで、俺たちはいつまでもいつまでも踊って歌った。
再会を喜びながら、そして——
俺は、勝利を噛みしめながら。
〇 〇 〇
「さいごにのこるの、だあれかな?
それでもみんなで、わらおうね……」
ドスッ、ドスッ
強く壁に頭を打ち付けても、
血は出ず視界が歪む激痛が残るだけ。
頭の上で、あざ笑うように回る星に、
俺は絶望の色を含む渇いた笑い声をあげた。
次の来訪者が来るまで、永遠に。
作中に出てきた歌の歌詞です。
お友達と歌おう!
『星を飛ばせば』
頭をぶつけて星を飛ばせば、貴方は私?
くるくる回って手と手をつなげば、どっちがどっち?
にこにこ太陽おはようさん、
ぴょこぴょこうさぎが、うたってる。
ふわふわ雲さんながれたら、
きょうはだれかになれるかな?
ころんと転んで 笑ったら、
おめめの奥で きらりんこ
ぼくの帽子と きみの靴
まぜまぜしたら おそろいだ
頭をぶつけて星を飛ばせば、貴方は私?
ゆらゆらゆれてる心のなかみ、どっちがほんと?
頭をぶつけて星を飛ばせば、私は貴方?
なかよく笑って踊ればきっと、ひとつになれるよ
トントン扉を たたいたら
へんてこパレード はじまるよ
くまさんうさちゃんはりきって
おなまえ交換 しましょうね
きらきらお空の おほしさま
みんなで数えりゃ ひいふうみ
あれれ? ぼくって だあれだっけ?
きみが笑うと まあいっか!
頭をぶつけて星を飛ばせば、貴方は私?
くるくる回って手と手をつなげば、どっちがどっち?
頭をぶつけて星を飛ばせば、私は貴方?
さみしい夜でも笑っていれば、ずっとたのしいね
ららら かわって
ららら まざって
ららら いっしょに
おどろうよ
頭をぶつけて星を飛ばせば、貴方は私?
にこにこ笑って見つめあったら、みんなおともだち
頭をぶつけて星を飛ばせば、私は貴方?
さいごにのこるの、だあれかな?
それでもみんなでわらおうね!




